やっと梅雨に入り、しっとりと落ち着いた空気も悪くないなと思うこの頃、あと1ヶ月もすれば夏休みだ。近年は少なくなったが、全寮制の学校に通う生徒達にとって、夏休みやクリスマス休暇前は、家族が待つ家にやっと帰れる、待ち遠しい、嬉しい時期だったに違いない。しかし、中には事情があって学校に残らざるを得ない者たちもいた。
時は1970年の12月。舞台はボストン近郊にある名門私立男子校のバートン校。生徒も教職員も家族のもとに帰る準備に忙しい中、古代史の教師ハナムは校長から今年の居残り役を命じられる。帰省できずに学校に留まる生徒の子守りをせよというわけだ。これにはハナムが有力者の息子を落第させたことへの学校側の制裁という意味もあったのだが・・・(なるほど、いかにも名門私立校ならではの処遇)。彼は休暇中だというのに、残った生徒達に当然のように勉強を続けさせている。生真面目で融通が利かないからか、生徒達の支持も全く得られず。ところが生徒の中に航空関連の会社社長の親がいて、保護者の承諾があればヘリでスキー旅行に行けることになり、唯一母親と連絡が取れなかったアンガスを残して他の生徒達はここぞと出発!かくしてバートン校にはハナムとアンガス、そして一人息子をベトナム戦争で亡くしたばかりの料理長、メアリー・ラムの3人のみが“居残り者たち(ホールドオーバーズ)”となって留まることとなる。
この3人がそれぞれ違った孤独感を持ちながら、お互いに関わり合うことで変わっていく姿を見ていくのが心地よい。監督は「サイドウェイ」や「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」など、ロードムービーならお任せのアレクサンダー・ペイン。今回もその温かで繊細なる語り口に、観る者は自然と寄り添ってしまうのだ。
ハナムを演じるのは「サイドウェイ」から20年ぶりにペイン監督とタッグを組んだポール・ジアマッティ。ちょっぴり斜視な所も上手く役柄に活かし、個性溢れる教師役を好演。見事ゴールデングローブ賞の主演男優賞に輝いた。メアリーを演じたダヴァイン・ジョイ・ランドルフは1986年生まれの38歳なのだが、設定はそれより10歳以上は上だろう。まさに貫禄という言葉がふさわしいその演技は高く評価され、アカデミー賞とゴールデングローブ賞の助演女優賞を獲得。そして特筆すべきなのはアンガスを演じた新人ドミニク・セッサだ。21歳にして高校生を演じるにはかなり大人びた雰囲気なのだが、名門校の優等生という役柄にはピッタリ。それでいて大人達の前で見せる妙に子どもっぽい姿も実に微笑ましく映る。何とこの作品が長編映画のデビュー作というから、今後の活躍が楽しみだ。
1970年という時代背景もこの作品の魅力の一つ。全編を通じて流れるのは、自分も高校生だった頃流行ったシンガーソングライター達が作った名曲の数々。映画はアメリカン・ニューシネマの全盛期で、ダスティン・ホフマン主演の「小さな巨人」を映画館で観るところでは思わずニヤリ。そういえば、上映開始直後のプチプチ音も、クロージングの「THE END」の文字も、今では観ることが難しくなったフイルム上映を意識してのことなのだろう。デジタルでアナログを表現する、そういう細かい演出がいかにもペイン監督らしい。
休暇が終わって再開された授業。あんなにカチンときたハナムの厳しい言葉も、この2週間で彼のいいところをいっぱい知ったからか、今となっては快い響きに感じられる。しかし彼には次なる試練が待ち受けていた。この歳で、一人の生徒のためにすべてを投げ捨てる決心をしたハナム。 新しいスタートを切るハナムたちを心から応援したくなる、何とも後味のいい作品に久しぶりに巡り会えた。大丈夫、きっといいことあるよ!!
(HIRO)
原題:The Holdovers
監督:アレクサンダー・ペイン
脚本:デヴィッド・ヘミングソン
撮影:アイジル・ブリルド
出演:ポール・ジアマッティ、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ、ドミニク・セッサ、キャリー・プレストン