シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

マイ・サンシャイン(2017年フランス・ベルギー映画)

2018年12月26日 | 映画の感想・批評
 1992年ロス暴動を舞台にした映画で、ハル・ベリー演じる主人公は貧しくても、不運な境遇の子供達を引き取って、共同生活をしている。その隣の住人に、ちょっと狂気染みたダニエル・クレイグ。元ボンドガールと現役ボンドが共演する豪華な顔ぶれ。ただ、中身は、ロス騒動を扱っているので、人種差別問題をベースに、当時の映像もよく映され、当時(今も)アメリカが混乱していたのがよく分かる。
 冒頭、ジュースの万引きを咎められて、逆ギレした黒人少女が、ヒステリックになった店主に銃弾され死亡する。この事件の裁判で、店主が無罪となったことから、町のあちこちで、黒人達による暴動が勃発する。街中が無法地帯となり、警察も機能しなくなり、ハル・ベリーとその子供達も巻き込まれ、騒然となっていく。ハル・ベリーが逮捕されるシーンは緊迫感があり、暴徒化した人達に恐怖を感じた。
 原題は「Kings」ということで、実際のロドニー・キング事件の映像が何度か流れる。この映画は、今のアメリカ政権に改めて警鐘を促していると思う。圧倒的な権力を武器に、一部の人達を悪者と決めつけ、そして排他していく。権力を持つ人間だけが一番であるということを誇示する。自分達の主権を最優先することが当然と主張する。そんな風潮を否定し、貧しいながらも、「生」を実感して、生きている人達がいることを忘れてはならない。この映画では、黒人と白人が手を取り合うのである。それを実感出来ていることに幸せを感じる人でありたい。
 最後に、折角のアカデミー賞女優と現役ジェイムズ・ボンドをもっと前面に出して欲しかったと思う。特に、ダニエル・クレイクは、これから先は、どんな役を演じてもボンドに見えてしまうが、敢えて、全く違うジャンルの映画に出演したのである。その勇気なのか、はたまた役者としての挑戦なのか、あるいは、ただ単に予定が空いていたからなのか(それは無いと思うが)、ダニエル・クレイク自身の想いを感じることも出来ずに終了してしまったのが残念だった。
(kenya)

原題:「Kings」
監督・脚本:デニス・ガムゼエルギュベン
撮影:ダービッド・シザレ
出演:ハル・ベリー、ダニエル・クレイグ、ラマー・ジョンソン、カーラン・ウォーカー、レイチェル・ヒルソン他

「彼が愛したケーキ職人」(2017年、イスラエル=ドイツ映画)

2018年12月19日 | 映画の感想・批評


 ベルリンでカフェを営むトーマスはケーキづくりの才能に長けている。仕事の関係でドイツと母国イスラエルを月に一度ほどの頻度で往復するオーレンはすっかりそのカフェがお気に入りだ。自分はケーキとカプチーノを注文し、帰国の際の妻へのお土産にクッキーをひと箱購入するのが常となっている。
 ケーキ職人の若者と中年のビジネスマンの邂逅は、ふたりの間に火花が散るような恋情が生じ、もはや離れられない仲になるのである。かれらがドイツ人とユダヤ人であることも意味深長と捉えるべきか。
 しかし、映画が始まって間もなく、残念ながら一時帰国したオーレンが交通事故で亡くなるという悲劇によって、ふたりの成さぬ恋はあっさり終焉するのである。
 しかし、序盤はほんの手慣らしであり、この映画の本領はこれからだ。観客の興味を一層引きつけようとする手腕は並の才能ではない。
 オーレンの影を追ってイスラエルへ飛ぶトーマス。オーレンの妻が経営するカフェにトーマスがアルバイトとして潜入し、かの女はもちろんのこと幼いひとり息子や、オーレンの母、親戚など周囲の人びととの緊張感ただよう危うい関係を描いて秀逸だ。妻はやがてこの若者に恋愛感情を抱き、若者もまた亡き恋人が愛した女性に興味を覚えるというわけだ。ヒッチコックがいみじくも喝破したように犯罪だけがサスペンスを醸成するのではない。恋愛関係もまた、張り詰めた細い糸がいつ切れるともわからない緊迫感をもたらすのである。
 さて、本筋に入っても油断してはいけない。その意外な結末にギョッとさせられる。原題にはない邦題の「彼が愛した」という修飾句もヒントだが、トーマスと初めて出会ったオーレンの母がこの若者を愛おしむように見つめる視線がその伏線であったことを思い知らせるのだ。国外出張で度々家を空ける夫と残された妻の夫婦関係を甘く見てはいけないし、腹を痛めて生んだ母と息子の絆の強さを見くびってはならない。悲恋ものなら「ブロークバック・マウンテン」の感動には遠く及ばないかもしれないけれど、スリルと意外性が大好きな人には到っておもしろい展開だとお薦めしたい。
 若者に扮したティム・カルコフが若き日のマーロン・ブランドを彷彿とさせる。とくに拗ねたようなそぶりをするあたりがそっくりだと思った。 (健)

原題:The Cakemaker
監督:オフィル・ラウル・グレイザー
脚本:同上
撮影:オムリ・アローニ
出演:ティム・カルコフ、サラ・アドラー、ロイ・ミラー、ゾハール・シュトラウス、サンドラ・サーデ

「ボヘミアン・ラプソディ」(2018年 アメリカ映画)

2018年12月12日 | 映画の感想・批評


 冷え切った今年の秋の映画興行界に救世主が現れた。それは伝説のイギリスのロックバンド「クイーン」の軌跡を、ヴォーカルのフレディ・マーキュリーを中心に描いた映画「ボヘミアン・ラプソディ」だ。何しろ観客動員数が第1週目より2週目、3週目と右肩上がりに増え、興行収入に至っては第5週までその状態が続いているというから驚きだ。
 クイーンといえば1970年に結成され73年にデビューしたのだが、当初本国イギリスではメンバーのアイメイクや派手な衣装が古くさいとあまりいい評価が得られなかったようで、なんと我が日本からその人気に火がつき始めたというのだから、今回の異例の大ヒットも頷けそうだ。特にロックには縁遠かった女性にファンが多かったようで、1975~85年の10年間に6度も来日し、最近TVでもよく流れる来日の様子を見ていると、当時の熱狂ぶりがよくわかる。
 映画はフレディがメンバーと出会い、革新的な音楽を次々と生み出し、スターダムに駆け上がっていく姿を描いているのだが、その中で世の中への反発、メンバーとの衝突、婚約者との別れなど、様々なプレッシャーにさいなまれる姿も映し出される。特に重点を置かれているのが自らのセクシュアリティに悩み、葛藤する姿で、母に人を殺めたと告白するところから始まる名曲「ボヘミアン・ラプソディ」は、その苦しい思いと決意を懸命に投げかけているようにも思え、心を打つ。
 フレディを演じるのはラミ・マレック。イギリス領ザンジバルで生まれ、その後インドからイギリスへと渡ったフレディのように、彼もエジプトからアメリカに移住したというよく似た境遇の持ち主で、その姿はフィレディそのもの。ほかの3人のメンバーも本当によく似ていて、その演奏場面は魂が乗り移ったようで全く違和感がない。監督は「XーMEN」シリーズや「ユージュアル・サスペクツ」のブライアン・シンガー。彼の演出だからこそ、フレディの繊細な感情、孤独感が鋭く描き出されたように思う。
 何といっても圧巻なのは、ラスト21分に及ぶチャリティコンサート「ライブ・エイド」の出演シーンだ。この場面の歌声は実際のフレディの音源を使っているそうだが、その歌唱力、観客と一体となって場を盛り上げていくパフォーマンス力の凄さは、音楽史上最高のスーパースターと称賛されるゆえんだろう。そしてこの映画を見てフレディの生き様を知り、1991年に45歳という若さで亡くなったという事実をしっかりと受け止められる今だからこそ、当時味わった以上の感動が押し寄せ、思わず涙する。
 是非もう一度見てみたい!今度は『応援上映』で。そして思いっきり叫びたい!「アンコール!!」と。
 (HIRO)

監督:ブライアン・シンガー
原題:Bohemian Rhapsody
脚本:アンソニー・マクカーテン
撮影:ニュートン・トーマス・サイジェル
出演:ラミ・マレック、ルーシー・ボイントン、グウィリム・リー、ベン・ハーディ、ジョー・マッゼロ、エイダン・ギレン

「かぞくいろ -RAILWAYS 私たちの出発ー」(2018年 日本映画)

2018年12月05日 | 映画の感想・批評
地方のローカル線を舞台に、三浦友和、中井貴一を主演に2本製作された、ヒューマンドラマのRAILWAYSシリーズ。あいにく2作とも上映館が少なくて見逃してしまってきた。
第3弾の本作は若いシングルマザーの女性を主人公に。家族のありようを問う。

東京でイラストレーターをしていた夫修平(青木崇高)が急病死したため、彼の忘れ形見である少年駿也と共に、夫の故郷の鹿児島にやってくる主人公晶(有村架純)、25歳。
息子と母というには年の離れた姉弟のようにみえる。息子は「あきらちゃん」と呼んでいる。
夫の父節夫(國村隼)は留守電を聞いていなかったばかりに、息子の突然の死に驚きつつ、初対面とはいえ、淡々と二人を受け入れる。この父親は鉄道の運転士を間もなく定年退職しようと決心している。
修平の部屋にはたくさんの鉄道写真や模型が残されており、孫息子の駿也は若き日の父のにおいとぬくもりに包まれることができ、そして彼もまた鉄道オタクを受け継いでいる。
主人公の晶は悲しみに打ちひしがれている間もなく、現実に直面しながらたくましく前を向いて歩きだしている。
まず、駿也の転校手続きをし、担任教師が同い年の25歳とわかり、意気投合。
そして、「大事な人を乗せて走る電車の運転士になろう」と入社試験に突然現れ、舅を驚かせるが、彼女の意気込みを買われて無事に就職でき、運転士の研修を受けに長期間、遠く福岡へ。
父親の國村がとても渋くて良い。重大な場面ではあれこれ言わず、本人の決断を待ち、尊重し、受け止めてくれる。その信頼感と安定感は絶大なもの。大人はかくありたいという理想像。
孫息子の駿也は出生時に母親を亡くしている。そして今、父も亡くして、ぐっと堪える毎日。
小学校の「半成人式」の作文で生い立ちの記録と両親への想いを書かなければならない場面と、そのあとの慟哭は胸がつまる。初めて感情を吐き出せたとはいえ、同時に晶に突き付けられた言葉は、それもまた痛いものだった。

時折挟まれる、夫修平と主人公の出会い、夫と駿也のバッティングセンターのやり取り、家族三人の楽しい鉄道見学。
夫役の青木崇高の豪快な笑い声とたくましさに、朝ドラの「ちりとてちん」の草々さんが思い出される。彼の急死がこのドラマの引き金とはいえ、なおのこと涙を誘う。

主人公の晶自身の「ろくでもない親に育てられた」生い立ちについては触れられなかったが、彼女が自身の子供を産むことは出来なかったけれども、血は繋がっていなくても駿也を大事に愛し、家族としてともに生きていこうとする姿は、まさしく母親そのものである。
節夫という夫の父と出会うことで、彼女自身も父親の愛情に包まれるはずだった娘時代を取り返すことができたのである。
節夫も仕事上も家族からも必要とされる喜びに気づけた。運転士の仕事は「大切な人を乗せるために」という原点を思い返す事ができた。それが副題の「わたしたちの出発」。

有村架純、ちょうどいま、テレビドラマ「中学聖日記」で話題をさらっている。複雑な立場と心理を演じていて、じわじわと胸に迫る。このドラマの相手役の少年の名前が同じ「あきら」、字まで一緒の「晶」。あらまあ・・・・・
有村を一躍有名にしたのは朝ドラ「あまちゃん」だが、それ以前に映画「阪急電車」で、育ちがよくて、家族思いの誠実な高校生が印象深かった。あとで、有村と知ったのだが、とても好感の持てる少女役だった。
阪急電車に乗っていたその彼女がシングルマザーになり、そして電車を動かす側に成長したのかと思うと、時の流れを感じると同時に、今後も楽しみな女優さんの一人である。

美しい海岸沿いを走る薩摩おれんじ鉄道、鹿児島本線の名残りという。いつか鹿児島に行って、あの鉄道に乗ってみたい。鉄道オタクではないが、そう思わせてくれる、心の温まる映画だった。   (アロママ)

監督、脚本:吉田康弘

主演:有村架純、國村隼、青木崇高、筒井真理子 他