「素晴らしき哉サバニ」

2006年10月16日 | 風の旅人日乗
10月16日

さらに、また引き続き、KAZI(舵)2003年9月号に掲載された、沖縄の伝統帆装船・サバニ「海の系図を求めて」から。
(text by Compass3号)

(昨晩からの続き)

「素晴らしき哉サバニ」

サバニに乗って、漕ぎ、セーリングして、まず驚かされることは、その加速性能である。スピードである。プレーニング性能である。前時代的イメージの船型を見てなめてかかると、ヤケドする。
サバニに秘められた素晴らしい能力を初めて科学的に分析したのは、私が知る限りでは、日本のヨット設計家の草分け横山晃だ。今から27年近く前の、舵誌1976年11月号から翌年の1月号にかけて3回連載された「素晴らしき哉サバニ」という標題の文章である。
横山はサバニの船型を分析し、舵誌にその結果を発表した理由を、「この名艇を風化させてはならないという思いに駆られ」、「西欧科学技術の最高峰よりも更に優れた名艇のエッセンスを今日以降の舟艇設計に生かそうとする同士が1人でも増えることを願って」、と説明している。西洋型ヨットの設計家として日本の第一人者であり、長く一世を風靡していた横山晃をして「西欧科学技術の最高峰よりも更に優れた名艇」と言わしめる性能を持っているのが、沖縄の無名の舟大工たちが伝承で造ってきたサバニなのである。
サバニの船底前部には、不思議な前後方向の膨らみがある。船首からなだらかに船体中央部に向かって喫水が深くなっていくのではなく、船首部で一旦喫水が深くなったあと、ごく僅かなマイナスカーブを描いて喫水は再び浅くなり、それから再び深くなっていく。横山はこの形こそがサバニのスピードの理由だと説いた。この工夫により船首から立つ波を小さく抑え、結果、ハル・スピードを越えてプレーニングへと入るときに越えなければいけない最大抵抗そのものも小さくなるのだ、と。
江戸時代の東京湾。漁師が江戸前の魚介を捕ったり、池波正太郎の小説の主人公達が大川(隅田川)で遊んだりしていたのは、ニタリとかチョキとか呼ばれていた舟だが、サバニと同じく剣のような細い船型の高速性能ボートで、"粋"であることを人生最大の目標とした江戸ッ子を喜ばせていた。横山はニタリやチョキにも、サバニと同様に船首部船底に膨らみがあって船首から出る波が小さいことを指摘し、これを、サバニから直接影響を受けたものだと推論している。糸満のうみんちゅが八丈島や伊豆まで来ることはその昔から日常茶飯事のことで、彼らを通じてサバニ船型が江戸湾の舟にも伝えられたのだろう、と書いている。

(続く)