近代西洋型快速帆船大研究 - CBTFの実際

2006年10月25日 | 風の旅人日乗
10月25日

今晩は、KAZI(舵)2004年7月号に連載された、近代西洋型快速帆船大研究 Vol.2 PYEWACKETの前半から、CBTF(Canting Ballast Twin Foil)で話題になったパイワケットの解説の後半。(text by Compass3号)

近代西洋型快速帆船大研究
Vol.2 PYEWACKET

文/西村一広
Text by Kazu Nishimura

(昨晩からの続き)

CBTFの実際

CBTFを装備したレース艇の、レースでの場面をシミュレートしてみよう。
スタート前のマニューバリング。キールは真下に固定している。操船は、大小2セットあるホイールのうち大きい方で行なう。このホイールは後ろラダーと前ラダーのコードラントに繋がっていて、ホイールを回すと後ろと前のラダーが逆向きに動くように、それぞれのコードラントからのラインがセットされている。例えば艇を左に回頭させるためにホイールを左に回すと、後ろのラダーは通常の艇と同じように右を向くが、前のラダーは艇が回っていく方向、左に向かって切れる。つまり、2枚のラダーはハの字のように切れる訳だ。このことによって艇は、通常のヨットのようにスターンを大きく振ってその抵抗で減速することもなく、スムーズな弧を描いてスピード豊かに回頭する。
で、スタートしてスターボード・タックで走り始めたとしよう。油圧でキールを右舷側、つまり風上側に持ち上げる。〈パイワケット〉の場合、キールは片舷53°まで持ち上げることができる。この操作で艇のヒールがグンと起き、パワフルなセーリングが始まる。
そして後ろと前の2枚のラダーの操作である。クローズホールドで走り始めるや、大小2つあるホイールのうち、小さいホイールを操作する。小さい方のホイールは前のラダーを独立して動かすことができる。つまり、それまでゼロだった前ラダーと後ろラダーのオフセットをずらすことができる。この小さいホイールの操舵の目的は、通常のヨットの場合、後ろのラダーだけが受け持っているウエザーヘルムとのバランス調整を、前ラダーにも分担させることである。つまり2枚のラダーともほぼ同じ角度でほんの少し風上側に向くようにして、艇のウエザーヘルムとバランスさせる。こうすることによって通常のヨットでは3~4°あるリーウエイが、僅か1°~2°に激減する。
通常のヨットに比べて水面下抵抗物として前ラダーが余分なわけだから、その意味のデメリットもありそうだが、CBTF社の説明によるとそういう計算にはならないらしい。
通常のヨットと違って、キール・ストラットは揚力を発生する必要がないから、強度だけを考慮すればいいので前後長さと厚さを押さえることができる。カンティング・キールにすることでバラストそのものを軽くすることができるので、鉛バルブの体積、表面積が減り、その分の造波と摩擦抵抗が減る。バラストの重さが減ることで艇全体としての排水量が減って艇が浮き上がり、カヌーボディーの浸水面積も減る。従ってトータルとしては通常のヨットよりも接水面積は小さく、セールエリア/排水量比は大きくなる、という説明である。
手元に〈パイワケット〉を設計したジム・ピューからもらった資料が何枚かある。そのうちの一枚は同じくジムが設計したアメリカズカップクラス艇〈スターズ&ストライプス〉USA-77とMaxZ86〈パイワケット〉との性能比較表である。この表からすると、〈パイワケット〉は2003年型の平均的なACクラスよりも微風のクローズホールドで1マイル当たり26秒近く速く、中~強風のリーチングからダウンウインドでは、なんと1マイル走るだけで46~53秒も前に行ってしまうことになっている。恐るべしのスピードである。
外洋ヨットとしての機構としてはまだ不安の残るCBTFだが、今後さらに改良され洗練されていくのかも知れないし、これとは別にまったく新しい発想の外洋ヨットの水面下機構が生まれるのかもしれない。しかし、そのどれもにも日本のセーラーやデザイナーが関わってないことがとても悔しい。
今、オリンピックの470級の世界では、日本が独自で開発し製造するセールが世界中を席巻している。凄いことだ。いつの日か日本の外洋セーリング界からも、日本発の独自の機構やシステムが生み出される日が来ることを夢見て、西洋人セーラーたちが考え出すセーリングの新機軸に取り残されないよう、勉強を続けて行きたいと思う。