前回のブログに書いた『となりの国・新しい中国』を携えて北京に行った僕ですが、同じ時期にやはり北京に来たご家族がいました。そこには僕より1歳年上と2歳年下の兄弟がおり、一緒に現地の小学校に通うことになりました。
その兄弟のお母さんが子供たちの学校生活を中心に、北京の生活状況や日本人家族を取り囲む社会的環境をつぶさに書いたのが『北京三里屯第三小学校』(浜口允子/著 岩波新書・昭和51年)。まさに僕と浜口兄弟が通学していた思い出深い学校名をタイトルにしたものです。

母親の目から見た子供たちの学校生活・・・日本の授業や教科との違い、中国の教育事情、中国語のわからない子供たちの苦悩、親身になって指導してくれる教師、同級生たちの姿など、これ一冊で当時の庶民レベルの学校事情がよくわかります。そのためか、当時日本から「友好訪中団」としてたびたび中国に赴いた日本の教育関係者は必ずと言っていいほどこの本を読んでいたそうです。

中国の祝日イベント参加を前に、校内で出し物の練習をしている4人の日本人児童たち。中央がボクで両サイドが浜口兄弟。後ろは僕らより先にこの学校に通っていた稲田さん。国交が樹立される前の時期なので、当然日本人学校はありませんでしたし、日本人の家族自体も多くありません。ゆえに中国人と共に勉学に励む日本人児童として、この界隈では僕らはちょいと有名人でもありました
この本は、僕の北京時代の思い出が詰まった大事な大事な一冊です。機会があったらぜひご一読ください(ネットオークションで見かけることがありますよん
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その兄弟のお母さんが子供たちの学校生活を中心に、北京の生活状況や日本人家族を取り囲む社会的環境をつぶさに書いたのが『北京三里屯第三小学校』(浜口允子/著 岩波新書・昭和51年)。まさに僕と浜口兄弟が通学していた思い出深い学校名をタイトルにしたものです。

母親の目から見た子供たちの学校生活・・・日本の授業や教科との違い、中国の教育事情、中国語のわからない子供たちの苦悩、親身になって指導してくれる教師、同級生たちの姿など、これ一冊で当時の庶民レベルの学校事情がよくわかります。そのためか、当時日本から「友好訪中団」としてたびたび中国に赴いた日本の教育関係者は必ずと言っていいほどこの本を読んでいたそうです。

中国の祝日イベント参加を前に、校内で出し物の練習をしている4人の日本人児童たち。中央がボクで両サイドが浜口兄弟。後ろは僕らより先にこの学校に通っていた稲田さん。国交が樹立される前の時期なので、当然日本人学校はありませんでしたし、日本人の家族自体も多くありません。ゆえに中国人と共に勉学に励む日本人児童として、この界隈では僕らはちょいと有名人でもありました

この本は、僕の北京時代の思い出が詰まった大事な大事な一冊です。機会があったらぜひご一読ください(ネットオークションで見かけることがありますよん
