幻想的にして寓話的なジョージア映画。
「聖なる泉の少女」71点★★★★
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ジョージア(グルジア)の南西部、
トルコと国境を接する山深い村。
村の娘ナーメ(マリスカ・ディアサミゼ)は
老いた父(アレコ・アバシゼ)とともに
村の聖なる泉とそこに棲む魚を守り、その水で人々を治療していた。
が、ナーメの3人の兄たちはそれぞれ別の道を行き、
ナーメ自身もまた、自由に生きる人生への憧れを持っている。
そんなある日、ナーメと父は
泉に変化が起きていることを感じ取る――。
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しんしんと、静かに。
雪、霧、水・・・・・・水気をたたえたすべてのそこここに、
静かなる神が潜むような。
幻想的にして静寂で、どこか寓話的なジョージア(グルジア)映画です。
冒頭、滝の流れる川を長回しで写すシーン。
何の変化もないようだけど、
次第に川が白く濁ってゆくのがわかる。
凍っていくのか?いや、それとも・・・・・・?
そう、水は濁っていくのです。
この世界を汚すものの手によって。
映画の主役となるのは
古来からの民間宗教を守り、
聖なる泉と、そこに棲む魚を守り続ける老父と、その娘ナーメ。
しかし、彼らの守る泉が徐々に枯れていってしまう。
元・岩波ホール勤務で、ジョージア研究家&絵本作家となった
はらだたけひでさんによる
ザザ・ハルヴァシ監督インタビューをひもとくと
この話は、西ジョージアで昔から口承で伝わってきた物語がベースになっているそう。
「むかしむかし、泉の水で人々をいやしていた娘がいました。
いつしか彼女は他の人たちのように暮らしたいと願い、
ある日、力の源だった泉の魚を解き放ち、多くの人々と同じ生活に帰っていきました」
――まさにそのとおりの、映像化だなあ!と。
スラリとした肢体のナーメがまた
魚の化身そのもの、といった印象で
彼女の存在自体が魔法のようなんですよ。
でも、映画は決して「おとぎ話」を語っているのではなく
現代への明確な批判と「警鐘」の意思を感じさせる。
そもそも泉が枯れてゆく原因は
川の上流に出来た水力発電所が原因でもあるんですから。
ラストにとどろく
凶暴な機械の掘削音に
古きを脅かし、水源を枯らせた開発と破壊行為への
静かな怒りを感じました。
残念だけど
進化や進歩はおそらく止められない。
でも
こんなにも美しいものを、我々は失ってるんだよ、と
歯がゆさと、哀しみが、心に積もる。
そしてそれは
この先もずっと、消えない気がするのです。
★8/24(土)から岩波ホールほか全国順次公開。
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