ソロツーリストの旅ログ

あるいはライダーへのアンチテーゼ

振り返ってみるとオートバイがいちばん好きだった

「機関維持」と云いながらそんなにも走る理由が必要かとも思う

2025年02月11日 | R100Trad (1990) クロ介


大寒に、あまり寒くなかった、と書いたら

途端にものすごく寒くなった

気候・気象とはそもそもがそういうものだろう

だって大寒なのだから寒くて良いに決まっている

いや、恵方巻かぶりついたな

もう立春過ぎてるか

まあ良い

ボクの住む三河地方は気圧配置の微妙な加減で

風向きがわずかに西に寄ったため薄っすらとした積雪で済んだ

三重の北部なんかが大雪になるとこの三河もただでは済まないが

JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)のシッポの振り方次第で結果は多いに異なるのだ



冬になると停めておいたクルマやオートバイはそのすべてが外気温に等しく冷えていく

ガレージの中であってもビックリするほど冷たくなっていてちょっと驚くほどだ

車体だけでなくエンジンもオイルもみんなみんな冷たく凍えてしまう

そんな状態でエンジンを始動させると一気に機関の温度が上昇して

マフラーの中は云うに及ばずエンジン内にも水蒸気が発生して

テールエンドから盛大に水蒸気を吐きだすことになる

機関内の蒸気はオイルに混ざるがしっかり走ればそれほど問題にはならない

タンクに着いた水分はガソリンの中に落ちて底へ沈む

最近のポリ製タンクではあまり問題ないが従来の金属製はそれが内部に厄介な錆びを生む

冬はオートバイにとって劣化を進めるイヤな季節だ



これらはある程度しっかり乗ることでリスクを減らせるものなのだが

ボクらが乗るようなオートバイはほとんどが趣味の乗り物なので

多くの人は「週末アイドル」ならぬ「週末ライダー」だろう

だからみんな週末を心待ちにしているよね

それなのにせっかくの週末に天候が悪かったり

恐ろしいほどの暑さや寒さとなれば仕方なくキャンセルされることもあるだろう

走りに出たとしても冬は路面状況の関係で走る場所が限られ

夏のようにしっかりと距離を走れなかったりするので

いろんな意味で冬はやはりオートバイのコンディションが気になる季節だ

一般にクルマのメンテナンスで「シビアコンディション」と云えば

酷暑、極寒、過走行そして砂漠などの走行を指すが

意外にも日常的な短距離走行もそこに含まれている

これはさっき書いた機関内の「水分」が十分解消されないことと

摺動部分の潤滑性能が適切にならない状況が続いたりするからだ

非公式だとは思うがあるメーカーからは

短距離走行とはおよそ8km以下の走行とアナウンスされていた

だからたとえ毎日であってもその1回の距離が8km以下なら

クルマにとってはシビアなコンディションということになる

傷みが早くなる恐れがあるので早め早めのメンテナンスをした方が良いという訳だ

ましてや趣味のオートバイ

それも複数台所有していたり製造から何年も経つ旧車だったりすれば

乗る機会を意識的に持たないと走らないのに劣化が進むなんてことにもなりかねないのだ



そこで古いクルマやオートバイを所有する人たちの間で俗に云われる

「機関維持」という言葉がある

一般的な言葉ではないし

たぶん正式にはこんな言葉はないと思うけど

機関とは多分エンジンのことで

蒸気機関とか内燃機関とかまあそんなやつだろう

このエンジンの状態を維持するために動かしてやることを意味している

冬になるとまずはバッテリーが弱る

だからガレージの中で旧車たちは「充電器縛り」を受けることになる

これだって「機関維持」の一部だ

けれどやはり走らせることが何より大切

走らせるだけでなくすべての可動部が正しく潤滑され

機関内の水分をすっかり蒸発させるくらいは最低限必要なのだ

だから何の用事がなくても阿呆のようにオートバイを乗り回す

いくら家人から「こんな日にオートバイに乗るの?」と冷たくあしらわれようとも

「機関維持」は「義務」なのだよ

そもそも積雪があれば考えるが

気温が低い、風が強烈に強い、それくらい屁でもない

「海を眺めてコーヒーを飲んでくる」と云い残して玄関を出る



南向きのガレージのシャッターを押し上げると

冷たい空気を切り裂いてサッと一瞬にして中に陽が差し込んだ

カバーを外し無意味と思いながらもすっぽりと掛けている毛布をたたむ

タンクに触れるとやはり氷のように冷たい

寒かったね、クロ介(BMWエアーヘッドボクサーR100)

実はこの日お約束の充電器縛りをしていなかったのがちょっと不安だった

ゆっくりと引っ張り出してスタンドを立てる

左右の燃料コックを開けチョークを一杯に引き

なぜかここでボクの方が深呼吸

「クロ介頼む」

そう祈りながら勇を鼓したような面持ちでセルボタンを押し込む

―――果たしてセルは虚しく空回りしタコメーターの針が躍る!

バッテリーを休ませながら3度試すが状況は悪化する

スターターリレーが悲鳴を上げる前に諦めた

なんで充電器に繋げておかなかったのか、と自分を責める

ガレージの中で一部始終を見ていたSRがニヤリとして囁く

「今日はわたしと行くのね」

クロ介をガレージに戻して充電器に縛る

今日はオマエは寝ておれ

SR400はキック一発始動

「機関維持」は置き去りで真冬に海へただコーヒーを飲みに出かけることになった





最近は若いうちから電熱電熱とオートバイ乗りも裕福になったもんだと思うが

陽が差して気温が0℃以上ならせいぜいカイロで十分だ(貼ってないけど)

スキーウエアのような不細工なライディングウエアも

いくら高性能でもカッコ悪すぎて御免だ

おまけにライダー以外には全く分からないブランドのロゴがでっかくプリント

そいつが数万もするとなればもはや存在価値を疑う

ほんと裕福だよ

まあなんでも経験してみることは必要だから出来るんならやってみればいいけど

そこからいつかは抜け出してきて欲しいと思う

せっかくこんなにも寒い事の辛さを体験できる乗り物なのに

同じ経験ならそういう風な経験の方がきっと長い人生の足しになる

多分オートバイ趣味は苦痛の上にあるものだ

山登りやスポーツ全般と同じ類のもの

苦痛を上回る快感を見つけて欲しい

ぜんぜんできるよ

ボクらの若い頃はカネなんてオートバイを買うのが精一杯で

ウエアやアクセサリーにまで手が出せなかったから

手元は軍手とかせいぜいスキーグローブ

足元はオールシーズンコンバースとかで乗ってた

真冬の夜中でもジーパンで走ったし

スーパーで売ってる安っすい革ジャンの中にセーター着込んだくらいかな

キレるような冷気の中を走り回って指先や太ももが凍りつき

それを帰ってすぐ熱い湯の中につけた時の激しい痛みがわかりますか

そんなことを毎日続けながら指やモモが壊れちゃうんじゃないのかなんて考えてた

もちろん壊れなかったけど

我慢自慢したい訳じゃない

けどこっちの方が人間らしいとボクは思う

何でもカネで解決する生き方はつまらなさすぎる

いまこんなに満たされて生きながら

寒くて震える経験が懐かしいのはなぜなんだろうと

そんな思いにたびたび襲われるのだ



三河湾は強い風に海面がざわざわとしていた

オートバイを停めてはみたもののとても降りてのんびりできる感じではなかった

ヘルメットも取らず放置されている椅子に腰を下ろして海を眺める

下ろしたままのシールドに砂浜から飛ばされてきた砂粒が当たってパチパチと音を立てた

指先は冷え切って買ったばかりのホットの缶コーヒーを握り締めても感覚が戻らない

弱弱しく呼吸しながらそれでもやっぱり薄笑いを浮かべている自分に気付く

いつもそうなのだ

つらいなーと思う向こう側で笑いをこらえた阿呆がこっちを見ている

ふとすぐ目の前の海面に小さなカモが一羽

強い西風に逆らいながら海面を風上に向かって泳いでいるのを見つけた

よく見ると確実にヤツは進んでいた

おそらく水中では必死に足を泳がしているのだろうが如何せん風が強すぎる

なのにそのカモはゆっくりゆっくり確実に進んでいく

どこへ行こうとしているのかとその進行方向の先を見ると

50mほど先に海へ突き出した突堤があって

その陰で波を避けて休む20羽ほどのカモの群れがいた

「あそまで行くの?」

いつもそうだけどボクはそれが動物相手でも植物相手でも声にして聞いたりしてしまう

すると大抵返事が聞こえるのだ

「うっさいはボケ、ほっとけや」と

いやいやそれにしてもそんなカモの日常の光景にも「すごいな」と感じる

それほどヒトは自然からかけ離れてしまったのか

凍えた指先は缶コーヒーでは温まらないけど

手首をまくってそこを掴むとすぐに回復するって、経験あります?

ヒトの身体は一日に1500kcalも消費して熱を生み出している

これは理論上1.5Lの水を100℃に出来る程の熱量ってことだ

だから自分の熱に頼る方が暖かい

ヒトはまだまだ自然に近い生き物だ

カモが冬の海面を風に逆らって進むような力がまだまだボク等にもあると信じている



夕方ガレージにクロ介の様子を見に行くと

すでにトリクル充電に変わっていた

試しにエンジンをかけてみようとキーを捻ると

スパーーーーンと激しいアフターファイヤーをかまされ心臓が止まりかけた

ツインプラグ化のために「エキスパンダー」とか云うなぞの回路が挟まっているけど

そいつがなぜかキーをONした瞬間に一発自爆(点火)かますのだ

シリンダ内やエキパイ内に生ガスが残っていると確実に破裂する

キャブ側に回るバックファイヤーだとキャブが外れることもあるらしい

朝、セルを回しすぎたようだ

煽る心臓を押さえながらセルを回すと

クロ介は何事もなく

しかも一瞬のたじろぎもなく始動した

充電器縛りは必須だ

まあバッテリーも4年も使っているのでそろそろ交換か

機関維持のため翌日クロ介に乗って

海を見ながらコーヒーを飲みに出かけたのは云うまでもない

「エっ、今日もオートバイに乗るの?」

「仕方ないさ、機関維持だよ」


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