性格というものは後天的なモノだというのが一般的な見方だが
当の本人にとってはそんなのハナハだ迷惑な話だ
先祖の誰それからの悪い遺伝に相違ないさ
そんな風に思えられれば気も楽だろうに
それがまさか
こんなにもイヤな性分が自分自身で作り上げたモノだったなんて
まさに悪い冗談くらいにしか思えなかったりする
「性格」と云うだけあって頑固に凝り固まっていて
自分ではもはやどうすることも出来ない状態だから
逆に「ひとごと」のように感じるという部分もある
そう云えば
毎日の晩酌の当てに刺身の二切れ三切れが決まりだったボクのジィさんは
台風なんかでバァちゃんが買いモンに出られなくても
食卓に刺身が無いと信じられないくらい不機嫌になるような人だった
イヤなジジィだなとその時は思っていたけど
実はジィさんもそんな自分のダメさ加減を分かっていたのかもしれない
そんな風には考えられないだろうか?
まぁ実際それを自分で反省していたかどうかは知らんけど
この頃、あんたジィさんに似て来たね
なんて云われると実はちょっとうれしかったりする
もちろん自分勝手で我が儘がうれしいのではなく
やはり性格は「後天的」なモノではなく「先天的」なモノなんだとホッとするからだ
知ってのとおりボクの性格は相当な天邪鬼
自分自ら後天的に作り上げた恐るべき性格だ
そしてそんなボクは毎年この時期になるとちょっとワクワクしている
それは色付いた葉っぱをすっかりふるい落として
ひと気のなくなった「せせらぎ街道」を走るのが大好きだからだ
この恐ろしく悪趣味な考えに取り憑かれて20年位になるか
実際、毎年のようにせっせと通い詰めている
そもそもこんなカタチで人に読ませるモノとしては
どうなんだろう、と自分でも思うけど
でもね
ボクはこれを世界中の天邪鬼という少数派に向けて書いているのだ
ニヒリストやペシミストでもシニシズムの人なんていうのも大歓迎
いつも世の中の境界線上に立ってモノ事を見ている感じなんだけど
どんなモノでもどっちかに振り切れると真逆に見えることがあるじゃない?
西へ西へと進んでいるつもりでも
ある人には東から来た人と思われる
それだ!
真面目に!真摯に!懸命に!
そう有り続けようとするとなんだか世界からは
天邪鬼に見えている
と、回りくどい言い訳をしたけど
早い話、ひねくれものってことだ
(本当はちょっと違うし、本人もそうは思ってないけどね)
あなたが天邪鬼であることをせめて祈ろう
ただ紅葉が終わったせせらぎ街道へ行くには
少しばかりコツがいるのだ
美しく色付いた葉っぱたちがすっかり枯れ落ちてしまって
足元に茶色く降り積もる頃
峠(西ウレ峠1121m)はもう氷点下まで気温を下げるのだ
明け方には霜も降りて
それが朝日に当たって融けると
街道を一面ぐっしょりと湿らせてしまう
おかげで日陰の道路は日中になっても乾かず
そのまま夜を迎えると凍結なんてこともある
アメダスで近辺の観測点「六厩(標高1015m)」を見ると
すでに最低気温は―5℃くらいと出ている
しかも午後10時くらいから氷点下へ落ち始めて
日の出前に最低気温の―5℃まで達し
そして9時を回る頃(谷に陽が差す頃)にようやく
気温が上がってくるような感じだ
だから気候の進み具合はよく見極める必要がある
それともうひとつ
今年は太陰太陽暦(旧暦)では2月に閏月が入る年回りなので
新暦の感覚では全体的に季節感に齟齬を感じる
中秋が9月の末だったことを思い出せばわかるが
2週間ぐらいのずれ込みがあるだろうから
せせらぎ街道はまだ紅葉が終わり切っていないかもしれないのだ
いやいや、それって悪い事か?
と自分にツッコミを入れてみる
去年の日記を見ると
フリースベストとウルトラライトダウンで暑いとある
今年は同じ服装でちょうどよさそうだ
念のため丹田にカイロを張り付けておく
結果、これは大正解だった
「高速に乗って北へ向かう」
歌の詞みたいだなと考えながら
同時にヒザ小僧が冷たいなとも考えている
けれどクロ介(BMW R100改RS)の大きなカウリングに潜り込んで
冷たい晩秋の空気を切り裂いて走るのは
まさに至福の瞬間なのだ
だから単に天邪鬼と云うだけでこんな季節に
わざわざ紅葉の時期を外してまでせせらぎ街道へ行く訳ではない
この季節がコイツ(クロ介)との一体感を得るのに重要なのだ
スクリーンの前方には今年も岐阜の山々が美しく見渡せる
遥か白山の雄大な山容はすっぽりと雪に覆われ
御嶽、木曽山脈は肩から上に綿帽子
恵那山も山頂付近の谷筋が白く光っている
もうこのパノラマを見るだけで十分なんだけど
それでもクロ介の快調さに気を良くして
肩をすぼめてカウルにすっぽりと身体を潜らせ
さらに北へ進む
クロ介との一体感を楽しむうちに程なく郡上八幡に達する
下へ降りてみると案外国道471号線へ向かうクルマが多いと気付く
そうか、まだ紅葉終わってないんだな
と、ちょっとガッカリしながら
仕方ないさと自分をなだめて車列に加わる
それでもさほど流れが遅くなることもなく順調に明宝を通過する
どうやら紅葉もこの辺りまでのようで
道の駅にはクルマが一杯だ
その先はクルマもやや減り中央線も破線
坂本トンネルの入り口から山を見上げると一面のススキが穂を光らせていた
峠を越えると季節は一気に進み
ボクの大好きな晩秋のせせらぎ街道が待っていた
非力なクロ介に鞭を叩き入れ
渓流沿いのダイナミックなワインディングを駆け上がる
ビギナーを受け流し
リターンをちぎり捨て
マスをなぎ倒して
気付けば西ウレ峠
ウェットは残るが葉っぱはみんな落ちてしまって
せせらぎ街道はクリアラップだった
峠の気温表示は「5℃」
寒いし腹も減ったので昼メシにする
まぁゆっくりこの雰囲気を味わっていたいというだけだがね
傍らをザワザワと音を立てるせせらぎ
それに乗って無数の落ち葉が次々と流れ下っていく
せわしく流れる雲がときおり日差しを遮るけど
地表には風もなく
とても穏やかな晩秋の眺めだ
♪こぎつね コンコン 山のなか~ 山のなか~♪
と、呑気にひとり口ずさみながら湯が沸くのを待つ
カップヌードル(またかよ!)買ったつもりが
カップニャードルだった
でもね、味は全く一緒だったよー
小一時間のんびりした後
まだまだ続く谷筋のワインディングを走る
今年は交通量がほぼなくて
(たとえあっても地元民は超速い)
久しぶりにスタンド擦りまくったよ
途中、巣野俣あたりの橋上に塩カルが積もるほど撒かれていて焦る
やっぱりもう凍結するんだね
いやー
それでも本当にせせらぎ街道は最高に楽しい
国道158号線に合流すると終わった感に支配される
あとは帰るだけ
なんだけど
高山市街の背後に聳える雪を被った北アと乗鞍の峰々が視界に広がる
その光景はまるで街全体が巨大な伽藍になったような荘厳さがある
こんな風景が日常にあるなんて相当うらやましい
けど地元の人はきっと見慣れてるからどうだろう
でも冷え込んだ朝
一夜で雪化粧した山並みにはやっぱり、はっとするんじゃないかな
飛騨・木曽の景色も格別だ
高山から何のひねりもなく国道41を南下
そう云えば去年気付いて忘れたけど
宮峠にズドーンとトンネル開いてた
長い長いトンネルでジワジワ高度を上げて久々野に出る
災害も事故も多い41号線の改良は進んでいる
クロ介の大きな真っ黒カウル
潜り込んだ身体の縁をかすめていく冷たい風
今年もそろそろ終わりかな
先祖はその辺りから九州へ流れ着いたのかも、なんて思う時もあります。 ブログ記事の様に名もない峠や景色に出会い
ボーっとするのが私も好きです。 ただ、ソロで通行量の少ない、ほぼ無い県道を走る不安も感じるこの頃です。 まあ、広い道も
通行量は少ない田舎です。 私のRSもそろそろあちこちのベアリング交換が必要な時期になりました、多分これが最後の交換でしょう。
身体の衰えを自覚しつつ乗り続けるつもりです。 昨今同年代の二輪事故死の記事を見る度に切ないです、お互いに安全運転でバイクを
楽しみましょう。 寒い季節のBMは最高です。
ボクも好んでひと気のないところを走っているので冷や汗が出たことも何度かあります
能登半島の林道でフルパニアの1150RTが窪みにハマった時は焦りました
でもおっしゃるとおりトラブルは必ず解決しますが、事故は命にかかわります
みんな「かっこいい」「気持ちいい」でオートバイに乗り始めると思いますが技量の向上と様々な交通の経験がとても大事だと思います
そういう意味では長年道路で生き抜いてきたボク等はその分事故の怖さを十分知っているのだと思います
50を過ぎて車間距離が自然に伸びている自分の老いに気づいて一度はオートバイを降りようと思いましたが、結局戻ってきてしまいました
気をつけて、気をつけてと言い聞かせて走っています
と思っていたら、私が何も言わなくても自分から降りると、、、自分は87歳まで乗る自信ないですが目標にして、、行こうと思います。
二輪は良いですよね、モーター二輪には乗れそうもないです、やはり内燃機関の二輪ですよ! RSを大切に乗ります、動く限りガソリンある限り、少なくとも後15年、80歳目指して。
ブログを楽しみにしております。
良い年をお迎え下さい。
RSは本当にいいオートバイだと思います
前に乗っていたツインサスの乗り味が忘れられないですが、モノサスのしっかり感も体験すると実用性は高いなと感じます
ボクも人生最後までオートバイに乗っていたいと強く思います
幸い田舎なので閑散とした道路が一杯あって自分のペースで走れます
80目指していきましょう
Boniiさんこそよいお年を