浪漫飛行への誘(いざな)い

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シニア留学体験記(1)

2014年07月30日 22時13分16秒 | 英語
定年後に念願であった海外留学(遊学)を2008年に実現したが、記録を残す意味で、その体験記を2回に分けてここに記載したい。

1 留学の計画

定年まであと数年と迫っていた頃、定年後の目標を明確にする準備作業に入った。会社では、長年、英語を使う仕事に従事してきたが、いかに自分に英語能力がないことに嫌気がさしていた。それでも、何とか業務をこなし、大きなミスも起こさずにやってきたのは幸いであった。しかし、自分自身海外留学の経験もなかったので、この機会に留学して英語能力の向上をめざしたいと夢見るようになっていた。

こんな背景から、定年後すぐに海外に留学する計画を立て、資金計画、留学先の決定、下見等綿密な準備作業を進めることにした。計画がスタートしたのは、定年の約3年前で、いざ準備を始めると定年が待ち遠しい心境になっていった。従って、定年を迎えるという寂しさはかけらもなく、定年前の2-3-年は夢あふれる毎日を過ごしていた。

2 留学先の決定、準備

当初の計画は、留学先はオーストラリアのブリスベン、期間は1年ないし2年、夫婦でロングステイ生活し、学校は、NOVAのような街にある語学学校ではなく、ちゃんとしたキャンパスを持った大学ないし専門学校の線で、情報入手に取りかかり、下見にも行った。

いろいろ検討した結果、オーストラリアは、英語の発音に癖があること、当時皮膚がんの原因になる紫外線問題が発生していたこと、1年から2年となると資金的な負担が大きくなること等により、急遽、ブリスベンからカナダのビクトリアに留学先を変更し、期間も5ヶ月に短縮することにした。

ビクトリアについては、そこに知り合い(今のマンションを買った時の前のオーナーという不思議な縁)がいたこと、英国のイメージを持つ美しい花の都であること、都市の規模が手頃な大きさであること、何回が行って馴染みがあったこと等により、あまり迷うことなく決まった。それも大きなキャンパスを持つビクトリア大学が行っている3ヶ月の英語集中講座に参加することにして、残りの2ヶ月は、旅行、ゴルフ、テニス等の遊学にあてることにした。

<英語講座紹介ビデオ>

https://www.youtube.com/watch?v=xNvAcLu-mo8

ブリスベンについては、学校の下調べもかなりしていたので、定年前の長期休暇を利用して、シャフストン・カレッジという英語学校で、1ヶ月だけの短期留学を行った。寮が併設されている学校であったので、一人で自炊生活をすることにした。日本の食材も簡単に手に入ったので、外食はあまりせず、頑張って日本食の自炊を続けた。この学校は一週間単位で授業を受けることができ、学生は、韓国、日本、中国、タイ、ヨーロッパ、中南米からの学生が多かった。若い人が大半であったが、自分のようなシニア世代の人も少し混じっていた。たった1ヶ月ではあったが、若い連中といっしょに、楽しく英語を勉強させてもらい、予行演習として貴重な体験をすることができた。

ビクトリア大学は、約19000人の学生がいて、広いキャンパス内に、鹿、リス、うさぎ等も多数いて、自然の緑に囲まれた理想に近いイメージの大学であった。キャンパス内に学部ごとにいろいろな建物が点在するが、留学の英語講座を行う建物も専用に用意されていて、図書館やコンピュータ室やカフェテリア等もすべて他の学生と共通であった。

留学先が決まり、次に住まい探しが始まった。2DK程度の家具付きコンドミニアムをネット上でいろいろ探したが、家賃がリーズナブルで、通学にある程度便利なところで、しかも家具付きで、半年という短い期間のみ借りられるコンドミニアムは限られていた。

最終的には、ネットで探しあてたコンドミニアム(大学までバスで15分位、1LDK 65m2)に決めた。リビングには折り畳み式のベッドが置かれていて、ベッドが二つ確保でき、時にはゲスト用にもなるので、二人で生活するには全く問題はなかった。家具付きなので、テレビや冷蔵庫はもちろん、調理用具からお皿まで何でも揃っていたが、日本人の知人から、炊飯器とアイロンだけ貸してもらった。電話もインターネットも使い放題であった。コンドミニアムは、5ヶ月契約し、その後2週間は、カナダ内の長期旅行に出ることにした。

3 資金計画・総費用

資金計画としては、留学に備えて、毎月積み立て貯金をすることにした。留学の授業料、コンドミニアムの家賃、生活費、ゴルフや旅行等の娯楽費等、大体の経費の予測を立てるのはさして困難ではなく、資金計画は立てやすかった。当初は400万円位の予算を立てていたが、結果的には、二人分のカナダ往復の航空券、5ヶ月のコンドミニアムの家賃、二人の授業料、生活費、ゴルフ等の娯楽費、カナダ国内の旅行費用等全部で約450万円を使ったが、それによって得られたものを考えるとそれほど高い出費ではなかったともいえる。旅行費用と頻繁のゴルフ代を除くと、留学・ロングステイ費用だけでは、350万円以下であったと思われる。久し振りの大口の出費となったが、このタイミングで使ったのは大正解だったと考えている。3年にわたって、積み立て預金をやったので、退職金はほとんど手をつけなかった。参考までにかかった費用の概算は以下の通り。

(概略) 
      授業料       47万円(二人分)
      家賃        94万円(5ヶ月分)
      生活費     131万円
       旅行費用      101万円(カナダ国内)
      往復航空券     41万円 
       娯楽費その他    36万円
合計       450万円

4 クラスメート

3ヶ月プログラム参加の学生は、韓国、日本、中国、中近東、中南米等から150人位いたと思うが、希望により、一般的な英語の勉強をするクラスと大学受験資格も得られるアカデミックな勉強をするクラスに分けられた。入学にあたって、最初の日にクラス分けの試験を受けた。TOEICのような実践的な問題で苦労したが、結果的には、一般的な勉強を行う一番上のクラスに入った。クラスメートは、10人で、コロンビア1 ベネズエラ1 トルコ1 韓国4 日本3であったが、韓国の1人の男性が途中帰国してしまったので、実質は9人、内 8人が18歳から26歳までのうら若き女性で、男性は小生1人のみで、美女に囲まれ、まさにハーレム状態であった。

若い女性と机を並べるのは、楽しいし、刺激もいろいろ受けた。ある時、韓国の女性3人から3人のうち誰が一番タイプかとの質問を受けたことがあった。咄嗟ではあったが、恋人にするならAさん、妻にするならBさん、遊び相手ならCさんと答えたことがあった。こんなに恵まれた環境で留学できるなんて全く想像していなかったので、60歳にしてまさに桃源郷の世界を体験したともいえる。クラスメートの女性達とは、今でもコンタクトがある。

ベネズエラの女性は、母国でサルサダンスのコンテストで優勝したことがあり、ビクトリアでもサルサダンスを教えていたほどである。彼女は、前の講座からの継続で、その時のスピーキングパートナー(後述)と結婚直後で新婚であったが、その後カルガリーに転居し、2010年にカルガリーに旅行した際には彼女の家に遊びにも行った。

トルコからの女性は、声楽も勉強していて、今でもビクトリアに滞在している。また、韓国の3人の女性とは、2012年に友人の結婚式参加でソウルに行った時、再会を果たすことができた。皆いい娘なので、年寄りにも優しく接してくれるのが嬉しい限りである。

5 授業内容

授業内容は、皆すでにある程度の英語能力があるので、テキストに沿った勉強のようなものは少なく、例えば、ビクトリアの名所を英語で勉強し、他のクラスの生徒を前に現地に行って英語で観光ガイドをするとか、スーパーマーケットに行って店長の説明を聴いたり、裁判所に行って裁判を傍聴したりとかキャンパスの外に出て行う授業も少なくなかった。

リーディングでは、グループ毎に分かれ、それぞれ好きな小説を選び、毎週20ページほど家で読んでくる宿題があり、授業ではそれを読み合わせ、最後には、その小説のDVDを見せられ、内容について試験を受けた。自分のグループは、“The Painted Veil” (彩られし女性、2006年映画化)という小説を選んだが、難しい単語も多く、なかなか大変だった。英英辞典が大活躍していた。

リスニングでは、「フレンズ」等のシットコム(Situation Comedy)のDVDを使い、聴きとる練習をして、表現の勉強をしたり、視聴覚ルームでリスニングの授業を受けたりした。シットコムの英語は、まさに日常使われる生きた英語なので、役に立つ表現も多いが、なかなか聴き取れず苦労した。笑いのツボで笑えないのはつらいものがある。字幕なしでのドラマの会話が理解できるようになれば、英語能力も一人前といえる。現役時代に苦労したのは、まさにこのリスニング能力の問題であった。日本人や韓国人は総じて苦手な様子であったが、中南米からの仲間はほとんど聴き取れていたようである。

また、選択科目を取る授業もあったが、自分は苦手なリスニングの授業を選択した。各自英語の歌をピックアップし、それを皆で歌詞を聴き取る練習が中心であった。若い娘の選ぶ曲は聴いたこともないような流行の曲も多く、歌詞のリスニングも大変であった。自分は、歌詞が大好きなサウンド・オブ・ミュージックから“16 going on 17”を選んだ。個人的にはリスニングが一番苦手であったので、リスニングの授業はついていくのに苦労した。

スピーキングでは、1回目は 個人的話題、2回目は、文化問題、3回目は深刻な社会問題について、3分間スピーチをやらされた。イディオム、慣用的言い回し等の勉強もいやというほどやった。格調高い表現も多く、この年になるとなかなか頭に入りにくく、悪戦苦闘した。文法を勉強する授業やメールの文書や手紙の書き方を学ぶライティングの授業もあったが、こちらは比較的対応可能であった。

3ヶ月の集中講座のため、とにかく内容が盛りだくさんで、毎日、復習と予習をやらないと授業についていけない感じであった。 週末も含め、宿題も毎日のように出されるので、毎晩遅くまで机に向かっていた。当初は、夜中まで宿題をしながら、定年後はゆっくりするはずが…とぼやきたくもなった。こんなに毎日夜遅くまで勉強することになるとは想像もしていなかったが、小テストが週に1回は行われていたので、勉強せざるを得ない状況であった。

授業内容としては、概して総合的英語能力の向上をめざし、綿密なカリキュラムが組まれている印象であった。実際に授業で習った慣用的表現については、当時のノートから自分のHP(http://romanflight.web.fc2.com)上の「語学シリーズ」に整理掲載し、今でも時々復習がてら目を通している。


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無料英会話レッスン

2013年05月02日 21時48分18秒 | 英語

久し振りに渋谷に行く用事があったので、数年ぶりに末日聖徒イエスキリスト教会の無料英会話に参加してみた。何年も前に、時々参加していたことがあり、その時の受付名簿から先日英会話への勧誘の電話があり、その後どうなっているか興味もあったので、久しぶりに覗いてみた。

ご存知の方も多いと思うが、この教会はキリスト教系の新宗教で通称モルモン教会といわれているもので、本部はアメリカのユタ州のソルトレイクシティにある。日本にも各地に教会があると思うが、どこでもアメリカ人の宣教師が、ボランティアで英会話を教えている。

もちろんモルモン教の信者である必要はなく誰でも参加でき、無料で英会話を学ぶことができる。宣教師は皆アメリカのネイティブスピーカーで、日本語もできる人がほとんどなので、気軽に英語と日本語で会話を楽しむことができる。1時間半位のレッスンであるが、無料であることは嬉しい。

初級・中級・上級の3つのクラス分けがあり、今回は上級に参加したが、参加者は10人。上級の場合、いろいろな話題のフリーカンバセーションが中心のようであるが、初級、中級もあるので、英語の初心者でも気軽に参加できる。

今日のクラスでは、先生はアメリカ人のご夫妻で、「あなた及びあなたの家族に起こった面白い出来事について話してください」というトピックであった。英語ではsomething funny ということであったが、そのような出来事はすぐには思いつかなかったので、先の日記にも書いた見知らぬ外人さんを家に招いたことを紹介した。

生徒の人数は全部で、30人近くいたと思うが、英語ネイティブの宣教師も7-8人いるので、何とも独特な雰囲気。彼らは日本語もできるので、つい日本語で話をしがちであるが、その気であれば生の英語にはたっぷり浸ることは可能。

今回ビックリしたのは、何とあの有名なケント・デリカット氏がお嬢さん2人と遊びに来ていた。彼がモルモン教徒であることは知っていたので、違和感は全くなかった。

話によるとお嬢さんは2人とも渋谷で宣教師をやっていたとのことで、まさに古巣をプライベートで親父といっしょに来たとのこと。彼自身も宣教師として来日し、そのままタレントとして日本に残ったもので、まさにモルモンファミリーといえる。彼は、初級に参加したようで、いっしょには勉強できなかったが、合同のゲームの時にちょっと話をしたり、いっしょに写真を撮ったりすることもできた。

久し振りの参加であったが、前に比べて活気があったのと、讃美歌を歌ったり、説教のような宗教色のある場面も全くなく、純粋に英会話の勉強をやっている印象であった。夜に渋谷に出かけるのはちょっと億劫であるが、チャンスがあったら、また覗いてみようと思う。

宗教の勧誘があるわけでもないので、お金をかけずに英会話を勉強したい、それもネイティブからと思っている人は、是非一度参加してみてください。日本人同士での英会話倶楽部も多いですが、無料でネイティブから英語が学べるのですから、利用しない手はないですね。
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久し振りの観光ボランティアガイド

2012年12月20日 20時23分31秒 | 英語
19日、久し振りに英語による観光ボランティアガイドをやった。ニューヨークの大学で国際関係論を教えているという49才のアメリカ人男性で、日本への初めての訪問だという。本人に聞いてみると、講演をするためにシドニーに行く途中に日本に立ち寄ったとのことであった。

事前に本人に希望を聞いたところ、観光ガイドブックに載っていないような東京の街の界隈を見たいということであった。なかなかむずかしい注文であったが、友人から荒川の都電に乗ってはどうかとのアドバイスを受けたと聞いたので、いろいろ考えた末、次のようなルートで案内することにした。

ホテル(新宿)→浅草(羽子板市、浅草寺、浅草神社)→都電乗車(三ノ輪橋から庚申塚)→巣鴨のとげぬき地蔵→江戸六地蔵→六義園→東京駅赤レンガ→ホテル

浅草はガイドドブックに載っている東京の一番の名所であるが、ガイド日が年1回の羽子板市とたまたま重なっていたので、強く勧めたもので、後は、外国人旅行者があまり行かないところを選んだつもりである。赤レンガは本人が新幹線の切符の件で東京駅に行きたいというので、急遽追加したものである。

JR、地下鉄、都電といろいろな乗り物に乗ったが、ガイドをしていていつも質問されるのは、どうして多くの人が白いマスクをしているのかということである。マスク着用の姿は、外人旅行者にとってはとても奇異に映るようである。

羽子板市のためか、浅草寺界隈は相当な人が出ていたが、羽子板のお店や屋台も多く出店していて、活気があり、本人も喜んでいた。浅草の居酒屋で海鮮丼や焼き魚付きの和定食の昼食を食べた後、懐かしのチンチン電車による30分の旅を楽しんだ。沿線の街並みは風情があるが、線路沿いにバラがいっぱい花を咲かせていたのに感嘆していた。

とげぬき地蔵では、洗い観音を水で洗い、本尊の姿を刷った有名な「御影」(痛いところからとげを抜き、病気平癒に効験があるとされる、5枚入って100円)を買ったりした。江戸六地蔵は、1700年代の初頭、江戸からの街道沿いの市中の六箇所に造立された銅造の地蔵菩薩像で、現在は5つのみ現存しているが、4番目の像が巣鴨の旧中山道沿いにある。(ちなみに1番目の像は、旧東海道沿いで我が家のすぐ傍にある)

東京の古い街並みを眺めた後は、柳沢吉保が1702年に築園した和歌の趣味を基調とした大名庭園として有名な「六義園」を散策した。茶屋で抹茶と和菓子をいただき、人もまばらな静寂の中で、江戸を代表する大名庭園の風情を楽しんだ。

東京駅では、丸ビル5階の有名なビューポイントからライトアップされた新しい東京駅の美しい姿を楽しむこともできた。天候に恵まれたものの、この冬一番の寒さということで、使い捨てカイロも持ちながら、一日中東京の街を散策し、万歩計の数字も2万歩を超えていた。

このボランティアガイド、あくまでボランティアなので、報酬は取れないが、ガイド中の電車賃、昼食代、入場券代等はすべてゲスト持ちなので、ほとんどお金をかけずに東京の街中の散策をいっしょに楽しめ、英語のネイティブスピーカーと英語を話す機会を持てるので、変な英会話学校に行くよりはるかに役に立つものである。

久し振りのボランティアガイドであったので、多少緊張したが、楽しい1日を過ごすことができた。今度ニューヨークに来ることがあったら、是非案内させてほしいとも言われたが、このような形で世界中に友達の輪を広げることができたら実にすばらしいことである。

もし、興味のある方がいれば、検索でTokyo Free Guideを検索してみてください。
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通訳のむずかしさ

2012年09月29日 16時57分46秒 | 英語
今までに仕事上で、何回となく個別の通訳や会議通訳の仕事をやらざるを得ない場面を経験しているが、なかなかうまく行かず、そのたびにいかに英語ができないかを痛感した。

まず、会議通訳では、三重苦をかかえる。一つ目は、専門用語に精通していない、二つ目は、経緯がわからない、三つ目は、英語能力が不十分。9年間、陸上競技の世界で英語通訳を仕事の一部としてやってきたが、初期の頃は、特に、専門用語、経緯がわからないというハンディで苦労した。会議の中で、「この前の~の件は~することにしましょう」などということもよくあり、経緯をわかっていないと内容はチンプンカンそのもの。英語能力が完璧であれば、そのハンディもある程度カバーできるが、それも不十分であるため、まさに三重苦なのである。

会議通訳では、20人位の会議から、議長の通訳、大人数では総会(200数か国)での通訳、どれも荷が重すぎ、冷や汗の連続であった。自分の場合は、リスニング能力に問題があるので、会議で皆の発言を正確に理解するのが大変であった。ネイティブの英語は早口だし、ノンネィティブの英語は、インド英語等訛りの強い英語が多いので、聞き取るのが一苦労であった。

通訳をするということは、日本語→英語、英語→日本語の両面があるが、自分にとって一番きつかったのは、英語→日本語の通訳である。この場合、英語が80%しか理解できないと、80%しか日本語にできないからである。大事なポイントを聞き逃したら、致命的となる。それに対し、日本語→英語は、日本語は100%理解できるので、後は、それをどう英語で表現するかだけであり、どんなブロークン英語でも何とかなるものである。

同時通訳ができるほどの英語の達人がいるが、我々とは雲泥の差であり、ただ敬服するのみである。我々レベルでは、日本語→日本語の同時通訳すらできないのであるから、物凄い能力である。同時通訳まで行かないとしても、せめて、選手へのインタビューができる位になりたいと思っていたが、今からではそれすらとても無理である。

スピードラーニング等聞き流すだけで英語が話せるようになるというような教材の広告は、誇大広告もいいところ。初心者レベルでは少々の効果はあるかも知れないが、仕事で英語を使うレベルで全く役に立たない。昔ヒアリングマラソンという教材を利用したことがあるが、効果はあまりなかった。要するに、聞き流すだけでは、駄目で、どの位集中して聴けるかだと思う。

例えば、「ほとんど almost」は「オールモー」で「オールモスト」とは聞こえないのである。「製薬会社 pharmaceutical company」は、「ファーシティカル カンパニー」で、「ファーマシティカル」とは聞こえないのである。 “an” “and” “on” “ in”などは会話の中では、ほとんど同じように聞こえるので、文脈で区別して聞き取れないと英語はまず正確に聞き取れていないといってよい。

定年後、カナダに3か月英語留学したが、これとて自己満足の世界で英語の上達とは程遠いものである。映画を字幕なしで100%理解するという夢があるが、これまた至難の業で、並大抵の努力では絶対無理と実感している。

一方、英語の勉強の過程で、我々の日本語能力の素晴らしさに感心する次第である。日本語ができるという外人の内、どの位の人が、テレビの「笑点」を見て笑えるかである。「笑点」を見て笑えれば、その人の日本語能力は本物である。

自分の英語レベルでは、残念ながら、アメリカのシットコム(Sitcom, situation comedy)を見ても笑えないのである。今では、哲学的諦めの見地からこれ以上の英語の上達は諦め、英語を使ったコミュニケーションを楽しむようにしている。

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