浪漫飛行への誘(いざな)い

海外旅行は102か国、海外旅行、世界遺産、飛行機、卓球、音楽、歌謡曲、初物、語学、仏教シリーズ等の趣味の世界をブログに

エストニア旅行の思い出 

2020年08月31日 08時28分56秒 | 旅行

2010年9月に24日間にわたる長期の東欧一人旅に出たが、バルト3国の一つであるエストニアからスタートした。エストニアは、66か目の訪問となる。直行便がないので、フランクフルトからバルト航空でリーガ(ラトヴィア)経由で首都タリンに入った。タリンの鉄道駅に隣接したホテルに泊まったので、旧市街へはかなりの距離を歩くことになった。洒落たホテルで、廊下のカーペットには鉄道のレール模様が描かれていたのが印象的であった。

旧市街は城塞に囲まれているがとても綺麗な街並みを形成している。13世紀に建てられた騎士団の城であるトームペア城やラエコヤ広場、旧市庁舎、聖ニコラス教会(死のダンスの絵が有名)、聖霊教会、三人姉妹のファザード等見どころも多い。

タリン歴史地区は世界遺産にも指定されているほど美しい景観となっている。印象的な赤い屋根は、ドイツの城塞都市を思い出させる雰囲気があった。特にトームペアの丘からの展望は絵葉書のように美しい。タリンの城壁は三角屋根の塔が並んで旧市街を囲んでいる。旧ソ連圏の国ではあるが、美しい街並みはヨーロッパの雰囲気を醸し出している。2泊もすれば十分であるが、十分に街全体の世界遺産を楽しむことができる。是非とも足を運びたい国である。

写真は、トームペアの丘から見たタリンの街並

エストニア旅行アルバム: https://youtu.be/_NK0RhQCAYk

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北マケドニア旅行の思い出

2020年08月30日 08時24分26秒 | 旅行

2009年5月、ブルガリアのソフィアに滞在中、長距離バスを利用して、2泊3日で北マケドニア(当時はマケドニア)の首都、スコピエへ小旅行した。20日に7時間もの長距離バスで北マケドニア入りし、無事63カ国目を達成。時差が1時間あるのにビックリ。国境では、出国、税関、入国、税関の4ステップが必要で、そこだけで2時間弱かかった。バスで国境を超える経験は、昔、西ドイツと東ドイツとの移動以来。たいして厳しい検問をしているわけでもないのに、嫌になるほど時間がかかるのは、何とかしてほしいものである。

また、到着時、タクシーに乗り換えるのが一大事。どんどん客引きに来るので、それを無視して、わざと少し離れたところに待機していたタクシーに交渉し、幸運にもメーター付きだったので、ぼられないで済んだ。空港や駅やバスターミナルへの到着時のタクシー利用は、一番ぼられやすいので、到着後の即タクシー利用や夜間の到着も避けるようにしている。

21日は、スコピエの街を1日観光して歩いた。1963年の大地震で倒壊した旧鉄道駅(今はスコピエ博物館に利用)から始め、石橋を渡って、オールドバザールや城塞までぶらついた。何と城塞では、200人以上の人が城内の発掘作業をやっていた。学生もいるようだが、仕事でやっている人も多いようである。今だに、土器や当時の物が出てくるというからすごい。さすが、歴史の教科書に出てくるマケドニアという名前の面目躍如といった感じ。

スコピエは、オスマントルコの影響からか、ヨーロッパとイスラム世界が入り混じったような感じの街であったが、狭い街の中に、大きくて綺麗なショッピングモールやスーパーマーケットが2軒もあるのにビックリしたのを覚えている。隣国ギリシャと長年国名論争をやっていたが、2018年に合意に至り、2019年から国名が北マケドニアに変更された。

写真は、古橋

北マケドニア旅行(2.52まで): https://youtu.be/-UlpNerOlo0
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サンマリノ旅行の思い出 

2020年08月29日 08時36分47秒 | 旅行

2002年5月にイタリアのリッチオーネというアドリア海に面したリゾート地で、世界マスターズロードの競歩選手権が開催され、それに合わせ、国際陸連のマスターズ委員会が開催された。マルタの時と同じように、会議への通訳として出席した。リッチオーネは、夏にはヨーロッパ各地からリゾートを求めて集まる人気スポットとなっているようである。近くにはリミニというリゾート地があり、そこを経由して、日帰りで45か国目となるサンマリノという小国を訪問した。

バスを乗り継いて行ったが、サンマリノは山の頂にあるまさに独立した城塞国家である。世界で5番目に小さい国家で、世界最古の共和国であるとのことであるが、まさに山の上にあるというイメージであった。

街自体は標高700mの岩山ティターノ山を中心に広がっているが、歴史地区は世界遺産に登録されている。この城塞都市は、3つの要塞で守られている。第1の要塞はグアイタ塔(11世紀)、第2の要塞はチェスタ塔(13世紀)、第3の要塞はモンターレ塔(14世紀)という城塞が築かれている。城塞見学が中心となるが、たまにはこのようなミニ国家を訪れてみるのも面白い体験となる。

写真はグアイタ塔

リッチオーネ・サンマリノ旅行アルバム(2.22まで): 

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マルタ旅行の思い出

2020年08月28日 09時59分58秒 | 旅行

マルタに行ったのは、2001年4月のことで出張旅行であったが、43か国目となった。マルタ島といえば、「マルタ島の砂」という歌で有名であったが、あまりイメージはなかった。マルタの首都は、ヴァレッタという街で、ヨーロッパのベテランロード選手権が開催され、それに合わせて、国際陸連(今の世界陸連)のベテラン委員会の会合が開催されたものである。ベテランとは当時の言い方で、今はマスターズと呼ばれているが、要するに年寄り(35才以上)の陸上競技愛好家による大会である。ロードというのは、道路を走る長距離レースと競歩の競技である。大会に合わせて国際会議が開かれることはよくあることで、ベテラン委員会という国際陸連の委員会に日本からもメンバーが入っており、自分自身は通訳として一緒に参加したものである。レースの合間に会議が行われるが、せっかくなので、空いた時間を見つけ島内の観光を楽しんだ。

ヴァレッタには、古代文明の遺跡がたくさんあり、紀元前3000年の巨大文明のタルシーンの神殿やハガール・キムの神殿跡が今も残されていて、世界遺産にも登録されている。それだけでも見る価値がある。また、聖エルモ砦という見どころもある。マルタといえば、騎士団でも有名であるようで、大会中も騎士の扮装した人々も現れていた。この地中海の島には長い歴史が隠されているのだと感じた。

写真はタルシーン神殿跡

マルタ旅行アルバム: https://youtu.be/fT9NI2nkYik
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旧ユーゴスラビア旅行の思い出

2020年08月27日 08時09分49秒 | 旅行

ドイツ駐在中の1989年の夏休みに家族でユーゴスラビア旅行に出かけた。旅行したのは、当時の首都ベオグラードとノビサド(共に今のセルビア)、ザグレブ、リエカ、ツレス島(共に今のクロアチア)、ポストイナ鍾乳洞とリュブリアーナ(共に今のスロヴェニア)である。当時は、どこもユーゴスラビアであったので、その後の内戦による国の分裂には心が痛む思いである。当時、同じマンションの住人がザグレブ出身であったので、彼らの街と別荘のあるツレス島に招待されて遊びに行ったものである。

ツレス島は、アドリア海最大の島で、海は綺麗で素晴らしいリゾート地であった。彼らの別荘に泊めてもらい、バーベキューをやったり、コンサートに出かけたり、昼は海でボートや水遊びやテニスを楽しむことができ、子供達にとっても最高の夏休み旅行となった。ツレス島で床屋に行ったが、初めての日本人客だと言われたのをよく覚えている。

2007年と2017年にザグレブを再訪問し再会することができ、この家族とは今でもお付き合いが続いている。内戦で一時は消息不明となったが、インターネットのおかげで、奇跡的に居場所がわかり、交友を再開することができたものである。 

写真は、ツレス島
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皆があまり行かない国への旅行記

2020年08月26日 19時24分50秒 | 旅行

今や新型コロナ問題で海外旅行は全くできない状態が続いているので、しばらくの間、過去の海外旅行を振り返ってみることにしたい。今までにヨーロッパ全ての53か国の国と地域への海外旅行を経験しているが、その内、皆があまり行かない国々への旅行は一人旅が多いが、記録にとどめる意味で旅行記を回想してみたい。ヨーロッパでは、下記の様な国々があまり行かない国になると思われる。

(訪問順)

セルビア・スロヴェニア・マルタ・サンマリノ・北マケドニア・エストニア・ラトビア・リトアニア・ベラルーシ・モルドヴァ・モンテネグロ・ボスニアヘルツェゴビナ・アルバニア・キプロス・北キプロス・アンドラ・ジブラルタル・アゼルバイジャン・ジョージア・アルメニア・コソヴォ等々

全ヨーロッパ53か国旅行: https://youtu.be/2SwY-rlodk8
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戦後最長で最悪?の内閣 

2020年08月25日 08時00分22秒 | 政治

8月24日、安倍首相が連続在職2799日を迎え、佐藤栄作氏の最長記録を更新したというニュースがマスコミを賑わしている。2012年からというから、まさに戦後最長の政権となったが、同時に戦後最悪?の内閣であるともいえる。特に、ここ数年は森友問題に端を発する不祥事の連続で、現在のコロナ問題までとても誇れる業績とは程遠い状況が続いている。一強体制の弊害がもろに露呈しており、日本の政治史上の汚点ともなっている。

コロナという未曽有の災禍を迎えているのに、国会は開かず、身の保全のみに終始し、秘書官や一部の側近のみによる独裁政治は目に余るものがある。ここ数年、裸の王様になっているうえ、ここに来て体調問題も取り上げられてきており、可哀そうであり、大変気の毒である。本人のためにも、日本のためにも、早く身を引くことが望まれる。後半は強引な政治手法やえこひいきが目立っていたので、身から出た錆といえるかもしれない。それでも思った以上に、支持率が下がっていないということは、まだまだ、いかに現状に満足している人や甘い汁を吸っている人が少なくないともいえる。

しかし、安倍さんが退任しても、スネ夫感のある岸田さんが後を継いだりしたら、何の光明も見えてこない。野党も再編の動きが胎動しているが、まだまだゴタゴタ感があって、政権交代には程遠い感じである。ひとまず石破さんに頑張ってもらうしかないと思うが、石破首相の実現も相当難しい気がする。さあ日本はどこに行く?
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アルメニア旅行の想い出

2020年08月24日 08時01分51秒 | 旅行

地元のケーブルテレビで、我が区に住む外国人を取材し紹介する番組があるが、先日何気なく見ていたら、アルメニア出身の女性とその家族が紹介されていた。ご主人は日本人で子供二人の家族であったが、アルメニアという名前を聞いて妙に懐かしく、2013年5月に旅行した時を思い出した。この時のヨーロッパ旅行は、22泊23日という長期にわたる一人旅で、アゼルバイジャン、ジョージア、アルメニアというコーカサス3国及びトルコ、ドイツ、イギリスの各国を見て回ったものである。

日本人にとってアルメニアという国はなじみの薄い国であるが、世界で最初(AD301年)にキリスト教を国教とした国で、見るべき世界遺産もいろいろあるので、観光旅行先としては、それなりの魅力がある。首都はエレバンという街で、ノアの箱舟で有名なアララト山(トルコ領)を見上げる位置にあり、絶景が展開する。ガルニ神殿、ゲハルド修道院、エチミアジン大聖堂、リプシメ教会、スヴァルトノツ遺跡の各世界遺産もなかなか見応えがあった。エチミアジンでは、英国のチャールス皇太子がたまたま来ていて、ボディガードもほとんどおらず、目の前で写真も撮らせてもらった。また、アララト山は雲に隠れて見られない時も多いようだが、ラッキーにも何回かその雄姿を見ることができて感動的なものがあった。

普段は忘れているが、テレビを見ていて海外の映像が出てくると急に当時の旅行が懐かしく思い出されることがよくある。コーカサス3国は、日本ではあまり知られていないが、歴史的遺産も多く、一度は訪れてみたい国々である。

写真は、アララト山、エチミアジン大聖堂、チャールス皇太子

アルメニア旅行アルバム: https://youtu.be/NeU4PQDoK1c

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米大統領選の内情を知ってビックリ

2020年08月23日 08時07分25秒 | 政治

11月3日の米大統領選まであと2ヶ月ちょっとに迫っているが、やっと副大統領候補も決まり、選挙は山場を迎えようとしている。4年前は、下馬評を覆して、誰もが想像していなかったトランプ大統領が誕生してしまった。当時、民主党のヒラリー女史が優勢だったにもかかわらず、トランプ氏が勝利したので、アメリカ人は愚か者が多いと感じていた。当時民主党のサンダース氏の支持者が代表を争っていたヒラリー氏に投票しなかったのも敗因の一つだったともいわれている。

トランプ氏は、アメリカファーストといいながら、すべて自分ファーストで、側近をどんどん首にしたり、そのワンマンぶりは目を覆うばかりで、今回も、自分の選挙に有利になるようなことばかりやってきたような気がする。あまりのひどさに今回は民主党が勝利すると思っていたが、民主党の内情をみていると必ずしもそうでもないようである。悪辣な中国を叩く意味では、トランプ氏が再選したほうがいいかも知れない。オバマ前大統領もバイデン氏を支持していないらしいし、事前の世論調査でも、ここに来て格差が縮まっており、どうなるかわからない感じになっているようである。

及川幸久氏によると、民主党には左翼や極右の人達も混在しており、女性のハリス副大統領候補も極左の人物であるようである。バイデン氏が指名したわけではなく、民主党の左翼勢力が左翼の票を得るために押し込んだようである。こんな話を聞くと、どっちもどっちという印象である。アメリカ国民は、本音ではトランプ氏にもバイデン氏にも投票したくないのではないかと思うくらいである。及川氏が大統領選の内情をBREAKING NEWSで解説してくれている。

及川幸久-BREAKING NEWS- (8/22): https://youtu.be/H1nGPh5txsE

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武田鉄矢の昭和は輝いていた

2020年08月22日 08時24分28秒 | TV番組

8月21日のBSテレ東の「武田鉄矢の昭和は輝いていた」は、昭和の一時代を築いたザ・ピーナッツ特集で、「ザ・ピーナッツの真実3時間スペシャル」であった。自分よりちょっと上の年代であるが、中学・高校時代は、まさにテレビの歌番組・バラエティ番組を席巻していた。特に、「シャボン玉ホリデー」は必ず見ていたし、自分の青春時代を語るには、ザ・ピーナッツの絶妙なハーモニーは欠かせない。

「恋のフーガ」や「ふりむかないで」などザ・ピーナッツが歌うほとんどの曲を手掛けた宮川泰の息子さんの宮川彬良さんがゲストで作曲のテクニックや魅力を詳しく解説してくれた。ザ・ピーナッツの歌の作詞を多数手がけた作詞家、岩谷時子さんの魅力も再認識した。最初のオリジナル曲である「ふりむかないで」は個人的に大好きな思い出の曲である。また、ザ・ピーナッツと同じ事務所にいた中尾ミエ、伊東ゆかりさんがゲストで出演し、数々の想い出とエピソード、人気絶頂にして突然引退した真実を語ってくれた。

3時間にわたる特別番組で、いっきに青春にプレイバックさせてくれた。「ウナ・セラ・ディ東京」(昭和39年)の1年前に、「東京たそがれ」という同じ曲があったことも初めて知った。曲名と編曲だけが違うということであった。園まりさんの「逢いたくて逢いたくて」(昭和41年)という曲も昭和37年にザ・ピーナッツが「手編みの靴下」という曲で歌っていたことも初めて知った。こちらは、曲名も歌詞も違っており、雰囲気も違う。

ザ・ピーナッツが、海外の音楽番組にも出演していたことも紹介してくれた。また、シャボン玉ホリデー(昭和36~48年)をはじめ、テレビ界への貢献もすごく、まさに我々世代にとっては、青春の代表そのものであった。当時の雰囲気を生で感じたくて、何年か前に浅草で行われていた虎姫一座の「シャボン玉だよ!牛乳石鹸」の舞台を見にいったこともある。

ザ・ピーナッツは、16年間活躍したが、若くして引退し、姉のエミさんが2012年に71才で、妹のユミさんが2016年に75才で亡くなってしまったのは極めて残念であった。若い時のイメージしかないので、時の流れを感じざるを得ない。


「ふりむかないで」: https://youtu.be/7BicqEAn4gE

虎姫一座の舞台: https://youtu.be/K1eKtzxd6pg

懐かしのザ・ピーナッツ特集(HP): 

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