「きらきらネームは止めて」と救急の関係者がツイッターに投稿したそうな。
ネット上では、「医師泣かせだ」「病院が対応すべきだ」など、共感から反発まで様々な反応が寄せられているとか。
県のこども未来局は
「主張は良く分かるが、子どもの名前は親が熟慮を重ねたものだ。ネットに投稿することで生じる社会的影響について熟慮してほしかった」と苦言を呈したらしい。
最近のこどもの名前は、様々。
当て字、外国名風、難字、オンパレード。
こどもの名前は親の世界観を現わしていると聞いたことがある。
「子どもの名前」なる本もある。
以前子どもの名前は、単純につけられることが多かったそうな。
凝った名前を付けるようになったのは、最近。
しかしながら、通常は、新しい命に対する親の願いや、こどもの将来への夢などを込めてつかられるように、なった反面。
他人からみれば、「ふざけている」「なんとなくつけた」「わざと、難しくした」としか思えない名前が増えてきているように思う。
こどもが成人になったとき、自分の名前が嫌なら、変更できるから、とにかく、つけた、のか。
以前、「あくま」という名前を自分のこどもにつけて、市役所に登録したニュースが、後々まで
掲載された。
ツィッターとかブログは、まだ、陽の目を見ない頃のこと。
様々な展開をみせたこの事件、保護者が、「あく」という名前に変更して決着した。
子どもの名前は、保護者の、自由ではあるが、責任があるのではないか。
こどもは、保護者の私物ではない。たぶん、一生持つことになる名前。
だからこそ、まじめに、きちんと向き合って、説明できる名前で責任を果たして欲しい。
こどもはペットではないのだから。