ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

蝉の消えた夏

2006年09月01日 | 通信-環境・自然

 先々週だったか、小学校一年生になる男の子の母親と称する人からメールがあり、
 「今年4月から沖縄に住むようになりました。・・・今、蝉の声が聞こえません。沖縄では8月に蝉は鳴かないのでしょうか?」といった内容。

 それより前の8月12日、友人Hとの会話、
 「最近、朝夕涼しい風が吹くよな。8月なのに珍しいことだよな。」
 「そういえば、セミの声が聞こえなくなったぜ。」
 「なんだろうな、もう秋ってことかな。」
 「まさか、沖縄の夏は今が真っ盛りだぜ。」
 沖縄気象台の記録を見ると、8月の気温、上旬は確かにここ4年で最も低いが、中旬は、あの記録的な暑さだった2003年に次いで高く、下旬は03年を超えて最も高い。蝉が秋と勘違いすることは無い。それに、秋になればなったで、クロイワツクツクが鳴くので、10月いっぱいは蝉の声が消えるということは無い。が、今年は消えた。
 全く消えたわけでは無く、時々は聞こえる。しかし、その声は数が少なく、小さい。あんなにたくさんいた蝉はいったい、どこへ行ったのだろう。

 Hの推理、
 今年の梅雨は記録的な大雨だった。雨量も記録的だったが、降っている時間も記録的に長かった。沖縄ではそう無いことだが、地滑りも数箇所であった。その地滑りで流された蝉の幼虫の数は少ないが、沖縄のどこの地面も、降り続く雨によって土の含む水分が飽和状態になっていた。よって、蝉の幼虫たちは皆、泥沼の中に長期間閉じ込められた。蝉の幼虫たちは泳げない。つまり、体力のある者を除いて、多くの蝉の幼虫は溺死したのである。というわけで、今年の沖縄の夏には蝉が少ないのだ。
          
 
 私の推理、 Hの推理が正しいとすると、幼虫の絶対数自体が少なくなり、地上に出てくる成虫の数も出初めから終わりまで、全体的にその数が少なくなるはずである。しかし、8月初めまでの蝉の数は例年通りであった。よって、彼の推理は正しくない。
 「8月の中旬からは、外は○○なので出るのは止めよう」ということに、沖縄の蝉界ではなっているのだろうと私は推理する。「○○なので」の○○が何なのか確かな事は判らないが、まあ、地球温暖化とか、オゾンホールとか、大気汚染とかの地球環境悪化の何かであろう。蝉たちの多くは外に出るより、地中に留まることを選んだ。
 蝉の幼虫は、樹木の根からその樹液を吸って生きている。進化した蝉たちは、羽化後も幼虫同様に根の樹液で生きられるようになった。そして、地中に棲家を作った。
          

 記:2006.8.31 ガジ丸


ゴーグチハーグチ

2006年09月01日 | 通信-その他・雑感

 岐阜に住む伯母が、彼女の姉の葬儀のために沖縄に来ていた。初七日も終わって彼女が明日帰るという金曜日の夜、食事会をした。初め、伯母と私の両親を加えた4人だけのつもりであったが、東京から来ている従妹と彼女の娘も誘った。従妹は死んだ伯母の三女、沖縄に住んでいる長女と次女も話を聞きつけて参加した。
 私の両親は葬儀の疲れからか、体調が少し悪いとのことでキャンセルし、食事会は6人となる。男は私1人。後は婆さん1人、オバサン3人、少女1人で約2時間の歓談。彼女達にしてみれば食べて、飲んで、言いたいことを言っての楽しい時間だったに違いない。ただ、オジサン(私のこと)1人だけは、伯母から「そろそろ観念して結婚しなさい」としつこく言われ、従姉からは「アンタ、親を大事にしなさいよ」と、これまたもっとしつこく言われ、濃い墨総理の靖国参拝同様(違うかもしれないが)、心の問題をとやかく言われるのを嫌う私はこの2時間、ほとんど楽しくない思いで過ごすこととなった。
 伯母も従姉も、良かれと思っての意見であろうが、私にとっては大きなお世話の話である。たとえば、私が今不幸な状態にいて、そこから何とか抜け出そうともがいている時の助言であればありがたいが、十分幸せに暮らしていて、真面目に働いていて、他人から嫌がられることも無く、木工家のMさんや、設備屋のGさんや、建築家のNさんなどのためにパソコンを教えるなど少しは人の役にも立っており、隣近所や友人知人たちとも友好的に付き合っており、借金も無く、大きな病気もしない。こんなオジサンにこれ以上のことを望んでくれるな、と私は言いたい。あんたが望むような人間では無いかもしれないが、私は犯罪者では無い。心の自由を束縛してくれるな、とさらに重ねて言いたい。
 あれこれ文句を言うことをウチナーグチ(沖縄口)では「ゴーグチハーグチする」と言うが、食事会の2時間、「ゴーグチハーグチ」をたっぷり聞かされ、「何てこったい」と思いつつ、皆の飲み食い分を支払い、皆が車で帰るのを見送り、私は一人トボトボと歩いて帰った。新月の空に星が瞬いていた。風の無い、暑い夜であった。

 先日亡くなった伯母は、私のことを認めてくれた数少ない女性で、私に何ら注文をつけること無く、いつも微笑んで見守ってくれた。ところが、ある種の(私の周りではほとんどの)女には、「男を意のままに操りたい欲求」の強い種類がいて、私の母も「あーしろこーしろ、あれはするな、これはするな」と実に煩く、姉や従姉も、人の好み(私がどんな女に惚れても私の勝手と思うが)にやたらと口を出した。
 その夜、今もって煩いその従姉と、岐阜の伯母(こっちは久しぶりに会ったので文句垂れるのもしょうがないが)の「ゴーグチハーグチ」を2時間たっぷり聞かされた私であるが、しかし、ちっともめげることは無い。何故なら、そのストレスを発散する手段を持っているからである。こうやって私は、ブログで後愚痴、吐愚痴できるのである。
          

 記:2006.9.1 ガジ丸


バナナケーキは作らない

2006年09月01日 | 通信-その他・雑感

 3週間前の金曜日、訪問客が多くてHPのアップ作業が遅れた。東京から夏休みで帰ってきている従妹とその娘を、7時には家に送ってやらなければならない。その1時間前の6時頃、慌てながらHPのアップ作業をしていると、知人の木工家Mさんが来た。
 「音楽をダウンロードしたいが、どこのサイトがいい?」と訊く。
 「俺は音楽のダウンロードなどしたこと無い。自分で調べな」と答える。その後、Mさんは2階の喫茶店へ行き、
 「愛想尽かされたかなあ、自分で調べろって言われたよ」と、そこの従業員や顔見知りの常連客にブツブツ語っていたそうである。私は音楽のダウンロードに興味が無く、今後そのようなことをする予定もまったく無い。どこのサイトがいいか、どのようにしてダウンロードするかを調べるなんてのは、私にしてみれば時間の無駄なのである。それは、
  「バナナケーキを作って食べようと思う。作り方を知らないのでアンタ、それを調べて俺に教えてくれ」と言っているようなもの。ビーフストロガノフならまだ、いつか作って食べることもあろう、作り方を調べても損は無い。しかし、バナナケーキなどに私はまったく興味が無い。それの作り方を覚えるのは私にとって全く無駄なんだ、Mさん。 
          

 ここ3、4週間いろんなことがあって、日記の文字数もいつもの3倍くらいになった。で、ついでに、いつもは1題のガジ丸通信も、今日はこれを含めて3題。

 記:2006.8.29 ガジ丸