いつもの週末、いつものユクレー屋、カウンターにはユイ姉がいる。オキナワの店は信頼できる人に任せているらしいが、それにしても、ここに来てもう一月半ほどになる。大丈夫か?と思うが、私やケダマンにとっては、ユーナやマナよりユイ姉の方がいい。なにしろ、この道のベテランだ。酒の肴も旨いものを作ってくれる。
「ねぇ、ちょっと裏に行って、パセリをどっさり取って来てくれる?」と言う。ユイ姉の視線はケダマンに向いている。なので、ケダマンが答える。
「ん?裏って、すぐそこだろ?自分で取って来いよ。」
「あんたたちのために料理作ってあげようと思ってるんだけどね。」と、ユイ姉はいつもの穏やかな口調だが、眼鏡の奥の目がギラっとひと睨み。逆らえない。
「分ったよ。パセリだな。緑の、むじゅむじゅしたやつ。」と言って、ケダマンは裏口から外へ出る。外の風が開いたドアから吹き込む。
「ひえー、寒いねぇ。」と、ケダじゃなくユイ姉。まあ、この時期は一年でもっとも寒い季節。南の島とはいえ、外の風は冷たい。・・・人間には、冷たい。
「そういえば、あんたたち、あまり寒さを感じないんだったね。」
「そうだね、感じないことはないけどね、この程度は平気だね。」
「暑いのにも平気なの?」
「暑さも大丈夫だね。でも、寒い暑いの気分は分るよ。マジムン(魔物)になる前の記憶が残っている。僕はどちらかというと、寒さに弱かったな。」
「ふーん、それが、マジムンの今は平気なんだ。そういえばさ、シバイサー博士は元気なのかどうか判断が難しいけど、あんたやケダやガジ丸はいつも元気だよね。」
「元気っていえば元気だね。元気じゃなくなる理由がないからね。」
「元気じゃなくなる理由って、あー、そうか、病気になることがないんだ。でもさ、病気にならないから元気、ってことにはならないよ、普通はね、人間はね。」
外の冷たい風が一瞬吹き込んで、ケダマンが戻ってきた。すぐに話に加わる。
「あれだろたぶん、元気の気は気持ちの気ってやつだろ。人間は傷つきやすい体を持っている上に、心はさらに傷つきやすくできているからな。」
「心ならさ、あんたたちも持っているじゃない。ケダなんかさ特に、泣いたり、笑ったり、拗ねたり、怒ったり、普通の人間の心と変わらないような気がするけど。」
「俺は昔人間だったから、その頃の記憶が残っているだけだ。こういうことされたらこういうふうに思うって記憶だ。それが条件反射みたいに出てくるんだろうな。」
「ゑんちゅはさ、そういうのあまり無いね、ガジ丸もだけど。」
「無いね。喜怒哀楽の記憶が薄いんだろうね、ネズミには。でも、泣いたり、怒ったりは無いけど、マジムンになってからは、笑うことはよくあるね。」
「だね。あんた、いつもニコニコして、元気いっぱいって感じだよ。」
普段は考えることもなかったので気付かなかったが、そういえば、私はほとんど四六時中楽しい気分にいる。悲しみの源になるモノが無いのだと思う。
「今、思いついたんだけどさ、動物は生きることそのものが目的だから、生きていられることで満足する。それに対し、人間は元気になるための条件が多すぎるんだと思うよ。恋人がいないと、お金がないと、美味しいもの食べないと、とかね。」
「そうかぁ、人間は幸せになるための条件が多過ぎるのかぁ・・・。」
「生きているって言っていいのかちょっと怪しいけど、とにかくこうやって、見たり、聞いたり、しゃべったりするだけで楽しいんだ。これが僕の元気の源かな。」
などと話しているうちに夜が来て、いつものようにガジ丸一行がやってきた。
その日、ガジ丸から私にプレゼントがあった。プレゼントは唄、私のテーマソング。前に、ガジ丸の唄『古い猫は旅に出る』を聴いて、私のテーマソングも作ってくれと頼んであったのだが、それができたとのこと。題は『野山の瓦版』。
さっそく歌ってくれたが、「明るく軽快なものを」という私の注文通りのものだった。唄の披露が終わった後、元人間だったケダマンが、人間みたいに拗ねた。
「ガジ丸、俺のテーマソングは無いのか?」
「ん?お前のテーマソングって、ずいぶん前に作ったと思うが、忘れたか?」
「ずいぶん前・・・あー、あれか、あー、そうか。」
ケダマンのテーマソングというのは『空を飛ぶなら』という題らしいが、
「あれ、ずいぶん短い曲だよな、一番しかない。」と、ケダはなおも拗ねていた。
記:ゑんちゅ小僧 2009.2.6 →音楽『野山の瓦版』