例えば、隣村と諍いがあり、戦争状態になったとする。二つの村は互いに激しく憎しみ合って、もはやルール無視の状態だったとする。ルール無視なので、飯食っている時、雲子している時も襲われる。二十四時間襲われる。眠ることもできない。
そこで、もしも私がいずれかの村の有力者であったとしたら、
「なぁ、夜10時から朝8時の間は互いに襲わないようにしようぜ。今のままだとお互いに睡眠不足で衰弱死してしまう。どうせ死ぬなら切られて死のうぜ。」と相手の村に提案する。ゆっくり眠りたいというのは相手も同じなので、話はきっと成立する。
私も若い頃は、例えば恋に落ちた時などに「眠れない夜」なんてのがあったかもしれないが、もはや記憶にも無い。オジサンとなった今は、泡盛の3、4杯も飲めばすぐに眠れる。休肝日の火曜日水曜日になかなか寝付けないということがあったりするが、「眠れなければ眠らなければいいさ」と余裕があるので、そのうち眠っている。
その余裕は、「今日眠れなければ明日に回せばいいさ」といった余裕。夜襲ってくる敵がいないのでそういった余裕も生まれる。日本が平和であるというお陰である。日本の社会と政治に感謝せねばなるまい。「ぐっすり睡眠」ほどの幸せは他に無い。
「ぐっすり」まではいかなくとも、昼間の「まどろむ」や「うとうとする」も大変気持の良いものだ。私には昼寝の習慣は無いが、昼飯食った後、午後1時半から2時頃になると、職場でパソコンを操作しながら気絶している時がある。仕事中なので寝てはいけないと思いつつ強烈な睡魔に襲われて、抵抗むなしくたいていは負けているのだ。
ただ、その時の眠りはあまり気持ち良いものでは無い。罪悪感があるし、睡魔に抵抗している間の気分が良くない。昼間たっぷり肉体労働をして、たくさん汗をかいて、シャワーを浴びて、ビールを口の前まで持って行って、それを我慢しているような気分。「仕事中に寝るとは何事だ!」と社長に怒鳴られ、「減給だ!」となる心配がなければ、横になって、30分でもいいからゆっくり眠りたい。枕を高くして眠りたい。
コンサートやライブを聴きに行って「演奏中に眠るとは何事だ!」と怒鳴られることはたぶん無い。演奏中に大きな鼾をかいている人が後ろの席にいて、とても迷惑に感じたことはあるが、静かに寝ている分には演奏者からも周囲の観客からも怒鳴られることは無かろう。演奏中に鼾をかくほど深く眠った経験は、私には無い。深く眠った経験は無いが、まどろむことはたびたびある。その時のまどろみはとても気持ちいい。
そんな「まどろみ」、最近のコンサートやライブでは3つある。数年前のEPOのコンサート、去年のアイヌフェスティバルでのアイヌ音楽、そして、先月(2011年9月)29日に行われた琉球筝曲の演奏会での琉球古典音楽。
EPOもアイヌも琉球古典も音楽としてのジャンルはそれぞれ異なるが、その質は、私にとって同様のものであった。いずれも「まどろみ」音楽であった。とても心地の良い時間を頂いた。枕を高くして体を弛緩させることのできた時間、平和で無ければ味わえない時間だ。したがって、「まどろみ」音楽は「平和な音楽」だと言えよう。
記:2011.10.7 島乃ガジ丸