ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

見聞録006不思議の国の空き巣

2015年09月07日 | ケダマン見聞録

 ある日、「ガジ丸やモク魔王が何故空を飛べるのか?」って訊くユーナに、「元々ネコは、人間に比べて空を飛びやすい体になっている」というような話をした。すると、
 「じゃあさ、その辺にいる普通のネコも訓練すれば空を飛べるの?」と訊く。
 「オメェよ、引力を感じるのは意識の問題だ。引力を意識するような訓練をどうやってネコにさせるんだ?その辺のネコに『宇宙の引力に意識を向けなさい、そうすれば君は空を飛べます』なんて言ってもよ、ネコはキョトンとするだけだぜ。」
 「でもさ、宇宙のどこかの星にはさ、意識の高いネコもいるんでしょ?」
 「そりゃあまあ、いるだろうな。・・・あっ、そうだ。前に、空飛ぶネコが活躍する話をガジ丸から聞いたことがあるよ。」
 というわけで、ユーナに語るケダマン見聞録その6は、『不思議の国の空き巣』。

 その国の住人は、人も、その他多くの哺乳類も、だいたい同程度に知能が発達し、二足歩行をし、手を器用に使い、そして、それぞれに言葉を持っている。
 ヒト型住人とその他(イヌ型、ネコ型など)の住人との間に人種差別のようなものは無かったが、金儲けの能力に多少の差があるせいか、富裕層の大部分はヒト型やサル型が占め、その他の動物型は貧困層に多くいた。とは言っても、富裕層と貧困層との間に大きな対立は無く、互いの行き来は自由で、日常的な付き合いも多かった。特にイヌ型、ネコ型住人の中にはヒト型住人の言葉を解するものが多くいて、また、ヒト型住人の中にもイヌ語やネコ語を話せるものが多くいて、彼らの接触は非常に多かった。

 この国では、ある哺乳類が他の哺乳類を食することは禁じられていた。ここにはまた、地球で言うライオンやトラのような肉食獣はほとんど存在せず、知性を持ったほとんどの哺乳類は草食であり、多少は肉食をするイヌ型、ネコ型住人も、ほんのたまに魚や昆虫を食べるくらいであった。ヒト型だけが、肉食を多く要した。そのため、生きる力という点ではヒト型が最も劣っていた。他の哺乳類たちは野原やジャングルで、その辺に転がっているものを食って生きていけたが、ヒト型だけは生産された食料を必要とし、また、鳥や魚、爬虫類や両生類などの肉も必要とした。というわけで、ヒト型住人にはお金が必要であり、そのため、富裕層でなければならなかったのだ。
 「富裕層と貧困層との間に大きな対立は無い」と言ったが、それは、富裕層は富裕層なりの仕事を、貧困層は貧困層なりの仕事をそれぞれこなし、それに見合った対価をそれぞれに得ており、それについてどちらの側からも大きな不満は出なかったからだ。ではあるが、使うものの中には欲深い者も多少はいて、彼らは使われる者に対し無理な労働を強要した。そういったところではいくらかの対立があった。

 この国に有名な盗賊がいた。昔の月光仮面では無いが、「どーこーのだーれだーか知ーらないけれど、だーれもーがみーんーな知ーってーいーる」みたいな盗賊であった。そういう盗賊がいるということは誰もが知っているが、目撃者がいないので、どこの誰だかを皆が知らないのである。でも、名前は付けられた。怪盗MAO(マオ)という。
 マオは空き巣である。空き巣とは、正確には空巣狙いと言うが、留守の家を狙う泥棒である。彼が狙うのは富裕層の家だけであった。特に、ヒト型住人の大きな家を選んだ。労働者階級から悪徳と思われている家は逃さず狙った。

 留守の家に入り、部屋の中を物色する。その家に古くからあるもので、そう高価では無い、例えば、コーヒーカップとかワイングラスとかの類を一品だけマオは選び、それを懐に入れる。彼が盗る物はそれだけである。他に物や金は盗らない。だけど、もっと大切なモノは盗る。彼が盗るのはその家に住むヒトの思い出、それも、幸せの思い出。
 マオが幸せの思い出を奪いさった家に、その家の住人が帰ってくる。部屋には三本ヒゲのマークが描かれてある。怪盗マオが参上したという証拠である。部屋を調べるとコーヒーカップが1個無くなっている。若い時に使っていたものだが、安物である。何とも思わない。警察にはいちおう連絡するが、事件にはしない。よって、警察も動かない。
 家の住人はいつものように生活を続けるが、すぐに、家の雰囲気が少し変わっていることに気付く。家の中にあるどんなものを見ても愛おしさを感じないのである。古くからある家具や、壁に掛けてある絵などを見ても何の懐かしさも感じないのである。家全体が何かよそよそしい。心に冷たい風が吹き抜けるのを感じる。そうなのだ。幸せの思い出を奪われると、そのヒトの心は貧しくなる。心に大きな穴が空くのである。
 心に大きな穴が空いたヒトは、だけど、何故そうなったのか不明なので、その穴を埋めようと思っても、どうしたらいいかが判らない。初めの頃は躍起になって、これまで以上に儲けようとしたり、美味しいものを食べたりするが、だけどもう、いくら儲けても、いくら美味しいものを食べても満足できないようになる。いつも何か淋しくて、虚しさばかりを感じる。やがて彼は気付く。「私には思い出が欠けているのだ」と。そしてまた彼は気付く。「この虚しさは金や物では埋まらない」と。彼は儲けることに奔走することを止める。使われる者たちに無理を強いることを止める。

 そういったことが何度もあって、やがて、三本ヒゲのマークを残す空き巣が世間の話題となった。その空き巣が入った家の住人が皆、優しくなるということも知れ渡った。三本ヒゲのマークから、その空き巣はおそらくネコ型であろうと推測された。そして、その仕事が不思議で愉快なところから、呼び名が怪盗MAO(マオ)となったのである。
 ※MAOはMiracle Amusement Operatorを略したもの。
     

 以上で、『不思議の国の空き巣』の話はお終いとなる。そしてまた、ユーナがいつものように質問する。
 「思い出を奪われたヒトは、何で優しくなるの?逆じゃないの?心がカサカサにになって、かえって冷たいヒトになるんじゃないの?」
 「うーん、まあ、まれには心が冷たくなるヒトもいたらしいが、だいたいは優しくなったな。心の穴は金や物では埋まらないってことに気付くんだな。」
 「どういうことよ。じゃあ、何で埋まるのさ?」
 「愛さ。」
 「あー、そうか、そういうことか。何よりも愛が大事ってことね。」
 「そうです。愛が大事で、思い出も大事ということだ。」
 「ところでさ、もう一つ分らないことがあるよ。何でさ、どこの誰だか知らない怪盗マオをさ、ガジ丸が知っているの?」
 「この物語は異次元の国の話だ。ガジ丸は異次元へ、デンジハガマの力を借りたりもするが、自由に行き来できる。で、昔、その国へ行ったんだとさ。マオが盗賊稼業を引退してからしばらく経った頃に、直接会ったんだとさ。」
 「じゃあ、マオの姿を見てるんだ。どんな格好をしてたんだろう。やっぱり、ネコ型だったんだろうか?」
 「前に写真を見せてもらったよ。ネコ型だったな。マントを広げて、ムササビのように滑空するネコでさ、闇夜に紛れて、どこからともなくやってきて、風のように家の中に入り、風のように去って行ったんだとさ。だから、目撃者もいなかったんだな。怪盗マオは空飛ぶネコだったというわけさ。」

 語り:ケダマン 2007.2.16


見聞録005ロボットの星

2015年09月07日 | ケダマン見聞録

 「どこ行ってたの?」とユーナが訊く。
 「シバイサー博士のとこだ。ガジ丸がいたぜ。マジムンのくせしてよ、コンピューターやっていた。変なヘルメットかぶって一所懸命やっていたぜ。」
 「変なヘルメットって何?博士の発明?」
 「うーん、博士が作ったものには違いないが、ガジ丸に言わせると、発明というほどのものでは無いってさ、失敗作だろうってさ。」
 「どんな機械なの?」
 「簡単に言うと3本目の腕だ。」
 「3本目の腕か。腕が3本あったら確かに便利だよね。ピアノ弾きながら自分で楽譜が捲れるね。チャンプルー作りながらネギが刻めるね。でも、何で失敗作なの?」
 「その3本目の腕を動かすには別の1本の腕が必要なんだとさ。」
 「それって、結局何の役にも立たないってことじゃん。相変わらず役に立たない発明ばかりやってんだ、博士って。」
 「うん、まあ、思想の問題なんだろうな。博士にしてみれば、3本腕があったからってそれがどう幸せに繋がるんだってことだろうな。でも、あれだぜ、ロボットを作らせたら博士がやはり世界一だと思うぜ。大掃除機スップルは大いに役立つし、洗濯坊主も壊れていなければ優れモンだぜ。」
 「ふーん、そうなんだ。大したモンには見えないけど。もっと人間のように考えたり動いたりできるロボットならスゴイなーと思うけどさ。」
 「そういうのもおそらく、博士なら作れると思うぜ。でもまあ、そういったロボットをコントロールできる知恵が今の人類には無いからな。作らないだろうな。」
 「そしたらさ、どこかの星にはさ、科学がうんと発達していてさ、そういったロボットを作って、そういったロボットが活躍しているところもあるの?」
 「まあ、そりゃああるだろうな。うん、そういえば昔、ガジ丸から聞いた話がある。」
 ということで、ユーナに語ったケダマン見聞録その5は『ロボットの星』


 その星には多くのコンピュータ会社があり、それぞれがその性能を競っていた。また、その星には多くのロボット工場があり、それぞれのロボットはそれぞれのコンピュータがその頭脳として組み込まれた。
 多くのコンピューターが「勝ち残る」という人間の意識の元に作られ、そういった意識は知らず知らずコンピューターのプログラムの中にも浸透していった。そういったコンピューターが多くのロボットに使用されたが、勝ち残るという意識よりも、安心安全をモットーとした会社のコンピューターも、そういったことを望む人々の需要に応えて、多くのロボットに使用された。ただ、どちらのロボットにも、より多くのことを望むという、いわば人間の欲望そのものが少なからずインプットされていた。

 そうやって時が流れ、ロボットの生産も人間の手を離れ、ロボット自身が作るようになり、やがて世界は多くのロボットで溢れるようになった。そうなると、手塚治虫の『火の鳥』にもあったが、知能を持ったロボットは人間に対抗するようになる。人間のコントロールからの解放を求めた。人間は当然それを認めない。そして、その衝突は人間とロボットとの全面戦争となり、10年という長い年月を戦い、結果、力に勝るロボットの勝利となった。何十億といた人類はほぼ死滅し、生き残ったのはわずか数万人となった。
 数万人の人間たちは、小さな一つの島に押し込められ、科学技術の全てを奪われ、そこで原始的な生活を強いられることとなった。ロボットから見れば、人間も他の動物と同じ扱いとなった。この星の主たる住人は人間では無くロボットとなったのであった。

 ロボット対人間の戦争が終わって、しばらくは平和であった。しかし、より多くのことを望むという命令がロボットのコンピューターにインプットされているため、ロボットたちは自分たちと同類のロボットを増やすことに意識が動いた。各ロボット工場は生産を競うようになった。そして、ロボットを生産するための材料を奪い合うこととなった。ロボット工場同士の戦争が始まった。それはやがて、世界中に広まった。
 世界のロボットたちは大きく2つに分かれた。勝ち残るという意識を強く持った会社のコンピューターを頭脳に持つロボットと、勝ち残るという意識よりも、安心安全をモットーとした会社のコンピューターを頭脳とするロボットである。両者は激しく戦った。勝ち残るという意識を強く持ったロボットが安心安全を望むロボットより当然、戦いに勝つという意識は強いのであったが、戦いはほぼ互角で推移した。
 安心安全を望むロボットとは、いわば、平和を望むロボットである。彼らは平和を強く望んだ。平和を望みながら戦争に向かったのは、これが平和を得るための戦争であると認識したからであった。より多くのことを望むという意識はむしろ、敵対するロボットたちよりも彼らの方が強かった。彼らは強かった。

 一進一退の戦争は、5年経ち、10年が経った。一進一退しながら彼らは互いの生産工場を破壊していった。20年が過ぎた頃には、ロボットを生産する工場は互いに一つも無い状態となった。もはや仲間は作れない。現存する数で戦っていかなければならない。25年が経って、現存する数も互いに数百体を残すだけとなった。もはや、戦争を遂行する能力を失っていた。自分たちが動くためのエネルギーも、それを補充する術を失くしており、故障した部品を取り替えることもできなくなっていた。30年後、ロボットたちは生き残る方法を何ら見つけることができないまま、自然に全滅した。
     

 ユーナに語った『ロボットの星』の話は以上。で、いつものように続きを期待していたような顔をして、ユーナが質問する。
 「えっ、その後どうなったのさ。ロボットが全滅して、その星はどうなったのさ。元のように人間たちが繁栄する星に戻ったということ?」
 「いや、あいにく、人間たちも死滅した。人間だけじゃなく、この星のほとんどの動物が死に絶えた。生き残ったのは海底や地中の深くに住むものくらいだった。この後、動物たちが繁栄するには何十万年、何百万年という長い年月を要するだろうな。」
 「ロボットたちの戦争に巻き込まれたということ?」
 「そうだ。ロボットたちは地上にあるあらゆるものを破壊した。生き物そのものだけでなく、原子力施設なども破壊した。地上は放射能で汚染されたのだ。」
 「そうか、動物の住めない星になったんだ。それにしてもさあ、人間は何で平和を望むロボットだけを作らなかったのかなあ。もしもさ、そんなロボットだけにしていたらさ、ロボット同士の戦争も起こらなかっただろうにね。」
 「チッ、チッ、チッ、そりゃあ考えが甘いぜお嬢さん。戦争の原因は、勝ち残るという意識を強く持ったロボットにあるんじゃ無いぜ。」
 「平和を望むロボットだけであっても戦争したの?どうして?」
 「戦争の原因は、より多くのことを望むという意識のせいだぜ。ロボットたちが、欲望というものを人間からそっくり受け継いでしまったせいだぜ。」

 語り:ケダマン 2007.2.2


見聞録004真の強者、ルカベ

2015年09月07日 | ケダマン見聞録

 シバイサー博士の倉庫から羽根突きの板のようなものを見つけた。博士によればハゴー板という名前。せっかくなので、もう正月気分でも無いのだが、ユーナと羽根突きをやることになった。ところが、ハゴー板があまりにもハゴー(沖縄言葉で汚いとか下品とかいった意味)だったので、ユーナが気分を害し、数分で止めてしまった。
 その日夕方になって、いつものようにカウンターに座り、
 「ユーナ、喉渇いた。ビールくれ。」と声をかける。ところが、ハゴー板で汚いオジサンの裸をたっぷり見せられたユーナは、どうも怒っているようで、
 「ビール、冷蔵庫にあるから自分で出しな。」という返事。やれやれ、だ。しかし、いつまでも気分を悪くさせたままでは酒の場がつまらない。で、しばらく経って、ユーナの怒りもいくらか和らいだ頃、汚いオジサンの裸を忘れられるよう、崇高なオジサンの裸の物語を聞かせた。これは、100年くらい昔の話で、俺が直接見聞きした話では無い。だいぶ前に歩く旅人、甘熊アッチャンから聞いた物語。題は、『立ち裸ルカベ』


 今から100年ちょっと前とは、ロシアが帝政ロシアの時代にあり、この物語の数年後には満州、朝鮮の覇権を争って日露戦争が勃発する頃のことである。
 ロシアの都市ハバロフスクは、極東ロシアの代表的な都市で、今では観光客も多く見られ、その中には日本人も少なくないが、そこからさらに西南方面へ数百キロ進むと、そこはもう、観光客がほとんど足を踏み入れない僻地となる。

 そんな頃、そんな僻地に、小さな村があった。中国と国境を接するその山間の小さな村は、内陸部の乾燥地帯にあたり、降雨量が少ないため、森林も豊かとは言えない。したがって、全体的に土地が痩せていて、野菜、穀物といった農産物も、自分たちが消費する分を生産するだけで精一杯となっている。村の主な産業は酪農、山羊や羊、牛等をほそぼそと養い、暮らしをたてている。チーズと干肉、革製品が村の交易品となっている。
 村の人口はおよそ二千人、広大な土地にのんびりと暮らしてはいるが、皆、貧しい。貧しいから助け合う。他人を踏み台にしてのし上がろうという者はいない。だから、貧しいけれど平和である。村人同士の諍いなども、ちょっとした夫婦喧嘩、兄弟喧嘩などを除けばほとんど無い。したがって、村には警察のようなもの、裁判所のようなものも無く、もめごとの調停は村の長老たちによって行われていた。
 村には伝統の武術があり、村の男女共にその武術を学んでいた。内なる気を自在に発揮し、また、操り、力に頼ることの無い武術。彼らの筋肉は柔らかく、素早く動く。粗食と小食、そして、その武術で体を鍛えることによって、村人は皆、健康であった。

 ある日、そんな平和な村に争いがやってくる。その数年前から近辺を荒らしまわっていた山賊が、とうとうこの村にまで触手を伸ばしてきたのである。なんでこんな貧乏な村に?と村人たちは訝るのであったが、噂によると、その山賊は村のありったけの産物を奪い取り、また、若い女を略奪するとのことであった。
 村人のほとんどが武術を身に付けている。鉄砲の無い時代であれば、山賊に襲われても追い払うことができた。しかしながら、遠くから鉄砲で狙い撃ちされてはその武術も役に立たない。また、村には鉄砲に対抗するこれといった武器は無い。
 どのような対策を取るか、村人たちは連日集まって相談したが、なかなか良い方法は浮かばなかった。戦わなければ、食料が奪われ、女性が拉致される。戦えば死傷者が出て、しかもなお、勝てる可能性は低いので、食料が奪われ、女性が拉致されることには変わりない。「山賊と話し合って、食料を差し出すだけで済まそう」と、全体の雰囲気が「条件付降伏」に傾きつつあった数回目の会合の時、村の若者ルカベが立ち上がった。
 「俺は戦う。」と彼は意を決したように言った。
 「少しの食料で済むならいいが、奴らは根こそぎ持っていくんだ。その後俺らは何を食うんだ。飢死するだけだ。俺は嫌だ。俺は戦う。」
 ルカベは、村伝統の武術も熱心にやっており、その習熟度は、村の若者の中で一二を争うほどであった。が、彼はまた、その武術に自分なりの工夫を加えていた。力に頼らない武術に力を足したのである。元々体格が大きく、筋肉質であった彼は、筋力トレーニングによって表の筋肉を大きく発達させていた。その力は大木をへし折るほどであった。
 村伝統の武術は、修練することによって、主に裏の筋肉が鍛えられる。その筋肉はゴムのように柔軟で、粘り強い。その柔軟性を失わないようにルカベは表の筋肉を鍛えた。したがって、彼の筋肉は全体的に粘り強く、そして、鋼鉄のように固かった。
 ルカベはまた、自身の俊敏さにも自信があった。
 「鉄砲の弾はある程度よけることができる。たとえ数発が当たったとしても筋肉を突き抜けない。したがって、しばらくの間は自由に動ける。2連発のライフルなら、2発撃った後、次の弾を込めるまでに時間がかかる。その間に近付くことができる。掴まえれば、倒すのはわけない。」との考えであった。

 数日後、村の代表者が山賊と話し合いを持った。村の条件は撥ね付けられた。山賊たちは全ての食料と全ての若い女性を要求した。食料だけなら耐えられたが、村の女性を差し出すことは、村としてできなかった。村は山賊たちと戦うこととなった。
 ルカベを隊長として百人ほどの若者たちが村を出て、山賊たちとの戦いに挑んだ。山賊と話し合いに行った代表者の情報では、山賊の数も百人ほどということであった。奇襲すれば、勝てる可能性は十分あるとルカベは思った。
 山賊の正面にルカベを含めた10人、左右に20人ずつ、残りの50人を山賊たちの背後へ回した。先ず、背後から襲い、慌てたところを両サイドから突く。正面に逃げてきたものをルカベたちが待ち受けるという作戦をとった。

 夕日が地平線に沈んだ。やがて暗くなり、月齢三日の細い月が空に浮かんだ。そして突然、鉄砲の音がけたたましく鳴った。背後にいる隊が突撃したのである。であったが、しかし、正面にいる山賊たちにさほど慌てた様子は無い。整然と左右に分かれ、その方向に向かって鉄砲を撃った。鉄砲の音と人の叫び声が大地と空に響いた。
 ルカベは戦いに慣れていなかった。戦いにおいては山賊たちが一枚も二枚も上手であった。山賊たちは斥候(敵状・地形等の状況を偵察・捜索させるため、部隊から派遣する少数の兵士。広辞苑による)を出しており、ルカベたちが奇襲するという情報を得ていた。さらに、山賊たちの数は百人では無かった。別行動をとっていた別の百人がその日、密かに近くに陣取っていた。その別部隊が、ルカベの仲間50人を背後から襲ったのである。その50人は全滅した。左右にいた40人もほぼやられた。数人だけが逃げ延びて来た。皆、負傷していた。ルカベは大きな後悔を抱きつつ、一旦、村へ退いた。

 村人たちに事の次第を報告し、自分の不明を恥じ、多くの命を失ったことを深く詫びたあと、ルカベは戦いの場へ戻った。山賊たちは元の場所にいた。村を襲うのは翌日、明るくなってからということなのであろう。酒を飲み、はしゃいでいた。
 その中へ、ルカベは突っ込んだ。悲しみと怒りと、自責の念とで、ルカベは恐ろしい野獣と化していた。触れるものを片っ端から殺していった。そのあまりの強さに山賊たちは恐れおののいた。皆が後退りし、ルカベのために道を開ける結果となった。ルカベはずんずん奥へ進み、そして、山賊の首領と相対した。首領はさすがに肝が据わっていた。その他大勢とは違って、冷静であった。目の前のルカベを一睨みして、
 「強いな、一人で立ち向かってきた勇気にも驚く。お前こそ真の勇者と言えよう。名前を聞かせてくれ、覚えておこう。」と言った。そして、ルカベが名を名乗ると、ゆっくりと手を挙げ、そして、振り下ろした。数発の鉄砲の弾がルカベに当たった。
 鉄砲の弾は思ったより痛かった。これ以上首領の傍へ近付くのは無理だと悟ったルカベは引き返した。その他大勢の中に突っ込み、そしてそのまま闇の中へと消えた。

 翌朝、山賊たちは村へ向かった。村への通り道は広くは無い。馬車一台がやっと通れるほどである。その道の入口に何者かが立っていた。ルカベであった。
 ルカベは着ているものを全て脱ぎ、真っ裸になって、両足を踏ん張り、両手を広げ、両目を見開き、真っ直ぐ前を向いたまま立っていた。体には多数の鉄砲傷があり、そこからは多量の血が流れたであろう痕、血筋が無数についていた。裸のルカベは死んでいるように見えたが、その体には何か神々しい輝きがあった。
 その輝きに気付かないアホな山賊たちの何人かが銃を構えた。首領がそれを止めた。
 「やめろ!もう死んでいる。奴は真の勇者だ。見ろあの輝きを。勇者の体をこれ以上傷つけてはいけない。」と言い、しばらくルカベをじっと見つめた後、一礼し、そして、
 「今日は中止だ。引き返すぞ。」と命令した。その日、山賊たちは村を襲わなかった。村はルカベによって守られた。立ち裸ルカベは、立ちはだかる壁となったのであった。
     

 以上が、崇高なオジサンの裸の物語『立ち裸ルカベ』である。話し終わった後、
 「えっ、終わり?ルカベは死んだの?生きてるの?」とユーナが訊く。
 「立ったまま死んだとということだ。」
 「あーそんなんだ。何かかわいそうだね。でも、そのお陰で村は守られたんだ。」
 「うーん、その日だけな。村への通り道は他にもあって、翌日、山賊たちはそこから村に入って、村の産物の全てと若い女を奪っていったんだそうだ。」
 「えーっ!またあれだ。正義は必ず勝つわけじゃないって話なんだ。」
 「ということでもないぜ。連れ去られた村の女は100人ほどいたんだが、彼女らは皆強くて、女だからと油断した山賊たちは彼女たちによって、そのほとんどが腕を折られ足を折られ、兵隊の役には立たなくなったんだそうだ。山賊はその組織が無くなり、首領は改心して、その後、村のために働くようになったんだとさ。めでたしめでたし。」

 語り:ケダマン 2007.1.19


見聞録003野生の牢国-ガジ丸からの情報

2015年09月07日 | ケダマン見聞録

 コラスマンのような大きな宇宙人が、星型(☆の形)の星を手裏剣にして忍者ごっこをしているなんてのは、もちろん俺の妄想なんだけど、「子供だと思ってバカにして」とふくれっ面するユーナの機嫌をなだめるため、そのあと、ある星の話をしてやった。
 それは前にガジ丸から聞いた話であるが、これがユーナに語るケダマン見聞録その3となる。お題は『野生の牢国』。大胆な発想で、犯罪を無くそうと試みた星の話。

 その星にも陸があり、海があり、空があり、多くの国があり、町があり、森があり、多くの人間、動物が住んでいる。まあ、ほとんど地球と同じだと思っていい。
 その星はしかし、地球とは違い、戦争は久しく無く、また、この先も戦争の起こる可能性は低かった。その星にある全ての国が集まり、話し合って、そういうシステムを作り上げたのだ。知的生命体の叡智の結晶というわけだ。
 その星に住む人間の多くもまた、地球人とは違い、平和を望む意識が高く、そのための努力は惜しまなかった。自己を律し、他人を思いやる品格を持っていた。もちろん、生きるという欲求がある以上、誰でも多かれ少なかれ欲望を持っている。1個あれば2個欲しくなり、1億あれば2億欲しくなる。ただ、2個を1個に減らしてもいいから平和であることを、より強く望むようになったのであった。
 しかしながら、その星に住む全ての人間が、そのような品格を持っているわけでは無かった。全ての人間がその心に巣食う欲望から開放されたわけでは無かった。「他人のものを奪い取ってまでも」とか、「他人を蹴落としてまでも」とかいう、自分の欲望を抑えきれない心を持った人間も、地球ほどでは無いが、少しはいた。そういった人間は、何十億という全体の数から見ればごく僅か、数万人程度であったが、しかし、彼らによって、この星でも悲惨な犯罪は少なからず引き起こされた。

 戦争の起こる可能性がほぼ消えて、次は、まだたびたび起こっている悲惨な犯罪をどうすれば無くせるのかという議題でもって、世界の国々が集まり、話し合った。その結果、世界中に散らばっている凶悪な犯罪者たちを一箇所に集め、平和を望む人々から隔離しててしまおうということになった。犯罪者といえど人間なので、その自由を奪ってはいけないということになり、隔離はするが、隔離した場所から一般社会へ出ることは禁じるが、そこでの生活には何の制限も設けないようにしようということになった。

 大海に浮かぶ無人島のいくつかを繋ぎ合わせて、間を埋め立てて、山や森を作り、湖や川を作り、畑に適した土地、住居に適した土地を点在させて、数万人程度であれば十分に生活していくことのできる島を造った。この島の沿岸から千キロメートル以内にはどの方向にも他に大陸や島は無い。そこは空と海と風と大地と、そこに住む生き物達と、光と闇と時間しか無いところ。そこへ、世界へ散らばっている凶悪犯罪者たちを移住させた。
 犯罪者たちは、島で自由にふるまうことを許された。何をしてもいいのだ。泥棒もレイプも殺人も自由であった。人間が野生の動物として生きる島である。そして、一般の社会へは戻ることの許されない島である。つまり、そこは「野生の牢国」であった。
 とにかく何をしてもいい。犯罪だけでなく、畑を耕してもいい。家を建ててもいい。漁業をしてもいい。会社を立ち上げて衣料品や食料品を製造販売してもいい。酒を造ってもいい。飲み屋やレストランを経営してもいい。つまり、まったく「何でも有り」ということだ。そこから、この島の名前は、日本語に訳すとそのまま「何でも有り島」となった。ここでは、それを略してナンアリ島と呼ぶことにしよう。

 ナンアリ島の中央にはコントロールセンターがあり、国際機関が定期的にやってきて、島を管理している。生きるのに最低限の食料、その他の物資を運び、島の各地に配給している。配給物資の中には銃器は含まれていないが、ナイフ、包丁などの刃物は、生活するのに必要であろうとのことで配給された。収容された数万人の凶悪犯罪者たちは、さすが凶悪だけあって、その刃物を使って互いに争った。互いの持つ配給された物資を奪い合ったのである。当初は死人が絶えなかった。毎日が、寝ても覚めても争いであった。
 凶悪犯罪者といえど、夜は、枕を高くして寝たいという欲求を持っていた。ゆっくり寝られないということがいかに辛いことかを知った者たちが話し合いを始めた。そして、しばらくすると、指導力のあるものがボスとなり、いくつものグループができた。
 グループはグループに属さない近辺の人たち、できれば夜、枕を高くして寝たいと思っている人たちから配給品の一部を貰い、その代わり彼らを守るという契約をした。暴力から守られるようになった人たちは、畑を耕すようになり、配給された種を蒔き、農産物を生産するようになった。また、漁業をするもの、糸を紡ぎ、布を織り、服を作る者なども現れた。それらの産物を警護してくれるグループに収め、さらに強い警護を求め、グループはそれに応じた。警護する者たちと警護される人々は一種の運命共同体となり、一つの大きなグループ、つまり、村と呼べるようなものとなった。村には互いが守るべきルールのようなものができつつあった。村人同士が殺しあってはいけない、物を奪い合ってはいけない、などというルールである。ルールを破った者を罰するルールもできた。

 ナンアリ島のコントロールセンターは、島での農業や漁業、その他の産業が順調に成長し、十分に発達した頃になると物資の供給は概ね停止し、島の監視だけがその仕事となった。そして、その監視の結果、島にルールができ、概ね平和になっているという報告が国際機関の議会においてなされた。世界の人々は喜び、「凶悪犯罪者といえど枕を高くして寝たかったのか。そのためにルールは必要であったか。」と感心し、喜んだ。

 ところが、そう喜んでばかりもいられなかった。ナンアリ島は自由なので恋愛もする。恋愛すれば子供が生まれる。その子供たちをどう扱うかという問題が出てきた。
 子供には何の罪も無いのだが、凶悪犯罪者が人の子の親になったからといって、その心が凶悪で無くなったという保障は何も無い。したがって、彼らを島から出すことはそう簡単にはできない。だからといって、子供を親から強制的に引き離すこともできない。しかしながら、子供たちの教育をその親たちに任せたままにしておくことには大きな不安がある。ナンアリ島には教育者に適した人材もほとんどいないので、学校も造れない。
 管理者たちは困った。「野生の牢国で、野生のままでいてくれたら良かったのに」と思うのであった。ナンアリ島は難有り島でもあったわけである。
     

 以上がケダマン見聞録その3。ナンアリ島がその後どうなったかはまたいずれ。

 語り:ケダマン 2006.12.15


見聞録002悲惨な死に方-イルカの情報から

2015年09月07日 | ケダマン見聞録

 乗っている飛行機が爆発した。プラスチックの破片が脇腹に刺さった。機内はパニックになっていて、周りには私よりひどい傷の人が多くいて、脇腹は激しく痛んだが、助けを求めることはできなかった。で、自分で何とかしようとバッグから止血のためのタオルを出し、上半身裸になってプラスチックの破片を抜いた。・・・失敗だった。
 破片を抜いた傷口から大量の血液が溢れ出た。傷口を押さえたタオルは瞬く間に血に染まった。機内の備品のブランケットをぐるぐる腹に巻いた。それでも血は止まらない。ドクドクと流れ出るのが感覚で分かる。「しまったなあ、これじゃあその内、出血多量で死ぬなあ」と思い、「しかし、飛行機が墜落して、地面に叩きつけられて、全身打撲、内臓破裂で死ぬよりはずいぶん楽な死に方かもしれない」と思い直し、「意識を失うまでにまだ数十分はあるだろう。遺書でも書いて置こう。」と決め、ノートとペンを出した。
 その時、2度目の爆発があった。今度は火が出た。右前方の座席から火の玉が四方八方に跳ね飛んだ。逃げようとして立ち上がった時、火の玉の一つが体に当たった。しかも、立ち上がった時、腹を巻いていたブランケットが落ちて無防備になった傷口に火の玉は直撃した。目の前が暗くなり、「あー、俺は焼け死ぬのか」と思いつつ意識を無くした。
 気が付くと、シートに座っていた。シャツを着せられ、その上にライフジャケットも装着されていた。右の腹が非常に痛い。切り傷の痛みでは無い。火傷の痛みだった。シャツの裾を捲くると、包帯が巻かれてあった。応急処置が施されたようだった。「そうか、一応助かったんだ。出血多量死にも焼死にもならなかったんだ。」と、ホッと一息つく。
 周りを見渡すと、機内は激しく乱れていた。しかし、静かだった。あちこちで少しざわめきがある程度。静かなのは動かない人が多いからであった。多数の死者が出たようであった。いったい何がどうなったんだ、と状況を整理し、頭を巡らせていると、
 「気が付きましたか?大丈夫ですか?」と訊かれた。機内乗務員、昔で言うスチュワーデスの一人が私の顔を覗きこんだ。
 「傷みますか?」とさらに訊かれて、
 「治療されているみたいですが、私の腹はどうなっているんです?」と問い返した。
 「火傷です。重度の火傷ですが、命に関わることは無いようです。」と答えてくれた。しかも運良く、切り傷の傷口が火傷で塞がって出血が止まっているようであった。
 「塞翁が馬みたいなことが、こんなところでもあるもんだ」と痛みに耐えながら呑気に思っていると、機内乗務員の、昔で言うスチュワーデスが続けて言った。
 「もうすぐ機体は沈みます。その前に外へ出て、できるだけ機体から離れなければなりません。急いでください。中央の非常口から出ます。」
 「沈むって、今、海の上なの?」
 「そうです。」と彼女は応じ、そして、私の腕を取って非常口に向かって歩き出した。地面に衝突したら、骨肉飛び散る悲惨な死に方になるんだろうな、という想像も現実にはならなかった。運が良いのか悪いのか、何だかよく解らないが、助かる可能性があるんだったら助かってみようと思い、彼女の後に続く。そして、暗い海の中へ飛び込んだ。
 怪我をした私の体力では、海に飛び込んだら、そのまま浮かび上がって来れないかもしれないという不安もあった。出血多量死、焼死、打撲死は免れたが、溺死の可能性が目の前にある。「溺死は苦しいかもな」と思ったが、ライフジャケットのお陰で、ポッカリ、海面に浮かび上がることができた。どうやら、溺死からも免れたようである。

 旧称スチュワーデスの彼女は私の傍にいて、並んで泳いだ。私は泳ぎながら訊いた。
 「私は島野と云いますが、貴方のお名前は?」
 「向井です。」
 「生き残ったのは何人位ですか?」
 「十数人だと思います。お客様では貴方が最後でした。」
 「100人近く亡くなったということですか。」
 「ええ、・・・とにかく、今は急ぎましょう。せっかく生き残ったのですから。」と彼女は私を促し、我々はさらに先へと急ぐ。
 遠くで人声が聞こえるような気がするのだが、波の音に邪魔されてどこから聞こえてくるのか判断がつかない。月明かりも無く、辺りは暗くて姿も見えない。
 「他の人たちと合流することは、今は考えないことにしましょう。とにかく、私たち二人だけでも生き延びるということを考えましょう。」と彼女は言う。我々は泳ぎ続けた。そして、機体が見えなくなるところまでやってきて、やっと泳ぐ手を休めた。

 「ところで、ここはどの辺りなんですか?」
 「オキナワまであと1時間かそこらでしたから、ヤエヤマかミヤコの近辺かと。」
 「そうですか。しかし、南の海といえど、海水は冷たいですね。」
 「季節が季節ですから。これが、九州以北だと耐えられない冷たさになります。」
 「凍死ってことになるかもしれないわけですか。」
 「半日と持たずに、そういうことになるでしょうね。」
 「ここだと1日くらいは持ちますか?」
 「夜が明けて、陽が照ってくれれば、明日中は何とか持つでしょう。」
 というわけで私は、凍死からもあと1日は免れることになる。しかし、明日の夜になったら、またこの寒さがやってきて、翌日の太陽を拝むことができるかどうかは危うい。凍死しなくても、このまま漂流が続けばいずれ餓死はする。それよりも先に、喉の渇きに耐えられなくなるだろう。渇き死にってことになるかもしれない。

 出血多量死、焼死、打撲死、溺死、凍死、餓死、渇き死などから、私は今のところ免れてはいるが、しかしいったい、どの死に方が最も悲惨なんだろうかと考えた。凍死、出血多量死は寝ている間に死ぬみたいなので楽そうである。打撲死も一瞬で済めば楽かもしれないが、しかし、痛さが長引いたらきつい。溺死や餓死、渇き死は一時期非常に苦しいかもしれない。焼死は痛そうで、非常に辛そうである。

 なんてことを考えているうちに、東の空が白んできた。東の地平線が桃色に染まった。それは何だか幸運の色のようであった。助かるという希望が湧いてきた。そして、日が昇った。急激に空が明るくなり、海の上にもその明るさが届いた。向井さんを見た。その動きに気付いて、空を見上げていた彼女も私を見た。化粧も落ちて、髪もバサバサで、やつれている感じではあったが、彼女は理知的な美人だった。物事をしっかり考えて、きっちりと判断する、といったような目で真っ直ぐこっちを見て、少し微笑んだ。そして、
 「ね、そこ、見て。」と指差した。その先、ほんの数メートル先に、破損した木造船の一部のような板が浮いていた。すぐに、そこまで寄って、板に乗っかかる。
 「このような漂流物が浮いているということは、ひょっとして陸地が近いということじゃないですか?」と私が言うより先に、 
 「ね、あそこ、見て」と彼女は言い、西の方向を目で指した。指した方向に顔を向けると、目測で4、5百メートルくらい先に島陰が見えた。
 「あっ、島だ。助かった!」と私は叫んで、ホッとした。目測で4、5百メートル、実際にはその倍あったとしても、そう遠い距離では無い。波は穏やかだし、たぶん楽に辿り着けるであろう。怪我で弱った私の体に力が少し沸いてきた。
 「行きましょう。」と言って、彼女の方に向き直ると、さっきまで微笑んでいた彼女の顔が恐怖に歪んだ顔に変わっていた。彼女は私の左後ろの方を指差して、
 「そ、そこ・・・」と震える声で言った。見ると、三角形の物体が数枚、海面にあり、動いていた。ぐるぐると我々の周りを回っていた。サメであった。大きなサメだ。我々の周りを回っているということは、我々を獲物として狙っているということだ。

 少し前に、出血多量死、焼死、打撲死、溺死、凍死、餓死、渇き死の中でどの死に方が最も悲惨なんだろうかと考えたのを思い出した。「いやいやいや、それらのどれよりも、サメに食われて死ぬのが最も悲惨だろうよ。」と私は気付いたのであった。
 「島影を目の前にして、向井さんと島野が、”島の””向かい”で死ぬわけだ。笑い話にはなるか。」と自分の悲運を笑う。見上げると、空の青さが目に沁みた。
     

 以上が「ケダマン見聞録その2」のお話。場所はユクレー屋に戻って、
 「おしまい。以上が、イルカから聞いた話だ。」と言って、私は泡盛を口に流し込む。あんまり長く話をしていると、喉が渇くのだ。すると、キョトンとした顔で、
 「えっ!うそ!おしまいなの?その後どうなったのさ?二人ともサメに食べられて死んじゃったの?そんな悲しい話なの?私のお父さんと何の関係があるの?」とユーナ。
 「俺はイルカからそれだけしか聞いていない。ただ、ということはつまり、イルカは本人からそれだけのことを聞いているということだ。本人が生きていなければそれだけの話はできないだろう?助かったのさ、二人とも。イルカが助けたんだとさ。」
 「あー、そうなんだ。良かったー。安心した。でも、私のお父さんは?」
 「助かった二人は深く愛し合うようになって、その後すぐに結婚して、そして、二人の間に女の子が一人生まれたんだそうだ。でも、その女の子が2つか3つの時に女の方が不慮の事故で死んだんだそうだ。男はあまりにも深く女を愛していたので、その悲しみに耐え切れなかったんだそうだ。・・・もっと言おうか?」
 「うん、いや、いい。解った。」

 語り:ケダマン 2006.12.8