玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

ヘンリー・ジェイムズ『メイジーの知ったこと』(4)

2018年01月30日 | 読書ノート

 つまり、メイジーの前で他の登場人物たちは心理的な意味でも、経済的な意味でも裸にならざるを得ない。いくつかの例を挙げておきたいが、これはヘンリー・ジェイムズの他の作品では決してあり得ないことである。
 まずはサー・クロードがミセス・ビール(ファレンジ夫人というとアイダのことと紛らわしいので、以下このように呼ぶ。この二人はすでに、メイジーの義父と義母になっている)が接近するところ。

「新たな事態といえばどうやらこの子が、あなたとわたしをあわせてくれたということのようですね」(ミセス・ビール)
「この子があなたとわたしをあわせてくれました」(サー・クロード)

 二人はメイジーの前でこんなことを言うのだが、これはつまり、二人が惹かれ合っていることを公言するのに等しい。二人とも新婚直後にもかかわらず、お互いの配偶者に愛想を尽かし、新たな出会いを、メイジーの義父と義母としての新たな出会いを歓迎しているのである。
 そしてサー・クロードが妻アイダとの関係について、メイジーにあけすけに語る場面。

「わたしたちは離れ離れなのだよ」(サー・クロード)
「お母様は怖いの?」(メイジー)
「むろんだよ、君」(サー・クロード)

 普通大人は6歳の子供にこんな心情を吐露することはないし、とりわけヘンリー・ジェイムズの小説にあっては、大人同士でもこのようなナイーブさを見せることはない。
 母アイダがメイジーとサー・クロード、ウィックス夫人を前に、感情を激発させる場面は、この小説の中でも最も酷薄な部分であるが、そこには彼女のサー・クロードとメイジーの関係に対する嫉妬が隠されている。

「アイダはあやすように娘を腕の中に抱きながら、むごたらしいほど、取り返しのつかぬほど、この子はあたしから遠ざけられている、と言い、こんなひどいことをした張本人はサー・クロードだとわめき散らさずにはいられなかった。「この人がおまえをあたしから引き離し、あたしに刃向かわせたのよ、と叫んだ。「おまえを味方に引き入れ、おまえのいたいけな心に毒を注ぎ込んだんだわ! おまえはのこのこついて行って、この人とぐるになり、あたしに刃向かい、あたしを憎んでいるんだわ」」

 父ビールもまたメイジーに向かって残酷な科白をはくが、こちらも妻ミセス・ビールとサー・クロードの関係への嫉妬を隠している。しかし父のこの言葉は一面で真実を突いている。実際小説の結末は父の言う通りになるからである。

「「あいつらがおまえを化物にしちまったんだ。怖ろしいことだ。まったく。いかにもやつららしいことだ。分からないかい」とビールは続けた。「おまえをできるだけ怖ろしいもの――自分たちと同じくらい怖ろしいものに仕立てあげたら、さっとおまえを棄てるんだよ」」

 ウィックス夫人もまた、嫉妬の感情をメイジーにぶつける場面がある。メイジーの今後についてウィックス夫人、サー・クロードとミセス・ビールが保護者となってやっていくという構想が浮上するときに、ウィックス夫人はミセス・ビールを激しく拒絶する。

 ウィックス夫人はミセス・ビールの「不道徳」を責め立てるが、それは上辺の話で、本当は彼女はサー・クロードとミセス・ビールの関係に嫉妬しているのである。ウィックス夫人はメイジーに本心を明かす。

「あたしはあの方を熱愛しているの。ほんとよ」

 メイジーがこの言葉に対しなんと応えるかは興味深いところである。彼女はこう答える。

「ええ、知ってるわ」
 

注記:「熱愛している」は原文ではadoreである。「崇拝している」とも取れるが訳者は「熱愛している」と訳している。この場はやはり「熱愛」と訳すべきだろう。

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