このように大型船の内部は迷路のようになっていて、地下牢や地下納骨所を彷彿とさせるのであり、船というものは外観も内観もゴシック的空間というに相応しい。そして、そのような閉鎖的空間で展開される人間のドラマもまた……。
サン・ドミニック号の船長はベニート・セレーノ(作品タイトルでもあり、この人物の重要性を示している)という若い男で、彼とデラノー船長のやりとりが小説の大半を占める。ベニートはサン・ドミニック号がホーン岬の沖合で嵐に遭って帆走不能となり、その後も凪のために百九十日間漂流していたと説明する。ベニートの憔悴ぶりには甚だしいものがある。
しかし、何かがおかしい。ベニートの言うことに不整合なところがある。人の好いデラノー船長でさえベニートの言うことに不信感を抱かざるを得ない。船上には不気味なそぶりを見せる黒人や、鎖につながれた黒人、そしてベニートに忠実にかしづくバボという黒人がいる。
デラノー船長はベニートに、サン・ドミニック号で何が起きたのか詳細に聞き出そうとするが、いつでもはぐらかされてしまう。デラノー船長はベニート船長がほとんど指揮権すら行使できていないことを見て取り、ベニートを軽蔑しさえする。
それどころかベニートがデラノー船長を殺そうとチャンスを窺っているのではないかと、疑心暗鬼に駆られさえするのである。このような謎に満ちた状況をメルヴィルは、圧倒的な緊張感をもって詳細に描いていく。
海豹猟船の乗組員はサン・ドミニック号に乗り込んでおらず、デラノー船長はたったひとり。ベニート船長を初め、黒人達の不可解な行動や言動に恐怖を覚えながら、デラノー船長は観察を続けていく。
別れの時が来る。海豹猟船のボートにデラノーが乗り移ると、ベニートが突然ボートに飛び込んでくる。それに続いてバボを初めとする黒人達がベニートに襲いかかる。その時、デラノー船長はことの真相を一瞬にして悟るのである。
「その時であった。これまで長い間迷妄のうちにさまよっていたデラノー船長の脳裡に天啓の閃光がひらめき、予感もしなかったほどにはっきりと、彼の主人役をつとめてきた男の不可解な振る舞いのいっさいを(中略)明るみに出してくれた」
読者もまた、デラノー船長が感じた瞬時の解明を同時に体験することになる。またしてもあらすじを書いてしまったが、「ベニート・セレーノ」という作品はこのように謎を中心として、読者を強力に引っ張っていき、この時点で一挙に解放するという物語構造をもっている。メルヴィルの筆力に眼を見張る一瞬である。
ことの真相は、黒人バボを指導者とする反乱によって船は支配されていて、ベニートはデラノー船長に対して芝居を打つことを強制されていたということなのだ。そのようなことは船という閉鎖空間においてでなければ起こりえないことである。メルヴィルは船というゴシック的空間でこそ可能な、ゴシックストーリーを見事に書いたのである。
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