概念拡大、時代に適応を 佐賀大教授 松下一世さん(61)
日本国憲法は「法の下の平等」を定め、基本的人権を保障している。現実にはさまざまな中傷が繰り返され、障害者や性的少数者(LGBT)ら社会的弱者の人権がないがしろにされかねない状況もある。憲法の理念が人権にどう生かされ、何が課題として横たわっているのか。佐賀大学教育学部教授の松下一世さん(61)=人権教育学=に尋ねた。
〈国は2014年1月に障害者権利条約を批准した。16年4月には障害者差別解消法が施行された。障害者の権利擁護の動きは進んでいるように見える〉
「昨年はヘイトスピーチ対策法や差別解消推進法も成立し、ここ数年で人権法の整備が進んだことは評価できます。法の下の平等が法制定につながったことは事実だけど、憲法の存在だけでは不十分で、障害者権利条約や人種差別撤廃条約などの国際条約が推進力として欠かせなかった」
「憲法が日本人の行動原理に浸透していない、と感じています。日本の憲法教育は基本的人権を学ぶというより、差別問題に力点を置いてきた。人権が著しく侵された被差別やハンセン病患者らに焦点を当て、学生は教えられた事実を道徳的に理解はしている。しかし、自らの人権と関連付けた学びが不十分なために、生活との接点が見いだせず、『自分とは関係ない』と捉えがちです」
〈人権を守るための法整備が進む一方で、特定の人種や国籍、宗教などを対象にした排外的な言動が目立ってきている〉
「政府の動きは鈍かったけれど、法律をてこに運動や要求を展開し、救済措置を願い出ることもできます。では、法整備を足がかりに、差別や偏見をどう解消すればいいのか。その鍵が憲法にある。憲法を知ることで他者の人権に敏感になり、おかしいと感じた時に声を上げる力にもなる」
〈憲法は、教育分野の現状を見つめ直す鍵にもなると松下さんは考える〉
「子どもの貧困問題は、教育の格差をもたらすほど根が深い。ここで憲法に立ち戻り、教育を受ける権利に着目して運動を展開することで、教育の公平性が担保され、貧困問題の改善にもつながっていく」
「佐賀県内で当たり前と思っている校則でさえ、子どもの人権の観点から捉え直すと、見直すべき点が出てくるでしょう」
〈改憲論議では、基本的人権の在り方が重要になると考えている〉
「憲法という幹に、法律という枝が生えている。人は生活により近い枝に関心を持ちがちですが、幹との関係を知らなければ全体像は見えてこない。国民一人一人がこうした点を考えるために、教育やメディアが果たす役割は大きい」
「憲法は何のためにあるのか、私たち自身が考えることから出発したいですね。その上で、基本的人権は国民が守るものではなく、国家が保障するものだという点を踏まえて論議を進めなければならない。人権の概念は発展、拡大していくものです。時代の変化に合わせ、新しい人権を憲法に盛り込んでいくことも重要だと考えます」
■まつした・かずよ 1956年、高知市生まれ。大阪教育大学大学院修了。小学校教諭を経て2007年、佐賀大学文化教育学部講師に。13年度から教授で、現在は教育学部所属。佐賀市。
2017年05月04日 佐賀新聞