委託増、「空白地」減へ
交通事故の被害者対策を担う国土交通省所管の独立行政法人「自動車事故対策機構」は、事故で脳に重い障害を負った「遷延(せんえん)性意識障害者」を治療する専門病床の充実を図る方針を決めた。最重度の患者の26%が専門病床での治療で何らかの意思疎通ができるまでに回復するなど有効性が確認されており、今年度、事故直後から患者を受け入れる新型病床を導入する。また、従来よりも小規模な病床を展開し、専門治療の「空白地域」を減らす検討も始めた。
近年、救命医療の進歩などで交通事故死者は減っているが、重度後遺障害者は毎年2000人弱で横ばいの傾向にある。在宅の重度後遺障害者に支給される「介護料」の受給者も増えていることから、国交省関係者からも「対策の充実は急務」との声が上がっている。
機構は、自動車損害賠償責任(自賠責)保険制度の資金を活用して「療護センター」(50~80床)を宮城、千葉、岐阜、岡山の4県で運営する。一般病院に委託してセンターに準じた治療を行う「委託病床」(12~20床)も北海道、神奈川、大阪、福岡の4道府県にある。病床数は8カ所で計290床。最長3年間入院でき、同じ看護師が1人の患者を退院まで継続して受け持つため、頻繁に声をかけて刺激を与えるなど手厚いリハビリができる。
センターが初めて開設された1984年から今年3月までの入院患者は1415人。うち26%の372人が機構独自の評価基準で遷延性意識障害を「脱却」したと判定された。自分で食事や車いすによる移動ができる域まで回復した人は少ないが、家族は「声かけに笑顔を見せたり、握手をしたりといった意思疎通ができるだけで大きな喜びとなる」と話す。
専門病床は、複数の病院で治療を受け病状が安定した患者を受け入れており、通常、事故から入院まで1年程度かかる。だが、機構の調査では、専門病床に入るまでの期間が短いほど脱却率が高い傾向があった。
機構が1カ所で試験導入する「一貫症例研究型」という新型の委託病床(5床)は、専門病床に入るまでの期間を短縮するのが狙い。大学病院などの高度医療機関への委託を想定している。事故直後の患者に急性期治療をした後、併設する委託病床で同じ医師らがリハビリを一貫して行うことで効率的な治療ができる。効果が確認されれば委託先を順次拡大し、専門治療の機会を増やす方針だ。
また、自宅から専門病床が遠くて利用できないという家族の不満に応えるため、5床程度の「ミニ委託病床」を導入することも検討している。
遷延性意識障害
日本脳神経外科学会の定義では、自力で動けない▽自力で食べられない▽目が物を追っても認識しない▽意味のある発語ができない--など6項目が医療によっても改善されず、3カ月以上続いている場合を言う。発症の原因は、交通事故やスポーツ事故による脳外傷のほか、脳梗塞(こうそく)などの病気、水の事故や心疾患による低酸素脳症などさまざまだ。
自動車事故による重度の脳損傷患者が専門病床に入院するまでの典型的経過
毎日新聞 2017年5月7日