ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

「タンデム自転車」広がれ 健常者と視覚障害者協力、活動本格化

2019年02月02日 16時36分52秒 | 障害者の自立

 2020年東京パラリンピックに向け、県と県障害者スポーツ協会は健常者と視覚障害者が協力して走行する2人乗り「タンデム自転車」の普及活動を本格化させる。パラリンピック自転車競技の正式種目だが、日本パラサイクリング連盟によると、全日本選手権の出場者は毎年、3、4組と少ない。県は裾野の拡大を目指し、ハンドル操作を担う「パイロット」の養成に乗り出す。

今月からは県内の視覚特別支援学校で体験乗車会も始める。
 2人乗りタンデム自転車は二つのペダルとサドルを備え、前後に並んで乗車する。前方のパイロットがハンドル操作を行うため、視覚障害者も後部座席に乗ってサイクリングを楽しむことができる。ただ、視覚障害者が自転車に乗ることに対し、本人や周囲が「危険」とのイメージを持っていたり、パイロットが不足していたりするため、普及が進んでいない。2016年まで県内では公道走行が禁止されていた。
 同協会は1月22日、静岡市葵区でパイロット養成に向けたプレ講座を開き、県内の自転車販売店主や特別支援学校教諭、県職員らが参加した。競技内容や交通ルールを学んだ後、実際にタンデム自転車を運転。後部座席の参加者はアイマスクを装着し、視覚障害者が自転車に乗った際の感覚を体感した。

タンデム自転車のパイロット養成に向けて開催されたプレ講座。座学と実技で競技への理解を深めた

2019/2/1        @S[アットエス] by 静岡新聞

 

 


胃腸炎集団感染、1人死亡 秋田の障害者支援施設

2019年02月02日 16時29分38秒 | 障害者の自立

 秋田県男鹿市の障害者支援施設「ひまわり苑」は1日、施設内で感染性胃腸炎が集団発生し、入所者の男性(85)が肺炎で死亡したと発表した。施設側は「感染が肺炎を悪化させた可能性がある」としている。

 施設によると、1月4~25日に入所者43人と職員11人が発熱や嘔吐(おうと)などの症状を訴えた。男性は31日に死亡。秋田中央保健所が感染経路を調べたが、特定できなかった。

 施設の担当者は「入所者が亡くなったことは残念。手洗いや換気を徹底し、再発防止に努める」と話した。

2019.2.1       産経ニュース


「日本を元気にする」車いすなど障害者バスケ4団体が新プロジェクトスタート

2019年02月02日 14時29分58秒 | 障害者の自立

 日本障がい者バスケットボール連盟は1日、車いすなど加盟4団体のバスケットボールをPRする「ワン・バスケットボール・プロジェクト(OBP)」をスタートすると発表した。同連盟理事長を務めるアトランタ五輪バスケットボール女子代表の原田裕花さんは「障害者バスケも含め、バスケで日本を元気にする。バスケットファミリー全体で日本のスポーツを盛り上げたい」と述べた。

  同連盟によると、パラリンピック競技でもある車いすバスケの他に、上半身に障害があってもプレーできる車いすツインバスケ▽知的障害のFIDバスケ▽聴覚障害のデフバスケ――の認知度向上に取り組む。また、健常者のBリーグやWリーグの選手らが参加する体験イベントや観戦ツアーなども企画し、障害者バスケットボールの魅力発信に努める。

 視覚障害者がプレーする5人制サッカーでは、日本サッカー協会が大会やイベントの開催などで認知度向上に一役買っており、参考にしたという。

 

『こんな夜更けにバナナかよ』から15年 著者が得た“答え”とは?

2019年02月02日 13時30分33秒 | 障害者の自立

「障害者に生きてる価値はあるのか」「なぜ税金を重くしてまで、障害者や老人を助けるのか」。昨今、そんな問いが、ネットを中心にあふれるようになった。さらに2016年に相模原市の障害者施設で起きた殺傷事件において、植松聖被告は「障害者は不幸を生むだけ」と主張したという。本書『なぜ人と人は支え合うのか』(ちくまプリマー新書、880円※税別)はこうした問いや主張に対し、きれいごとではない答えを求めて模索する。

「私自身も若い頃は障害や福祉の問題に無関心で、こうした問いや主張を心に浮かべては、世の中の欺瞞を見抜いた気になっていた一人でした。だからこそ、植松被告の考えを高みから全否定するのではなく、わが身に照らして吟味する必要があると思ったんです」

 渡辺一史さんを変えたのは、映画化もされた『こんな夜更けにバナナかよ』(2003年刊)で描いた筋ジストロフィー患者・鹿野靖明さん(02年に死去)と、彼を取り巻くボランティアとの出会いだ。鹿野さんはボランティアたちに「あれしろ、これしろ」と容赦なく要求し、夜中でも「バナナが食べたい」「もう一本!」とまったく遠慮がない。渡辺さんが当初イメージしていた「困難に負けない健気な障害者」とはまるで違う。だが自分の弱さや子どもっぽさを隠そうともせず、周囲を巻き込みながら生きる鹿野さんには、生きることへの圧倒的な執念と、“丸裸”で生きる人間としての魅力があった。渡辺さん自身もボランティアの一員となりながら、取材にのめり込んでいく。

「鹿野さんは一人では一日たりとも生きていけない、いわば他人と関わることを宿命づけられた人。一見『わがまま』に見える数々の要求も、鹿野さんが主体的に生きるためには不可欠なことだと気づいた。それまで『人に迷惑をかけたくないし、かけられたくもない』と思って生きてきた自分の生き方を、根底から揺さぶられました」

 ボランティアの大半は、悩みや葛藤を抱える、ごく普通の若者たちだった。鹿野さんから大きな影響を受け、医療や福祉、教育の現場で活躍している人は数多い。渡辺さんもその一人だ。

「鹿野さんから『生きるとは何か』『人と人が支え合うとはどういうことか』を全身全霊で教えてもらった。私自身学生時代に教わった教師と比較しても、鹿野さんに勝る先生はいません」

 本書では多くの障害者やその家族、介助者が描かれるが、「支える側」「支えられる側」は常に流動的で、何度も逆転する。

「人は誰かの役に立っているという実感なしには、生きていくことはできない。誰かを『支える』ことによって、『支えられている』のではないでしょうか」

 人は生きている限り、老いや病気とは無縁ではいられない。障害や介護、福祉の世界には「生きること」のすべてが凝縮されているのだと渡辺さんは語る。

「障害者について考えるとは、健常者について考えることであり、同時に自分自身について考えることでもあるのです」

(本誌・野村美絵)      ※週刊朝日  2019年2月8日号