障害者対象の国家公務員試験が3日、全国であった。中央省庁などの障害者雇用の水増しが発覚してから約半年。受け入れ側が手探りで対応を進める一方、受験した人たちは期待と不安を口にした。
障害者対象の国家公務員試験が3日、全国であった。中央省庁などの障害者雇用の水増しが発覚してから約半年。受け入れ側が手探りで対応を進める一方、受験した人たちは期待と不安を口にした。
「まさかこんな形で、公務員への道が開かれるとは思わなかった」。関東に住む30代の男性は都内の会場で受験後、そう話した。
大学院を出て国家公務員を目指したが、ことごとく面接で落とされた。年齢制限であきらめ、民間に就職してから、発達障害だと知った。人の目を見て話せず、仕事のミスにも気づけない。今は仕事を辞め、障害者が働くスキルを身につける施設に通う。
今回の障害者枠なら、30歳を過ぎても受験できると知った。「家族を安心させ、社会とのつながりを保つためにも、安定した職に就きたい」
埼玉県の女性(25)は「一人一人の障害に対応できるのか」と不安を抱く。自身の発達障害のADD(注意欠陥障害)は周りの人には気づかれにくく、自分でも理解しきれていないところもある。「急に出勤できなくなったときに、周りは理解してくれるか。相談できる人は……」。心配はつきない。
試験での障害に応じた「配慮」の受け止めも様々だ。車いすで受験した都内の男性(44)はこの日、自分で車を運転して東京・霞が関の会場まで来た。事前に希望を伝え、敷地内に駐車スペースを確保してもらった。ただ、朝の満員電車に乗る自信はない。「国が率先して障害者の車通勤を認めて」と言う。
視覚障害がある東京都練馬区の中嶋明香(さやか)さん(37)は文字を拡大した問題を使った。だが、字が大きすぎて「読むのに時間がかかる」と分かったのは試験開始後。変更を申し出たが、認められず、「臨機応変にして欲しかった」と話した。
仕事内容や休憩の取り方…手探りの対応
かつてない規模の障害者採用に踏み切った各省庁は、手探りが続く。
全省庁で最多の「1068・5人」(昨年6月時点)が不足していた国税庁は今回、常勤職員として50人を採用する計画だが、人物や能力次第では予定を超えて採用する構えだ。
障害者の採用枠を設けるのは初めてで、「民間企業の取り組みも参考に準備している」と担当者。音声テキストの確保や建物のバリアフリー化などを検討中だ。約1年の研修を経て、障害や適性に応じて税務調査か内勤業務に振り分ける。
水増し問題が発覚して以降、各国税局が障害者を非常勤として採用。非常勤から常勤への「ステップアップ制度」も活用して雇用率を高める考えだ。
「最低でも常勤65人を採用したい」と意気込む防衛省と防衛装備庁は、「379・5人」が不足。今年末までに380人以上の採用をめざす。障害者に絞った採用計画は初めてで、本省や各地の駐屯地などの仕事を洗い出し、健常者と同じ業務や補助的な事務を任せることにした。
仕事の任せ方や休憩の取り方など必要な配慮について、外部の専門家を招いて研修する予定だ。担当者は「本人の希望も踏まえて柔軟に対応したい」と言う。
「いろいろなバックグラウンドの職員がチームで働いています」とアピールする国土交通省は、不足数が「713・5人」と2番目に多い。全省庁で最多となる常勤169人の採用を掲げ、「書類作成、データ作成・管理、庶務などの業務」を担ってもらう。法務省は125人の採用を予定。本人の希望や障害などを踏まえ、仕事内容は「柔軟に対応したい」とする。障害者雇用率は昨年6月時点で0・79%で、「574・5人」が不足。設備面の改善も進める方針で、関連施設に支援機器の配備や多目的トイレの増設を検討している。
「数合わせでは」「省庁がお手本を」
支援する関係者たちには不安や戸惑いがある。
障害者のための労働組合「ソーシャルハートフルユニオン」(東京)の久保修一書記長は「具体的な職務や障害への配慮が不透明で、雇用率の数合わせの印象は否めない」と言う。
組合には民間企業からの転職相談が多いという。待遇の良さや安定したイメージが主な理由で、「慣れた職場環境から転職するほどかどうかは、慎重な判断が必要だ」と指摘する。
軽度の知的障害者らが通う都立永福学園(杉並区)。高等部就業技術科3年生の94人は誰も受験しなかった。試験全体でも知的障害者は3%にとどまる。
民間企業への3週間のインターン(就業実習)などで適性を見極めるのと比べると、「長く働ける職場か分からない」のが主な理由だ。筆記試験が「高卒程度」と難易度の高さもある。進路指導を担当する森川崇主任教諭は、省庁の担当者が学校視察に訪れる際に「職場の定着について意見を交わしたい」と話す。
障害者専門の人材紹介事業を手がける「ゼネラルパートナーズ」(東京)によると、省庁の大量採用を巡って、民間企業には「優秀な人材が流出しかねない」との懸念があるという。
首都圏エリア統括マネジャーの森田健太郎さん(39)は「中央省庁にはまだ民間でも雇用の機会が限られている人にこそ門戸を開いてほしい」と言う。短時間しか働けない精神障害者や、在宅勤務を希望する重度身体障害者たちだ。「省庁がお手本を示し、民間にも波及するきっかけになれば」と期待する。
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