横須賀うわまち病院心臓血管外科

お気軽にコメントいただければ、一般の方の質問にも心臓血管外科専門医が答えます。

僧帽弁形成術をパーフェクトに成功させる人工腱索の立て方

2021-11-04 16:17:36 | 弁膜症
僧帽弁閉鎖不全症において、僧帽弁の腱索断裂による逸脱症が逆流の原因となっている場合の自己弁を温存して修復する形成術の場合は、主に逸脱部位を切除縫合する方法と、弁を切除せず逸脱部位を人工腱索によって左房側に翻転しないように固定する方法の大きく二種類の直し方があります。弁尖を切除するResect法に対して人工腱索は自己弁の温存をするのでRespect法とも言われています。横須賀市立うわまち病院での人工腱索の縫着方法の原則は以下のとおり。
①人工腱索はCV-4(ゴアテックス糸)を使用する
②人工腱索はループテクニックによる固定を行なう
③ループの長さが対側の弁尖(逸脱部位が本来接合していた面:P2ならA2の健常腱索)の健常腱索の長さを測定し、それに乳頭筋の縫着部位の位置関係から2~3mm長い長さとする
④ループの乳頭筋縫着部位は、逸脱部位の対側の弁尖に腱索を出している乳頭筋のHeadのTip付近で、できるだけ頑丈な線維化組織に小さいPledget付でマットレス縫合とする
⑤ループの本数は逸脱部位の範囲によって決定する。P2全体、またはA2全体が逸脱している場合は前後の乳頭筋から2対ずつ4対。
⑥A2またはP2の逸脱には必ず前後の乳頭筋の両方向から人工腱索を立てて二方向に牽引する
⑦作成したループはすべて弁に縫着する(弁に縫着せずフリーのままに決してしない)
⑧弁尖への人工腱索の縫着は、必ず左房側の接合線にループの先端が来るように左房側のみに縫着する(CV-4を使用して縫着)
⑨人工腱索が対側の健常腱索とジャミングしていないか必ず確認する
この原則を確実に行うことで100%成功する人工腱索による僧帽弁形成術が可能となります。弁への縫着点については、長崎大学の江石教授から教わった方法を採用しています。

人工弁輪は基本的に同じサイズのものを使用していますが、症例によって種類を選択することでいいと思います。最近はPartial Ringを使用することが多くなっています。


ポイントとしてBよりもAのような位置に人工腱索をたてたほうが逆流は制御しやすいということです。しかしながら、これは心房性MRや左室拡大に伴うMRの症例に関しては必ずしも使えず、腱索断裂によるType IIの場合ということになります。
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心臓手術の奥義?:Aorto-Mitral Curtainに弁輪部膿瘍を形成した感染性心内膜炎に対するManouguian手術

2021-08-19 06:12:49 | 弁膜症
大動脈弁に感染性心内膜炎を発症し進行すると弁輪にまで感染が波及し弁輪部膿瘍を形成する場合があります。多くは僧帽弁との共通弁輪=Aorto-Mitral Curtainに膿瘍を形成し、僧帽弁前尖を破壊したり、左心房に異常なシャントを形成したりする場合があります。ここまでくると通常の大動脈弁置換を行っても感染部位を除去できず高率に感染の再燃が起きてしまい、救命することは困難です。感染性心内膜炎の手術の基本は感染部位を除去、掻把する必要があり、この病態に対する究極奥義はやはりManouguian手術です。
 Manouguian手術手術はもともと弁輪拡大術式の一つで、Aorto-Mitral Curtainに向かって弁輪を切離し、人工血管や牛心膜、自己心膜などで弁輪を補強した分が弁輪拡大される術式です。この弁輪を切離する部位の感染の弁輪部膿瘍を形成していることが多いので、弁輪部膿瘍を切除したあとの再建が感染性心内膜炎にも応用できるというものです。オリジナルの術式は僧帽弁置換を伴いませんが、感染性心内膜炎の場合は感染巣を完全に除去するために切開切離するために僧帽弁置換が必要になることが多くなります。
 僧帽弁前尖を完全に切除するとともに、切開線を大動脈切開線を無冠洞を超えて左房上壁に切り込み、左房上壁から大動脈切開部を船形に切った人工血管でパッチ形成閉鎖すると同時にこの人工血管の中央部の帯状のTransitional Zoneに僧帽弁輪、大動脈弁輪を置くもので、この二つの弁輪の間に5-6mmのTransitional Zoneを置くことで二つの人工弁の弁輪の干渉を防ぎます。このTransitional Zoneの固定部位がしっかり自己組織に固定されることが出血を予防することで非常に重要で、ここがこの手術の肝です。しっかり縫合して出血を予防するために糸掛け、結紮の順番も重要です。
 なかなかイメージがつかないという人も多いのですが、実際の手術イラストを自分で描いてみて初めて理解できる場合も多いので、術前や、手術を実際に見たり行った後にイメージを考えながらイラストを描いてみることがおすすめです。

 筆者は昨日の他病院での緊急手術のお手伝いで参加した症例で4例目です。前任地自治医科大学附属さいたま医療センターでは1万例の心臓手術の中で3例しかなく、その3例とも手術に入った心臓外科医は筆者しかおりません。一例は自分で執刀し、忘れられない手術の一つです。幸い全症例が救命されました。20年の心臓外科人生で4例の遭遇なので5年に一度の割合でしか遭遇しない手術かもしれませんが、外科医によっては一生に一度しか見ない、もしくは一度も遭遇しない手術かもしれません。その意味で、この手術が心臓外科医にとっては「究極奥義」なのです。
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縫合糸の緩みにはCor-Knotによるリカバリーショット

2021-08-02 14:54:36 | 弁膜症
https://blog.goo.ne.jp/gregoirechick/e/403b2308e5b4ce7505f4f484ba72bc52
の続きです。

【背景】自動縫合結紮器であるCor-Knotは縫合糸結紮の時間的短縮だけでなく、結紮困難な部位においても確実な結紮を可能にする画期的な手術器具である。
【目的】Cor-Knotの応用した使用方法として、結紮した縫合糸が緩んでしまった場合のリカバリーショットとしての使用方法を紹介する。
【基本的手技】Cor-Knotは、弁置換術及び弁形成術などに使用する純チタン製のクリップと専用のアプライヤである。縫合部位に配置した非吸収性縫合糸を、アプライヤに取り付けたクリップによってクリンプして固定し、余剰な縫合糸を切断することが可能であり、本品を使用することでノットプッシャーを使用することなく外科医の指が届かない部位の縫合糸結紮が可能となり、結紮に要する時間を有意に短縮出来る。
【縫合糸が緩んだ場合の使用方法】縫合糸の結紮が緩んでしまった場合は、縫合糸を牽引すると結紮点が浮いてしまい、その下に三角形の空間が形成されるが、この浮いた部分をCor-Knotのクリップが結紮点を超えて三角形の空間を潰すように挿入してクリンプして固定することで増し締めされるような形で緩みをとることが出来る。
【症例呈示】右小開胸アプローチによる大動脈弁置換+僧帽弁形成術において、大動脈弁縫着の際にバルサルバ洞が狭くて指先が入りにくい場所で用手的に結紮した縫合糸が2カ所で緩んでしまい、一カ所は縫合をほどいて結紮しなおしたが、もう一カ所は縫合がほどけにくいためCor-Knotで締め直した。他の縫合糸はノットプッシャーを使用し、緩み無く結紮出来た。
【考察】縫合糸が緩んでしまった場合の対処として、追加の縫合糸をかける、結紮をほどいて結紮しなおすなどの対処があるが、一度人工弁を縫着した後に行なうことは技術的に困難であり、追加針をかけることは人工弁損傷のリスクもある。大動脈遮断解除した後に弁周囲逆流などの所見を認め、再遮断しての観察で発覚する場合もある。こうしたトラブルや手術時間の延長を最小限に抑えるための方法としてCor-Knotによる増し締めが有効である一方、デバイスが保険償還出来ないというコスト面の弊害もある。この方法はMICSアプローチのみでなく、正中切開のアプローチでも有効であり、知っておくべき裏技である。
【結語】縫合糸の緩みにはCor-Knotによるリカバリーショットが有効である。
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外巻き生体弁の評判

2021-07-12 21:43:04 | 弁膜症
 外巻弁はステントの外側に生体弁の弁膜を張ることで弁口面積が大きくとれるというメリットがありますが、早期に壊れる症例があるので使用しないとする施設も多いと思います。外巻弁には大きく、アボット社のトライフェクタ、リヴァノバ者のクラウンがあります、また、クラウンの前モデルとしてマイトロフローというものも数年前までありました。

 マイトロフローは当時、イタリアのソーリン社が作った外巻弁で、筆者も2014年に多く使用経験がありますが、幸い早期の弁機能不全症例は今のところ聞いていません。またマイトロフローの改良版のクラウン弁も現病院で使用経験がありますが、こちらの弁も現時点で2016年から30例以上移植していますが、現時点では弁機能不全はなく、外巻弁でもTrifectaのように早期弁機能不全は起きないと思っていました。しかしながら前々回の胸部外科学会関東甲信越地方会でマイトロフローの早期弁機能不全の発表があり、会場からも早期弁機能不全の経験があるという医師も多数いて議論となり、やはりTrifectaに限らず、マイトロフロー、クラウン共に外巻弁は弁の可動範囲が大きいことで弁口面積が大きくなる一方、その分、弁膜にかかるストレスが大きくなって壊れやすくなるのではないか、という認識が一般化しているものと思われました。先週も都内の病院で、クラウン弁移植後の再弁置換手術を実施した施設があり、その部長に直接話を聞いたところ、3年ほどで再手術となったということでした。
 マイトロフロー、クラウンの最もいい点は、同じサイズでも実際の弁の大きさが最小であることです。特に19mm弁は現存する人工弁で最も小さく、一番小さい機会弁よりも小さいので、狭小弁のため機会弁しか入れられない、という事態が発生しなくなりました(この弁の使用経験がない施設ではいまだに狭小弁という理由で機会弁を縫着したという話を聞きますが。)マイトロフロー自体はその意味で筆者の印象としては悪くありませんが、他施設での評判としては外巻弁は早期に壊れる症例がある、という点で現時点では評判がいいとは言えず、使われる頻度も少ない生体弁と言えます。です。
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MICSアプローチによるスーチャレス弁移植(Intuity)

2021-07-09 03:27:18 | 弁膜症
 縫わなくても移植できるスーチャレス弁が大動脈弁移植用に昨年から発売されていますが、これは縫合糸を大動脈弁輪にかけ、その糸の一端を人工弁の弁座にかけ、弁を弁輪の位置まで落とし込んだ後に一針一針手で、もしくはKnot pusherで結紮するという人工弁移植の一連の操作を省略できるという意味で、約15-30分の時間短縮、および一針一針の操作におけるリスクの軽減が期待できる画期的な人工弁です。
 新しい技術でもあるので、最初の症例はプロクターと言われる技術指導者からの指導のもとに実施する必要があり、エドワーズ社のIntuityは1例目、LivaNova社のPercevalは5例のプロクター指導が必要です。横須賀市立うわまち病院心臓血管外科ではこの両方のスーチャレス弁をすでに実施済ですが、最近はIntuityのほうが若干多く使用しています。
 横須賀市立うわまち病院心臓血管外科では、右小開胸アプローチによるいわゆる低侵襲心臓手術を弁膜症の多くの症例、特に大動脈弁置換においては55%の症例で実施していますが、最新の手術方法としてこのスーチャレス弁によるMICS-AVR(低侵襲大動脈弁置換術)も実施しています。操作性が悪い右小開胸アプローチによる弁手術も、このスーチャレス弁を使用することで低侵襲アプローチの弱点を克服できます。このスーチャレス弁によって約30分の手術時間短縮が可能で、正中切開とそれほど時間的な差がなく人工弁置換術が可能となっています。
 このIntuityは大動脈弁輪下の左室流出路に位置するカフが広がって人工弁を固定すると同時に、印象としては左室流出路お広げる印象があり、今まで使用していたMagna弁やInspiris弁よりも弁口面積が術中の超音波画像上は広がって見え、実際に人工弁通過血流速度を測定すると、従来弁よりも低下し圧格差が少ない症例が多くなっています。人工弁の弁尖に対する負担も小さくなれば、より長期間の使用が可能になるとも考えられます。より長期の耐久性が期待できるResilia牛心膜を乗せたIntuityが一日も早く使用できるようになることを期待しています。
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MICS National Case Conference 2021 ストーンヘンジ法による大動脈弁置換術の紹介

2021-06-23 23:20:23 | 弁膜症


6月30日にMICSの全国規模のウェビナーが開催されますが、この中で横須賀市立うわまち病院で実施している右小開胸アプローチによる大動脈弁置換術に関するプレゼンテーションを行います。当院で採用しているStonehenge Techniqueは特殊な装置が必要なく導入しやすい手技で全国にこれから広まっていく手術方法と思われます。すでに当院からも3施設において導入のお手伝いをさせていただきました。国内のMICSのエキスパートの先生たちの意見も聞きながら有意義なウェビナーに出来たら幸いです。
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Barlow病に対する僧帽弁形成術 → 僧帽弁のDiminution

2021-04-29 19:57:22 | 弁膜症


Barlow病は僧帽弁の弁葉が著しく増生して合わさりが悪くなって逆流を呈する弁の変性疾患です。前葉、後葉どちらの弁葉にも発生し、両葉の変化がみられる症例も少なくありません。この増生したEccesive Tissueと腱索の延長も同時に生じることがあり、複雑なメカニズムで逆流が生じます。また弁の逆流によって左房や左室の増大を来たし、心房性の逆流や左室拡大に伴うTetheringにより機能性の逆流成分を合併することもあります。

心房性の逆流に関しては人工弁輪による弁輪縫縮で対応できますが、左室の拡大に伴うTetheringに関してはもともと弁葉の余剰にがあるので、さらなるAugumetationは必要なく、逆にAugumetationしすぎたような形態をしていることが多いため、この場合、Augumetationの逆の形成=Diminution(弁葉縮小手技)を行う必要があります。Diminutionのやり方には、Sliding Techniqueを基本とした、その応用である砂時計型のResection&Sutureやそれに似た手技を行うこともありますが、弁葉のBillowingを起こしている部分を切除して弁葉のサイズを正常化するには、Billowing部分そのものを切除することが理想的です。その場合はAugumetationでPatchを充てるのと反対にPatchサイズの弁葉切除を行って結節縫合で弁のHight Reductionすることで弁葉サイズの適正化が可能です。

これに弁輪縫縮、Coaputationが合わない場合の人工腱索縫着などStepwiseに手技を積み重ねていくことが重要と言われています。
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心房性僧帽弁閉鎖不全症

2021-04-28 22:38:15 | 弁膜症
 最近の話題として心房の拡大によって僧帽弁輪の位置が特に収縮期に外側に反転するように移動し、僧帽弁の接合が悪くなって僧帽弁逆流が起こるタイプの弁膜症を心房性僧帽弁逆流と呼んでいます。心房細動などで左心房が異常に拡大した際に発生することが特徴です。こうした症例には後尖のAugumentationが有効との報告もありますが、弁輪の収縮期移動を制御すれば逆流を停止させることが可能であり、弁に操作を加えなくとも人工弁輪による弁輪縫縮のみで形成できることがほとんどと思います。

 本日の僧帽弁手術のウェビナーでは、同様の意見をおっしゃる演者の先生もいて、非常に共感を覚えましたが、同時に、より複雑な因子が絡んでいる症例が多いので人工弁輪での縫縮のみでは解決できない症例もあるとのコメントもありました。
 そうかもしれませんが、心房性僧帽弁逆流に関しては人工弁輪による縫縮のみで十分であり、他の因子があるならその因子を人工弁輪による縫縮で制御しようといっているわけではないので、他の因子に関してはそれにあった逆流制御処置が当然ながら必要です。と、反論しようとしましたが、そこまでの発言はできませんでした。他の因子とは、だいたい心房の拡大に加えて左室の拡大も同時に起こっており、その場合は僧帽弁の弁葉が左室側に引っ張られて逆流が起こる、いわゆるTetheringを合併している症例であったり、腱索断裂を伴っており、この僧帽弁逸脱による逆流を合併している症例なども実在し、これに関しては別の処置が当然必要になります。
 いずれにしろ、たいへん勉強になるウェビナーであったことは間違いありません。

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急性の僧帽弁閉鎖不全症において緊急で僧帽弁手術をする適応とは?

2021-01-22 21:08:33 | 弁膜症
 急性の僧帽弁閉鎖不全症は緊急手術が必要になる場合があり。これは循環器診療に携わる医師であれば誰もが知っていることではありますが、では、どのような症例に対して実際に緊急手術が必要になるのでしょうか?施設によっては急性の僧帽弁閉鎖不全症は全例緊急手術が必要と教育している施設もあると聞いていますが、実際にはどのような判断で緊急手術が必要になるのでしょうか?

 この緊急手術が必要な急性僧帽弁閉鎖不全症は、実際は急性心筋梗塞における乳頭筋断裂や乳頭筋不全症、それと感染性心内膜炎における僧帽弁破壊の症例の二つです。これらは刻々と病態が変化し、様子を見ている間に手遅れになる可能性を常に含む疾患であるため、迷ったらすぐに手術室へ運んだほうが良い症例です。

 では、最も多い、腱索断裂による急性僧帽弁閉鎖不全症はどうかというと、ほとんどの症例は急性の僧帽弁閉鎖不全症であっても心筋、左室の代償機能が働いて慢性期にまで管理でき待期手術が可能です。急性の僧帽弁閉鎖不全症と判断する所以は、左室、左房が拡大していないことを理由に判断することが多いです。一時的に肺水腫に対して気管内挿管して呼吸管理を必要としたり、心不全に対してカテコラミンが必要になることもありますが、通常は人工呼吸器から離脱して、予定手術を組むことが9割以上の症例で可能です。
 では、このType II =腱索断裂による逸脱性僧帽弁閉鎖不全症の緊急手術が必要な症例はどういう症例かというと、待期手術に持っていけない状態が持続する循環不全の症例です。たとえば、低血圧が持続してIABPやPCPSを挿入しないと循環が維持できず、さらに循環補助装置から離脱できない症例、末梢循環不全による代謝性アシドーシス、乳酸値の上昇が改善しない症例、人工呼吸器から離脱できない症例などです。
 Type IIの逸脱性僧帽弁逆流の症例はできるだけ待期手術まで管理して、全身状態が改善した状態での手術のほうが成績が良いので、可能なら全身管理して安定した状態までもっていくのが最初の管理目標となります。

 その意味で、前者二つの状況(乳頭筋断裂、感染性心内膜炎)なのか、腱索断裂による逆流なのかを最初の段階で分別しておくことは極めて重要です。

 昨日の心臓血管外科カンファレンスで議題に上がった内容なので、まとめて記載してみました。こうしたハイレベルな議論が可能な横須賀心臓血管外科カンファレンス、有意義な時間と思います。
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急性の僧帽弁閉鎖不全症に対する緊急手術が必要な状態

2021-01-02 02:51:54 | 弁膜症
 弁膜症は予定手術を組んで手術をすることが多い疾患で、心不全で搬送されても、一時的に心不全を内科的な治療で軽快させ、その後に手術予定を組んで手術をすることが一般的です。
 僧帽弁閉鎖不全症に関しても同様、一時的に人工呼吸管理が必要な状態となっても、Type2病変=僧帽弁逸脱による心不全の場合は通常、利尿剤などで病態を改善させ人工呼吸器を離脱した状態まで良くしてから手術予定を組みます。内科的な治療で改善しない場合は、そのまま手術が必要になりますが、その指標として、末梢循環不全の指標となる乳酸値が改善しない、人工呼吸器から離脱出来ない、呼吸、循環が悪化してPCPS(ECMO)が必要になる状態です。
 一般に、急性心筋梗塞に伴う乳頭筋断裂、感染性心内膜炎による弁破壊の場合はこうした内科的管理が奏功しない場合は多く、緊急手術が必要になることがしばしばあります。逆にこの上記2つ以外は状態が安定してからの手術が一般的といえます。
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三尖弁の感染性心内膜炎に対する弁形成術

2020-11-09 05:36:22 | 弁膜症
 心臓の弁膜に細菌がつく感染性心内膜炎は、心臓病の中でも重篤な疾患です。敗血症といって全身に細菌がばらまかれて広がり、多臓器不全を起こす、細菌塊が塞栓症を起こす、細菌塊が塞栓先で仮性動脈瘤を形成し破裂させる、弁膜の破壊によって弁逆流がおき、心不全になる、発熱・炎症の持続により体力が消耗するなど様々な病態と起こします。
 一般には大動脈弁や僧帽弁、いわゆる左心系に発症することの多い感染性心内膜炎です。これは、左心系のほうが圧が高く、血流ジェットによる弁膜の表面の損傷が起こりやすくそこに細菌が付着して発症するメカニズムが考えられています。
 一方、右心系の感染性心内膜炎は稀です。海外では麻薬の不衛生な静注によって細菌が混入して三尖弁の感染性心内膜炎が起こる、と教科書には書いていますが、麻薬の違法使用が少ない日本においては麻薬に関連した感染性心内膜炎を見ることはほとんどありません。全身に菌が散布される敗血症の状態ではどこに菌塊が付着してもおかしくないので大動脈弁や僧帽弁の感染が最初に起きて複数の弁に感染が波及することはありますが、三尖弁のみの感染性心内膜炎は日本では稀です。
 三尖弁の感染性心内膜炎でも、左心系の弁に起こった場合と治療は同じです。適切な抗菌薬を使用して感染を制御し、塞栓症、心不全、感染の持続の場合は手術を検討することになります。三尖弁逆流のみでは、通常は肺高血圧にはなりません。肺動脈に送る血液が少なくなってしまうのは三尖弁逆流の病態ですので、肺高血圧がないのに左室に還流する血液が少なく心拍出量が低下するという特殊な病態で、その循環への影響を推察することが困難なことがしばしばあります。もし三尖弁のみの感染性心内膜炎に肺高血圧を伴っているとなると、既に肺塞栓を起こしている可能性が高くなります。もしくは左心系の弁や心機能に問題がある、またはもともと肺動脈に病気(肺動脈性肺高血圧症)があるということを念頭におく必要があります。また、術前にスワンガンツカテーテルを入れることは、三尖弁に付着した疣贅(最近は疣腫ということが多いようです)をつついて肺塞栓の原因となる危険性があるので、禁忌となります。肺高血圧の推定は心エコーの三尖弁逆流の血流速度から行うことになります。

 手術においては三尖弁のみの感染性心内膜炎では、右小開胸アプローチ(MICS)からの治療が可能です。基本的には重症の三尖弁逆流を起こしている症例が適応になりますので、生体弁による弁置換術が基本になります。三尖弁は右心系のいわゆる低圧系なので、若年者に移植しても長期間もつ可能性が高いと言われています。生体弁であれば、術後の右室にペーシングリードを挿入することも可能です(機械弁では、通常の右室ペーシングは出来ません)。

 一方、三尖弁の感染性心内膜炎に対する弁形成術は、三尖弁後尖に感染が起こっている症例においてはかなりの確率で可能となります。これは後尖においては後尖そのものをすべて切除してもこの部分の弁輪縫縮を行うKay法によって再建できるためです。人工弁などの異物を入れることを極力避けることが感染の持続、再燃を抑制することになります。前尖や中隔尖を切除した場合は、弁膜そのものの再建が必要になる為、弁形成術は困難です。
 三尖弁の弁形成術は、特にMICSアプローチにおいて、肺動脈を遮断することができないので、右室に生理食塩水を入れて圧をかけて行う逆流テストが無効で、逆流制御がうまくできているか術中に確認することができません。見た目にうまく形成できても、その出来栄えが右心系の圧がかかっても逆流をさせずに持ちこたえるかどうかは不明です。右房を閉鎖して人工心肺を停止してみないとわかりませんが、三尖弁逆流が軽度から中等度までであれば、その後右心不全を起こすことは少ないので、これで完成としてよいことが多いと思います。少し逆流が残っても人工弁が入るよりは利があります。
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心臓の聴診についての教育

2020-10-30 20:47:44 | 弁膜症
 大動脈弁逆流は一般診療において見逃される可能性が高く、拡張期の雑音で気づいて診断する医師はまさに現代では名医と言える、と聞きました。心臓の聴診の教育なんて昔からありません。なので、そういした教育を受けた医師は貴重な体験をしたと言えると思います。筆者は異形狭心症を発見した循環器内科医の和田敬先生から聴診を手とり足取り教えを受けましたが、弟子中で循環器診療を実践しているのは自分だけになっていることに寂しさを感じます。和田敬先生は、心臓の聴診を教えるために、心雑音をどうしたら口で表現できるかということを、江戸谷猫八に弟子入りして学んだそうです。その直伝の聴診口真似を誰にも伝授することなく、心臓血管外科医として診療していることに、若干罪悪感を覚えます。
 同時期に和田敬先生のご自宅や病院に出入りして学んだ自分は故・和田敬先生の最後の弟子といえるかもしれません。
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僧帽弁手術後左室破裂に対する圧迫止血で最も有効な止血方法は? ⇒ハイドロフィット

2020-07-09 00:15:01 | 弁膜症
 僧帽弁手術で最も恐ろしい合併症はやはり、左室破裂です。これは人工弁や人工弁輪を固定するために僧帽弁輪にかけた糸を支点に左室心筋の一部が裂けて、そこから左室の外に大量に拍動性出血を起こす合併症です。僧帽弁置換術の約1%に発症すると言われ、小柄な高齢女性に起こしやすいとも言われています。一度発生すると死亡率は50-70%とも言われる、心臓手術で最も外科医が恐れる合併症です。
 万が一発生した場合の止血方法は二つあります。
① 縫着した僧帽弁位の人工弁をはずして、左室の内部から裂けた部分にパッチをあてて止血する方法
② 出血部位を左室の外から用手的に圧迫して止血する方法
 このいずれかです。

用手的に圧迫して出血が制御できる場合は、心臓を動かしたまま人工心肺を離脱して、カニューレ類を抜去し、ヘパリンを中和して圧迫を継続し、出血が治まるのを待ちます。
この際、最も有効な止血剤は、圧倒的にハイドロフィット(マツダイト)です。この一見セメダインのような止血剤は水と反応して固まるので、ヘパリン投与下でも固まって止血することが出来る唯一の止血剤です。他の種々の止血剤は基本的に凝固因子が働くのを主に助ける役目なので、ヘパリンを中和してからでないと有効ではありません。人工心肺補助しながらハイドロフィットで止血の目途をつけて、出血量を測定してから安定した状態で人工心肺を離脱する、という止血が理想的です。
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40代に生体弁で人工弁置換?

2020-06-22 23:08:40 | 弁膜症
 弁膜症のガイドラインによると、人工弁と置換する手術をする際に、機械弁とするか、生体弁にするかという議論は昔からあります。日本人は海外の人と比較して長生きするため、若くして生体弁で置換すると生きている間に再手術が必要になる、という考えで以前は70代の後半でも機械弁で人工弁置換し、一生涯ワーファリンによる抗凝固療法をするというのが一般的でした。生体弁の寿命が10年と言われていた時代は、70代で生体弁置換すると80代で再手術が必要になってしまう、と考えられていたからです。
 その後、2009年ごろから生体弁の寿命が弁膜の処理の工夫によって長くなったと言われ、日本においても機械弁より生体弁の使用数が逆転しました。より高齢の患者さんが手術を受けるようになって生体弁の使用割合が増加した以上に、アメリカのガイドラインというのが初めてできて、65歳以上は生体弁を推奨するというデータが示されたことが影響しました。その当時の知識によると、55歳から65歳の間で生体弁置換した患者さんが生きている間に再手術が必要になる可能性が30%であるのに対し、65歳以上の患者さんが生体弁置換した後に、生きている間に再手術が必要になる可能性が10%以下という統計結果が出たことが根拠になっています。それに加えて生体弁を作るメーカーの大々的な宣伝が大きく貢献したと思います。今や、生体弁の寿命は20年もつ可能性が9割と言われており、10年で再置換が必要になる可能性は低いと考えられています。もちろん例外的に早期に弁が壊れてしまうことも残念ながらありますし、改良前の生体弁で異常に早く壊れてしまう弁が存在しているのも確かです。
 さて、筆者の経験では、妊娠を希望する若い女性が生体弁で人工弁置換を受け、お子さんを出産した後に、生体弁が壊れた後に機械弁で人工弁置換した症例や、極真空手の道場を経営していて、シニアの部の大会に出場したり、瓦を素手で割ったりしているのでワーファリンを飲めないと言って大動脈弁を生体弁置換をした40代の患者さんなどの経験があります。大動脈弁位に移植した生体弁は僧帽弁位に移植した弁よりも長持ちするので、その空手の道場の患者さんは10年以上経過してもまったく人工弁に異常を認めず過ごされています。
 ガイドラインに機械弁を推奨されている年齢の患者さんに、機械弁と生体弁の選択について説明すると、どうしても生体弁を希望するようになってしまうのは仕方ないことなのかもしれません。もし筆者が人工弁置換術を受けるとしたら基本的に再手術の危険があっても生体弁を希望すると思います。若い人ほど早く生体弁は壊れる傾向になるので、20年はもたないかもしれませんが、現在は生体弁の中に経カテーテル的に新しい生体弁を移植するTAVI IN SAVという治療が日本でも始まっています。TAVI弁の寿命は現時点では10年以内とも言われていますが、20年後は改良されてさらに長期使用可能な弁も出ていると思います。20年の生体弁の寿命に加えて、追加のTAVIで10年、合計30年の間、ワーファリンによる抗凝固療法から解放されるメリットを考えると、当然生体弁を希望するのではないでしょうか。実際に30年間再手術フリーとなるのかどうかは、じっくり検証していこうと思います。
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弁置換術後の抗血小板薬

2020-06-22 00:16:03 | 弁膜症
この春に弁膜症治療のガイドラインが改訂されました。その中で、これまで弁置換術後にはアスピリンの併用が望ましいとして、ワーファリンとアスピリンの併用をしているケースが多かったのですが、このたびの改定を確認すると、生体弁の弁置換術後症例では出血リスクが高くない限りは可能な限り終生、抗血小板薬を継続することが妥当としてあります。アスピリンが不要となれば、それに伴う胃潰瘍予防薬も不要となり、外来管理はより簡略化されることをちょっと期待しましたが、生体弁置換術後でも年1%弱の塞栓症発生率があるということで当面は継続すべきです。(内容に誤りがあったため、訂正させていただきました)。
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