胸痛で救急受診した患者さんがほかの疾患と診断を間違われ、その結果、患者さんが死亡した場合、診察した医師はどこまでその責任を追及されるのか?これは医師として働く以上、かかわった患者さんにはその時点である程度の責任が発生しています。だからこそ、医師は人よりも多く勉強し、尊敬され、それに見合う収入も得られているのです。
筆者は心臓血管外科医として多くの患者さんのCTスキャンを毎週みています。主に心臓の大きさや形、大動脈の太さや性状などを見ているため、自分の注目する心臓や血管以外には注意はおろそかになります。CTスキャンでは、他にも肺や肝臓や、膵臓や甲状腺、乳腺など多くの臓器が映っています。残念ながら大動脈と心臓だけを取り出して見えるような装置にはなっておらず、注意しない部分も写っていて、そこに重大な疾患があるかもしれません。筆者も肺に写っている小さい陰影を気にもとめずにいたら、半年後に大動脈瘤のサイズが大きくなっていないか経過観察のCTを撮影したところ、前回気づかなかった肺の腫瘍が大きくなっているのに気づき、慌てて呼吸器の専門家に受診させ、結果肺がんと診断され治療開始された経験があります。この初回の肺がんの見落としは、結果が悪かった場合は訴訟され法外な慰謝料を請求されることがあります。事実、私が以前働いていた病院では、胸部レントゲン写真での肺がんの見落としで適切な治療を受けられずに亡くなったとして訴訟され、病院は数千万円の賠償金を支払ったことがあります。病院も医師個人もみんな賠償保険に入っていますから保険会社が支払うことになるのですが、この保険金、自動車保険と一緒で、一度賠償金を支払うと翌年から保険料がそれに見合う増額になるそうです。その病院も年間500万円の保険料が3000万円に値上がりしたと聞いています。それなら自動車の自損事故のように保険で払うか、自費で払うのが正解か検討する必要があります。
心臓血管外科領域においては、大動脈解離を適切に診断できなかったせいで患者が死亡し訴訟になる可能性があります。単純CTでもある程度大動脈解離が診断できる可能性がありますので、それも含めて、死んでしまうかもしれない病気から否定する、という鉄則を常に意識する必要があります。