浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

恩師の歌集「愛」より

肉体の限度にいどみ人救う
愛の行い我が内の神

「心行の解説」より。

2014-04-22 01:33:16 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

※ お写真はお釈迦様が大悟される前に菩提樹の木の下にお坐りになられて反省・瞑想された
     菩提樹の末裔にあたる現在の菩提樹です。〔ブッタダガヤ〕


         ~ 恩師の「心行の解説」より ~


先の続き・・・

このようにはっきりといっぺんに治るという現象として現れた場合は、
「ああ本物だなあ、救われてくれたなあ」と分かりますが、
何の証明もなかったら信じることはできませんね。
そういう宗教に限って何も証明ができません。
なぜかというと、嘘か本当か分からないものに何十万円、何百万円と取って、
不当なるお金を集めているようなものに、
神が力をお与えになるはずがないからです。
神はたださせていただく時にのみ、神の御業を現わされます。
欲の曇りで神の光は遮られるのです。
欲を持たず、ただ救われてくれたらいいと思って尽くす時には
何の曇りもありませんので、神様の光がすうーっと通っていくのです。
ところが、そんな法外な大きなお金を取っているようなところへは
欲の曇りで光が止まってしまうのです。

一回見てもらって二十万円というような宗教もあります。
そこへ行って治ったというお方はごく稀です。
治らなかったといって後から苦情を言われないように、
前もってちゃんと誓約書を書かされるそうです。
「もし治らなくても、お金を返してくれとは言いません」そして、判を押すのです。
「やっぱりだめです」と言って、よく私のところへ来られます。
これらの宗教を偽物だと見抜けない限り、本物に巡り合うことはできません。
そしてほんとうに巡り合えるご縁というのは、どれほど難しいものかということですね。
私たちは今、ほんとうに正しいご縁を頂きました。
ほんとうに正しい教えとは、高橋信次先生を縁としての正法だったのです。
先生は講演の時、大きな縦長の垂れ幕を垂らして、「釈迦・イエスの教えの原点に還れ」
と書かれていましたが、釈迦・イエスの教えの原点こそ正法だったのですね。


          ~ 感謝・合掌 ~





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