日枝神社の、おみくじ
ここ数年、私はまず
・お正月元日に自宅側の氷川神社を参拝
・9日の自分の誕生日に赤坂の日枝神社を参拝
というパターンで新年を迎えている。
これは結構、正当な参拝の仕方のようで
まず元日は地元、そして日を改めて
自分の氏神様あるいは信頼している神社を参拝するのが良いと
色々な本にも書いてある。
今年の私の誕生日の9日はあいにくの寒い雨。
翌日に息子の試験ということで
その日の参拝は見送り、
翌日、息子が試験を受けている最中にお参りすることに、決めた。
”ママ、僕が試験受けている間、何してるの?”
と息子が聞くので
”日枝神社で、お参りしてくる。”
と私が言うと
”お百度参りみたい”と、息子。
試験当日、通常の学校よりも試験科目が多いので
午前9時半過ぎからお弁当持参で
午後3時までの長丁場の試験。
私は息子が試験会場に引率されるのを見送った後、
日枝神社へ向かった。
10日は前日とはうって変わった晴天。
神社参拝にふさわしい、澄み切った青空だった。
そして、その青空には勢いの良い、雄雄しい雲が・・・。
年に一度、神様からのメッセージを聞くツールとして
<おみくじ>がある。
アマノコトネさんも
自分の信頼している神社のおみくじは
大切なメッセージと思っていい、とおっしゃっていた。
私は神社が大好きなので
神社へ行くと<おみくじ>はひくのだけれど
日枝神社の<おみくじ>が
私にとっては一番の神様からのメッセージ。
いやいや、良く当たるのだ。本当に。
そして、おみくじの和歌の部分も
その時の自分自身の様子を良く言い当てた和歌でもある。
日枝神社のおみくじの凄さを知ったのは
私が息子を産む年のお正月にひいたもの。
6月出産の私のお腹はそこそこに大きく、
元気にお腹の中で育っている様子で、
そのお正月の時点では
私は最高に幸せな妊婦だった。
しかし、おみくじには
<出産、5月には要注意>みたいなことが書かれてあり、
<なんのこっちゃ>
まあ、転んだりしないように気をつけよう、とくらいに思っていた。
ところが、その後大ドンデンがあり、
何と出産直前の5月に離婚
確かに、そのショックとストレスから
それまで順調だった妊婦ライフから一変し、
悲劇の妊婦となった。
日枝神社のおみくじのことを思い出したのは
ずいぶん後になってからだったけれど
そういえば、<5月 要注意>は本当だったのだ。
そして、今年は・・・。
~吹く風に 沖辺の波は高けれど 心静けき わが港かな~
これまで幸福に恵まれたるは、皆ひとえに
祖先積善の餘慶遺徳の報いなれば、
みだりに自負せず人を慈しみ社会に貢献すべし。
他所は嵐吹きて浪風激しけれど
港の恩恵をうけて
何事も無くて幸多しと。
・・・まあ、本当に。・・・
確かに今の私、
とりわけ2007年半ばからスタートした
Happy道は、ひとえに<祖先積善の餘慶遺徳>。
また、<積善家>という、曽祖父 梅屋庄吉の書が残されており、
この言葉は、庄吉が好んだ言葉の一つであるが
これは易経の<積善の家には必ず餘慶あり>から取ったもので
善行を積み重ねた家には子孫まで幸福が訪れる、という意味。
まさに、梅屋庄吉、トク夫妻パワーが
今の私のHappyの原動力であることは、間違いない。
そして、嬉しいのは
<他所が嵐吹きて、浪風激しいけれど
港の恩恵をうけて何事も無く、幸多しと>
この大激変の荒波の中、
私は穏やかでいられる、ということだ。
そう、
自分は穏やかで幸多し。
みだりに自負せず人を慈しみ社会に貢献すべし。
そのことに意識をフォーカスして、今年を過ごそう。
今年も日枝神社のおみくじパワーに驚きを感じざるを得なかった。
ココロがワクワクしたので、
調子にのって
境内にある甘味屋さんで、おしるこを頂きながら
更なる至福のひと時・・・。
・・・その頃、息子は超難問に頭を抱えていたのだった・・・・。
ここ数年、私はまず
・お正月元日に自宅側の氷川神社を参拝
・9日の自分の誕生日に赤坂の日枝神社を参拝
というパターンで新年を迎えている。
これは結構、正当な参拝の仕方のようで
まず元日は地元、そして日を改めて
自分の氏神様あるいは信頼している神社を参拝するのが良いと
色々な本にも書いてある。
今年の私の誕生日の9日はあいにくの寒い雨。
翌日に息子の試験ということで
その日の参拝は見送り、
翌日、息子が試験を受けている最中にお参りすることに、決めた。
”ママ、僕が試験受けている間、何してるの?”
と息子が聞くので
”日枝神社で、お参りしてくる。”
と私が言うと
”お百度参りみたい”と、息子。
試験当日、通常の学校よりも試験科目が多いので
午前9時半過ぎからお弁当持参で
午後3時までの長丁場の試験。
私は息子が試験会場に引率されるのを見送った後、
日枝神社へ向かった。
10日は前日とはうって変わった晴天。
神社参拝にふさわしい、澄み切った青空だった。
そして、その青空には勢いの良い、雄雄しい雲が・・・。
年に一度、神様からのメッセージを聞くツールとして
<おみくじ>がある。
アマノコトネさんも
自分の信頼している神社のおみくじは
大切なメッセージと思っていい、とおっしゃっていた。
私は神社が大好きなので
神社へ行くと<おみくじ>はひくのだけれど
日枝神社の<おみくじ>が
私にとっては一番の神様からのメッセージ。
いやいや、良く当たるのだ。本当に。
そして、おみくじの和歌の部分も
その時の自分自身の様子を良く言い当てた和歌でもある。
日枝神社のおみくじの凄さを知ったのは
私が息子を産む年のお正月にひいたもの。
6月出産の私のお腹はそこそこに大きく、
元気にお腹の中で育っている様子で、
そのお正月の時点では
私は最高に幸せな妊婦だった。
しかし、おみくじには
<出産、5月には要注意>みたいなことが書かれてあり、
<なんのこっちゃ>
まあ、転んだりしないように気をつけよう、とくらいに思っていた。
ところが、その後大ドンデンがあり、
何と出産直前の5月に離婚
確かに、そのショックとストレスから
それまで順調だった妊婦ライフから一変し、
悲劇の妊婦となった。
日枝神社のおみくじのことを思い出したのは
ずいぶん後になってからだったけれど
そういえば、<5月 要注意>は本当だったのだ。
そして、今年は・・・。
~吹く風に 沖辺の波は高けれど 心静けき わが港かな~
これまで幸福に恵まれたるは、皆ひとえに
祖先積善の餘慶遺徳の報いなれば、
みだりに自負せず人を慈しみ社会に貢献すべし。
他所は嵐吹きて浪風激しけれど
港の恩恵をうけて
何事も無くて幸多しと。
・・・まあ、本当に。・・・
確かに今の私、
とりわけ2007年半ばからスタートした
Happy道は、ひとえに<祖先積善の餘慶遺徳>。
また、<積善家>という、曽祖父 梅屋庄吉の書が残されており、
この言葉は、庄吉が好んだ言葉の一つであるが
これは易経の<積善の家には必ず餘慶あり>から取ったもので
善行を積み重ねた家には子孫まで幸福が訪れる、という意味。
まさに、梅屋庄吉、トク夫妻パワーが
今の私のHappyの原動力であることは、間違いない。
そして、嬉しいのは
<他所が嵐吹きて、浪風激しいけれど
港の恩恵をうけて何事も無く、幸多しと>
この大激変の荒波の中、
私は穏やかでいられる、ということだ。
そう、
自分は穏やかで幸多し。
みだりに自負せず人を慈しみ社会に貢献すべし。
そのことに意識をフォーカスして、今年を過ごそう。
今年も日枝神社のおみくじパワーに驚きを感じざるを得なかった。
ココロがワクワクしたので、
調子にのって
境内にある甘味屋さんで、おしるこを頂きながら
更なる至福のひと時・・・。
・・・その頃、息子は超難問に頭を抱えていたのだった・・・・。