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ヤママユガ(天蚕)
羽を持たない、テンサンの幼虫が、どんな経路で庭の樫の木に辿りついたのか、解明が進まないまま時間が過ぎていった。
時が流れる中で、すっかり固くなった樫の葉に守られた緑色の繭は、変化せずに宝石のように輝き続けていた。
8月下旬になっても、最高気温は異常値を更新し、衰える兆しを見せない残暑が続いていたある朝、季節の動く気配に目覚めて、明け放した窓から入り込む涼風に、思わずはねのけていた薄手の夜具を引き寄せた。
その朝は サギソウが咲いて、百日紅の零れ花が地面を紅く染め、テンサンの繭は光沢のある色彩を放ち、その横に羽化したばかりの大きな蛾が静かに、枯れ葉のように羽を休めていた。
この模様には見覚えがあると、遠い記憶を呼び戻す、明りを求めて薄暗い灯火に集まった古の虫たちの模様である。