姫先生のおめめ

25年間の養護教諭の経験と脳科学、波動理論から引き出すレジリエンス向上について書いています。

「察すること」は必要だが、先回りすると成長しない

2016年04月29日 | 保健室コーチング

 

【2016年の記事】

 

 アニメ「サザエさん」の舟さんと波平さん。

 「おーい かあさん。あれ」

 「はいはい あれですね」

 こんな場面をよく見ますよね

 

 日本では察するということを、賞賛する傾向があります。


 言われなくても察して動けって

 気が付く 気が付かない・・・・と。


 波動理論からすると、気が付くというのは、また別の意味もあったりするので

 一概に素晴らしいとは言い難いこともあるのですが(笑)

 ま、そこは置いといて…ですね。 

 

 察する能力は、ある程度必要です。

 人と関わるうえでもね。


 しかし、察し過ぎて 相手が言わなくても先回りして動いてしまうと

 それってどうなん?


 保護者の中には、「うちの子、なかなかうまく言えなくて。先生が察して動いてやってください」

 なんて要求(要望ではないです)してくる方もありますが

 それって、本当に優しさでしょうか?


 何も言わなくても、周りが動いてくれる。

 そんな対応をしてもらった子どもは 大きくなっても 相手が察してくるのを待って

 自分で必要な表現をすることはありません。


 なので、多くの先生たちは「察していても、子どもが自分の言葉で表現する」ように

 そのための言葉がけをします。

 それは「冷たさ」ではないですよね。


 「してあげること」は、優しさではなく、その一時の都合の良い動きに他なりません。

 察する感性は大事。

 でも、先回りしない。


 そのためには、相手への信頼が絶対条件

 先回りする大人は、相手を無意識に「できない子」として扱っているのです。


 「あなただけが、わかってくれる」と思ってもらえることを

 心のどこかで望んでいたりするのです。

 そう思うと、実は、先回りする大人の方こそが、

 そこに自分の価値を見出そうとしているだけなのかもしれません。


 私が、養護教諭時代にも

 「わが子の歩く道に石ころ一つ落ちていないように」と、

 先回りしてそれを全部取り除くという育て方をされる方がありました。


 そのしわ寄せ・・・ 当然、ある時期になるときますよね・・・・

 その状況もちゃんと受け止めていけるのでしょうか?


 子どもは同然、ちょっと躓いて転んで、けがをして、

 それでも自然に止血して かさぶたになって

 元通りになるという過程を踏みながら、いろいろなことを学ぶのですが

 心配というきれいごとで、その大切な経験を通した学びを奪ってしまうのです。

 

 

 心配し過ぎるお母さんは、愛情をかけているようでいて

 子どもには

 「あなたにはできないの。ママがいなきゃダメなの」という裏メッセージを送っているのです。

 一番受け容れてほしいのは、実はママ自身だったりということが

 隠れているんですね。

 

 


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