【2013年の記事】
わたしがまだ 養護教諭3,4年目くらいの時だったでしょうか
一人の児童が 保健室にやってきました。
「先生 赤いぽつぽつができたの」と訴えました。
あ、この発疹 なんかの伝染病っぽいなぁ この小さいぽつぽつは。。。確か 風疹。。。のような 気がする・・・
ええと どうだったかな
そこに 担任の先生が。
「先生 どう?」
「感染症だと思うんですが・・・熱も 微熱です。」
「やっぱりそうだよね これ 風疹だよね。」
「なんとなく そう思います 養護教諭が診断はしてはいけないのですが その可能性が高いと思われます。」
「うんうん 私も 自分の子が風疹になった時のこと 覚えているけど まったく同じ症状なの。すぐにお母さんに連絡するね」
と おっしゃっていました。
実に手際のよい担任の先生で 保護者の方もすぐにお迎えに来てくださいました。
この時 実は 担任の先生のてきぱきとした判断を見て 自分自身を不甲斐なく思っていました。
「私 養護教諭なのに 専門職なのに すぐに判断できなかった・・・担任の先生は すぐに判断がついたのに・・・ わたしって未熟」と自分を責めたんです。
今になって思えば そんな風に感じる私自身も「純粋でかわいい奴じゃん」って思うのですが
その時は 専門職として学んできた知識を生かせなかった自分自身が「駄目じゃないか」
と思ってしまったんですね。
すでに この年になった自分自身、
子育て終え、山崎啓支さんのNLPやアイシンの波動を学んで
少なからず成長した自分自身からみると 当たり前のことです。
それは 子育てをしたとか しないとかということではなく
「100の知識より 体験のほうがすごいにきまってるじゃん」ということ
「ぺらぺらと語りだす知識のご披露や 他から得た知識の雄弁な仮想体験より
自分が実生活で体験した実体験が どんな理屈より力を持っている」という法則です。
理屈をどれだけ同じように語ることができても
「ああ、このことだったんだ」とコトバにならない体の感覚で受け止め
体験することが いかに大切か。
それをこの5年間 どれほど体験してきたか。
今 ハートマッスルトレーニングジムのアドバンス修了生が
学んだことをただ 同じように使ったり同じように語るだけではなく
自分の体験を学びにドッキングさせて
本当に相手の心に届く 講座を開発し、提供できる人間として成果を上げ始めています。
こうした方々とは 逆に
知識やスキルばかりを求める人は圧倒的に多いなぁと感じています。
テレビなどでも有名な○○さんから指導をうけたコーチです、カウンセラーです、セラピストです・・・・。
大学で◎◎の資格を得ています。
だから何?という感じなんです。
確かにそれも素敵ですが
人のやり方じゃなくて 自分のオリジナル作りなよ
自分の経験のほうが素敵だよ
誰が自分の体験と学びと検証から作ったスキルをそのまま使っても
あなたのスキルじゃないよ。借り物、でしょ?
そうじゃなくて
たいせつなのはあなたの体験でしょ。自分の検証でしょ。あなたが何をしたいかでしょ。
師匠の口調をそのまままねることでもない。
師匠の決まり文句をそのままいうことでもない。
学んだ法則をそのまま信じてやることじゃないでしょ?
師匠がやっている人を変化させるやり方がすごいからやってるだけでしょ。
それじゃ いつまでたっても ○○式セッション の域を超えない。
私は受講生さんに本質的なことだけを教えて
あとは 自分のオリジナルに育てていってほしいと思っています。
だから 保健室コーチングを教えるのではなく
人間の可能性や 現実は何が作っているのかという法則を伝えたいんです。
その本質を学んだ人は 確実に成長されています。
スキルだけ学んで 知識だけ、スキルだけ増やすことは 誰にでもできます。
そして そのために 頑張ることも素晴らしい
でも 自分自身とちゃんと向き合うという体験なしで ほんとうに機能するスキルはないです。
いかにも自分と向き合ったような錯覚をさせるスキルやセミナーはたくさんあります。
スキルや知識や資格だけを膨らませ学び方は機能しない時代に
ゆっくりではありますが動いています。(これは断定します)