「フィリピン人って貧乏なくせして、人から金を無心されると断れないよね。この間も彼女が60円しか持っていないと言っていたよ」
とマツヤの食事代を払ったら30円しか残っていない友人がつぶやいた。
それを聞いている私の財布にも1000円札が数枚残っているだけであった。
「まあ、それが奴らの良いところでもあり悪いところでもあるよね」
私は貧乏は哀しいものと認識しているが、彼らは「哀しいもの」以前に「仕方のないもの」と認識しているようである。
私は7年前、カーテンもない窓から差し込む西日に哀しさを感じたが、それを仕方ないことだとは決して思わなかった。
とマツヤの食事代を払ったら30円しか残っていない友人がつぶやいた。
それを聞いている私の財布にも1000円札が数枚残っているだけであった。
「まあ、それが奴らの良いところでもあり悪いところでもあるよね」
私は貧乏は哀しいものと認識しているが、彼らは「哀しいもの」以前に「仕方のないもの」と認識しているようである。
私は7年前、カーテンもない窓から差し込む西日に哀しさを感じたが、それを仕方ないことだとは決して思わなかった。