昭和27年、会場内を三重交通(八王子・内部線)の車両が横断しています。その写真が「目で見る四日市の100年」に掲載されていました。
少し離れて車両がもう一台見えますが、どうなってるんでしょうね?
カメラは北向きに撮られています。中央の黒い建物は川村鉄工所で、ここにオカダヤ(その後 ジャスコ)が建つことになります。博覧会ゾーンは柵で仕切られ、左(西側)には写真組合の販売所が出ています。
上の写真は、八王子線の『八』の字あたりになります。
こどもの国入口 その向こうに木下サーカスが立ちます。
この他、会場には、農機具博覧会にふさわしい展示棟が並びます。
農業参考館線路より東です
農業原動機館
農機具の実演もありました。近代的農業には程遠く 牛さんが出演しています。
この写真も東側会場かな?と思われます。お寿司やビールの販売所が見えます。戦後からの立ち直りの真っ最中で、この頃から、人糞肥料からか化学肥料へと変わる時代になります。人糞肥料で育った野菜を食べるため、小学校では、回虫駆除に海人草を飲まされました。「かんにんそう!」と云っては鼻をつまんで飲み込んでおりました。昭和27年に博覧会が終了した跡地は、昭和31年の新しい駅の完成に向け、中央道りが整備されていきます。
木下サーカスの建屋なんて記憶はゼロ。
タケベーさんは記憶があるのですか?
跡地の草むらで トノサマバッタを捕った記憶しかござんせん 背丈程の草が生い茂っておりゃあした