雑誌「ちくま」に連載された堀田善衛の時評は、4冊の時評集『誰も不思議に思わない』『時空の端ッコ』『未來からの挨拶』『空の空なれば』に収録された。この4冊の時評に、単行本未収録の時評を加えて『天上大風』が没後に刊行された(1998年)。
ちくま文庫版『天上大風』は、単行本『天上大風』150編のうち、71編を精選したものである。
ところで、“シルヴァー・コロンビア計画”批判は続く。
約13件の書類を整えることができて、お役所に受理されたとしても、すぐに居住許可が下りるわけではない、当然。
書類が窓口から中央に進達され、中央から窓口に下りてくるまでに、まず1年はかかるだろう。1年で済まない場合も珍しくはない。その間は、仮居住許可のスタンプをもらいに行かねばならない。3か月に一度ずつ、居住許可を申請中である・・・・と。
居住許可申請中の外国人は、常時何千人、何万人といる。したがって、警察の外事課の窓口には、つねに何十人、何百人かが行列をして、自分の番が来るのを待っている。
スペインのカンカン照りの日射の下では、日射病になっても不思議はない。
居住許可証が出るまでは、自動車を購入することができない。自動車がなければ、特に田舎の場合、買物さえ不自由する。
スペイン政府が“シルヴァー・コロンビア計画”を歓迎しても、現地の警察が歓迎するとは限らない・・・・と堀田は不気味な指摘をする。
さらに、日本大使館または領事館は本来的に在留日本人の世話を焼くために設立されているものではない・・・・という事実にも堀田は注意を喚起する。
ヨーロッパの役所は、事務の受付はだいたい午前中だけだし、ヴァカンスの7月、8月は人員が半減し、事務処理能力もだいたい半減する・・・・。
かくて、紙切れ一枚のために、マラガからマドリードまたはバルセローナの領事館まで、泊まりがけで通わなければならない。
「ただでさえ気のせく、何でもワンタッチになれた日本の御老人たちや定年退職者諸氏に、言葉が不充分である場合、これだけの面倒にたえることが出来るものであろうか」
書類の煩雑きわまる手続きがすべて円満に解決したとしても、日本の御老人たちはいったい何をするのであろうか。
日向ぼっこをするには、南欧の日差しはあまりに強烈すぎる。夏は30度を超す。
畑いじりをするには、土質があまりに違いすぎる。
読書してすごすには、日本国の郵便料が世界最高の水準に達している。
どこかで働くには、労働許可証も必要だ。
夫のほうがまだよいとしても、夫人は毎日の食事に追われるだろう。マラガ近郊の観光地などでは、ヴァカンスのシーズンには物価は平素の3倍になる。
医療の問題もある。ヨーロッパはおおむね医薬分業体制をしいている。風邪をひいて熱が38度あっても、受診し、医師の処方箋をもって薬屋に出むかねばならない。注射は、原則として注射の専門家のところへ行かねばならない。それに、ヨーロッパの薬は、だいたいにおいて日本人の体質には強すぎるから、解熱剤などほどほどに飲んでおかねばないと、熱が下がりすぎてしまう。発熱して水風呂に浸けられ、肺炎になりかけた日本人もいた・・・・。
こうした実状、逢坂剛のスペインもの冒険小説には書かれていない。
異国に暮らすとは、それだけで一大事業という気がするが、堀田が伝える1987年のスペイン事情が21世紀においても同じかどうかは定かではない。
【参考】堀田善衛『天上大風 同時代評セレクション1986-1998』(ちくま文庫、2009)
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ちくま文庫版『天上大風』は、単行本『天上大風』150編のうち、71編を精選したものである。
ところで、“シルヴァー・コロンビア計画”批判は続く。
約13件の書類を整えることができて、お役所に受理されたとしても、すぐに居住許可が下りるわけではない、当然。
書類が窓口から中央に進達され、中央から窓口に下りてくるまでに、まず1年はかかるだろう。1年で済まない場合も珍しくはない。その間は、仮居住許可のスタンプをもらいに行かねばならない。3か月に一度ずつ、居住許可を申請中である・・・・と。
居住許可申請中の外国人は、常時何千人、何万人といる。したがって、警察の外事課の窓口には、つねに何十人、何百人かが行列をして、自分の番が来るのを待っている。
スペインのカンカン照りの日射の下では、日射病になっても不思議はない。
居住許可証が出るまでは、自動車を購入することができない。自動車がなければ、特に田舎の場合、買物さえ不自由する。
スペイン政府が“シルヴァー・コロンビア計画”を歓迎しても、現地の警察が歓迎するとは限らない・・・・と堀田は不気味な指摘をする。
さらに、日本大使館または領事館は本来的に在留日本人の世話を焼くために設立されているものではない・・・・という事実にも堀田は注意を喚起する。
ヨーロッパの役所は、事務の受付はだいたい午前中だけだし、ヴァカンスの7月、8月は人員が半減し、事務処理能力もだいたい半減する・・・・。
かくて、紙切れ一枚のために、マラガからマドリードまたはバルセローナの領事館まで、泊まりがけで通わなければならない。
「ただでさえ気のせく、何でもワンタッチになれた日本の御老人たちや定年退職者諸氏に、言葉が不充分である場合、これだけの面倒にたえることが出来るものであろうか」
書類の煩雑きわまる手続きがすべて円満に解決したとしても、日本の御老人たちはいったい何をするのであろうか。
日向ぼっこをするには、南欧の日差しはあまりに強烈すぎる。夏は30度を超す。
畑いじりをするには、土質があまりに違いすぎる。
読書してすごすには、日本国の郵便料が世界最高の水準に達している。
どこかで働くには、労働許可証も必要だ。
夫のほうがまだよいとしても、夫人は毎日の食事に追われるだろう。マラガ近郊の観光地などでは、ヴァカンスのシーズンには物価は平素の3倍になる。
医療の問題もある。ヨーロッパはおおむね医薬分業体制をしいている。風邪をひいて熱が38度あっても、受診し、医師の処方箋をもって薬屋に出むかねばならない。注射は、原則として注射の専門家のところへ行かねばならない。それに、ヨーロッパの薬は、だいたいにおいて日本人の体質には強すぎるから、解熱剤などほどほどに飲んでおかねばないと、熱が下がりすぎてしまう。発熱して水風呂に浸けられ、肺炎になりかけた日本人もいた・・・・。
こうした実状、逢坂剛のスペインもの冒険小説には書かれていない。
異国に暮らすとは、それだけで一大事業という気がするが、堀田が伝える1987年のスペイン事情が21世紀においても同じかどうかは定かではない。
【参考】堀田善衛『天上大風 同時代評セレクション1986-1998』(ちくま文庫、2009)
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