語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【震災】追い詰められる民間医療機関 ~地域医療~

2011年07月31日 | 震災・原発事故
 日本医師会は、震災発生直後に対策本部を立ち上げ、災害医療チーム(JMAT)派遣を決定した。各都道府県の会長自らが早々に現地に入るなど、積極的な取り組みが目立った。
 JMATは、医師会中心で始まったが、病院団体などからも参加が相次ぎ、すでに1,300を超えるチームが派遣されている【注1】。災害時、これほど大規模な医療界全体の動きにつながったケースは初めてだ。
 日医は開業医の団体だから、もっても1ヵ月、という政治家の発言があったが、実際は4ヵ月後の今も派遣は続いている。

 被災地では多くの病院、診療所が全壊した【注2】。
 開業医が個人で新たに借金して診療所を再建するのは、たいへんな負担だ。二重ローンを負うなら、なおさらだ【注3】。被災後もスタッフを守るため生活費の面倒を見ている医師も多い、と聞く。
 各種の補助金や医療福祉機器の融資などはあるが、現状の水準のままではとても追いつかない被害規模だ。

 昔の診療所はそれなりの収入があったから、民間銀行は医師というだけで貸してくれた。しかし、今は開業医も倒産する時代だ。
 それに、今の診療報酬体系では、地域医療を担う診療所が数億円の借金を返済するのは難しい。必要な医療機器は仮に中古品であっても決して安くない。一般の医師、とりわけ高齢の医師への融資は望み薄だ。

 原発事故の補償に関しても、医療機関にはまだ支払いが行われていない。補償スキームの策定を待っていたら、潰れてしまう診療所も続出する。一時的に政府が立て替え払いをせざるをえないのではないか【注4】。
 日医でも、各県の医師会と協力して国や東電に補償を求めていく。
 医療機関の喪失は被災者の命に直結する。一刻の猶予も許されない。

 中央社会保険医療協議会(中医協)で診療報酬改定をめぐる議論が始まったが、問題が多い。今回の改定は見送るべきだ。
 震災後の混乱が続くなかで行われる医療経済実態調査が、医療機関の実態を表したものになるか、はなはだ疑問だ【注5】。こうした非常時に、大規模な医療費の調査など行っている場合か。厚生労働省もは、被災地に幹部を張り付かせるなど、調査に使う労力を現場に振り向けてもらいたい。被災者対策に注力すべきだ。

 現在の診療体系にも問題がある。前回の改定で収入が最も伸びたのは、大学病院だ。続くのが、ベッド数500床以上の大病院だ。
 だが、肝心の医療過疎地の医師数や医師の給与などはまったく改善されていない。本末転倒、前回の改定趣旨と逆行する。医療過疎の解消のカギとなるのは地域の中小病院、診療所、とりわけ有床診療所の充実のはずだ。
 それなのに、最近の改定の内容はこれらの医療機関にきわめて厳しい。
 地域医療の根源にあるのは、やはり診療所だ。有床診療所に相応の点数がつけば、回復期リハビリ、終末期の在宅医療、看取りなどの喫緊の重要施策の大きな力となるはずだ。

 以上、インタビュー:原中勝征・日本医師会会長「『診療所こそ地域医療の根源だ』」(「週刊ダイヤモンド」2011年7月23日号)に拠る。

 【注1】例えば、石巻市河北地区の集落では、諏訪中央病院やNPO法人日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)による診療活動、東京歯科保険医協会による歯科診療活動が続けられている。(記事「医療機関『ゼロ』からの出発 無医地区を救う医療支援 動き出した仮設診療所」、前掲誌)
 【注2】例えば、岩手県沿岸市町村の医療施設は、13病院、48診療所が全半壊に陥った。地域医療の中核を成してきた県立病院も、山田、大槌、高田の3病院が全壊した。(記事「どうする地域医療の『再構築』 薄氷の医療体制が顕在化 無床の嵐が襲う沿岸部」、前掲誌)
 【注3】民間医療機関は、病院総数の約7割、医科診療所の8割以上、歯科診療所の99%以上だ。しかし、国や自治体による民間医療機関への支援策は、公的医療機関と比べて手薄だ。岩手県は、4月および6月の補正予算で「被災地医療確保対策緊急支援事業」として計12.2億円を計上、うち既存施設の修繕や機材の再取得などの経費の補助に4.8億円の独自予算を設けたが、宮城県や福島県には同様の施策はない。(記事「民間病院・診療所の『再建問題』 多額の復旧費と二重債務 待ち望まれる国の支援策」、前掲誌)
 【注4】(a)南相馬市の小野田病院は、昨年新設した「透析センター」を原発事故後に閉鎖した。患者がいなくなった今、投資負担が重くのしかかる。(b)同市に2つあった精神科病院も、原発事故で休止に追いこまれた。そのうち雲雀ヶ丘病院(254床)は、6月22日から週2日に限って外来診療を開始。ただし、入院医療再開の見通しはない。一時休止の結果、常勤職員159人のうち28人が退職、103人が休職扱いで復職のめどが立たない。常勤医師の確保にも難儀している。(c)同市原町地区にある大町病院(188床)は、3月21日までに入院患者全員を県内外の病院に搬送させ、入院を休止。震災前に200人近くいた看護職員は退職や休職で約50人に減少。妊婦や子どもの避難で成り立たなくなった産婦人科や小児科は休止に追いこまれた。(記事「『原発30キロ圏』の医療危機 命をすり減らす住民 追い詰められる病院」、前掲誌)。
 【注5】中医協は、被災地の医療機関の負担を考慮し、建物等が流出・倒壊した地域には調査票は送らない、とし、別途事前に協力の了承を得た上で調査票を送る地域も設けていた。ところが、厚生労働省から調査事業を受託したみずほ情報総研が、これらの地域の医療機関に調査票を誤送してしまった。その後、同総研の基本的な統計データ処理の内容にも誤りがあったことが判明し、混乱に拍車がかかった。6月22日の中医協総会は荒れに荒れ、過去の改定の前提となったデータにも疑問が呈された。(社会保障と税の『一体改革』が大迷走 6年に1度の同時改定 診療・介護報酬の行方」、前掲誌)
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【社会保障】社会保険料負担が介護現場に与える影響

2011年07月31日 | 医療・保健・福祉・介護
 政府の社会保障と税の一体改革の方針取りまとめには、年金改革として「短時間労働に対する厚生年金の適用拡大、第3号被保険者制度の見なおし」という一文が記載された。
 これは、一見、これまで社会保険の枠に入れなかった非常勤職員を救済するシステムと思われがちだ。
 しかし、非常勤職員の中には年収を130万円に抑え、夫の扶養で第3号被保険者として(保険料を払わずに)基礎年金に加入している人も多数いる。
 仮に短時間労働者(労働時間20時間以上/週)を厚生年金に加入させた場合、次の2つのケースが生じる。

  (a)救われる非常勤職員
  (b)年収130万円未満で新たに保険料を支払うことになる層

 (b)のうち、主婦層を中心としたパート労働者は、負担が増える。
 そして、パート雇用者(事業者)も負担が増える。保険料を支払わなければならないからだ。
 今まで第3号被保険者の保険料は厚生年金や共済年金の保険者が支払っていた。改革後は、被保険者や事業主が負担することになる可能性が高い。
 そうなると、真っ先に介護現場が打撃を受ける。 

 介護労働力は、ヘルパーを中心に非常勤で支えられ(非常勤職員のうち9割は女性)、しかも週30時間未満の労働者が一定の割合を占めている。
 介護職員の実数のうち、非常勤職員は54.5万人、正規職員は79.8万人だ(09年)。
 1週間の介護労働者の労働時間別割合は、30時間未満については正社員4.6%、非正社員46.7%だ(06年)。
 最も低い標準報酬月額98,000円だと保険料は約8,000円だ。2日分の賃金にほぼ等しい。「働いて空しくなってしまう」という声も多い。

 介護事業主にしても、1人の非常勤ヘルパーに事業主負担分を毎月8,000円支出するのは非常に厳しい。
 ヘルパー事業の多くは零細企業が大半を占める。毎月10~20万円の資金繰りでも苦しい。このうえさらに非常勤職員の年金保険料の事業主負担分まで負担するとなると、事業所が存続できるかどうか、というところまで問題が広がる。非常勤職員の保険料を事業主側が負担するのであれば、その分は介護報酬を引き上げて賃金や事業収入が増えるようにすべきだ・・・・といった声が多い。

 さらに、週20時間未満のヘルパーの公募に全力を尽くし、できるだけ事業主が負担しないよう努力することになる。しかし、20時間未満のヘルパー公募だと、今でさえ人材不足なのに、さらに条件が厳しくなって人を集めにくくなる。マンパワーの質が下がる。高齢者に影響を及ぼす。

 第3号被保険者問題は、長年の懸案事項だ。
 しかし、女性の働き方や介護現場の労働実態をよく精査して社会保障改革を講じていかないと、最終的にはサービス利用者である高齢者にデメリットとなる可能性が生じ得る。 
 年金と介護の問題は、一体的に考えていかねばならない。

 以上、結城康博「非常勤ヘルパーと厚生年金加入 ~医療・介護はカネ次第!NO.144~」「サンデー毎日」2011年7月31日号)
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【震災】1人の官僚を切れば5人の失業者を救える ~『日本中枢の崩壊』~

2011年07月30日 | 震災・原発事故


 公務員制度改革の、鳩山内閣案を見て、古賀茂明は愕然とし、焦燥感を募らせた。とても政府に危機感があるとは思えなかったからだ。重要なのは、今回の改革が平時のものか、非常時のものか、という認識だ。
 日本の国家財政はぎりぎりの状態にある。企業でいえば民事再生や会社更生の申し立てを検討する段階だ。企業再生時には、一時的経営悪化とはまったく異なる大胆な改革が必要となる。さらに最も特徴的なのは、ウェットな風土の日本企業でも、再生段階ではドライに大胆なリストラが実施される、という点だ。
 国家には通常、破綻は想定されていない。だが、現実に日本の国家財政は火の車で、さらに年々借金が積み重なり、成長のための投資もままならない。破綻を回避するためには、無駄な歳出削減と成長力アップによる税収増をはかる必要がある。それでも足りなければ、増税も避けて通れない。
 ところが、実は、歳出削減、成長力アップ、増税、これらのいずれも公務員のリストラなくしては実現できない。

 消費税増税だけでは財政再建はできない。が、日本国民は悲しいまでも真面目だ。消費税増税はもはややむを得ない、と思い始めている。
 しかし、仮に国民が増税を覚悟しているからといって、将来の絵を描かないまま「当面」10%などという無責任な増税を認めるほど国民はバカではない。いかに増税幅を抑えるか、真剣に考えなければならない。
 そのためには、増税の前に徹底的に行政のムダを省き、ムダな歳出を大幅にカットする、成長の足かせになっている様々な既得権にメスを入れ、将来の経済成長の基盤を作る、といった改革が必要だ。それができなければ、財務省の増税による財政再建路線で消費税30%を目指すことになるだろう。
 もちろん、そんなことをすれば、消費は大きく落ちこみ、日本経済が破綻するのは明らかだ。

 「身分保障」の美名のもと、仕事がなくなった人を増税で雇用し続けることは許されない。時代についていけない幹部官僚を守り続けることは最早、犯罪といってもいいだろう。
 高給取りの年寄り公務員を削減すれば、優に1,000万円のカネが浮く。キャリア組だけでなく、ノンキャリア組を含め、50歳前後の公務員は、優に1,000万前後の年収を得ている。一方、年間200万円の支援があれば命を助けられる民間失業者はたくさんいる。仮に、1,000万円の高級を取っている高齢職員1人をリストラすれば、病気や失業で苦しむ国民、5人が救われる計算になる。
 公務員は、世間相場より高い給与をずっと支給されてきた。都心の一等地の官舎にタダ同然で住み、その間ゆとりを持って貯金できる。蓄えは民間人より多いだろうし、高額の退職金も出る。急場は凌げるはずだ。贅沢をいわなければ、再就職の道がまったく閉ざされているわけではない。
 しかも、単にリストラができる、というだけでなく、若手や民間人の登用によって、これからの思い切った改革の推進体制を整えることもできるのだ。国民のために働きたいと望み、公務員になったモノには十分理解できることだ。

 ところが、霞が関の大勢はそうではない。既得権益を守るため、改革に頑強に抵抗している。そのうちにも、日本の病状は臨終の間際まで進む・・・・。
 鳩山内閣の政府案は、衆議院通過後、会期切れで結局、廃案となったが、強い危機感と焦燥感を抱いた古賀は、いま記した内容を含む早急な改革の進展を訴えた論文【注】を『エコノミスト』に、敢えて実名で機構した。
 霞が関は震駭した。  

 【注】「現職官僚が斬る『公務員改革』 消費税大増税の前にリストラを」(「週刊エコノミスト」2010年6月29日号)

 以上、古賀茂明『日本中枢の崩壊』(講談社、2011)に拠る。

   *

 【参考】東京電力の原発事故については「小出裕章(京大助教)」非公式まとめ」があり、国民に背を向けて省益しか考えない霞が関については「古賀茂明(経産省大臣官房付)発言まとめ」がある。

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【震災】原発>経産省・資源エネルギー庁によるネット監視と世論操作

2011年07月29日 | 震災・原発事故
 経済産業省の外局、資源エネルギー庁は、過去3年間、「原子力施設立地推進調整事業(即応型情報提供事業)」を実施した。
 事業目的は、「資源エネルギー庁のホームページ上で、国の原子力政策に係る総合的な情報について、広く国民に対しエネルギー・原子力に関する理解を促進」する。
 また、「新聞、雑誌などの不適切・不正確な情報への対応を行うため、全国紙、原子力立地地域の地方新聞や資源エネルギー庁から提供する資料について、専門的知見を活用して分析を行い、不正確又は不適切な情報があった場合には、国として追加発信すべき情報又は訂正情報の案を作成してホームページに掲載する」。
 つまり、新聞、雑誌を監視し、世論操作を行う事業だ。
 ちなみに、この監視事業の受注者と予算は次のとおり。
 08年度 社会経済生産性本部(2,394万円)
 09年度 日本科学技術振興財団【注1】(1,312万円)
 10年度 財団法人エネルギー総合工学研究所【注2】(976万円)
 かくのごとく、資源エネルギー庁は多額の税金を使って国民を監視および情報操作を行い、カネを電力会社や御用学者に環流しているのだ。

 驚くべきことに、震災後の11年度は、前年度の8.5倍にのぼる8,300万円の予算を組んでいる【注3】。
 「原子力安全規制情報公聴・広報事業(不正確情報対応)」がそれだ。
 事業目的は、「ツイッター、ブログなどインターネット上に掲載される原子力等に関する不正確な情報又は不適切な情報を常時モニタリングし、それに対して速やかに正確な情報を提供し、又は正確な情報へ導くことで、原子力発電所の事故等に対する風評被害を防止する」。
 つまり、ネットを監視し、世論操作を行う事業だ。
 事業は、民間業者が請け負う。
 調査の方法は、特定のキーワードを入れて検索したうえ、内容を調べる。世論に影響力のある人のブログやツイッターはチェックする。【資源エネルギー庁広報担当】
 税金を使い、モニタリングという名目でツイッターを監視し、それに対する想定問答集をつくっている。これは検閲と同じだ。【岩上安身(ジャーナリスト)】

 監視は、情報操作とセットだ。例えば、経産省所管の財団法人日本立地センターは、原子力情報誌として、原発立地地域の住民向けに『夢』100,000部、同じくそれらの地域の中学生向けに『ドリーマー』48,000部を発行している。いわく、
 「プルサーマルで使うMOX燃料は、ウラン燃料と同じように安全に使用できます」(『夢』08年12月号)
 「世界中の食品で放射線が役立っている!」(同11年3月号)
 資源エネルギー庁は、3月30日に刊行した季刊誌「Enelogy(エネロジー)」に原発歓迎記事を載せ、非難を浴びて、4月11日にお詫び状を出した。経産官僚は、原子力ムラの利権構造を死守するしか頭にないのだ。

 電機事業連合会事務局の“広報部”6人は、毎日、テレビ、新聞、雑誌、ラジオを一日中チェックする。少しでも電力会社や原子力ムラに不利益なことを発言している媒体、文化人、コメンテーターがいたら、すぐ「注意」するのだ。1回目は注意くらいで済むが、2回目に引っかかると「こいつは使うな」とテレビ局などに圧力をかける。「これ以上やったら、スポンサーを引き上げる」と。【原発ムラと対決したことのある経産省キャリア】
 月に1回、電事連の社長会が開かれる。ここには、資源エネルギー庁の次官コースといわれる電力・ガス事業部長が足を運び、ご機嫌伺いをする。だから、電力・ガス事業部長は部下に「動くな」と圧力をかけるのだ。【前掲キャリア】
 
 【注1】理事に勝俣恒久・東電会長、評議員に木村滋・電機事業連合会副会長(東電取締役)が名を連ねる。
 【注2】昨年まで、斑目春樹・原子力安全委員長も理事だった。同じ頃、荒木浩・元東電会長、八木誠・関電社長(電機事業連合会会長)も名を連ねていた。
 【注3】この7月、広告代理店のアサツーディ・ケイ(ADK・東京)が約7000万円で落札した(記事「エネルギー庁:原発のメディア情報監視事業 ADK落札」、毎日jp 2011年7月28日20時35分)。

 以上、記事「恐るべし『情報操作と言論統制』 日本中枢の陰謀を暴く!『原発と放射能は安全』 国民の税金でデマを流布」(「週刊現代」2011年8月6日号)に拠る。
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【震災】増税で復興できるか? ~『官僚の責任』~

2011年07月28日 | 震災・原発事故


 内閣は、確固たるリーダーシップを打ち出せない。
 枠にとらわれない斬新なアイデアを出すことのできる官僚やブレーンは、現れない。
 被災地と原発事故に対して今後も適切な対処ができない場合、日本は最悪のシナリオをたどることになる。すなわち・・・・

 今回の震災で被災地はかなり人口が減った。産業も大きな打撃を受けた。交通網を始めとするインフラも壊滅的といってよい被害を被った。
 白紙の状態から絵を描くことが必要になった。
 にもかかわらず、政府から具体的な復興の全体像は出されない。ようやく6月20日に復興基本法が可決成立、続いて政府の復興構想会議の第一次提言が報告されたが、具体策の策定はこれからだ。換言すれば、これまでのところ、大局的な見地から全体を見渡せる人間も組織も存在していない。
 さまざまな復旧・復興案が全体像のないまま準備され、独り歩きしている。それが二次補正案に盛りこまれた。三次補正も同様だろう。
 すると、結局は、従来どおり縦割りで復旧・復興が進められてしまうことになる。
 その結果、公共事業だけが着々と実行に移される、といった事態が出来する。つまり、同じところに同じような道路や建物をつくることになる。
 これは、「公共事業を生活保護の代わりにする」という発想だ。公共事業を行うことで被災地に雇用が生まれ、被災者の生活が保障される、という主張だ。おそらく30兆円ほどの規模になるだろう。

 だが、その30兆円はどこから捻出するのか。
 政治家と財務省の頭には増税しかない【注】。国民は「被災地のためだ」と我慢するだろう。
 増税によって経済成長が期待できるなら、まだいい。しかし、公共事業で経済成長が芽吹くか、はなはだ疑問だ。病院や学校は必要だが、仮設住宅をつくったり動かしたり、あるいは人が住まなくなったところに道路や橋をつくっても、何の生産性も生み出さないから経済成長は期待できない。よって、税収はどんどん落ち込んでいく。
 他方、社会保障のカットは、反発が強くて政府にはできない。よって、支出はますます膨らんでいく。それを賄うため、また増税せざるを得なくなる。
 そうやって税金がどんどん上がっていけば、逆に消費はどんどん冷え込んでいく。モノを売る側からすれば、消費税が上がれば上がるほど利益は落ちていくから商売が成り立つわけがない。
 そして、ある日、国民は気づくのだ。
 「増税すれば財政再建できる、と言っていたが、ぜんぜん出来やしないじゃないか」

 国際マーケットが注視しているのは、じつは借金の「額」ではない。借金を返済できるかどうか、だ。
 増税するならば、その前にさまざまな改革を行い、「これだけ成長の芽が生まれた」と明確なメッセージを出さなければならない。その芽が実をつける(税収となって表れる)のは数年先だから、それまでのつなぎとして国債を発行する。成長軌道に乗っても足りないぶんは増税する・・・・。
 成長→企業や個人の所得が向上→税収増加・・・・それが本来のやり方だ。もしくは、足りないぶんを補うための方法であるべきだ。
 しかるに、日本政府が進めようとしているのは、成長の可能性をいっさい示さず、「とりあえず」増税する、ということだ。増税で財政を再建しようとしているのだ。もはや取れないところから、さらにむしり取ろうとしているのだから、誰が考えてもうまくいくはずはない。

 となれば、国際マーケットが日本を見離す。
 国債暴落→超円安→輸入品価格の高騰→インフレ・・・・当然、貨幣価値も一気に下がるだろう。
 そうなっても円安のおかげで輸出が伸びるなら、しばらくは持ちこたえられるかもしれない。が、おそらく、そのころには多くのメーカーがすでに海外に拠点を移しているはずだ。国内には競争力のある企業がほとんど残っていなくて、円安のメリットはほとんど期待できない。
 インフレに比例して給料が上がればまだしも、企業にそんな余裕はない。したがって、給料は変わらず物価だけ上昇するから、生活は苦しくなるばかりだ。
 これに追い打ちをかけるのが、日本の食料自給率の低さだ。カロリーベースで40%しかない。米だけは1年間はなんとかなるだろう。しかし、肥料が輸入できず、翌年は栽培できない事態も充分に起こり得る。
 となれば、餓死者が相当数出るのは必至だ。食料だけでなく、灯油やガソリンも高騰するから、寒冷地では凍死者もたくさん出るだろう。そして、そのようなしわ寄せは、まず貧しい人を襲う。
 それを救う力は、すでに政府閉鎖に陥っている政府に無い。政府のサービスはすべて打ち切られ、「すべて自己責任でやってくれ」と力なく言うだけだ。
 ・・・・こういった最悪のシナリオが現実になる日を、今回の東日本大震災は一気に早めた、とも言える。 

 【注】増税は、対外資産や外貨準備の活用と違って、納税者が使える資源が減り、政府が使える資源が増えるだけだ。日本全体として使える資源の総量に変化はない(「【震災】復興資金調達>財務官僚の観点と日本経済の観点」)。

 以上、古賀茂明『官僚の責任』(PHP新書、2011)第1章「『政治指導』が招いた未曾有の危機」に拠る。
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【震災】原発>「利益」がなくても「利権」は生まれる~『官僚の責任』~

2011年07月28日 | 震災・原発事故


 近年、永田町と霞が関がタッグを組んで盛んに行っているパッケージ型インフラビジネスの海外展開も、最終的には役人の食い物にされる可能性が高い。
 このビジネスは、原子力発電所、新幹線、水関連といったインフラに係る施設や技術を管理・運営まで含めたパッケージとして諸外国に売り込もうとするものだ。政官民あげた「オールジャパン体制」で臨むべく、民主党政権下で積極的に推進することになった。鉄道整備や、フクシマの後も依然として生きているらしい原発セールスなどがインドやベトナムで優先交渉権を得たことが、その成果として大きく報じられた。
 民主党がパッケージ型インフラビジネスの海外展開を成長戦略として打ち上げたのは、それが「儲かる」からだ。しかし、最低でも10年から20年の取り組みが必要で、国家的プロジェクトとして継続的に進めていくだけの力が果たして日本政府にあるだろうか。
 1971年に始まったイラン・ジャパン石油化学は、当時の金額で1,000億円もの巨大プロジェクトを日本が受注したということで、国家的プロジェクトとして推進した事業だった。しかし、1980年にイラン・イラク戦争が勃発し、国家的プロジェクトであったがゆえにその意思決定が遅れ、被害をますます拡大させてしまった。18年の歳月と1千数百億円を無駄にする結果となった。

 これにも官僚制の縦割りの弊害があった。資源エネルギー庁は、原発が売れればそれでいい、と考えている。外務省は、経済協力としてプロジェクトにこれだけの予算をつけたことでいい、と考えている。全体を見ようとしないし、見ることができない。縦割りシステムのなかで仕事をしてきたから、そういうことに気づかないのだ。
 加えて、政府肝煎りのプロジェクトだから、日本は簡単には引き下がれない。インドにせよベトナムにせよ中国にせよ、それを見抜き、日本の足下をみているはずだ。とすれば、政府を捲き込んでも、むしろハンデになりかねない。

 ところが、こうしたプロジェクトでも、役人は損をしないシステムだ。むしろ、懐が潤う。役人にとっては、プロジェクトが成功しようが失敗しようが、関係ない。「利益」はできなくても、「利権」は生まれるからだ。
 原発を外国に売り込むにあたって、政府系ファンドの「産業革新機構」が出資し、新会社「国際原子力開発」を設立した。天下り先がまた一つ増えた・・・・と役人は考える。
 「産業革新機構」は、先端技術や特許の事業化支援を目的とし、2009年に設置された。役人的発想でできあがったファンドだ。政府が出資する820億円は、基本的に国民からの借金だ。機構が金融機関から資金を調達する場合、8,000億円まで政府保証をつけることができる。最終的なリスクも国が負うわけだ。しかも、設置期間は15年で、その間に出資した金を回収するのだが、出資した企業が倒産して債権が焦げつく恐れが少なくない。その頃にはすでに、その案件を作った人は機構にいない可能性が高い。プロジェクトが成功しようが失敗しようが関係ない所以だ。結果責任を問われないから、結果を考えずに投資先をどんどん見つけようとする。そのほうが評価が高くなるのだ。そもそも設置期間を15年と長期にしたのも、責任を曖昧にするためだ。
 原発の先行きは不透明になったとはいえ、そういうケースはあちこちで起きている。事実、機構が取りあげた最近の案件をチェックすると、当初の目的とはまったく異なる政治がらみの案件は大企業を支援するようなものが多い。

 以上、古賀茂明『官僚の責任』(PHP新書、2011)に拠る。
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【震災】原発>東電が天皇に与えた損害~放射性物質の二次拡散~

2011年07月27日 | 震災・原発事故
 大阪府枚方市のあるホームセンターの園芸用の土コーナーに腐葉土が積まれている。ガイガーカウンターを手にした記者が近づくと、線量計が高鳴った。0.45、0.66・・・・数値は上がり続け、画面に黄色くHIGHの文字。そして、線量計を商品の上に直接置くと、計測音が止まらなくなった。真っ赤な画面にDANGEROUSの文字。数値は上がり続け、最高で1.36を計測。10回計測した平均は、1.22だった。

 この腐葉土の製造元は、栃木県鹿沼市にある農園だ。
 この腐葉土は、栃木県内の針葉樹と輸入の落葉を混ぜ、屋外で寝かせながら攪拌と発酵を繰り返してつくる。少なくとも2~3ヵ月は屋外で寝かせる。その時に汚染した可能性がある。
 福島第一原発から150km以上離れたこの農園に、製造者責任を問うのは酷だ。
 ホームセンターもそうだが、現場は消費者のことをきちんと考えたい、と思っている。しかし、考えようにも指針がない。
 汚泥肥料については6月24日に基準を定めたが、腐葉土については今のところ基準値はない。汚染された腐葉土があることは、把握している。近々実態調査を始めたい、と話し合っている。【農林水産省農業安全管理課担当者】
 いま話し合っているなら、対策が打たれるのはまだ先のことだ。

 枯葉は、泥と比べてもセシウムの吸着率が高く、高濃度に濃縮する傾向がある。ついに放射性物質の二次拡散が始まった、という事実を私たちは受け止めなければならない。【山崎秀夫・近畿大学教授】

 以上、記事「『汚染腐葉土』関西のホームセンターで発売中」(「週刊現代」2011年8月6日号)に拠る。

   *

 栃木県は26日、同県鹿沼市の腐葉土製造販売業者が出荷した腐葉土から1kb当たり10,700Bqの放射性セシウムを検出した、と発表した。県は、「高い濃度の放射性物質が検出された」と判断、業者に対して製品の出荷自粛と自主回収を要請した。
 この業者は関東地方を中心に全国に腐葉土を出荷している。
 県が落葉を検査したところ、同72,000Bqの放射性セシウムを検出した。

 以上、記事「栃木県産腐葉土から放射性物質 業者に自主回収要請」(日本経済新聞 2011年7月26日22:26)に拠る。

   *

 皇族の食事に使われる食材のうち、豚肉、羊肉、鶏肉鶏卵、乳製品(牛乳、チーズ、バター、ヨーグルト)、肉の加工品(ハム、ソーセージ、ベーコン)、野菜などは、宮内庁御料牧場(栃木県高根沢町)から調達されている。
 野菜などは、有機栽培されたもので、週に2回、供出品として宮内庁に届けられ、内廷皇族の食事に用いられるほか、晩餐会や園遊会にも供される。宮家皇族が皇族費から支払って利用することもある。
 御料牧場は、福島第一原発の南西100数十kmに位置する。

 製造施設に被害があり、乳製品や肉加工品などの製造ができない状態になっている。復旧作業に努めているが、完全復旧には至っていない。放射能は測定していない。製品は、栃木県の検査基準に基づいて、それをクリアしたものを供出している。【宮内庁報道室】・・・・①
 栃木県が測定する7ヶ所の測定結果では、日常生活や健康に支障をきたすことはない。農産物で規制値を上回ることがあれば、生産者に出荷自粛、自主回収を要請し、安全な農作物以外は出荷しないことを徹底している。【栃木県広報課】

 じつは、震災以来、御料牧場の製品は一切東京に届いていない。放射能汚染の懸念があるからだ。だから、宮内庁は測定値や供出品について公表していない。事態は思ったより深刻かもしれない。だから、公表できないのかもしれない。【ある皇室ジャーナリスト】
 しかし、3月25日、御料牧場で生産された卵、豚肉、サツマイモなどの支援物資が、栃木県益子町へ避難している被災者へ提供されている。
 支援物資は、震災前にストックされていたもので、放射能汚染の心配はない。今、皇族の食材の多くは都内の有名百貨店で安全性が確認されているものを購入している。【宮内庁関係者】・・・・②

 ①によれば、御料牧場は栃木県の検査基準をクリアしない製品は供出していない。 
 ②によれば、今、皇族の食材の多くは都内の有名百貨店で安全性が確認されているものを購入している。
 したがって・・・・

 以上、記事「天皇家は今、何を召し上がっているのか?」(「サンデー毎日」2011年7月31日号)に拠る。
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【震災】復興資金調達>財務官僚の観点と日本経済の観点

2011年07月26日 | 震災・原発事故
(1)議論混乱の原因
 国債の負担や対外資産の活用などの議論において、次の2つの立場を区別しないから議論が混乱する。
 (a)政府(あるいは財政当局)の立場
 (b)日本経済全体の立場

(2)政府(あるいは財政当局)の立場からする議論
 <例>国債は「負担」を将来に先送りする。
 国債を発行すると、将来時点において増税する必要がある。増税のために政府(特に財務当局)が行うべき「仕事の負担」は、国債で財源調達する場合に比べてはるかに大きい。したがって、国債によって財源調達した場合、「仕事の負担」は将来の官僚(財務当局担当者)に先送りされる。
 しかし、1-(b)から見ると、国債償還のために増税がなされるとき納税者は「カネの負担」を負うが、他方で国債保有者はカネ(償還金)を得る。したがって、国民の間で所得配分が起きるだけであり、日本全体の「カネの負担」が増えるわけではない。
 国債が発行される時点では、政府が使用できる資源量は増える。しかし、内国債の場合、その発行によって新たな資源が海外から入ってくるわけではないから、日本全体として使用できる資源量が増えるわけではない。政府が復興に使える資源が増える分、国内のある用途への資源配分が減るだけだ。
 増税の場合には、納税者が使える資源が減り、政府が使える資源が増える。だから、やはり日本全体として使える資源の総量に変化はない。この点で、国債発行と増税は同じものだ。
 企業の財源調達は企業の立場だけを考えて行えばよい。しかし、国の場合には、1-(a)のみならず1-(b)の立場を考慮した議論が求められる。

(3)日本経済全体の立場からする議論
 対外資産や外貨準備の活用についても類似のことがいえる。ただし、こんどは関係が逆になる。つまり、これらは、政府が利用できる資源量を直接的に増やさないが、日本全体として利用できる資源量は増えるのだ。
 民間が保有する対外資産による復興資金の調達は、金融機関がポートフォリオを対外資産から国債や国内向け貸し付けに変更することによって行われる。民間金融機関のポートフォリオ変更が政府の収入にならないことは明らかだ。
 外貨準備の取り崩しによって復興財源を調達する場合、政府保有の対外資産(主として米国債)を売って、円資金に転換する。得た円資金によって政府短期証券を償還すれば、直接に政府の収入を増やすことにはならない。復興資金に活用するには、政府が長期債を発行して、円資金を吸収する必要がある。
 これらが通常の国債発行による財源調達と異なるのは、金融市場に与える影響が中立的であることだ。
 対外資産の取り崩しを行わずに国債を発行すれば、金利が上昇する。その結果、民間復興資金(住宅投資や企業設備投資)は削減されるだろう(クラウディングアウト)。
 しかし、対外資産の取り崩しを行えば、国内の円資金が増加するので、金利上昇が回避される。日本が全体として資金を調達したことになり、日本が使用できる資源の総量が増加する(資源総量が増加することでクラウディングアウトが回避される)。

(4)負担の先送り
 対外資産/外貨準備の取り崩しを行う場合には、日本全体としての負担は、将来に先送りされる。なぜなら、資産残高が減少するために、将来時点の利子収入が減少し、将来時点で日本が全体っとして利用できる資源量が減るからだ。
 じつは、このような負担先送りは、復興資金については、むしろ必要なことだ。なぜなら、災害からの復興は比較的短い時間に完了させる必要があり、そのための負担は投資時点の日本人だけでなく、将来の日本人も含めた広範な人々が負うべきだと考えられるからだ。そうすることによって、クラウディングアウトを回避できる。
 「負担を将来に先送りしないために増税を行う」(復興構想会議)のは、二重の意味で誤りだ。
 正しくは、「復興費用の一部は先送りすべきであり、内国債ではそれが実現できないので、対外資産を取り崩して財源調達する必要がある」としなければならない。

(5)財政論と経済論
 日本の財政論議には、1-(a)からの議論(財政論)があるのみで、1-(b)からの議論(経済論)がない。
 経済危機後もそうだった。このとき必要だったのは、公債発行を増加させて社会資本を充実させることだった。戦後初めてケインズ政策を発動する必要が生じたのだ。
 しかし、経済論がなされない日本では、そうしたことが行われなかった。我々は、都市の生活基盤整備のための千載一遇の機会をみすみす逸してしまった。その代わりに自動車や家電製品の購入を補助し、これらの生産を一時的に増加させただけで終わってしまった。
 大震災後、単なる財政論ではなく、経済論の観点から検討する必要性がきわめて大きくなった。電力制約をはじめとして、供給面の制約がきわめて強くなったからだ。かかる状況下で経済論の観点に立つ検討がほとんど行われてない。財政論だけが強く主張されているのは、日本にとって大きな悲劇だ。

【参考】野口悠紀雄「復興論に必要なのは財政論でなく経済論 ~「超」整理日記No.571~」(「週刊ダイヤモンド」2011年7月30日号)
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【震災】原発>安全対策における主要な3つの欠陥 ~『原発を終わらせる』~

2011年07月25日 | 震災・原発事故
 福島原発事故の直接の原因は地震と津波だ。
 しかし、安全対策が劣悪だったことが事故の深刻化を招いた(人災たる所以)。

(1)重大事故についてのシミュレーションの欠如
 最悪の場合どのような事態が生じるか、それに対してどのように対処すべきか、シミュレーションが実施されていなかった。
 <例1>長時間の電源喪失を想定していない。→東電は、遠方か電源車を搬入するなど泥縄式の対処しかできなかった。
 <例2>圧力容器・格納容器の破壊に関するシミュレーションが実施されていなかった。それを防ぐ対策が不在だった。
 <例3>圧力容器・格納容器の破壊後の事故対処に関するシミュレーションが実施されていなかった。安全審査をパスするための建前として圧力容器・格納容器の破壊はあり得ないことになっていた。それが方便であり建前にすぎないことが忘れられた結果、容器破壊後でもなお効果的な事故対処が可能な設計をしていなかった。

(2)指揮系統の機能障害
 JCOウラン加工工場臨界事故(99年9月)を受け、政府は同年、原子力災害特別措置法を定めた。
 同法では、原子力緊急事態宣言を受けて首相官邸に設置される原子力災害対策本部(本部長=首相)が総司令部になり、政府機関・地方行政機関・原子力事業者に指示を出すことになっている。官邸対策本部のサテライトとして原子力災害現地対策本部が緊急事態応急対策拠点施設(オフサイトセンター)内に置かれ、現地における事故対応作業の指揮をとる、と想定されている。このシステムでは、官邸対策本部と現地対策本部の双方に原子力安全委員会が専門的助言を行う(ことになっている)。
 しかるに、今回、実際の指揮系統はまったく異なるものとなった。
 現地対策本部はほとんど機能しなかった。東京でほとんどの意思決定が行われた。首相官邸、経済産業省原子力安全・保安院、東京電力の三者が協議し、東京電力の主導権のもとに、東京電力の現地対策本部を前線司令部として、事故対処作業が進められた。東電に実質的な拒否権が与えられた。それにより初動対策の実施が決定的に遅れた。その後も現地での事故対策作業が政府主導ではなく東電主導のため、事故対応での人材の有効活用がなされていない。

(3)原子力防災計画の非現実性と避難指示の遅れ
 今回の事故に対処できるような原子力防災計画が立てられていなかった。ために、住民避難等に著しい支障を来した。
 原子力防災計画は都道府県ごとに立てられる。防災対策を重点的に実施すべき地域(EPZ)の範囲として、原子炉から約8~10kmと定められている。この極端に低いEPZは、立地審査で設定される「仮想事故」、スリーマイル島事故、JCO事故を踏まえて決められた。チェルノブイリ事故を考慮していなかった。チェルノブイリ級の事故は日本では起こり得ない、という思いこみが前提にあった。
 半径50kmで設定するのが妥当だった。
 なお、広域的な住民疎開などの事態も想定して、避難民輸送・受け入れ体制も含めて広域的に(<例>東北地方などのブロック別)防災計画を策定し、住民に周知させる必要があった。避難民の広域移動や、広域的なサポート体制の構築などを考えれば、当然ながら全国的な原子力防災計画の策定も必要だった。
 さらに住民の避難・屋外退避・退去等に関する官邸の指示が遅れたばかりでなく、その指示内容が二転三転し、しかも指示の根拠がまったく示されなかった。これが周辺住民や首都圏を含む近隣地域住民を困惑させた。半径20km圏内については地震後27時間に避難指示が出されて以降、指示の変更はなかった。しかし、20~30km圏内については地震から4日後に屋内退避指示が出され、2週間後に自主避難要請が付け加わり、1ヵ月後には大部分の地域が自主避難要請を残したまま緊急時避難準備区域へと変更された(ごく一部は指定解除された)。
 事故の発展のおそれについて、具体的シナリオを描かなければ、このような避難半径を算出することはできないはずだ。しかるに、シナリオは今も秘密とされたままだ。また、「自主避難要請」は世界の原子力災害対策でも前例がない。しかも、住民は事故シナリオについてまったく情報を与えられていない。住民は自主的な判断を下せるはずがない。

 以上3つの欠陥の背後にあるのが「原子力安全神話」だ。
 「原子力安全神話」を再定義すると、原子炉などの核施設が重大な損傷を受け大量の放射性物質が外部に放出される事故は現実的には決して起こらないという思い込みだ。
 「日本では起こり得ない」「絶対安全」を「リスクがきわめて小さく現実的には無視できる」と言い換えても実質的には同じだ。

 「原子力安全神話」は、もともと立地地域住民の同意を獲得し、立地審査をパスするために作り出された方便にすぎなかった。しかし、ひとたび立地審査をパスすれば、電力会社はそれ以上の安全対策に余分のコストを費やす必要はない。かくして、「原子力安全神話」が制度的に、原子力安全対策の上限を定めるものとして機能することになる。
 いわば、電力会社が自縄自縛に陥ったようなものだ。もし立地審査をパスした原子炉施設に追加の安全対策をほどこしたりすれば、その原子炉の安全性に不備がある、というメッセージを社会に対して発信するからだ。福島第一原発では、負のイメージ形成を避ける、という本末転倒の理由で、安全対策強化が見送られた可能性がある。そして、それが原子力災害時の指揮系統の機能不全とあいまって、福島原発事故をここまで深刻にしてしまった。
 事実上、「原子力安全神話」は、口先の方便ではなく、安全規制行政において実質的機能を担ってきた。

 以上、石橋克彦編『原発を終わらせる』(岩波新書、2011)の「Ⅲ 原発の何が問題か--社会的側面から」の一編、吉岡斉「1 原子力安全規制を麻痺させた安全神話」のうち「1 安全神話がもたらした安全対策の欠陥」に拠る。
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【震災】原発>官僚とメディアとの取引 ~官報複合体~

2011年07月24日 | 震災・原発事故
古賀 今審議されている賠償法案は、電力会社と株主と銀行を守り、国民にツケ回しするとんでもないもの。結局東電を今のまま温存しようとしています。
上杉 何か仕組みを替えようとすると、抵抗するのが官僚機構の常ですから。
古賀 ええ。今の仕組みが変わると、官僚にとっては天下り先がなくなったりとんでもなく損する可能性があるから抵抗するんです。(後略)

上杉 (前略)アメリカの「THE NEW YORKER」の言葉を借りれば、日本は政治と官僚、産業界、メディアが四位一体になった、核マフィア国家に成り下がっているんです。
古賀 その通りですね。
上杉 自民党は電力会社の集まりである電事連(電機事業連合会)、民主党は労働組合の電力総連から金をもらい、人も入っている。特に選挙の時がそう。さらにメディアは広告費と接待費で完全に骨抜きにされて、誰も文句をいえない。原子力推進が、利権というか国策の公共事業になっている。
古賀 だから、そういう電力会社とマスコミの癒着構造をなくすために、僕は「私案」に電力会社の広告を禁止しろと書いたんです。電力会社は競争をしていないのに、なぜ広告を出さなければいけないのか。/原発事故で東京電力があんなになって、もう広告は出せないかもしれないと思っていたら、いきなり大量のおわび広告を流し始めた。そして次に節電広告。あれは「俺たちはまだまだ広告を出すよ」というサインなんですよ、明らかに。
上杉 だから賠償法案が電力料金の値上げと増税に向かっているのに、メディアは批判するどころか、完全に同調しているわけです。
古賀 財務省はとにかく今すぐにでも増税をやりたい。しかも段階的に、永遠に増やし続けるみたいなプロセスにしようとしている。ここにはたぶんメディアと財務省との取引があるんです。消費税が20%、25%とかが視野に入ってきたときに、「新聞だけ低税率にしますよ」とか。逆にもし大手各紙が揃って増税反対といえば増税しにくくなるけど、「増税したあかつきには、お前らも同じ税率だからな」といわれてしまう。
上杉 とくに新聞社は、増税に反対するふりをしただけで、国税調査が入って追徴で何億円もとられましたから。そもそも朝日、読売、日経、産経、それにNHKも本社の土地は国有地の払い下げ。財務省に抑さえ込まれるシステムに、自ら入っていってしまったんです。
古賀 テレビ局も、別に電力会社にやめろといわれているわけでもないのに、その前に自分でセーブしているところがありますね。プロデューサーが「ちょっとやめておこう」みたいな。/逆に報道で間違ったことがあれば電力会社からいってきますが、電力会社ってガミガミ怒らずに「これからは、ぜひご配慮をお願いします」っていうんですよ。
上杉 霞が関もやりますね。記事に抗議なんてせずに、「ご説明したい」と。要は緩やかな圧力をかけてくる。僕だったら「ご説明」っていわれた瞬間に「官僚がご説明に来るらしい」って書いちゃうけど(笑い)。
古賀 財務省は今、消費増税キャンペーンで各テレビ局とかを回っていますよ。面白いのは、財務省幹部が局に来るときに、局の幹部が彼らを正面玄関から通して、わざと見えるようにするんです。僕は最近、あるテレビ局で見ましたが、財務省の偉い人が4、5人連れて局に入っていくと、正面玄関で某部長が待っていて、みんなが見てる前でお互いに丁寧にお辞儀する。部長からすると、「俺が財務省を呼んだんだ」となって気分がいい。
上杉 社内では「あいつは財務省と太いパイプを持っている」となれば、それでもう出世コースですからね。でも海外だったら財務省との癒着は記者としてマイナスで、社内で見せたりしたら首が飛ぶかもしれない。
古賀 普通の感覚なら、誤解を恐れて堂々とはやれない。それをわざわざ人に見せるために表玄関でやるなんて、本当にすごい。
上杉 まさに官報複合体。

 以上、古賀茂明vs上杉隆「『原発官報複合体』を撃て」 (「週刊ポスト」2011年8月5日号)から一部抜粋し、引用した。
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【震災】原発>伊東光晴の、脱原発依存すべき2つの理由

2011年07月23日 | 震災・原発事故
 電力多消費社会をつくりあげた日本で、原発に依存しない社会をつくるのは、当然苦痛をともなう。だが、脱原発に向かわなければならない理由は、少なくとも二つある。
 第一は、原発に従事している従業員の被曝である。第二は危険な放射性廃棄物の累積である。もちろん事故は大問題である。

 原発従業員の実状について、これを伝える新聞は少ない。その実情は、今インターネット上で評判の平井憲夫「原発がどんなものか知ってほしい」を読めばわかる。これは当初“PKO法「雑則」を広める会”での聞き書きのようであるが『みんなの森』4号(2003年5月10日)に、ついで『あごら』266号(2003年7・8号)にのって活字になった。平井さんは1996年12月に亡くなられているから、活字になったのは亡くなられてからかなりたってからである。平井さんは日立の下請の現場の責任者で、過去において福島第一はもちろん、日本原電の東海、敦賀、中部電力の浜岡の点検、現場の監督として20年近くたずさわった経験から、その実情を語ったものである。ここでは紙数の関係で割愛するが、原発維持のためにかなりの数の被爆者が生まれていることだけを記しておこう。許されない被爆者をなくするためには脱原発以外ない。これが第一の理由である。

 【参考】「【震災】原発で働く作業員の現実
     「【震災】東京電力の、下請け作業員の使い捨て

 第二は、最終処理不可能で、何世代にわたって強い放射線を出す廃棄物をこれ以上累積させてはならないからである。
 そのため、まず行わなければならないのは、危険性の高い--つまり予想される大地震や、断層に近い原発と、30年以上たった老朽原発の停止であろう【注】。そしてこれによって廃炉が行われることになれば、現在不確実な廃炉費用も明らかになってこよう。

 【注】原発の建設費は大きく上昇した。その大きな理由は安全性強化のためである。古い原発は危ない。廃炉にすべきである。

 以上、伊東光晴「経済学からみた原子力発電」(「世界」2011年8月号)の「五 脱原発から原発のない社会へ」のうち「(b)脱原発に向かわなければならない」を引用した。ただし、漢数字は算用数字に替え、また、読みやすいよう空行を挿入した。
 なお、【注】は論文全体の9番目の注記で、原文では「(9)」と表記される。また、【参考】は引用者による挿入である。

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【震災】原発>政府の隠蔽が生んだ政変 ~市民による、市民のための情報開示~

2011年07月22日 | 震災・原発事故
 ソ連崩壊(91年12月25日)の有力な原因に民族問題がある、と佐藤優は説く【注1】。
 他方、ウクライナの独立運動が先鋭化した背景にチェルノブイリ原発事故(86年4月26日)がある、と七沢潔は指摘する。
 事故から3年後、ソ連政府は放射能汚染地図を初めて公開した。それを見て、ウクライナ、ベラルーシの人々は固唾を呑んだ。この時、何も知らされずに自分たちが汚染地帯に3年以上放置されていたことを知ったのだ。人々はソ連政府への不信感を募らせ、ウクライナの独立運動が加速していった・・・・。

 ソ連政府の統治行動は、情報伝達経路の一元化を重視したものだ。情報を一元管理することで「正しい」情報の伝達に努める、という方針だ。その方針の背後にあるのは、「パニックを防ぐ」など社会秩序の維持を第一にする思想だ。これは、市民が自主的に正しい判断をすることはありえない、とする官僚主義の真髄だ。市民への十分な情報公開と正しい理解の促進だけがパニックを防ぎ、風評被害を防ぐ、という民主主義社会の考え方の対極にある。

 福島第一原発事故において、日本政府がとった統治行動がまさにそれだ。
 「一元化」の掛け声のもと、事故後、政府機関のみならず、国の関わる研究機関が事故対策に動員される形で統制され、研究者たちの自由な調査が禁じられたのは記憶に新しい【注2】。
 そして、情報を隠蔽した。
 文部科学相のホームページには、モニタリングカーを用いた空間放射線量の測定結果が掲載されている。最も日付の古い3月16日発表のデータには、15日20時40分から50分にかけて、浪江町の原発から北西20kmの地点3ヶ所を選んで測定されたことがわかる。うち、12人の避難民がこもった集会所のある赤宇木地区では、空間線量率は毎時330μSv。日本の通常値の5,500倍だ。
 文科省は、この異常な数値をキャッチするため、なぜこの地域だけを選んで、しかも夜半に人を派遣したのか。
 その理由は、文科省は当時非公開だった緊急時放射能影響予測システム(SPEEDI)の予測をみて、3月15日に放射能が南東の風に乗って原発から北西方向に流れることを知り、3月12日以降多くの浪江町民の避難先となっていたこの地域の放射線レベルが気になったからだ(推定)。事実、文科省はこのデータを官邸に報告している。
 だが、枝野長官は、翌日夕刻の記者会見で、この報告に触れながら「専門家によると直ちには人体に影響のないレベル」と述べるだけで、それまでに出されていた「屋内退避」を超える警告は発していない。
 浪江町からの避難民のみならず、15~16日、大量の放射能を含んだ上昇流に襲われた風下の飯館村、川俣町、伊達市、福島市の人々に適切な警告を発しなかった。
 この「不作為」は、15日夜~16日、降雪で放射能が沈着し、高濃度の汚染地帯となった赤宇木、津島など国道114号線沿いの集落に残留していた120人ほどの住民や避難民に、強く避難を勧告しない「不作為」にもつながった。
 SPEEDIが1ヵ月近く公表されなかったことに折り重なるように露見したこの「不作為」は、原発事故後、国は住民の健康に配慮していない、との印象を与えた。

 ところで、七沢潔は、チェルノブイリ原発事故から2年目のヨーロッパで次のような動きを目撃している。
 国内に汚染地帯のできたドイツ(当時西ドイツ)では、食品の放射能汚染を心配する市民が共同で測定器を購入し、毎日の買物の帰りに寄って計ってもらう測定所が各地にできた。汚染情報を共有する「新聞」も発行された。
 この自ら手でつかんだ情報を共有するネットワークは、その後、ドイツが脱原発依存に向かう運動の核に成長していった。

 日本でも、情報の「一元化」から「多元化」へ、動きだした。
 木村真三・放射線医学総合研究所研究員は、厚生労働省の通達による拘束を脱して(つまり辞表を出して)、放射能汚染の実態を調査している。仲間の研究者のネットワークがこれを支える。次第に支持者、支援者が増え、多くの自治体から汚染地図づくりの依頼が殺到している。 
 「市民による、市民のための情報開示」の始まりだ。

 【注1】例えば、「【読書余滴】佐藤優の民族問題講義(1) ~アゼルバイジャン~」以下。
 【注2】例えば、記事「放射性物質予測、公表自粛を 気象学会要請に戸惑う会員」(2011年4月2日19時25分 asahi.com)。

 以上、七沢潔(NHK放送文化研究所主任研究員)「『放射能汚染地図』から始まる未来 ~ポストフクシマ取材記~」(「世界」2011年8月号)に拠る。
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【震災】原発>事故の責任者を刑事告発した理由

2011年07月21日 | 震災・原発事故
 明石昇二郎および広瀬隆は、現状のままでは次の大事故が誘発されることを恐れ、それを防ぐべく、7月8日、東京地方検察庁特捜部に、山下俊一・福島県放射線健康リスク管理アドバイザーら【注1】が福島県内の児童の被曝安全説を触れまわってきたことに関して、重大な人道的犯罪であると断定し、業務上過失致死罪にあたるものとして刑事告発した。
 また、勝俣恒久・東京電力代表取締役会長ら【注2】を未必の故意によって大事故を起こした責任者として、やはり重大な人道的犯罪であると断定し、業務上過失致死罪にあたるものとして刑事告発した。
 証拠書類として、明石昇二郎との共著『原発の闇を暴く』(集英社新書)、広瀬隆著『FUKUSHIMA 福島原発メルトダウン』(朝日新書)などを提出した。これらは、起こり得るとわかっていた「原発震災」の危険性を証拠づけ、福島第一原発メルトダウン事故が「想定外」ではなく、「未必の故意」に該当する重罪であることを論証している。

 事故の責任者は、福島県民の人生を台無しにし、大きな被害を日本社会に与え、ことに福島県内の児童の生命を危険な状態に放置している。
 多くの日本人は、いま放射能に怯えなければならない。内心では原因も責任者も知っていて、腹立ちを覚えながら、それを口にすると自分にはねかえってきて被害が大きくなるので、口を濁さなければならない。
 国民の多くが裁きを求めている。にもかかわらず、彼らの犯罪が放置されている。そこで、被害者に代わり国民に代わって、被告発人たちの罪と悪事を白日の下に晒し、法に基づく正義が下されることを求める。

 告発内容は、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」主催の学習会(7月2日、於いわき市;7月3日、於郡山市)で話した内容と同じだ。
 その福島県で聞いた。
 今年収穫した米は、ほかの産地の米に混入する。
 すでに原乳は混入されている。
 野菜は、外食産業などに流れている・・・・。

 危険に気づいた福島の父母は、自衛しようと、自分の子どもに「給食に筍と椎茸が出たら残すように」と教えている。
 そして、子どもが筍と椎茸を取り分けて残したところ、教師は「食え!と命じて食べさせた、という。
 こうした学校関係者の背後に、文部科学省がいることは間違いない。

 刑事告発は、告発人が裁判の当事者にならずともよい。捜査して裁くのは、告発状を受理した司直だ。手間と時間がかかる民事裁判と異なり、刑事告発で必要なのは「告発状」と新聞記事などの「証拠」、そして告発する者の「陳述書」のみだ。これらを最寄りの地方検察庁か警察に提出するだけでよい。
 自分を事故の被害者だと思っている人には、第三者の立場で行う刑事告発より、「刑事告訴」を勧める。

 【注1】被告発人は、「【震災】原発>勝俣恒久・東京電力会長らを刑事告発」の2を参照。
 【注2】被告発人は、「【震災】原発>勝俣恒久・東京電力会長らを刑事告発」の1を参照。

 以上、広瀬隆「原発事故の責任者を刑事告発した理由 ~原発破局を阻止せよ17~」(「週刊朝日」2011年7月29日号)に拠る。
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【震災】原発>東京電力の情報隠蔽に加担した記者クラブ

2011年07月20日 | 震災・原発事故
 電事連が使っている広告費は、年間800億円で、そのうち東電は250~300億円くらいだ。震災後、東電はまだ20億円くらい広告費を使っている。
 驚くべきは、この期に及んで、お詫び広告でカネをもらうメディア側の感覚だ。お詫び広告費を返却したのは、福島のテレビ4局とラジオ2局だけだ。だから、福島に対して謝っているのに、福島の人だけはそれを見ていない。

 原子力担当の武藤栄副社長の記者会見は、3月23日から、社名と氏名を名乗らなければならなくなった。途端に、民放の記者たちは、借りてきた猫のようにおとなしくなった。たまに質問しても、東電側にヨイショする質問ばかりだった。【注】

 震災直後の14日、17時から19時の間に2号炉の炉圧が7.403から0.63になっていることについて、「おかしい、爆発したんじゃないか」とフリーランスの記者が問いつめた。
 ところが、記者クラブメディアは追求しないどころか、相手を逃がすように別の質問をした。

 東電の記者会見で、3月11日に勝俣恒久・東電会長が既存メディアOBを引き連れて中国に接待旅行に行った件について、田中龍作が質問した。
 すると、周りから「そんな質問するな!」。

 東電の記者会見で、上杉隆が質問した。「おかしいじゃないか! 作業員、被曝しているんじゃないか?」
 すると、黙っているならまだしも、「そんな質問するな!」「おまえたちの会見じゃないんだぞ!」と、周りの記者クラブメディアが邪魔した。違う質問をして話をずらすだけではなく、完全に妨害した。

 東電の記者会見では、日隈一雄、木野龍逸、田中龍作および上杉隆の4人が代わる代わるチェーン・クエスチョンした。東電の情報隠蔽を追求した。格納容器のこと、工程表の件、海洋への漏出、清水社長がどこへ行ったか・・・・。
 東電にとって不都合な情報で今発表されているものは、3月の段階で上杉らが追求してきたことだ。フリー記者が追求してきたこと以外は、何ひとつ発表されていない。記者会見にフリーのジャーナリストが入れないか、入ってもまとまっていなかったら、ここまで追求できなかった。
 東電は、追求しなければ何も発表しない。工程表も、日隈一雄が追求してから実際に出すまで1ヵ月以上かかった。プルトニウムについては、上杉隆が訊いてから1~2週間、海洋漏出については木野龍逸が追いつめてから3週間。
 フリー記者が追求してやっと発表されたものを、既存メディアはあたかも今初めて発表されたかのように出した。読者や視聴者はそれを見て、東電が自主的に発表しているかのように思うが、今明らかになり始めているものは、3月中旬にフリー記者が質問したものばかりだ。

 記者クラブは、情報の多様性を認めてこなかった。日本では、「こうあってほしい」と「こうだ」が混合してしまう。「こうであってほしい」と願っていることと違う意見は、全部排除した。そこに議論をぶつければいいのに、抹消されてしまう。
 ジャーナリズムは、嫌われ役に徹っすることになっても、見たくないものでも報じなければならない。日本の記者クラブは、まったくそれができない。現場にも行ってない。安全デマ・安心デマという空気に完全にのまれてしまい、抵抗できなかった。結果として、記者クラブは国民を洗脳するための最高のスピンシステムとなった。洗脳している側に洗脳しているという意識がないと、国民が二重に騙されてしまう。

 3月12日、原子力安全・保安院の会見で、その後すぐに更迭されてしまった中村幸一郎審議官が、メルトダウンが始まっている、と言った。
 これを受けて、そのままツイートしたのが最初のつぶやきだ。燃料棒が少なくとも3時間以上空気中に出ている、ということだから、格納容器も含めてかなり危ない状況だ、と推測できる。ならば福島第一原発から数キロ先にいる人はできるだけ避難したほうがいいんじゃないか、とツイートした。その後も、にこにこ動画、TOPKYO FMで警告を繰り返した。
 既存メディアは、「一緒にやろう」と声をかけてくるどころか、上杉隆を排除した。TBSには番組を降ろされた。朝日新聞でもコメントをもう出すな、と言われた。

 自由報道協会の20人ほどは、みんな疲れている。既存メディアがフェアでないからだ。
 自由報道協会主催で孫正義の記者会見を開いたとき、既存メディアはそれを報道しながら、絶対に自由報道協会の名前は出さなかった。
 ホリエモンの記者会見のとき、TBSは上杉隆にモザイクをかけた。 

 【注】このくだりは、田中龍作「「『東電情報隠し』の裏で進行する放射能汚染 ~その9~」(2011年3月31日 自由報道協会<ザ・ニュース>)に拠る。

 以上、上杉隆(ジャーナリスト/自由報道協会代表)「3・11以降の『今ここにある、そして加速度的に悪化していく危機』を語る。『我々は、今、大本営発表の時代と同じ世界にいる』」(「SIGHT」2011年夏号)に拠る。
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【震災】政治を歪めるメディア ~「第4の権力」~

2011年07月19日 | 震災・原発事故
 90年代以降、小泉純一郎元首相を唯一の例外に日本の政権はいずれも短命に終わった。首相がころころと代わり、政治が機能不全に陥る理由はこれまでも数々挙げられている。世襲議員の多さ、霞が関の官僚による政治のコントロール、政争に明け暮れる永田町の論理・・・・それ以外にも日本の政治が停滞する大きな原因がある。
 メディアだ。
 権力の監視、政策や国家中枢の動向をわかりやすく国民に伝達・・・・これが「第4の権力」=メディアに求められる役割だ。
 しかし、この国のメディアは、その本来の使命をはたすどころか、政治の混乱を助長している。政治家同士の泥仕合に加担し、パフォーマンスをあおり、些細な問題をあげつらってヒステリックなパッシング報道を展開する。
 その結果、首相の首が難度もすげ替えられてきたが、政治の本質的な問題がメディアから伝えられることはなかった。

 国会の予算委員会と並んで、首相を追求する場となっているのが日本固有の「ぶら下がり」会見だ。この取材スタイルは、シンプルかつ力強いメッセージ発信が得意だった小泉が導入した。小泉のように自信たっぷりで明確なビジョンを持つ政治家にとっては、有効な情報発信の機会だった。しかし、小泉以降の首相にとっては、これが命取りになった。
 ぶら下がり会見は、単なる揚げ足取りの場にしかなっていない。必要なのか? 世界中のどこを探しても、1日に回も記者団と話す国家指導者などいない。記者会見も、米国大統領ですら数ヶ月に1回開く程度だ。指導者の言葉は、本来重いものだ。また、職務に専念するためには、毎日のように記者の一問一答に答えている時間などないはずだ。
 その点、菅は用心深い。首相就任後、小泉時代から続いていた日に2回のぶら下がり会見を1回に制限し、震災以降は一度も行っていない。それもあってか、菅はこれまで些末な問題での批判を免れている。その半面、記者を遠ざけすぎた。ために、本来なされるべき政策論争の代わりに政局報道が助長された。

 マスコミに言わせれば、ぶら下がり会見は国民の「知る権利」に応える重要な機会だ。しかし、ぶら下がり会見がどれだけ頻繁に行われても、国民の間で政策議論は深まっていない。
 震災後も、本来であれば復興や原子力政策に関する議論が盛んに行われてしかるべきだ。しかし、最近の報道はもっぱら政局に終始している。
 <例>菅が退陣条件のひとつに挙げる再生可能エネルギー買い取り法案は、企業の自由競争ではなく、国が買い取り価格を決める仕組みだ。これで本当に再生可能エネルギーの普及が進むかどうか、疑問がある。
 しかし、こうした議論は皆無に近い。会見を極度に減らしている菅が、政策やビジョンを明確に説明していないことも理由だ。しかし、そもそもの原因は、政治記者に政策を議論する素地がないからだ。
 日本メディアの政治報道は、権力闘争を追いかけるばかりで、政策を軸にした問題点の整理ができていない。【長谷川幸洋・東京新聞論説副主幹】
 実際、政治部記者の多くは、特定の政治家の「番」記者や中央省庁の記者クラブの常駐記者として取材対象に密着するが、特ダネ競争にあおられるばかりだ。政策として何が求められているか、という大局的な観点を養われることがない。
 現場の記者を指揮する政治部のキャップやデスクも同じ環境で育ってきた。だから、政治家や官僚から渡された情報をそのまま垂れ流して報道することに疑問を持たない。

 政治部記者と政治家の一体化は、構造的で深刻だ。首相番記者を経て各省庁の担当になった政治部記者は、やがて政務官や副大臣、大臣を担当するようになる。そこで「政治フィクサー」「政治ブローカー」的役割に酔うことを覚え始める。
 その過程で、記者は政治家の道具と化す。政治家は、自身の立場を強めたり、押し進めたい政策を売り込んだりするために記者に「リーク情報」を流すことがある。
 ブローカー化した記者になると、外国大使館の外交官などから政治家に関する情報を求められるようになる。そういった記者には、自分たちが権力のチェック機関である、という意識は頭からない。【ある毎日新聞記者】 
 限りなく政治家と一体化し、その構造が破綻すると、一方的なバッシング報道を始める。そんな日本メディアの新たな“武器”が世論調査だ。

 日本の新聞・テレビによる内閣支持率調査は、ここ数年で激増している。
 <例>71年に1回だけだった読売新聞の全国世論調査の数は、10年には31回に上がった。小泉政権が誕生した01年以降に世論調査が加速度的に増えている。このことと、小泉以後に短命政権が続いたこととは、偶然ではあるまい。
 ただし、現在行われている世論調査は、科学的とは、必ずしも言えない。01年頃を境に世論調査が急増した理由の一つは、ランダム・デジット・ダイヤリング(RDD)という調査手法の普及だ。無作為に数字を組み合わせて作った電話番号にかけるのだ。面接調査の10分の1のコストで済むRDD方式のおかげで、日本メディアは手軽に世論調査を行えるようになった。
 しかし、固定電話のみが対象で、携帯電話にかけられないRDD方式では、特に若年層の動向が調査結果に反映されにくい。
 調査の正確性も、もちろん問題だが、むしろ深刻なのは、政界、メディア及び国民を取り巻く「世論調査依存症」とでも言うべき状況だ。ジェットコースターのように乱高下を繰り返す日本の調査は、政治家とメディアの「おもちゃ」と化している。こうした世論調査で得た結果をメディアは「民意」と祭り上げ、時の政権への批判を強めてきた。
 世論調査の急増は、与党の幹部から出た情報どおりに物事が運ばず、信ずるに足る者が誰もいない政治状況になったことと無関係ではない。その結果、国政選挙の根拠になる世論調査を、政治家も記者も信奉するようになった。【ある全国紙の世論調査担当者】

 この国のメディアの特徴は、国民感情に迎合することだ。政治家は時間と空間を超えた思考をする必要がある。国民感情に迎合する政治家は、誤りを犯す。この民主主義の基本を理解せず、国民感情に媚びるメディアがこの国をおかしくしている。【田中良紹(政治ジャーナリスト)】

 以上、横田孝(本誌編集長/国際版東京特派員)/長岡義博・知久敏之(本誌記者)「政治をダメにする『第4の権力』」(「Newsweek」2011年7月20日号)に拠る。
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