語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【労働】一気に進む雇用規制緩和 ~「岩盤規制」緩和と「国家戦略特区」~

2014年02月28日 | 社会
 (1)安倍政権では、雇用に係るさまざまな会議が立ち上がった。<例>産業競争力会議。規制改革会議雇用ワーキング・グループ。
 「労働者派遣制度の改正」をめぐる報告書【1月29日、厚労省労働政策審議会労働力需給制度部会】は、「人を動かす」をスローガンにしている安倍政権の、雇用政策におけるシンボルだ。

 (2)(1)の報告書の内容・・・・「人を動かす」雇用の流動化を法制面で進める。<例>今まで無期限派遣が可能だった専門26業務の区分を廃止し、派遣社員を使用できる期間の上限(3年)を事実上撤廃。

 (3)(2)を裏付ける財政的措置が2014年度予算に盛り込まれた。(a)雇用を維持する制度の予算を半減し、(b)リストラ対象労働者の再就職を支援した事業主への助成金を新設した。
   (a)雇用調整助成金:1,175億円(2013年度)→545億円(2014年度)
   (b)<新設>労働移動支援助成金:301億円(2014年度)

 (4)(3)について、「ものづくり」産業が多い金属・機械産業労組の産別組織(JAM)や中小企業から不安の声が高まっている。「ものづくり」は技術伝承が大切だ。経済状況が悪くても労働者を解雇せず、雇用調整助成金を使って雇用を維持して技術を持続させ、景気が回復したときに資金を投入して儲ける、といった形でやってきたからだ。
 雇用調整助成金の減額は、その可能性を狭めてしまう。
 「ものづくり」を支える町工場の技術よりも、新興産業、電子産業、医療技術等の支援に重点を置く姿勢は「成熟産業から成長産業へ移行」という安倍政権のキャッチフレーズにも現れている。

 (5)(3)-(b)は、具体的にどこへ流れるのか。
 人材サービス産業(派遣会社など)だ。

 (6)派遣法の、1年前に改正施行された前提(「立法事実」)に、年越し派遣村の存在があった。派遣労働の不安定さが世の中で問われ、「みなし」条項や、日雇い派遣の原則禁止へと改正された。
 今回あるのは、立法事実ではなく、政府の、あるいは業界の都合だけだ。
 そもそも、労働力需給制度部会の運営自体に問題があった。直接の利害関係を有する派遣業界の2人の役員がオブザーバー参加し、部会における発言の8割、最低でも5割以上、発言していたのだ。利害関係者が自分たちの利益になるよう話を持っていく。政策の方向をリードする。・・・・これは八百長だ。

 (7)安倍政権は、労働規制の緩和をアピールするとき、「岩盤規制」という言葉を使う。
 「岩盤規制(労働者を保護する規制)を打ち破らなければ経済の発展はありえない」といった言い方をする。
 産業競争力会議や規制改革会議雇用ワーキング・グループの事務方は、ほとんど経済産業省のスタッフだ。事務方に厚労省を入れると、最初から「それはできない」と言われるからだろう。
 まず、会議で結論を出す。
 ついで、厚労省に「できません」と言わせる。
 すると、「ここに岩盤規制があったぞ」と攻める。

 (8)もう一つ、「国家戦略特区」を使う手法がある。正面突破ではなく、特区を例外扱いににして、そこを突破口にしようとするものだ。
 過去、特区でホワイトカラーエグゼンプションや、有期労働者の無期転換権の剥奪、解雇規制の緩和をやろうとしたが、厚労省の抵抗で止まった。
 しかし、労働基準法がある以上、厚労省が「ノー」というのは最初から分かっているはずだ。それを敢えてやり、「ここに岩盤規制がある」「規制があるからやれないなら、それを崩してやれるようにしよう」と言う。
 そうやって焦点化するのが最初からの狙いだ。
 小泉時代の「抵抗勢力」が「岩盤規制」という言い方に変わっただけで、やり口は全く一緒だ。

 (9)彼らの市民に対するスタンスは「性悪説」だ。
  (a)2014年度予算で消費税が3%も上がる一方、生活保護基準の引き下げは決定事項として断行する。増税対応で生活保護費の生活扶助部分の引き上げはあるが、その分が相殺されてしまう。「十分なカネを払うと働かなくなる」と考えているらしい。
  (b)雇用保険法改正でも同じだ。資格取得や新たな教育訓練のための資金を雇用保険から出すことになった。社会人が大学院で学び直すとか、MBR資格取得のために学ぶ人などにカネを出す、というものだ。そもそも、政府は「十分に出したら怠ける」として、雇用保険は賃金の5~8割しか出さない。もともと低賃金の、非正規の人では10万円にも届かないケースもある。それなのに、正社員のステップアップの費用を出そうというのだ。本当に必要なのは、失業している人がスキルアップできるような保障をすることではないか。

 (10)安倍政権下では、ものごとがものすごい速さで進んでいく。メディアが批判の論陣を張っても、それが抑えにならない。
 今回の派遣法では、ほぼ全紙が批判的に報じたが、政府は気にする様子もない。小泉時代にもさまざまな労働規制緩和をやろうとしたが、実はさほど実現していない。
 やはり、今は圧倒的な数の力が背景にあるからかもしれない。
 
□東海林智(毎日新聞社編集編成局社会部記者)「「岩盤規制」の突破というレトリック ~一気に進む雇用規制緩和~」(「週刊金曜日」2014年2月14日号)
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【佐藤優】「民族問題」と化した辺野古移設強行 ~構造的沖縄差別~

2014年02月27日 | ●佐藤優
 (1)名護市長選挙(1月19日)では、米海兵隊普天間飛行場の同市辺野古への移設阻止を掲げた現職が再選された。
  (a)無所属の稲嶺進(68歳、社民・共産・沖縄社会大衆党(革新系地域政党)・生活推薦)が、
  (b)辺野古への海兵隊吉建設による経済活性化を公約に掲げた末松文信・前沖縄県議会議員との一騎打ちを
4,155票差で制した。

 (2)首相官邸や防衛省は、仲井眞弘多・沖縄県知事が辺野古沿岸の埋め立てを承認したので、移設工事を淡々と進めていく、という見解を繰り返し表明しているが、内心では事態をそう楽観視していない。
 稲嶺市長は、市長権限を最大限に行使して辺野古移設計画を阻止する、と表明しているので、移設計画の実現は著しく困難になった。

 (3)稲嶺圧勝の要因は2つ。
  (a)仲井眞県政与党である公明党沖縄県本部が米海兵隊普天間飛行場の県外移設を断固支持するという立場から、末松を支持せず、自主投票を貫いたからだ。公明党の支持母体=創価学会も、自民党からの働きかけを拒否し、末松候補に投票せよ、という指示をしなかった。
  (b)沖縄を選挙基盤とする国会議員の一部と自民党沖縄県連の相当部分が消極的に抵抗したからだ。自民党沖縄県連の普天間問題に関する方針は、「辺野古を含むあらゆる可能性を排除しない」ということだ。「あらゆる可能性」の中には、沖縄県外も含まれる。
 県外移設を依然、堅持している自民党国会議員(<例>國場幸之助・衆議院議員)がいることの意味を過小評価してはならない。自民党沖縄県連は、辺野古移設をめぐって事実上、分裂状態にある。
 現在は無所属だが、沖縄自民党の重鎮で、保守、革新を超えて強い求心力を持つ翁長雄志・那覇市長は、一貫して辺野古反対を表明し、首相官邸、自民党本部からの圧力を跳ね返す姿勢を示している。

 (4)むろん、今後、中央政府が仲井眞知事に圧力をかけて、機動隊を導入し、力によって辺野古移設を強行するシナリオも想定される。
 沖縄県警の機動隊員の大多数は沖縄人青年だ。
 辺野古埋め立てを阻止するピケを張る圧倒的多数は沖縄人だ。その中には80代、90代の沖縄戦経験者も含まれる。
 機動隊が抗議行動をする人々を力で排除するようなことになれば、流血の事態に至る。死者が発生する事態さえ排除されない。
 機動隊導入を決定した瞬間に、仲井眞知事は完全に指導力を失う。
 沖縄県庁や沖縄県警で、不服従運動が展開される可能性さえ排除されない。
 それにもかかわらず、首相官邸と自民党本部に、ピケを張るのは本土からの「外人部隊」であって、地元の人々はほとんどないので、機動隊を導入しても沖縄人は抵抗しない、という間違った情報が入っているようだ。

 (5)沖縄戦で、日本軍に脅かされ、あるいは日本に過剰同化し、「スパイ狩り」の名目で同胞殺しをしてしまったことが沖縄人共同体の深い心の傷になっている。
 「われわれは二度と同胞殺しをしない」というのが、沖縄人の共通認識になっている。
 不正確な情報に基づいて首相官邸や自民党本部が誤った判断をすると、沖縄における日本からの分離気運が拡大する。沖縄で生じている事態が、国際基準で観た場合、民族問題であることを日本人は等身大で理解すべきだ。

 (6)名護市長選挙の結果について、朝日新聞社が1月25~26日、電話で全国世論調査を行った。
 <沖縄県宜野湾市にある米軍普天間飛行場を同県名護市辺野古に移設することの賛否を尋ねたところ、「賛成」は36%、「反対」は34%と拮抗した。昨年12月中旬に行った沖縄県民調査(同)で「賛成」は22%で、「反対」は3倍の66%にのぼったのと比べると、全国と沖縄の意識の差が際立った>【注】
 <19日に投開票された名護市長選では辺野古移設に反対する現職が再選したが、安倍政権は移設を進める方針を変えていない。こうした政権の姿勢について全国調査で聞いたところ、「評価する」は33%で、「評価しない」の46%の方が多かった。移設に「賛成」する層でも21%が「評価しない」と答えた>【注】
 <一方、沖縄の米軍基地が減らないのは、本土による沖縄への差別だという意見がある。全国調査では、こうした意見について「その通りだと思う」と答えたのは26%にとどまり、「そうは思わない」は59%にのぼった。年代が若いほど「そうは思わない」が多く、20~30代では7割を超えた。これに対し、沖縄県民調査では「その通りだ」は49%で、「そうは思わない」の44%の方が少なかった>【注】

 (7)この数字が、構造的沖縄差別を端的に物語っている。差別が構造化している場合、差別する側が自らを差別者として認識していない、というのが常態だ。よって、全国調査で59%が差別ではない、と回答していることは意外ではない。
 それに対して、沖縄差別でない、と答えている人が44%もいるというのは、高すぎる数値だ。差別されている、という現状を認めると、惨めな思いをするとか、この問題に焦点をあてることで、より差別が強まることを懸念して「そうは思わない」と回答する人がいるからだ。
 このあたりの心情が、朝日新聞には読み解けていないようだ。
 谷津憲郎・朝日新聞那覇総局長は、<政府・自民党は、辺野古容認に党県連を転じさせ>(1月28日付け朝日新聞デジタル)と述べているが、この認識は間違いだ。構造的弱者が面従腹背の戦いを展開していることが、谷津局長には見えていない。だから、「辺野古への移設計画がついえたとは、残念ながら私には思えない」と沖縄の底力を過小評価した見解を朝日新聞の読者に伝えるのだ。

 【注】記事「辺野古移設、賛否は二分 沖縄と意識の差 朝日新聞社全国世論調査」(朝日新聞デジタル 2014年1月28日05時00分)

□佐藤優「流血恐れず辺野古強行と話す沖縄選出国会議員 ~佐藤優の飛耳長目 92~」(「週刊金曜日」2014年2月14日号)
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【野口悠紀雄】ビットコインは理想通貨か徒花か?

2014年02月27日 | ●野口悠紀雄
 (1)ビットコインの、全世界での現在の残高は1兆円。利用者も店舗も米国に多い。
 その世界有数の取引所「マウント・ゴックス」が2月26日未明に突然停止した。ビットコイン744,000枚(370億円)が紛失したおそれがある、という【注1】。 

 (2)ビットコインはこの数ヶ月、ニュースに頻繁に登場した。ただし、ネガティブなものだが多かった。かかるニュースはビットコインがいかがわしいもの、危険なものという印象を与える。しかし、これは極めて重要な発明なのだ。
 決済制度、通貨制度、ひいては国家の存立基盤まで重大な影響を与え得る。送金コストが極めて低いため、これまで不可能だった経済活動が可能になる。同時に、犯罪者やテロ集団に用いられ、国家が統御できなくなる可能性もある。
 ただし、2009年に登場したばかりの全く新しい通貨であり、しかも、「公開鍵による非対称セキュア認証」とか「ハッシュ関数」などといった専門概念が登場するので、なかなか正確には理解できない【注2】。
 仕組みの概要と、それがもたらし得る影響は次のとおり。

 (3)ビットコインには、発行者も管理者も一切存在しない。では、どのように維持しているのか?
 その中心は、取引の記録(「ブロックチェーン」)だ。ブロックとは、一定期間の取引記録のこと。それが時系列的につながっているので「チェーン」と呼ばれる。
 記録されているデータは、どこかのサーバーが一元的に管理しているのではない。公開されていて、多数のコンピュータで形成するネットワークが、全体として維持している。ビットコインを支えているのは「人々」だ。かかる仕組みを「P to P」という。
 ブロックチェーンには、ビットコインの過去の取引すべてが記載されている。しかもそれは、偽造貨幣や二重取引を排除した「正しい」取引の記録であり、改竄は事実上できない。これをいかに実現するかが、ビットコインの中核的なアイデアだ。
 それは、「ある種の演算は、極めて大量の計算を要求する」という数学的事実に基礎を置いた、極めて巧妙な方法だ。人類が「貨幣」を使用してきた長い歴史で初めての革命的なアイデアだ。

 (4)ブロックチェーンは、ほぼ10分ごとに更新される。公開されているので、コインを受け取った人(商品の売り手)は、その取引記録がブロックチェーンに記載されているかどうかをチェックできる。記載されていれば、自分が正当な保有者と認められたことになるので、商品を引き渡す。
 ブロックチェーンを維持する行為は、ボランティア活動ではない。ビットコインの形で報酬を受け取れる可能性がある。それを金鉱採掘に見立てて「マイニング」と呼ぶ。それによって、ビットコインの総量が決まる。2041年ごろまで増え続け、それ以降は一定になるように設計されている。
 なお、少額のビットコイン取引には(通常はごくわずかの)手数料が課せられ、それもマイナー(採掘者)の報酬になる。
 したがって、ビットコイン総量が限度に達した後も、ブロックチェーンは更新され続ける。

 (5)ビットコインを信じるか否かは、(3)、(4)の仕組みを信じるかどうかにかかっている。
 あまりに斬新なので、多くの人は戸惑うだろう。
 しかも、ビットコインには金など実物資産の裏付けがない。だからと言って、「ビットコインは危ない」とは言えない。なぜなら、国の通貨や銀行の預金も同じだからだ。貨幣当局が乱発せず、銀行が倒産しない(倒産しても預金保険がカバーしてくれる)という信頼がそれらを支えている。
 しかし、不良債権や金融緩和政策で、信頼は近来とみに失われている。ビットコインのほうが確実とも言える。

 (6)ビットコインの潜在力は計り知れないほど大きい。
 「安全なシステムとは、信頼ある主体が責任を持って運営するもの」と考える人には、狂気のアナーキズムに見える。
 他方、いかなる権力の恣意的な決定も否定し排除したいと願う人にとっては、究極の理想社会を実現する手段だ。
 ビットコインを用いる送金は、コストが非常に低額なので、受け入れ者が増えれば、銀行の送金システムは不要になってしまう。広く使われるようになれば、中央銀行の独占的地位は維持できない(不要になる)。
 取引は追跡できるが、それを現実の個人や企業に結びつけることはできない。報酬をビットコインで受け取れば、課税当局は把握できない。マネーロンダリングに使われても追跡できない。これは日本銀行券でも同じことだが、それよりはるかに効率的なだけだ。
 その効率的なことが問題なのだ。究極的には国家の存在が脅かされる。
 実際、中国が禁止したのは、富裕層がビットコインで資産を海外に移すのを阻止しようとしたためだ。
 これは中国だから可能なことだ。インターネット通信を禁止しない限り、ビット小委員そのものを規制することはできない。そもそも禁止したり規制したりしようとするのが無意味だ。

 (7)ビットコインの理解に必要なのは、コンピュータサイエンスや暗号理論と、経済学や貨幣論だ。最も根底にあるのは数論(整数論)だ。
 これまでシステム維持の技術面については、何の欠陥も見出されていない。(a)素因数分解に係るある種の問題の効率的解法のアルゴリズムが発見されるか、(b)量子コンピュータが実用化されれば、存立の基盤は大きく揺らぐ。しかし、(a)、(b)が近未来に生じるとは考えられない。

 (8)経済面については、すでに問題が発生している。投機の対象になって、価値が乱高下していることだ。
 コインの供給に係る何らかのメカニズムを導入する必要があるのかもしれない。
 電子コインはビットコインが唯一のものではない。現に類似の通貨がすでに多数誕生している。この問題に解答を与えたコインが成長していくことになる。

 【注1】記事「国境超える「新通貨」、怖さ露呈 ビットコイン取引停止」(朝日デジタル 2014年2月27日05時44分)
 【注2】詳しくは野口悠紀雄の新連載「ビットコインは社会革命である――どう評価するにせよ、まず正確に理解しよう 」(ダイヤモンド・オンライン)参照。

□野口悠紀雄「ビットコインは理想通貨か徒花か? ~「超」整理日記No.698~」(「週刊ダイヤモンド」2014年3月1日号)
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 【参考】
【仮想通貨】ビットコインは中国経済をどう変えるか?
【仮想通貨】ビットコインは円を駆逐するか?
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【食】農薬が添加物扱い ~バナナに使われるポストハーベト~

2014年02月26日 | 生活
 (1)バナナは、1903年に正式輸入され、1961年の自由化後、徐々に価格が下がっていった。今やその消費量は、定番みかんを抑えてトップの座に位置し、1世帯当たりの年間消費量は20kg(2001年財務省貿易統計)となっている。

 (2)消費量の大半は、フィリピンなど諸外国から輸送されてくる。その間にカビが発生しないよう、収穫後のバナナには防カビなどの農薬が使用される。
 収穫後の農薬(ポストハーベト)は日本では認められていない。収穫後の農薬残留は収穫前に比べて比較にならないほど多いからだ。
 にもかかわらず、日本政府はポストハーベトを食品添加物と位置づけた。輸入を推進する米国の圧力と、輸入業者に屈した結果だ。

 (3)バナナにしようが許可されている「添加物」は、
  (a)チアベンダゾール(TBZ)・・・・強い殺菌・防腐効果。1972年農薬登録、1978年食品添加物認可。輸入バナナ、柑橘類などの防腐処理剤、塗料や冷蔵庫のドアパッキン、衣料品の抗菌加工などに用いられる。
  (b)イマザリル・・・・比較的水に溶けやすく、強い防カビ効果。ヤンセン社(ベルギー)の防腐剤の商標名で、一般名称はエニルコナゾール。日本では農薬登録はなく、1992年食品添加物認可。殺菌剤、動物用抗真菌薬などに用いられる。 
 (a)は、ラットによる実験(東京都立衛生研究所の毒性実験)で、催奇形性や肝臓障害などが確認された危険度の高い農薬だ。
 (b)は、急性毒性が強く、発癌性が指摘されている。
 (a)も(b)も強い防カビ・殺菌効果を持ち、バナナにはスプレーするか、溶液に浸漬して使用される。残留は人体に影響がないほど微少と言われているが、(a)も(b)も果肉まで浸透する、と指摘されている。妊娠している女性には特に注意が必要だ。

 (4)バナナには、さらに懸念される危険性が潜んでいる。
 すなわち、消毒措置の「燻蒸」時に使用される農薬の残留だ。
 輸入時の植物検疫で害虫が発見された場合、廃棄、返送、消毒のいずれかの措置が取られる。この選択は輸入業者が行う。よって、当然ながら消毒措置が大半となる。多くの場合「燻蒸」の消毒法が取られる。
 「燻蒸」は、密閉した倉庫の中でガス化した農薬で害虫を撲滅させる。使用農薬は害虫の種類により、
  (a)表面の害虫駆除には「シアン化系(青酸ガス)」
  (b)内部まで入り込んだ害虫駆除には「臭化メチル」
が使われる。
 (a) は、揮発性が高く、残留の問題はないとされているが、残留していないとは決して言い切れない。
 (b)は毒性が高く、果肉部への影響が避けられない。

□沢木みずほ(薬食フードライフ研究家)「バナナに使われるポストハーベト 農薬なのに添加物扱い」(「週刊金曜日」2014年2月21日号)
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【佐藤優】日露首脳会談 ソチで破格の「おもてなし」 ~ウラジーミル・プーチン~

2014年02月26日 | 社会
 (1)2月8日、ソチ(ロシア)で、プーチン露大統領と安倍晋三首相が会談した。
 1時間の少人数会談の後、車で15分ほど移動し、1時間の昼食会を行った。この昼食会は、社交ではなく、実質的な話をする場だった。
 7日のソチ冬季オリンピック開会式に40か国以上の元首級が参加した中、プーチンは安部に対して破格の「おもてなし」を行ったことになる。
 米国、英国、独国、仏国など西側主要国の元首は、同性愛宣伝禁止法など露国政府の人権問題に対する対応に否定的な見解を示し、開会式を欠席した。かかる状況の中、安部が五輪開会式に出席することで、日本は「同性愛に対する法規制は露国の国内問題」という立場を事実上表明したわけだ。
 プーチンは、このことを高く評価したから、あえて昼食会を行い、「われわれは安部政権を高く評価している」ということを可視化したのだ。

 (2)もっとも、安部の五輪開会式出席は諸刃の剣だ。
 欧米諸国、特に米国から「安部首相の靖国神社参拝、ケネディ駐日大使のイルカ漁批判に対する安部首相の反論、今回のソチ訪問などを総合的に評価すると、日本の現政権は欧米と別の価値観を持っているのではないか」・・・・という疑念を招きかねない。

 (3)今回の日露首脳会談で、プーチンの今秋の公式訪問日が決定した。
 露大統領筋によれば、訪問は10月か11月だ。
 このときが、北方領土交渉の山場になる。
 それまでに杉山晋輔外務審議官とモルグロフ外務次官が、平和条約交渉に関する次官級協議を少なくともあと1回行って、北方領土に係る両国の見解の相違がどこにあるか、そのうちどの事項を首脳会談で決定するか、について詰めることになろう。
 この作業が、プーチン訪日までに決まらずに、北方領土問題に係る本格的協議を今秋のプーチン訪日で行わないという先送り路線をとる可能性も、ないわけではない。その場合、交渉は停滞し、プーチン政権下での北方領土問題解決は困難になる。

 (4)今回の首脳会談で注目されるのは、谷内正太郎・国家安全保障局長を安部がプーチンに紹介したことだ。
 安部(冗談半分に)「谷内さんは酒が飲めない」
 プーチン「酒を飲めないで、いったいどういう交渉をするのか。私の方で何とかしよう」
 ・・・・谷内局長が、安部の「個人代表」として、今後プーチンとの連絡係になることを強く示唆する内容だ。
 露国外務省を迂回し、プーチンに直接つながるチャンネルの構築を安部が試みている。
 いずれにせよ、プーチンが「私の方で何とかしよう」と述べたことは、今後、安部首相の個人代表として谷内局長を受け入れる、という意味だ。

 (5)露国側で鍵を握るのは、イーゴリ・セーチン・ロスネフチ(露国国営石油会社)会長だ。セーチン会長は、プーチンのインナーサークルの一員だ。
 首脳会談後のブリーフィングで、世耕弘成内閣官房副長官は、「ロスネフチのセーチン会長からも具体的なプロジェクトに言及があった」と述べた。
 セーチン会長が提案した具体的なプロジェクトがどの程度実現するかによって、プーチンの、北方領土問題に関する日本への譲歩の内容が変化する。

□佐藤優「日露首脳会談 ソチで破格の「おもてなし」 ~佐藤優の人間観察 第57回~」(「週刊現代」2014年3月1日号)
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【佐藤優】「反知性主義」への警鐘

2014年02月25日 | ●佐藤優
 (1)「反知性」。「非」知性でも「無」知でもなく「反」知性。
 「反知性主義」をキーワードに、政治的な問題発言が論壇で続出する現状を分析・批判するのだ。
 「週刊現代」1月25日・2月1日合併号の特集は、「嫌中」「憎韓」「反日」・・・・首相の靖国神社参拝や慰安婦問題をめぐり日・中・韓でナショナリスティックな感情が噴き上がる現状を問題視した。
 同誌の対談で、佐藤優は領土問題や歴史問題をめぐる国内政治家の近年の言動に警鐘を鳴らした。その中で使った分析用語の一つが「反知性主義」だ。この言葉を昨年来、著書などで積極的に使っている。

 (2)佐藤は、「反知性主義」をどう定義するか。
 「実証性や客観性を軽んじ、自分が理解したいように世界を理解する態度」だ。新しい知見や他者との関係性を直視しながら自身と世界を見直していく作業を拒み、「自分に都合のよい物語」の中に閉じこもる姿勢だ。とりわけ問題になるのは、その物語を使う者がときに「他者へ何らかの行動を強要する」からだ。
 佐藤が反知性主義という概念を使おうと考えたきっかけは、昨年の麻生太郎・副総理の「ナチスの手口に学んだら」発言だった。「ナチスを肯定するのかという深刻な疑念が世界から寄せられたが、麻生氏も政権も謝罪や丁寧な説明は必要ないと考えた。非常に危険だと思った」
 異なる意見を持つ他者との公共的対話を軽視し、独りよがりな「決断」を重視する姿勢がそこにある。「反知性主義の典型です」。
 前掲対談では、靖国や慰安婦に関する海外からの批判の深刻さを安倍政権が認識できていない、とも指摘した。
 自分が理解したいように世界を理解する「反知性主義のプリズム」が働いているせいで、「不適切な発言をした」という自覚ができず、聞く側の受け止め方に問題があるとしか認識できない・・・・そう分析する。

 (3)昨年12月、内田樹・フランス現代思想研究者は、反知性主義が「日本社会を覆い尽くしている」とツイッターに書いた。参考図書を読もうとしない学生たちに、君たちは反知性主義的であることを自己決定したのではなく、「社会全体によって仕向けられている」のだ、と挑発的に述べた。

 (4)同じ月、竹内洋・関西大学東京センター長/社会学者は、米国の歴史学者ホーフスタッターの著書『アメリカの反知性主義』の書評をネットの「書評空間」に寄稿した。
 ホーフスタッターが同書を発表したのは半世紀前。邦訳されたのも10年前だ。なぜいま光を当てたのか。
 「反知性主義的な空気が台頭していると伝えたかった」と竹内は語る。
 反知性主義の特徴は「知的な生き方およびそれを代表するとされる人びとにたいする憤りと疑惑」だ、と同書は規定する。米国社会を揺るがした1950年代のマッカーシズム(赤狩り)に直面したことで、ホーフスタッターは反知性主義の分析に取り組んだ。
 竹内がこの概念に注目したきっかけは、いわゆる橋下現象だった。「橋下市長は学者たちを『本を読んでいるだけの、現場を知らない役立たず』と口汚くののしった。ヘイトスピーチだったと思うが、有権者にはアピールした」
 なぜ、反知性主義が強く現れてきたのか。「大衆社会化が進み、ポピュリズムが広がってきたためだろう。ポピュリズムの政治とは、大衆の『感情』をあおるものだからだ」

 (5)「反知性主義」に同じように警鐘を鳴らしても、佐藤・内田・竹内の主張では力点が違う。だが佐藤は、3人には共有されている価値があると語る。
 「自由です」
 反知性主義に対抗する連帯の最後の足場になる価値だろう、とも佐藤は言う。
 「誰かが自分に都合の良い物語を抱くこと自体は認めるが、それを他者に強要しようとする行為には反対する。つまり、リベラリズムです」

□塩倉裕「反知性主義」への警鐘 相次ぐ政治的問題発言で議論」(朝日デジタル 2014年2月19日09時30分)
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【ロシア】は列強として国際舞台に復帰できるか(2)

2014年02月25日 | 社会
 (6)リアリストのプーチンは、ロシアの現在および将来に関して世界の多極化を実現するには、パートナーが必要だ、と考えている。
 中国がロシアにとっての最初の戦略的パートナーとなり、最も重きをなすパートナーとなっている。その結果、安保理では両国が共同歩調を取ることが常態となった。特に、イラン問題、リビア問題、イラク戦争(2003年)、シリア問題で中露は共同歩調を取った。中国はロシアを信頼し、共同の立場を擁護するためにロシアが前面に出ることを容認している。ロシアは、国連安保理を神聖化することによって、安保理を国際政治における仲介者の役割を果たす唯一の正統的な場にしようとしている。
 中露両国の協力関係は、絶え間なく深化している。
  (a)経済分野・・・・ロシアの石油や武器の中国への輸出。
  (b)政治分野・・・・上海協力機構での共同歩調。
  (c)軍事分野・・・・ほぼ毎年、陸海空軍の共同訓練や共同演習。

 (7)中露両国の間には、溝のある問題も存在している。<例>2009年以来、中国がロシアより貿易量を増大させているポストソ連邦の中央アジア諸国との関係。
 だが、今までのところ、中国は中央アジアにおけるロシアの地政学的利益の優先権を認めている。そこに中国の基地となるような施設を設置するような気配は示していない。さらに、ロシアと当該地域諸国との間で締結された「集団安全保障条約機構(CSTO)」を中国は承認している。

 (8)しかし、ロシアが繰り返し要求しているアフガニスタンをめぐる協力関係の枠組みとなるNATOとCSTOとの協力関係構築を、米国は常に拒否している。
 米国は各国と区別に交渉し、その国に軍事基地を設ける、といった条約や、米軍の補給路を確保するといった条約を締結することを望んでいるからだ。
 プーチンは、あらゆる分野での米国との競争を求めてはいない。明らかに、それだけの資金がないのだ。
 たしかに、米露両国は、冷戦のメンタリティは混乱を生み出すだけなのに、それを維持し続けている、と互いに非難合戦をしている。だが、ロシアは、米国の国際的な失敗を喜ぶにしても、それは復讐心によって、というよりは、自らがその役割を果たせなかった、という恨みに基づいたものだ。
 よって、ロシアは米国のアフガニスタンでの敗北を望んでいない。アフガニスタンからの慌ただしい撤退も望んでいない。
 シリア問題に関する対立についても、当初よりロシアは国際的ルールづくりを提唱していた。ロシアは、世界秩序の再均衡を求めているのだ。米国や欧州大西洋の国々と、新しい基礎の上に再出発することを求めているのだ。
 ただし、このことはロシアが武器を持っているらのセクターでの厳しい競争が起こることを排除しない。<例>ロシアのガスパイプ・ラインの南ルート・プロジェクトが、米国が支持しているナブコ・プロジェクトより大成功を収める可能性がある。

 (9)ロシアが強く望んでいる再均衡が達成される時が来たのだろうか。
 国際舞台での副次的ではない役割を再びロシアが果たす、という大望は実現されたのだろうか。
 シリア問題におけるプーチンの成功は、この大望が実現した、という期待(むしろ幻想)をもたらしたように見える。多極化を米国に押し付けつつあるのだ、という感覚だ。米国の無条件の盟友=イギリスが離脱したことは、まさに時のサインだった。
 同じことが、G20(於サンクト・ペテルブルグ、ロシア)で起こった。シリアにおけるあらゆる軍事的冒険に反対する表明がなされ、英国に同調する協議がなされた。
 ロシアと米国の再接近は、非常に劇的な9月の転換よりずっと早くから始まっていた。
 2013年5月、ケリー国務長官はアサド大統領の退陣要求はそのままにして、シリア問題に関する国際会議案について、ロシア外相に同意を与えた。
 2013年6月、G8サミット(於ロックアーン、北アイルランド)において、シリア問題に関する共同声明は、プーチンの承認を得るために遅れた。というのも、アサド大統領が化学兵器の廃棄を受け入れることが確認できていれば、西欧のG8参加国の司法当局が主張していた正当性をロシアの指導者に与えることになるからだ。
 数ヶ月前から、ロシアはシリア問題に関する予定された国際会議の成功のためにも、イランを会議に参加させるべきだ、と主張している。現在までイスラエルの強い反対に遭って米国は拒否している。ゆえに、オバマとイラン新大統領のハサン・ロウハニとの間で着手された対話を活性化するためにも、ロシアが力を尽くしているのだ。
 核問題に関する妥協が始まれば、関係全体の回復に弾みをつけることになるだろう。
 2010年に国連安保理で米国が要求したイランに対する多くの制裁措置に、ロシアが賛同した後で、ロシアとイランの関係は悪化していたが、ロシアはさらなる関係改善に努力している。
 当時、ロシアは対空防御ミサイルS-300のイランへの引き渡しをキャンセルしたのだ。

 (11)プーチンが少なくとも相対的には平等を基礎として米国との関係強化を試みたことは、初めてではない。
 2001年9月11日の同時多発テロの直後、アフガニスタン戦争のために中央アジアの同盟国における米軍軍事基地の設営を無条件で認める決定を下した。
 緊張緩和をより積極的に進める意志を表するために、キューバに監視用に設営された旧ソ連最後の軍事基地の閉鎖を決定した。
 その数ヶ月後、ジョージ・ブッシュ大統領は米露関係の一時的な好転に終止符を打つ政策を採用したが、プーチンはより成果の上がる協力関係に戻すことは可能であると判断した。しかし、かかる進展のチャンスをつかむための重要な仮設がある。それは、ロシアの国内問題に関わる外国からの影響が、今後の続くか、というものだ。
 2012年にプーチンは大統領職に復帰したが、彼は権力の座に心地よく座るために、ロシアのナショナリズムの一要素たる反米主義を煽ることになった。特に、海外からの資金援助を受けているNGOには、外国の利益のために働いているかどうかを自己申告させる新法案を採択した。ここにプーチンがKGBで教育を受けた痕跡を見出すことができる。すなわち、外国からsの操作や影響こそ、ロシアの国内問題の主要な原因であり、政治的不安定の主要な要素だ、という見方だ。
 プーチンの権力の正統性がいっそう傷つくことになるのか、それもと逆に強化されるのか。それは、国際舞台においてロシアが米国と対等な列強に復帰する、という彼の大望が実現できるかどうかにかかかっている。

□ジャック・ルベック(政治学博士/カナナ・ケベック大学専任講師)/坪井善明・訳「ロシアは列強として国際舞台に復帰できるか ~ル・モンド・ディプロマティック~」(「世界」2014年3月号)
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 【参考】 
【ロシア】は列強として国際舞台に復帰できるか(1)
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【ロシア】は列強として国際舞台に復帰できるか(1)

2014年02月24日 | 社会
 (1)最近の数か月間で、ウラジーミル・プーチン・ロシア大統領は、国際舞台において2つの主要な成功をおさめた。
   (a)元情報部員エドワード・スノーデンに亡命の機会を与えた。ロシアこそ、米国の要求に抵抗できる唯一の国家であると自慢することができた。モスクワでは、野党の指導者たちさえ、プーチンの行動は自由と市民権を守るものだと称賛した。
   (b)国際的な監視の下で、シリアのあらゆる化学兵器を廃棄するという言質を、プーチンがアサド大統領から取ったことにより、オバマ大統領はシリアに対する懲罰的な爆撃を「一時的に」断念するほかなかった。その時までホワイトハウスは、シリアを支持して国連でのあらゆる制裁決議に反対しているロシアを誹謗中傷し、孤立させようと全力を傾けていたのである。いまでは、プーチンは懸念すべき結果が生じると考えられたシリア空爆の回避に成功した国家元首として見られている。その上、米国政府の誤算によってプーチンの勝利はより容易となった。

 (2)シリア紛争に対するロシアの態度は、最近の2年間、怖れとフラストレーションとともに、長期的な目標と野心を国際社会に明らかにしてきた。と同時に、ロシア国内においてプーチン大統領が直面している問題を露呈させることになった。
 チェチェン紛争(1994~1996、1999~2000)は、数多くの結果を生じさせた。秩序維持軍に対するテロや構成の勢いはずいぶん下火になり、犠牲者の数も減少してきた。だが、衝突や犯罪は(政治的というよりは強盗の類いのものだが)、北コーカサス地方ではまだ頻繁に発生しているし、ダゲスタンやイングーシでは火に油を注ぐ結果になっている。
 チェチェン人の武装勢力は、組織だっていない。各地に散在している。つねに存在している。
 2012年7月、北コーカサス地方とは遠く離れたタタルスタンで、前例を見ないほど激しい2つのテロ事件が発生した。
 ドク・ウマロフ(チェチェンの地下組織リーダ-)は、コーカサスのアミール(イスラムの太守)を宣言し、ソチ冬季オリンピックでテロ攻撃を仕掛けると予告した。
 ロシアからシリアには、数百人のチェチェン人武装兵士が流入し、アサド政権に敵対して戦闘に従事している。【ゴードン・ハーン・米国戦略国際問題研究所(CSIS)研究員、ロシアの多くの新聞】
 これが、ロシアがアサド政権に武器の引き渡しを続行している理由だ。プーチンとその側近にとって、シリア軍の崩壊はシリアが新たなソマリアになることを意味する。さらに、他の側面から言えば、中東は危険で脆弱な地域であり、シリアがロシアで活動する戦闘員の後方基地となることを意味する。したがって、この怖れを米国政府と共有するためにはもう少し時間がかかる。

 (3)国際政治の観点からは、ロシアのアサド政権支持の目的は、
   (a)地中海で唯一の海軍基地としてロシアが使用しているタルトゥース港(シリア)を確保すること。
   (b)武器輸出の得意先を維持すること。
であると、しばしば軽く考えられている。確かに無視できない解釈であるとしても、モスクワがなぜ執拗に強固な立場を崩さないかを説明するには不十分だ。ロシアは、ソ連崩壊後の国際秩序において、ある一つの地位と役割を再現することを追求しているからだ。

 (4)2000年にプーチンが大統領になったが、それ以前(1996年)、エフゲニー・プリマコフが外相になった時からすでに、ロシアの政治エリートは、列強としてのロシアを再現することを絶え間なく推進してきた。   
 米国は、ロシアが列強として再浮上することを阻止し、大した重要性を持たない国とすべく努力を傾けてきた。
 その証拠・・・・バルト3国や旧東欧諸国をNATOに参加させる試みや、統一ドイツをNATOに統合させることに同意を取り付ける際のゴルバチョフへの約束(米国政府はロシアの最も正統的な利益がある地域には米国の影響力を及ぼさないことを確認するという約束)にも拘わらず、グルジアやウクライナをもNATOに組み入れようとした。
 米国は、ロシアの利益を最小化することを至上命令としている。それに外れる一切の交渉を受け付けず、国連安保理を回避して国際的な制裁を課すという米国とその同盟国のやり方は、コソヴォ紛争の時(1999年)やイラク戦争の時(2003年)と同様に今も継続している、とクレムリンは見ている。ゆえにロシアは、国連安保理の承認を欠いた外国での軍事行動や体制転覆に深い嫌悪感を示している。

 (5)シリアへの軍事行動に、ロシアは一貫して反対している。その際、2011年のリビアを前例として挙げている。によるカダフィ政権転覆の正当化に転用された。
 当時はドミートリー・メドジェーエフが大統領で、米国との新たな関係づくりに希望を託していた。
 今のモスクワでは、国際問題を本質的に地政学的見地から見る、というロシアの伝統的な分析が支配的になっている。1996年以来、ロシア外交政策の中心的で公式な目標は、アメリカの一国行動主義を徐々に軽減するため、世界の多様化を強化することだ。

□ジャック・ルベック(政治学博士/カナナ・ケベック大学専任講師)/坪井善明・訳「ロシアは列強として国際舞台に復帰できるか ~ル・モンド・ディプロマティック~」(「世界」2014年3月号)
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【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア

2014年02月23日 | 社会
 (1)ウクライナの政治危機が、欧州情勢で大きな焦点になっている【注】。
 これをめぐって、リトアニアが地道ながら重要な役割を果たしている。
 リナス・リンケビチウス・リトアニア外相は、1月30日、隣国ラトビアを訪問し、EUがウクライナなど旧ソ連6か国を対象に推進する協力の枠組み「東方パートナーシップ」に「特別の注意」を払うよう呼びかけ、結束していく用意を伝えた。

 (2)「東方パートナーシップ」は、EUが民主化や市場経済化の支援を通じて地域安定を図るのが狙いだ。
 昨年後半(7~12月)にEU議長国を務めたリトアニアは、この政策に意欲的に取り組み、わけてもウクライナとの連合協定締結を最優先課題に掲げた。自由貿易協定を柱とする協定は、欧州接近を軌道に乗せるはずだった。

 (3)ところが、ウクライナは締結目前、昨年11月末、見送りを決定した。態度急変は、ウクライナを自らの勢力圏とするロシアからの圧力による。
 欧州志向のウクライナ市民が、抗議行動を一気に激化させたのは、これがきっかけだ。

 (4)リトアニアは、ソ連からいち早く独立を遂げた。この経験から、ロシアの圧力から脱する方途に支援を講じ、EUとの連携強化により地域の安全保障を揺るぎないものにする狙いで、外交努力を展開。
 ロシアからの露骨な圧力にも抗し、ウクライナ市民にも「決して孤立させない」とのメッセージを送り続けた。

 (5)ラトビアは、2015年前半(1~6月)、EU議長国を務める。
 リトアニアは、これを踏まえ、長期的視野からウクライナの局面打開を模索していく構えだ。
 リトアニアが、今年1月から国連安保理非常任理事国に就任した際、リンケビチウス外相は「グローバルな安全保障に対処する小国の役割」を力説した。
 ウクライナ問題への継続的な取り組みも、その一環に違いない。

 【注】「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~

□山崎博康「難航するウクライナとEU間の協定締結に尽力するリトアニア」(「週刊金曜日」2014年2月14日号)
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【NHK】誤報の隠蔽 ~タガのはずれた安部政権~

2014年02月22日 | 社会
 (1)安倍首相は、就任1年目にあたる昨年末、靖国神社を電撃的に参拝し、中国・韓国の十分に予測しえた反発と、米国の意外な不同意を招いた。
 政教分離の原則からすれば、そもそも首相の靖国公式参拝自体が憲法違反と指摘する声も根強いが、安倍首相は靖国参拝後の記者会見でさりげなく、「この一年の安倍政権の歩みをご報告」してきたと語った。

 (2)安部のこの一年・・・・
  (a)3月、日銀総裁を取り替え、「異次元」金融緩和を断行。
  (b)4月、「主権回復の日」に天皇皇后を招き万歳を三唱。
  (c)7月、憲法第96条の先行改正を提唱するも、姑息との反発を受けていったん取り下げ。
  (d)9月、集団的自衛権行使に道をつけるため、内閣法制局長官の首のすげ替え
  (e)同月、福島第一原発の汚染水問題はコントロールされていると断言。2020年東京五輪・パラリンピックの招致に成功。
  (g)10月、NHK経営委員に元家庭教師など4人の「お友だち人事」を断行。
  (h)12月、一強多弱の国会を背景に、特定秘密保護法案をスピード採決。
  (i)同月、防衛大綱を閣議決定、武器輸出三原則の見直しを示唆。
  (j)同月、沖罠の仲井眞知事が「驚くべき立派な」と形容した振興予算(2021年度まで毎年3,000億円)を伝え、辺野古への移設同意を要請。

 (3)「かくして憲法改正に邁進する環境を整えることができました」と、二礼二拍手一例・・・・だんだんとおぞましくなる。
 せめて、参拝後の記者質問で、「特定秘密保護法や集団的自衛権の行使について「ご英霊」はなんと言ってましたか」と尋ねてほしかった。テレビ画面の中の安倍首相の表情の変化を見る、これこそ「国民の知る権利」ではないのか。

 (4)(2)を見るかぎり、その目指す方向は一定していて、その逆はない。行けるところまで行き、形勢不利なら立ち止まる。ただし後退はせず、雌伏する。これが安倍政権の手法だ。靖国参拝に対する中韓の反発は織り込み済みなので、木で鼻をくくったように、「いつでもドアをオープンにし、謙虚に礼儀正しく誠意をもって説明する」とクリアエスのみだ。
 メディアは、中韓の反発の真相を取材することなく、ここでもシニシズムに紙面や時間を割いているように見える。
 いわく、中国の習近平体制は統治基盤の脆弱さを押し隠すために安倍首相の靖国参拝を反日感情に向けている。
 いわく、韓国の朴槿恵大統領は経済政策で苦境に立たされているので、あちこちに従軍慰安婦像を建てる反日運動を鼓舞している。
 これは、政治家の言動を公共の利益ではなく私利私欲のためのものだと決めつける「シニック・ナショナリズム」の典型的な言説だ。
 その批判がなぜ外国の政治家にだけ向かい、自国の政治家に向かわないのか。

 (5)最近、伊藤博文・初代韓国統監を殺害した安重根の記念館が、韓国の要請をきっかけに中国のハルビン市に建設された。
 しかし、安倍政権は、中韓合作の対日批判を受け付けない。
 官房長官は、安重根を「死刑判決を受けたテロリスト」と言い、首相は胸襟を開いて話し合おうとしか言わない。

 (6)とはいえ、米国からの「失望」の表明には、さすがに首相周辺は狼狽したようで、次々に特使を米国に送り込んでいる。
 1月4日には、小野寺五典・防衛大臣とヘーゲル米国防長官が普天間基地の辺野古移設について電話会談を行った。
 翌5日朝のTBSニュースは、その際、安部首相の靖国参拝の真意は「不戦の誓い」であることを伝えたところ、米側からは「特にコメントはなかった」と報じた。これで「失望」のニュアンスが払拭されたかの印象を与えた。
 直言のNHKニュースはさらに踏み込み、「防衛省によりますと、ヘーゲル長官は小野寺大臣の(靖国に関する)説明に感謝すると述べたということです」と報じた。
 ところが、会談直後の米国防総省のプレス・リリースには、靖国について「ヘーゲル長官は、日本が近隣諸国との関係改善を進めることの重要性を強調した」と記されていた。
 小野寺大臣は、誤情報を流し、TBS、NHKがそれを垂れ流したことになる。
 これは明かな誤報だが、NHKは昼のニュースで問題の部分を何の注釈もなくそっくり落とした。メディアのモラルハザードは、誤報を隠すところまできている、ということか。

□神保太郎「メディア批評第75回」(「世界」2014年3月号)の「(2)春爛漫、安部カラーは乱調にあり」
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 【参考】
【NHK】呆れた新会長会見、幼稚で傲慢な偏向報道
【NHK】籾井会長の就任会見発言 ~どこが「間違いだらけ」か~
【NHK】支配計画 ~安倍晋三政権の計算がずれはじめた~
【NHK】権力と癒着し続けた歴史 ~NHK会長~
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【NHK】呆れた新会長会見、幼稚で傲慢な偏向報道

2014年02月21日 | 社会
 (1)安倍首相の肝いりでNHKの経営委員を人選し、その彼らが同意した新会長・籾井勝人が、1月25日、記者会見を行った。
 関心は、安倍政権との距離のとり方に集中。
 籾井は、放送法を厳正に順守していきたい、と強調したが、その舌の根も乾かぬうちに、「領土問題」、「慰安婦問題」、「靖国問題」、「特定秘密保護法」などで馬脚を露わした。

 (2)午後7時のNHKニュースでは、1分間、「新会長は、不偏不党や公平をうたった放送法の順守に努め、国際放送の充実を実行に移すと述べた」とアナウンサーが原稿を読み、籾井の肉声は伝えなかった。

 (3)しかし、翌日の各紙は、籾井・新会長の発言をこぞって取り上げた。
  (a)朝日新聞・・・・国際放送との関連で、籾井は尖閣諸島、竹島などの領土問題について「明確に日本の立場を主張するのは当然。政府が右ということを左というわけにはいかない」と発言したと報じ、政府見解の代弁ともとれる発言が目立った、と論評した。
  (b)毎日新聞・・・・NHKと安部との因縁浅からぬ慰安婦問題について、籾井が「戦争地域にはどこにもあったと思う。・・・・韓国は日本だけが強制連行したように言うから話がややこしい。日韓基本条約で(保障問題は)全部解決している」という発言内容を伝え、経営委員の一人から「外交問題に発展しかねない」という談話を取った。
  (c)読売新聞・・・・慰安婦問題について、籾井が、「会長の職はさておき」と断った上で話したことに対して、記者の一人が「会長の職はさておき、というが、公式の会見だ」と指摘すると、「全部取り消します」と開き直った。それをお読売紙は、「個人的見解としつつ、いわゆる従軍慰安婦問題に関して」と表現を和らげて伝えた。
  (d)東京新聞・・・・「どこの国でもあったことですよね」と言った籾井の姿に、「安部晋三首相の影が重なる。2001年に教育テレビ(現Eテレ)の番組が放送前に、当時官房副長官だった安部首相から『公平公正に』などと注文が付き、大幅な改変が行われて放送された」と踏み込み、NHKと安部政権との危うい関係を指摘した。

 (4)放送の編集権を握るNHKの会長が、「放送法の順守」、「公平中立」言うことは当たり前のように聞こえるが、政治家からこの規範が持ち出されれば、放送現場は、内容に偏向があると指摘されたと受け取る。
 安部が、かつて「公平公正に」と言ったことを、籾井が「放送法の順守」と言い換えただけなのだ。

 (5)安部は、このところ外遊を頻繁に繰り返している(米国・中国・韓国以外)。
 NHKは、あたかも政府広報機関であるかのように「地球儀俯瞰的外交」に随行し、逐一、首相の動向を伝えている。中でも、1月9日から15日にかけて行われた中東・アフリカ歴訪には、国内メッセージが多く込められていた。首相は、ほとんどの訪問先でインフラ整備のための資金援助を約束し、その見返りとして日本企業の進出の機会を獲得するトップビジネスを展開した。
 しかし、この地域の安全はカネだけでは買えない。ちょうど1年前、1月16日、アルジェリアの日本企業の従業員が人質事件に巻き込まれた。このタイミングを狙いすましたように、現地の治安当局と情報交換をする日本版NSCの必要性が強調された。
 NHKは、まさに安部首相の帰国に合わせるように、16日朝のニュースで、日本版NSCと国家安全保障局設置の緊急性を支持する内容を放送した。スタジオには、安部に一番近いと噂される政治部の記者が登場し、アルジェリア人質事件を引き合いに解説し、安倍政権はイギリス、米国などのNSCと治安情報を共有するために関係を強化することにしている、と述べた。
 しかし、この記者は、アルジェリア政府が「テロリストと交渉せず」という姿勢を取っていたことに触れなかった。事実、双方の死者は50人以上にのぼり、アルジェリア内戦とその後の事情を少しでも知っていれば、あの事件を「007」もどきの図式で説明することはできないはずだ。
 同じ日に放送された「海外ネットワーク」では、別の記者が、「イスラム過激派は体の弱ったところに入るウィルスのようだ」とコメントしていた。こういうのを幼稚で傲慢な偏向報道というのではないか。

 (6)時代錯誤の会長と、社会をスパイ小説仕立てで見るような職員が合体したら、どういうことになるか。
 NHKは、安部の「未来志向と歴史修正主義」のグロテスクな融合を積極的に引き受けることになるのか。
 危機状況は、「<より小さな>悪(レッサー・イーヴル)は戦うに値しないという結論が生じるときに始まる」(ハンナ・アーレント)という言葉をかみしめてみる必要がある。

□神保太郎「メディア批評第75回」(「世界」2014年3月号)の「(2)春爛漫、安部カラーは乱調にあり」
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 【参考】
【NHK】籾井会長の就任会見発言 ~どこが「間違いだらけ」か~
【NHK】支配計画 ~安倍晋三政権の計算がずれはじめた~
【NHK】権力と癒着し続けた歴史 ~NHK会長~

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【政治】若者の右傾化 ~田母神元幕僚長が得た61万票~

2014年02月20日 | 社会
 (1)東京都知事選は、舛添要一知事の誕生で幕を閉じた。
 田母神俊雄氏・元航空幕僚長が61万票余を得た。当選ライン.に遠く及ばず、泡沫と評せる数だ。元幕僚長に大した求心力があるとは見えない。
 ただ、朝日新聞の出口調査によれば、若い人ほど田母神・候補者を支持する傾向が強かった。投票者のうち30代では17%が、20代では24%が田母神・元幕僚長に投票した、という。
 世代別投票率も精査する必要があるが、20代のみを見れば支持者は、
   (a)宇都宮健児・候補者と細川護煕・候補者を上回り、
   (b)投票者の4分の1近くに達した。

 (2)田母神・候補者は、街頭演説(2月8日、於東京・秋葉原)で、次のようなことを吠え立てた。
   (a)日本が侵略戦争をしたとか、南京大虐殺をしたとか、みーんなウソです。ウソの歴史を子どもたちに教えてきた。
   (b)私は靖国参拝を実施します。靖国参拝は日本が自虐史観から解放され、われわれ日本国民が誇りある歴史を取り戻すために絶対必要なステップなんです。
   (c)子どもたちの道徳教育を強化しなければいけない。それから治安対策、テロ対策を強化したい。不法滞在の外国人を徹底して取り締まりたいと思います。

 (3)田母神・候補者は、焦点となった原発については、(a)や(b)の持論を繰り返し、(c)のようなことも口走っていた。大半が手垢にまみれた「自慰史観」だが、中韓を公然と敵視して薄っぺらい愛国心を鼓舞するあたり、不寛容な排外主義が露骨に見える。応援演説に立った石原慎太郎・元東京都知事にせよ、百田尚樹・NHK経営委員/作家にせよ、言説のなかみが大同小異であるのは周知のとおり。
   (a)安全に運用できる。
   (b)原発事故で死者はいない。
   (c)日本が原発をやめても、中国や韓国がどんどん作る。中国や韓国に運用できるものが、どうしてこの優秀な日本民族に運用できないのか。

 (4)かかる田母神・候補者に投じられた61万の票。
 決して少ない数字ではない。
 まして、若年層が誘引されたとすれば薄気味悪い。

 (5)ウンベルト・エーコは『永遠のファシズム』(岩波書店、1998)で、社会に蔓延る不寛容の危険性を論じている。
   (a)どんな理論も、日々占領地域を拡大していく匍匐前進の不寛容のまえでは無効でしかない。
   (b)さらに恐るべきは、差別の最初の犠牲者となる貧しい人びとの不寛容である。
   (c)金持ちは人種主義の教義を生み出したかもしれないが、貧しい人びとは、それを実践に、危険極まりない実践に移す。
   (e)知識人たちは野蛮な不寛容を倒せない。思考なき純粋な獣性をまえにしたとき、思考は無力だ。
   (f)不寛容が教義となってしまってはそれを倒すには遅すぎるし、打倒を試みる人びとが最初の犠牲者となる。
   (g)だから(略)、あまりに分厚く固い行動の鎧になる前に、もっと幼い時期からはじまる継続的な教育を通じて、野蛮な不寛容は、徹底的に打ちのめしておくべきなのだ。

 (6)野蛮な不寛容は早期に対処せねば取り返しのつかないことになる。
 だが、明かなエセ愛国者への共感というかたちで、じわりと根を伸ばしつつある。特に格差の拡大で喘ぐ若い人々の間に。
 しかも、この国の為政者たちは、エーコのいわゆる<教育>にも真正面から手を突っ込み、オナニスト好みの愛国譚を刷り込もうと躍起になっている。
 薄ら寒さを感じさせるのは、決して季節のせいではない。

□青木理「脱原発「元総理」敗北の陰で「元幕僚長」が取った61万票の薄ら寒さ ~ジャーナリストの目 第195回~」(「週刊現代」2014年3月1日号)
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【米国】貧困と格差がさらに拡大 ~ねじれ国会と社会保障費削減~

2014年02月19日 | 社会
 (1)米連邦・州の緊急失業保険制度は、長期失業者のライフラインだ。
 これが、昨年12月28日に失効した。同制度は、2008年の導入後、11回延長されたが、昨年可決された2014・15年度の予算には期限延長が盛り込まれなかった。
 失業保険で何とか食いつないできた長期失業者には、先行き見通しが暗い年明けとなった。

 (2)失業保険給付期間は、通常は26週間。
 その期間内に再就職できない者への救済措置として、緊急失業保険制度が始められた。多くの州では14週間、失業率の高い州では上限47週間の延長が認められた。給付額は平均300ドル(31,000円)/週。
 今回の制ぞ失効で、すでに26週間受給した130万人への給付が打ち切られる。
 もし今後、延長措置がとられなければ、今年半年間で新たに給付が打ち切られるのは190万人となる。

 (3)米議会は上院で民主党が、下院で共和党が多数を占める「ねじれ状態」で、予算など政策をめぐって常に対立している。
 民主党と共和党とは、社会保障政策に大きな開きがある。民主党は予算審議で同制度の延長を強く押したが、共和党は景気上向きを理由に廃止を主張し、折り合いが付かなかった。

 (4)米連邦議会予算事務局は、この制度失効で、求職者の消費が押し下げられ、2014年の米国内総生産が0.2から0.4%下がる、と見ている。さらに、負の経済効果で、24万人の新たな雇用が失われる可能性がある、としている。
 2013年11月の失業率は7%で、緩やかに上がり気味とはいえ、求職者の130万人を切ろうという政策に非難の声が高まっている。
 その批判を受け、上院議員は超党派で制度の3か月延長を提案。オバマ大統領は、「タフな時こそ我々はお互いを切り捨てはしない」と3か月延長案を後押ししている。

 (5)保守派茶会運動から絶大な支持のあるランド・ポール上院議員は反論する。
 「失業保険延長はいいことのようだが、実際には失業者に害を与える。彼らを永遠に失業者とさせることになる」

 (6)社会保障費削減で苦境に立たされているのは、「フードスタンプ」受給者もそうだ。
 2009年、景気刺激策の一環として始まったフードスタンプ予算増額措置が昨年11月に打ち切られたのだ。
 現在の受給者は4,760万人、うち47%が18歳未満。国民の7人に1人が受給している。1人当たり平均受給額は133ドル(13,800円)/月。それが7%削減で、4人家族で36ドル(3,700円)/月、食費が削られる。他に削るところがなく、ギリギリで生活している世帯には痛手だ。

 (7)削減は、これだけにとどまらない。
 上下院は、財政赤字削減を理由に、フードスタンプ予算をさらに減らす予定だ。下院可決案は、今後10年間で受給者を400万人減らし、390億ドル(4兆円)を削減。これに対して上院案の削減額は40億ドル(4,200億円)。
 共和党はフードスタンプ不正受給を挙げ、受給資格を厳しくするよう提案している。受給カード転売など、不正は今までも指摘されてきたが、昨年末フードスタンプを所轄する農務省は、不正取引件数は全対比で1.3%と激減したと報告している。

 (8)財政タカ派の共和党ポール・ライアン下院議員は、セーフティネットのあり方に批判的だ。
 「健常者を依存と自己満足の生活へと押しやる。意志とやる気を彼らから奪う」
 政府はセーフティネットへの予算をおさえ、もっと雇用機会を重視すべきだ、とライアンは考える。
 しかし、将来の雇用機会を明確に打ち出さない限り、失業保険給付を絶たれた求職者は、低賃金の仕事を受けざるを得ない。失業率は下がるだろうが、経済格差はより広がる。

 (9)「全米市長会」(メンバー1,300)が、昨年12月、「食料援助とホームレス」調査(2012年9月から1年間、25都市の飢えとホームレスの広がり)の結果を発表した。 
 調査都市の83%で食料援助需要が増加し、52%でホームレス人口が増えた。全米で、昨年60万人以上(推定)がホームレス経験を持ち、うち3割強が家族だ。
 失業保険給付と食料費削減政策が社会的な大惨事を引き起こすのではないか、とレポートは警告している。

□マクレーン末子(在米ジャーナリスト)「民主は緊急失業保険制度を延長、共和は廃止で対立 折り合いつかず失効し、貧困と格差がさらに拡大へ」(「週刊金曜日」2014年1月17日号)
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【ロシア】の強み ~レアルポリティーク外交(2)~

2014年02月18日 | 社会
 (6)オバマ大統領は、中東問題の処理に驚くほど淡泊だ(ロイド=ジョージやカーゾンとの比較)。
 プーチン(秘密情報部員の経験を持ち策謀渦巻く中東の特性を理解)にとって、これほど御しやすい米国大統領はいない。
 オバマは、アサド政権(シリア)が市民虐殺のレッドラインを越えるなら軍事干渉も辞さず、とトランペットを吹き鳴らした。しかし、
  (a)エジプト民主化の行き詰まりと軍政の台頭
  (b)第五艦隊の基地を置くバーレーンへのシーア派宗教指導者による民主化要求
にも直面し、もともと整合性の乏しいオバマの中東政策は挫折した。
 オバマの対応は市民主義者レベルの思いつきであり、①シリア危機であれ、②アラブの民主化変革であれ、③湾岸安全保障であれ、どこにも首尾一貫した戦略性がなかった。
 プーチンやラブロフは、それを見抜いた。

 (7)ロシアの相対的に安定した外交能力は、オバマの隙を見逃さなかった。
 が、プーチンと言えども、ロシアが現実に行使できる力の限度を無視してオバマ政権の弱さを逆手にとるほどの力量を持つわけではない。
 プーチンに可能なのは、
  (a)中東におけるロシアの歴史的な役割や威信を人々に思い出させ、
  (b)そのプレゼンスを感じさせる
点までだった。シリアを軸に米国とのバランスを復活できれば、それでよし、としなければならない。
 かくて、①オバマが言葉だけにせよ公言したシリアへの武力行使を無期限に延期させ、②アサド大統領の退陣を化学兵器の廃棄問題とすり替える・・・・という巧みなロシア外交に、人々は脱帽した。
 中東では、予期せざる事件が突如として起こる。驚きになれたアラブやイスラエルの人々さえ、シリア市民の人権や反体制勢力の抵抗へのこだわりが、いまや化学兵器の廃棄と査察の問題に新聞の紙面やテレビ画面の大部分を譲るのを目撃して、唖然としたはずだ。

 (8)中東の国際関係におけるロシアの強みは、すべての関係国や当事者にコネクションを持っていることだ。
 これは米国にはない特徴だ。
 シリアとイランはもとより、南レバノンのヒズブッラー、パレスチナのハマスと直接関係を持てるのはロシアだけだ。
 ロシア系移民はじめソ連からの移住者の多いイスラエルは、ロシアが情報収集や人脈形成の中心としている中東国家だ。
 アングロサクソン流のハードな交渉による解決は、特定の国に屈服を強いがちだ。
 ロシアの持ち味は、自国のグローバルな影響力と各国の自負心を満足させる妥協や調停を図る巧みさにある。
 もっとも、調停努力を重ねても失敗に終わる事例も多い。<例>湾岸戦争、イラク戦争、イスラエルにおけるヒズブッラーとのレバノン戦争、ガザ戦争。
 また、中東の関係当事国や団体は、回りくどいロシアを相手にするのを嫌い、じかに米国やNATOとの交渉を望む事例も少なくない。
 しかし、米国とは異なるロシア外交の特徴は、ソ連時代を含めて、価値観やイデオロギーではなくてレアルポリティーク(現実政治)の外交に徹する点にある。

 (9)米国のリベラルな民主主義を至上の価値観とするイデオロギー外交に
   (a)イランの核開発を批判しながら、
   (b)イスラエルの核保有に寛容
といった偽善、虚偽をイランやアラブは感じ取っているかもしれない。
 アングロサクソンの価値観とリベラルな民主主義のイデオロギーに、イスラムの歴史と伝統で培われた中東の国々が妥協を余儀なくされるのは苦痛なのだ。
 ましてや、価値観の押し付けは、逆効果を生むことが多い。
 民主化運動が進み、良質な政権ができるはずのリビアやエジプトの現状、気息奄々たる現状を見れば、その逆説は明かだ。

 (10)とはいえ、ロシアが、米国に対抗して中東政治や国際舞台に主役として本格的に復帰するすることは近未来でも難しい。ソ連邦とワルシャワ条約機構をの解体で力と威信を失ったロシアの軍部は、今のところ国際政治の二極や三極になる力が乏しい。
 『中東国際関係史研究』は、第一次大戦後の混乱期に外交と軍事に共通するソ連のレアルポリティークを、トルコ革命の視点から眺める試みとも言える。
 いまだソ連邦解体の余波がくすぶる21世紀前半の中東国際理解に、英米仏中心の視野ではない別の見方を示した。

□山内昌之(明治大学特任教授)「観察せよ、そして時機を待つべし」(「図書」2014年1月号)
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 【参考】
【ロシア】中東戦略 ~レアルポリティーク外交(1)~




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【ロシア】中東戦略 ~レアルポリティーク外交(1)~

2014年02月17日 | 社会
 (1)隣国の影響力を過小評価するか、あえて正確に見ようとしないのは、国益上マイナスだ。
 中東とくにアラブの人々は、ロシア帝国やソビエト連邦を隣人として認識したことは少ないのではないか。
 もっとも、カフカスのチェルケス人やグルジア人たちは奴隷軍人(マムルーク)としてイスラムの歴史期に大きな役割を果たした。ロシアはアラブの内なる存在でもあった。
史は自分たちの歴史の一部でさえあった。

 (2)ロシアの中東関与を、領土的野心と南下政策からだけ見るのは正しくない。長年にわたり、英仏と東方問題やグレートゲームで競合してきた結果、外交と軍事の複合化した戦略の産物だったからだ。この戦略性の一面は、ロシア革命によって帝国がソビエト連邦に変わっても受け継がれた。
 ソビエト連邦が解体し、いまのロシア共和国になると、中東戦略も受動的な性格を帯びつつ、歴史的伝統性を継承している。

 (3)山内昌之『中東国際関係史研究』(岩波書店、2013)は、トルコとロシアが2つの革命を経験する大変動期の中東とカフカスを舞台にしている。ここで明らかになったのは、ロシアの中東関与が意外なほど受け身であり、カフカスに対する積極攻勢を取引材料に、ソビエトへの譲歩を求める新生トルコの指導者ムスファ・ケマル・パシャやキャーズィム・カラベキル・パシャの戦略に押されがちな姿であった。
 ロシアの伝統的に慎重な施設は、ゴルバチョフ・ソ連邦大統領の最終年の湾岸戦争当時にも表れていた。
 これとは裏腹に、積極的な印象を与えがちなプーチン・ロシア大統領は、確かにペルシア湾岸やイランの安全保障に関心を深めており、シリア危機でも存在感を発揮している。彼は、中東の旧ソ連邦勢力圏の孤塁シリアを守り、国益優先の新たな外交ヴィジョンを示そうとしているかのようだ。
 しかし、それは武器輸出の顧客や地中海の海軍基地タルトゥスの確保といった実益次元のことだけではない。
 そもそも、いまのロシア外交にとって、中東の優先順序は、ヨーロッパ、アジア、「いちばん近い外国」(旧ソビエト諸国)よりも劣るのであった。
 2004年、ラブロフ外相は、ロシアの政策は親アラブでもなければ親イスラエルでもないと、当然至極ながら国益第一主義を確認したことがある。
 ロシアの安全保障にとって死活の、「いちばん近い外国」が不安定になるか、ロシアの脅威になると見て取ると、国家益の優先十女を考慮して、自らの別の利益を犠牲にすることも躊躇わなかった。

 (4)グルジアは、サーカシヴィリ大統領の下で独自の石油パイプライン敷設や南オセチアやアブハジアの領土問題をめぐってロシアと戦火を交えた。
 そのグルジアがイスラエルから軍事支援を受けそうだと見て取るや、すぐさまイランに提供するはずのS-300防衛システムの売却を取り止めるという思い切りのよさであった。この選択は、ロシア外交の優先順序をこよなく示す。
 ソビエト初期においても、トルコがイギリスの影響下に取り込まれそうとみるや、思い切ってアルメニアやグルジアの領土をトルコに譲ることも辞さなかった。トルコを軸に、旧オスマン帝国のアラブ圏や、イランはじめイスラム世界の民族運動をイギリスに反抗させる点こそ、ソビエトのグローバルな戦略の優先事項だったからだ。そのためには、カフカスや中央アジアの外郭線の安全保障とゑ領土保全を大局的に図りながら、一時的な退却を正当化する強さがソビエト・ロシアの戦略にはあった。

 (5)プーチンとラブロフ外相の姿勢は、積極的に自分の方から外交のイニシャティブを発揮して国際的に大きな失敗を招くのを避ける慎重さで際立っている。『中東国際関係史研究』でも触れたチチェーリン・ソビエト外務人民委員の立場と似通った面もある。「じっくり観察せよ、そして時機を待つべし」という点に尽きるか。
 チチェーリンが子細に観察し、反応をうかがった大国がイギリスであり、ロイド=ジョージ首相やカーゾン外相であるとすれば、プーチンとラブロフが忍耐強く動きを待ち受けた相手とはオバマ・米国大統領にほかならない。
 ロシアが、対抗する欧米の大国の立ち位置を検討し、コストベネフィットを分析する方法は、『中東国際関係史研究』が熱かった1918-23年にも見られた。
 できたばかりのアンカラ政府は、持続して他のイスラム世界から指示を得られるのか、またトルコ民族運動はイギリスに妥協しないのか、こうした点を判断するのに、ソビエト・ロシアは驚くほど慎重に時間をかけた。大使を派遣せず、各種援助の供与を引き延ばしていたロシアが、いざ決断すると、逡巡は去り、トルコ共産党はじめ地元の社会主義運動や匪賊の類の民衆運動を切り捨てるのも早かった。

□山内昌之(明治大学特任教授)「観察せよ、そして時機を待つべし」(「図書」2014年1月号)
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