(1)安倍政権では、雇用に係るさまざまな会議が立ち上がった。<例>産業競争力会議。規制改革会議雇用ワーキング・グループ。
「労働者派遣制度の改正」をめぐる報告書【1月29日、厚労省労働政策審議会労働力需給制度部会】は、「人を動かす」をスローガンにしている安倍政権の、雇用政策におけるシンボルだ。
(2)(1)の報告書の内容・・・・「人を動かす」雇用の流動化を法制面で進める。<例>今まで無期限派遣が可能だった専門26業務の区分を廃止し、派遣社員を使用できる期間の上限(3年)を事実上撤廃。
(3)(2)を裏付ける財政的措置が2014年度予算に盛り込まれた。(a)雇用を維持する制度の予算を半減し、(b)リストラ対象労働者の再就職を支援した事業主への助成金を新設した。
(a)雇用調整助成金:1,175億円(2013年度)→545億円(2014年度)
(b)<新設>労働移動支援助成金:301億円(2014年度)
(4)(3)について、「ものづくり」産業が多い金属・機械産業労組の産別組織(JAM)や中小企業から不安の声が高まっている。「ものづくり」は技術伝承が大切だ。経済状況が悪くても労働者を解雇せず、雇用調整助成金を使って雇用を維持して技術を持続させ、景気が回復したときに資金を投入して儲ける、といった形でやってきたからだ。
雇用調整助成金の減額は、その可能性を狭めてしまう。
「ものづくり」を支える町工場の技術よりも、新興産業、電子産業、医療技術等の支援に重点を置く姿勢は「成熟産業から成長産業へ移行」という安倍政権のキャッチフレーズにも現れている。
(5)(3)-(b)は、具体的にどこへ流れるのか。
人材サービス産業(派遣会社など)だ。
(6)派遣法の、1年前に改正施行された前提(「立法事実」)に、年越し派遣村の存在があった。派遣労働の不安定さが世の中で問われ、「みなし」条項や、日雇い派遣の原則禁止へと改正された。
今回あるのは、立法事実ではなく、政府の、あるいは業界の都合だけだ。
そもそも、労働力需給制度部会の運営自体に問題があった。直接の利害関係を有する派遣業界の2人の役員がオブザーバー参加し、部会における発言の8割、最低でも5割以上、発言していたのだ。利害関係者が自分たちの利益になるよう話を持っていく。政策の方向をリードする。・・・・これは八百長だ。
(7)安倍政権は、労働規制の緩和をアピールするとき、「岩盤規制」という言葉を使う。
「岩盤規制(労働者を保護する規制)を打ち破らなければ経済の発展はありえない」といった言い方をする。
産業競争力会議や規制改革会議雇用ワーキング・グループの事務方は、ほとんど経済産業省のスタッフだ。事務方に厚労省を入れると、最初から「それはできない」と言われるからだろう。
まず、会議で結論を出す。
ついで、厚労省に「できません」と言わせる。
すると、「ここに岩盤規制があったぞ」と攻める。
(8)もう一つ、「国家戦略特区」を使う手法がある。正面突破ではなく、特区を例外扱いににして、そこを突破口にしようとするものだ。
過去、特区でホワイトカラーエグゼンプションや、有期労働者の無期転換権の剥奪、解雇規制の緩和をやろうとしたが、厚労省の抵抗で止まった。
しかし、労働基準法がある以上、厚労省が「ノー」というのは最初から分かっているはずだ。それを敢えてやり、「ここに岩盤規制がある」「規制があるからやれないなら、それを崩してやれるようにしよう」と言う。
そうやって焦点化するのが最初からの狙いだ。
小泉時代の「抵抗勢力」が「岩盤規制」という言い方に変わっただけで、やり口は全く一緒だ。
(9)彼らの市民に対するスタンスは「性悪説」だ。
(a)2014年度予算で消費税が3%も上がる一方、生活保護基準の引き下げは決定事項として断行する。増税対応で生活保護費の生活扶助部分の引き上げはあるが、その分が相殺されてしまう。「十分なカネを払うと働かなくなる」と考えているらしい。
(b)雇用保険法改正でも同じだ。資格取得や新たな教育訓練のための資金を雇用保険から出すことになった。社会人が大学院で学び直すとか、MBR資格取得のために学ぶ人などにカネを出す、というものだ。そもそも、政府は「十分に出したら怠ける」として、雇用保険は賃金の5~8割しか出さない。もともと低賃金の、非正規の人では10万円にも届かないケースもある。それなのに、正社員のステップアップの費用を出そうというのだ。本当に必要なのは、失業している人がスキルアップできるような保障をすることではないか。
(10)安倍政権下では、ものごとがものすごい速さで進んでいく。メディアが批判の論陣を張っても、それが抑えにならない。
今回の派遣法では、ほぼ全紙が批判的に報じたが、政府は気にする様子もない。小泉時代にもさまざまな労働規制緩和をやろうとしたが、実はさほど実現していない。
やはり、今は圧倒的な数の力が背景にあるからかもしれない。
□東海林智(毎日新聞社編集編成局社会部記者)「「岩盤規制」の突破というレトリック ~一気に進む雇用規制緩和~」(「週刊金曜日」2014年2月14日号)
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「労働者派遣制度の改正」をめぐる報告書【1月29日、厚労省労働政策審議会労働力需給制度部会】は、「人を動かす」をスローガンにしている安倍政権の、雇用政策におけるシンボルだ。
(2)(1)の報告書の内容・・・・「人を動かす」雇用の流動化を法制面で進める。<例>今まで無期限派遣が可能だった専門26業務の区分を廃止し、派遣社員を使用できる期間の上限(3年)を事実上撤廃。
(3)(2)を裏付ける財政的措置が2014年度予算に盛り込まれた。(a)雇用を維持する制度の予算を半減し、(b)リストラ対象労働者の再就職を支援した事業主への助成金を新設した。
(a)雇用調整助成金:1,175億円(2013年度)→545億円(2014年度)
(b)<新設>労働移動支援助成金:301億円(2014年度)
(4)(3)について、「ものづくり」産業が多い金属・機械産業労組の産別組織(JAM)や中小企業から不安の声が高まっている。「ものづくり」は技術伝承が大切だ。経済状況が悪くても労働者を解雇せず、雇用調整助成金を使って雇用を維持して技術を持続させ、景気が回復したときに資金を投入して儲ける、といった形でやってきたからだ。
雇用調整助成金の減額は、その可能性を狭めてしまう。
「ものづくり」を支える町工場の技術よりも、新興産業、電子産業、医療技術等の支援に重点を置く姿勢は「成熟産業から成長産業へ移行」という安倍政権のキャッチフレーズにも現れている。
(5)(3)-(b)は、具体的にどこへ流れるのか。
人材サービス産業(派遣会社など)だ。
(6)派遣法の、1年前に改正施行された前提(「立法事実」)に、年越し派遣村の存在があった。派遣労働の不安定さが世の中で問われ、「みなし」条項や、日雇い派遣の原則禁止へと改正された。
今回あるのは、立法事実ではなく、政府の、あるいは業界の都合だけだ。
そもそも、労働力需給制度部会の運営自体に問題があった。直接の利害関係を有する派遣業界の2人の役員がオブザーバー参加し、部会における発言の8割、最低でも5割以上、発言していたのだ。利害関係者が自分たちの利益になるよう話を持っていく。政策の方向をリードする。・・・・これは八百長だ。
(7)安倍政権は、労働規制の緩和をアピールするとき、「岩盤規制」という言葉を使う。
「岩盤規制(労働者を保護する規制)を打ち破らなければ経済の発展はありえない」といった言い方をする。
産業競争力会議や規制改革会議雇用ワーキング・グループの事務方は、ほとんど経済産業省のスタッフだ。事務方に厚労省を入れると、最初から「それはできない」と言われるからだろう。
まず、会議で結論を出す。
ついで、厚労省に「できません」と言わせる。
すると、「ここに岩盤規制があったぞ」と攻める。
(8)もう一つ、「国家戦略特区」を使う手法がある。正面突破ではなく、特区を例外扱いににして、そこを突破口にしようとするものだ。
過去、特区でホワイトカラーエグゼンプションや、有期労働者の無期転換権の剥奪、解雇規制の緩和をやろうとしたが、厚労省の抵抗で止まった。
しかし、労働基準法がある以上、厚労省が「ノー」というのは最初から分かっているはずだ。それを敢えてやり、「ここに岩盤規制がある」「規制があるからやれないなら、それを崩してやれるようにしよう」と言う。
そうやって焦点化するのが最初からの狙いだ。
小泉時代の「抵抗勢力」が「岩盤規制」という言い方に変わっただけで、やり口は全く一緒だ。
(9)彼らの市民に対するスタンスは「性悪説」だ。
(a)2014年度予算で消費税が3%も上がる一方、生活保護基準の引き下げは決定事項として断行する。増税対応で生活保護費の生活扶助部分の引き上げはあるが、その分が相殺されてしまう。「十分なカネを払うと働かなくなる」と考えているらしい。
(b)雇用保険法改正でも同じだ。資格取得や新たな教育訓練のための資金を雇用保険から出すことになった。社会人が大学院で学び直すとか、MBR資格取得のために学ぶ人などにカネを出す、というものだ。そもそも、政府は「十分に出したら怠ける」として、雇用保険は賃金の5~8割しか出さない。もともと低賃金の、非正規の人では10万円にも届かないケースもある。それなのに、正社員のステップアップの費用を出そうというのだ。本当に必要なのは、失業している人がスキルアップできるような保障をすることではないか。
(10)安倍政権下では、ものごとがものすごい速さで進んでいく。メディアが批判の論陣を張っても、それが抑えにならない。
今回の派遣法では、ほぼ全紙が批判的に報じたが、政府は気にする様子もない。小泉時代にもさまざまな労働規制緩和をやろうとしたが、実はさほど実現していない。
やはり、今は圧倒的な数の力が背景にあるからかもしれない。
□東海林智(毎日新聞社編集編成局社会部記者)「「岩盤規制」の突破というレトリック ~一気に進む雇用規制緩和~」(「週刊金曜日」2014年2月14日号)
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