(1)「日本人は『世界一の味覚』を持ち合わせている」
そう信じて疑わない日本人は、多いかも。
確かに、昆布などから抽出されるグルタミン酸、鰹節などから抽出されるイノシン酸、椎茸などから抽出されるグアニル酸をはじめ、複数の旨みを感じ取り、それらを掛け合わせることで、さらに強い旨みを引き出す日本料理は繊細だ。それを“DNAレベル”でキャッチしている日本人の味覚は、研ぎすまされているといえる。
また、四方を海に囲まれ、生魚を食べ続けてきた日本人の「魚の鮮度」に対する要求レベルは世界一だろう。味噌や醤油といった酵母を使った発酵調味料のバリエーション、それらに対する思いやこだわりは世界の中でも相当なものだろう。
(2)自らの味覚に「自信や誇り」を持つことは大切なことだ。
しかし、その自信の一方、日本人は隣国中国人の「食生活の環境」を、どのような目で見ているだろうか。
「空気が悪く、劣悪な環境で、偽装された危険な食品を食べている、少し可哀想な人たち」
少し言い過ぎかもしれないが、そんなネガティブなイメージを持っている人が大半なのではないか。
(3)だが、中華料理は4000年の歴史を誇る世界三大料理の一つである。強い火力で仕上げるダイナミックなイメージがあるが、実は同じ炒めるにも「炒(チャオ:油少なめで炒める)」と「爆(バオ:より強火で一気に炒める)」がある。
煮るにも「煮(ジュ:煮る)」「炖(デゥン:煮込む)」「熬(アオ:ぐつぐつ煮る)」と、細かく火力を使い分けて調理する繊細な面も持ち合わせている。
中国語で風味を表現する言葉に、「香味(シアンウェイ)」と「腥味(シンウェイ)」がある。一般的に、心地いいと感じる香りを「香味」、不快に感じる香りを「腥味」と使い分けているのだが、注目すべきは「腥味」だ。通常あまり使わない漢字だが、日本語でも「腥」は「腥(なまぐさ)い」と読む。
日本人がキャッチしていない生臭さ「腥味」。
〈例〉卵とミルク風味の「カステラ」。誰もが聞いただけでイメージできる、この美味しそうな匂いに対し、「生臭い」と感じる日本人がいるだろうか。
中国人は、このカステラの中の卵に、“生臭いニオイ”を感じ嫌う人が多いのだ。
(4)藤岡久士氏が、上海の中心部にある久光百貨店という商業施設内に「どら焼き屋」を開店したとき、「どら焼き」の皮にこの「腥味」を感じると指摘されて売れず、対応に苦労した。
彼らは、同じく、「海の魚」をはじめ多くの海産物に対しても「腥味」を強く感じると指摘する。
多くの日本人が好む海の魚が持つ磯の風味も、中国人には生臭いと感じる部分があるらしい。
中国で、「いりこ」や「あご」を使った魚介系の出汁(だし)が敬遠されるのは、この「腥味」に起因するところが大きい。
一方で、中国人は「雷魚」や「草魚」、「鮒」や「鯉」といった、日本人が泥臭く感じて、広く食用としては流通していない淡水魚の中に、海の魚よりも魚本来の“味(風味)”を感じるという。日本人とは、無意識にキャッチする風味が異なるのだ。
(5)もっとも現在では、中国でも海の魚は珍重され、高値で取引されている。
この現象だけ取り上げると、歴史的に周囲を海に囲まれた日本人は、海の魚を食べることができたが、中国は海産資源が乏しいため、川や沼に生息する泥臭い魚を食べざるを得なかったと分析することもできる。
(6)しかし、食文化というのはその土地や地域で長い年月を掛けて培われてきたものである。
単純に日本人の物差しで測れるものではないというのが俯瞰した物事の見方ではないか。
すなわち、恐らく中国人は泥臭い川魚を海の魚の代替として仕方なく食べているのではなく、「それが好きで食べている」と考えるのが素直な捉え方だろう。
「魚の鮮度」を語り、こだわる日本人は多いと思うが、「鶏の鮮度」を語る日本人はどれだけいるだろうか。
もちろん、日本人が鶏肉にこだわりがないわけではない。日本には多くの地鶏が存在し、それぞれが飼料や飼育方法にこだわり、「歯ごたえ」や「旨み」「香り」といった自慢の味を武器にしのぎを削っている。
一方、中国に日本のような地鶏ブームは存在しない。その代わり、鮮度には非常にうるさいのだ。
このように言うと、中国に比べ日本は衛生管理に優れており、そもそも鮮度の悪い鶏が存在しないため、鮮度を語る習慣がないと受け止める方もいると思うが、そうではない。
SARS(サーズ)が猛威を振るい、生きた動物の食用取引が規制された2003年まで、中国では鶏は購入時にその場で絞めてもらうのが普通であった。
彼らは日本人が知らない、「活き絞め」の鶏の美味しさをよく知っているのだ。
(7)しばしば日本国内でも繰り広げられる、「どこの地域の人の舌が一番肥えているか」という論議。
実際のところ、美味しい不味いは趣味嗜好の問題である。
稀に万国共通で美味いものは美味いというロジックが成り立つ食品がある一方、その地域の歴史や文化と共に培われてきた味覚は、当然、地域によって異なるということを理解すれば、新たに見えてくることもあろう。
とはいえ、人が自らの味覚に「自信と誇り」を持ち続ける限り、この手の論議が語り尽くされることはあるまい。
□藤岡久士(ゼロイチ・フード・ラボCEO)「中国で日本の「どら焼き」や「カステラ」が売れない理由 」(「週刊ダイヤモンド」2017年11月4日号)
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