教養、あるいは学問がどこから来ているかと言ったら、ごく荒っぽい言い方をすればヨーロッパだ。さらに遡ったらギリシャだ。ギリシャだということは、イコール、ドイツだと言っていい。なぜか。
ヨーロッパ的な学問はごく大雑把に言って、ユダヤ・キリスト教の一神教の伝統と、ギリシャの古典哲学の伝統と、ローマ教皇の伝統、その三つが合わさってできたものだ。
それが世俗化していくプロセスで、中世期に〈大学〉が登場した。誕生の時点から神学と学問は分かちがたく結びついているから、今でもドイツでは神学部がないと総合大学とは言わない。
ところが、啓蒙の時代になって、大学のレベルがすごく落ちてしまった。そこで大学の代わりに出てくるのがアカデミーだ。アカデミーとは、神学に代表される合理性に反する中世的な教養を捨て、自然科学のような実用的で新しい教養に重点を置いた教育機関のことだ。
ドイツでは、18世紀の終わりから19世紀にかけて大学が刷新されて、アカデミーでやるような自然科学的なことを大学に取り入れていこうとする動きが起きた。そこで鍵を握る人物画、ライプニッツだった。ライプニッツは、微分法を始めた。微分法を発見したのはライプニッツかニュートンかという論争があったが、今使われている微分の標準的な表記の仕方「dy/dx」はライプニッツの発明だ。
ライプニッツはドイツ人だが、ドイツ語とフランス語とラテン語を自由に操り、プロテスタントとカトリックを合同しようとし、一方で中国研究を始め、さらにコンピューターの発明なんかに繋がっていくような普遍言語というものも作ろうとした。バロックの天才と言われている人だ。
彼の業績の中でも特に重要なのがモナドロジーという考え方だ。日本では単子論と訳されている。モナド(単子)は、神さましか作ることができず、神さましか消すことができない。一つ一つ完結している。巨大なモナドもあれば、極小のモナドもある。モナドには互いに出入りできるような窓や扉がない。だからモナドが他のモナドを見ることで自分の姿を想像する。
〈帝国主義の時代〉という状況は、実はライプニッツが唱えたモナドロジーのモデルに近い。つまり、一つの国が大きくなっていく形の帝国主義ではなくて、大きくなったり小さくなったりする広域の帝国主義圏を築いているのが今の帝国主義なのだ。これは、ある程度文化と結びついている。だから、EUも本質的には一つの帝国主義圏だ。ロシアのユーラシア同盟もそう。
TPPはむしろブロック経済だ。自由な領域を地球上のどこかの一部に作るということは、内側と外側を分けていくことだから、ブロック経済なのだ。
歴史上、こういう形の関税同盟を作っていこうとした人は、ドイツの国民経済学者の代表、フリードリッヒ・リストだ。
ライプニッツは大学者だった。だから学問の通俗化を考えることなく、哲学用語やラテン語をそのまま使っていた。しかし、その頃のドイツは知的には後進国で、ラテン語ができる人が少なかったので、そういう人たちのために、ライプニッツの弟子ヴォルフが哲学用語やラテン語をドイツ語に、ドイツで日常的に使われている言葉に訳していった。
日本語で説明し出すと面倒くさい「悟性」「理性」「世界観」「世界像」なんて用語は全部、ドイツでは18世紀、19世紀の日常語だ。ドイツは後進国であったがゆえに、日常語で哲学的思考を展開できるようになった。その優位性というのが、19世紀の真ん中で花開いたわけだ。21世紀になると、もう完全に米国が思想的な世界でも優位に立ったけれども、ライプニッツ/ヴォルフの遺産がつい最近までドイツには残っていた。いや、今も残っている。
書けなくても話せなくてもいいから、物事を考える根源として、特に近代を考えるツールとして、ドイツ語を学ぶのはいい。
□佐藤優『君たちが知っておくべきこと 未来のエリートとの対話』(新潮社、2016)の「真のエリートになるために 2013年4月1日」
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【参考】
「【佐藤優】民主制の起源 ~中学や高校の教科書が教えないこと~」
ヨーロッパ的な学問はごく大雑把に言って、ユダヤ・キリスト教の一神教の伝統と、ギリシャの古典哲学の伝統と、ローマ教皇の伝統、その三つが合わさってできたものだ。
それが世俗化していくプロセスで、中世期に〈大学〉が登場した。誕生の時点から神学と学問は分かちがたく結びついているから、今でもドイツでは神学部がないと総合大学とは言わない。
ところが、啓蒙の時代になって、大学のレベルがすごく落ちてしまった。そこで大学の代わりに出てくるのがアカデミーだ。アカデミーとは、神学に代表される合理性に反する中世的な教養を捨て、自然科学のような実用的で新しい教養に重点を置いた教育機関のことだ。
ドイツでは、18世紀の終わりから19世紀にかけて大学が刷新されて、アカデミーでやるような自然科学的なことを大学に取り入れていこうとする動きが起きた。そこで鍵を握る人物画、ライプニッツだった。ライプニッツは、微分法を始めた。微分法を発見したのはライプニッツかニュートンかという論争があったが、今使われている微分の標準的な表記の仕方「dy/dx」はライプニッツの発明だ。
ライプニッツはドイツ人だが、ドイツ語とフランス語とラテン語を自由に操り、プロテスタントとカトリックを合同しようとし、一方で中国研究を始め、さらにコンピューターの発明なんかに繋がっていくような普遍言語というものも作ろうとした。バロックの天才と言われている人だ。
彼の業績の中でも特に重要なのがモナドロジーという考え方だ。日本では単子論と訳されている。モナド(単子)は、神さましか作ることができず、神さましか消すことができない。一つ一つ完結している。巨大なモナドもあれば、極小のモナドもある。モナドには互いに出入りできるような窓や扉がない。だからモナドが他のモナドを見ることで自分の姿を想像する。
〈帝国主義の時代〉という状況は、実はライプニッツが唱えたモナドロジーのモデルに近い。つまり、一つの国が大きくなっていく形の帝国主義ではなくて、大きくなったり小さくなったりする広域の帝国主義圏を築いているのが今の帝国主義なのだ。これは、ある程度文化と結びついている。だから、EUも本質的には一つの帝国主義圏だ。ロシアのユーラシア同盟もそう。
TPPはむしろブロック経済だ。自由な領域を地球上のどこかの一部に作るということは、内側と外側を分けていくことだから、ブロック経済なのだ。
歴史上、こういう形の関税同盟を作っていこうとした人は、ドイツの国民経済学者の代表、フリードリッヒ・リストだ。
ライプニッツは大学者だった。だから学問の通俗化を考えることなく、哲学用語やラテン語をそのまま使っていた。しかし、その頃のドイツは知的には後進国で、ラテン語ができる人が少なかったので、そういう人たちのために、ライプニッツの弟子ヴォルフが哲学用語やラテン語をドイツ語に、ドイツで日常的に使われている言葉に訳していった。
日本語で説明し出すと面倒くさい「悟性」「理性」「世界観」「世界像」なんて用語は全部、ドイツでは18世紀、19世紀の日常語だ。ドイツは後進国であったがゆえに、日常語で哲学的思考を展開できるようになった。その優位性というのが、19世紀の真ん中で花開いたわけだ。21世紀になると、もう完全に米国が思想的な世界でも優位に立ったけれども、ライプニッツ/ヴォルフの遺産がつい最近までドイツには残っていた。いや、今も残っている。
書けなくても話せなくてもいいから、物事を考える根源として、特に近代を考えるツールとして、ドイツ語を学ぶのはいい。
□佐藤優『君たちが知っておくべきこと 未来のエリートとの対話』(新潮社、2016)の「真のエリートになるために 2013年4月1日」
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【参考】
「【佐藤優】民主制の起源 ~中学や高校の教科書が教えないこと~」