<ガノール氏は、テロリズムによって引き起こされる人間の心理を「合理的な恐怖感」と「非合理な不安感」に分節化する。
〈テロリズムによって生じる恐怖感は、次のふたつのカテゴリーに分類することができる。「合理的な恐怖感」と「非合理な不安感」である。合理的な恐怖感とは要するに、テロ攻撃で身体や財産が損傷されるかもしれないという推測のことである。これは、脅威の程度とそれが起きる見込みに釣り合う恐怖である。頻繁なテロ攻撃にさらされる社会においては、合理的な恐怖感は自然な現象である。この現象は消去することはできないし、またその必要もない。なぜなら、テロ攻撃が起きそうだという国民の意識を高めるという前向きの効果を持つからだ。この意識は将来の攻撃を阻止する際に治安機関の助けになる。しかし、合理的な恐怖感の水準を超えるのが「非合理な不安感」である。これはテロリズムによる実際の脅威の程度とは関係がないものであり、テロリズムという現象の犠牲になる可能性とは釣り合わない。
非合理な不安感はテロ攻撃の当面の目標であり、現代のテロ戦略の成否を決める必要条件である。不安感は、攻撃にさらされる社会に住む個人を麻痺させ、社会への貢献能力を奪い、日常生活の営みを崩壊させる。またこの不安感はテロの標的となった社会の中で重視されている事柄を、国家安全保障に対する関心から、その社会の個々人の身の安全と家族の安全に対する危惧へと変える。テロリズムは、テロ攻撃される社会における個人に、国益や価値観、国家目標の重要性についての評価と信念を変えさせ、基本的な関心事項を自分自身と家族の福利に置き換えさせることを目的としている。〉(本書305~306頁)
個人が「非合理な不安感」に襲われると、テロリストとの戦いに民主主義国家は敗北する。テロリストの心理工作をガノール氏は「攻撃の個人化」と呼ぶ。
〈テロ攻撃による不安感を生む効果的な方法のひとつに「攻撃の個人化」がある。この現象はテロ攻撃が街の中心部の混雑した場所、たとえば商業センター、繁華街、映画館、観光スポットなどで起きるたびに見られる。その時、テロの標的となっている人間集団の一員の心をよぎるのは、「私は1、2週間前にそこにいた」とか「明日そこに行くつもりだったのに」とか「妻がすぐそばで働いている」とか「叔母がその道沿いに住んでいる」といった考えだ。テロ攻撃との個人的つながりを探すのはごく自然な反応である。そして、まさにこれがテロ組織の狙うところなのだ。
「個人化」されることによってテロ攻撃は、直接被害を受けなかった市民に対しても、「今回のテロでお前や身近の誰かが怪我しなかったのは単なる偶然でしかない。次はお前や、お前が大切にしている誰かの番かもしれない」という明確なメッセージとなる。しかし、実際には統計上、死ぬ確率は、他の死因に比べてはるかに低く、たとえば世界のどこかの大通りを横断している時に走行中の車に轢かれる可能性は、同じ道でテロ攻撃に遭う可能性よりも数倍高い。にもかかわらず、テロ攻撃が個人化されることによって、強い恐怖感が人々の心に生じるのである。〉(本書308頁)>
□ボアズ・ガノール(佐藤優・監訳、河合洋一郎・訳)『カウンター・テロリズム・パズル 政策決定者への提
言』(並木書房 2018)の冒頭、佐藤優「監訳者のことば--テロリズムに関する実用書兼実務書」の「(15)「非合理な不安感」」を引用
【参考】
「【佐藤優】マスメディアの自主規制 ~対テロ(14)~」
「【佐藤優】司法特別手続きと行政処分の拡大 ~対テロ(13)~」
「【佐藤優】尋問における「身体的圧力」 ~対テロ(12)~」
「【佐藤優】ゲリラ戦に関するハルカビの理論 ~対テロ(11)~」
「【佐藤優】壁と「鉄の屋根」というミサイル迎撃システム ~対テロ(10)~」
「【佐藤優】中立化(暗殺)工作 ~対テロ(9)~」
「【佐藤優】レッドラインを設けない ~対テロ(8)~」
「【佐藤優】インテリジェンスの重要性 ~対テロ(7)~」
「【佐藤優】テロ対策と国民感情 ~対テロ(6)~」
「【佐藤優】戦争犯罪とテロリズムの区別 ~対テロ(5)~」
「【佐藤優】テロリズムの定義 ~対テロ(4)~」
「【佐藤優】政治(国家)指導者の能力 ~対テロ(3)~」
「【佐藤優】アート(芸術)としてのインテリジェンス ~対テロ(2)~」
「【佐藤優】ボアズ・ガノール氏との出会い」
「【佐藤優】「監訳者のことば--テロリズムに関する実用書兼実務書」の目次」

〈テロリズムによって生じる恐怖感は、次のふたつのカテゴリーに分類することができる。「合理的な恐怖感」と「非合理な不安感」である。合理的な恐怖感とは要するに、テロ攻撃で身体や財産が損傷されるかもしれないという推測のことである。これは、脅威の程度とそれが起きる見込みに釣り合う恐怖である。頻繁なテロ攻撃にさらされる社会においては、合理的な恐怖感は自然な現象である。この現象は消去することはできないし、またその必要もない。なぜなら、テロ攻撃が起きそうだという国民の意識を高めるという前向きの効果を持つからだ。この意識は将来の攻撃を阻止する際に治安機関の助けになる。しかし、合理的な恐怖感の水準を超えるのが「非合理な不安感」である。これはテロリズムによる実際の脅威の程度とは関係がないものであり、テロリズムという現象の犠牲になる可能性とは釣り合わない。
非合理な不安感はテロ攻撃の当面の目標であり、現代のテロ戦略の成否を決める必要条件である。不安感は、攻撃にさらされる社会に住む個人を麻痺させ、社会への貢献能力を奪い、日常生活の営みを崩壊させる。またこの不安感はテロの標的となった社会の中で重視されている事柄を、国家安全保障に対する関心から、その社会の個々人の身の安全と家族の安全に対する危惧へと変える。テロリズムは、テロ攻撃される社会における個人に、国益や価値観、国家目標の重要性についての評価と信念を変えさせ、基本的な関心事項を自分自身と家族の福利に置き換えさせることを目的としている。〉(本書305~306頁)
個人が「非合理な不安感」に襲われると、テロリストとの戦いに民主主義国家は敗北する。テロリストの心理工作をガノール氏は「攻撃の個人化」と呼ぶ。
〈テロ攻撃による不安感を生む効果的な方法のひとつに「攻撃の個人化」がある。この現象はテロ攻撃が街の中心部の混雑した場所、たとえば商業センター、繁華街、映画館、観光スポットなどで起きるたびに見られる。その時、テロの標的となっている人間集団の一員の心をよぎるのは、「私は1、2週間前にそこにいた」とか「明日そこに行くつもりだったのに」とか「妻がすぐそばで働いている」とか「叔母がその道沿いに住んでいる」といった考えだ。テロ攻撃との個人的つながりを探すのはごく自然な反応である。そして、まさにこれがテロ組織の狙うところなのだ。
「個人化」されることによってテロ攻撃は、直接被害を受けなかった市民に対しても、「今回のテロでお前や身近の誰かが怪我しなかったのは単なる偶然でしかない。次はお前や、お前が大切にしている誰かの番かもしれない」という明確なメッセージとなる。しかし、実際には統計上、死ぬ確率は、他の死因に比べてはるかに低く、たとえば世界のどこかの大通りを横断している時に走行中の車に轢かれる可能性は、同じ道でテロ攻撃に遭う可能性よりも数倍高い。にもかかわらず、テロ攻撃が個人化されることによって、強い恐怖感が人々の心に生じるのである。〉(本書308頁)>
□ボアズ・ガノール(佐藤優・監訳、河合洋一郎・訳)『カウンター・テロリズム・パズル 政策決定者への提
言』(並木書房 2018)の冒頭、佐藤優「監訳者のことば--テロリズムに関する実用書兼実務書」の「(15)「非合理な不安感」」を引用
【参考】
「【佐藤優】マスメディアの自主規制 ~対テロ(14)~」
「【佐藤優】司法特別手続きと行政処分の拡大 ~対テロ(13)~」
「【佐藤優】尋問における「身体的圧力」 ~対テロ(12)~」
「【佐藤優】ゲリラ戦に関するハルカビの理論 ~対テロ(11)~」
「【佐藤優】壁と「鉄の屋根」というミサイル迎撃システム ~対テロ(10)~」
「【佐藤優】中立化(暗殺)工作 ~対テロ(9)~」
「【佐藤優】レッドラインを設けない ~対テロ(8)~」
「【佐藤優】インテリジェンスの重要性 ~対テロ(7)~」
「【佐藤優】テロ対策と国民感情 ~対テロ(6)~」
「【佐藤優】戦争犯罪とテロリズムの区別 ~対テロ(5)~」
「【佐藤優】テロリズムの定義 ~対テロ(4)~」
「【佐藤優】政治(国家)指導者の能力 ~対テロ(3)~」
「【佐藤優】アート(芸術)としてのインテリジェンス ~対テロ(2)~」
「【佐藤優】ボアズ・ガノール氏との出会い」
「【佐藤優】「監訳者のことば--テロリズムに関する実用書兼実務書」の目次」
