(1)政策提案者は、政策策定に当たっては問題を正しく設定しなければならない。
先般、政府が決めた原発に係る新戦略は不適切な問題設定の見本だ。「2030年における原発依存度を①20~25%、②15%、③0%のいずれかから選べ」・・・・
(2)この問に対する答は、電力需要の総量がどの程度になるかによって大きく変わる。よって、依存度をいずれかの値に決めても、その意味は需要総量によって大きく違う。
<例>(1)-②とした場合、今後とも原発の整備を進めることになる。しかし、経済成長率が1%ポイント低くなったら、電力需要は2割減る。だから、原発が担当すべきとされていた電力は不要になる。よって、原子力以外の発電量を変えずとも、原発依存度をゼロにすることができる(脱原発が自動的に達成される)。かくて、整備してきた原発施設は、結果的には過剰投資となる。
需要総量に係る合意なしに原発依存度だけを目標にするのは、無意味だ。その目標が経済にどれだけ負担を与えるのか、実現にはどれだけのコストが必要なのか、etc.は電力需要に依存するため、はっきり決まらない。
(3)依存度ゼロ目標では経済活動に必要とされる電力が得られない・・・・と財界は反対するが、(2)のとおり、経済成長率が1%ポイント低くなったら格別の負担増にはならない。
政府のエネルギー基本計画でまず問題とすべきは、「電力総需要量の想定は合理的か?」だ。
(4)財界が原発ゼロに抵抗するもう一つの理由は、電気料金上昇を抑えたいからだ。
確かに、福島原発事故以前のコスト計算方式を用いれば、原発依存度の引き下げによって発電コストは上昇する。
しかし、その計算は、原発の安全性確保を十分に織り込まない時代のものだ。十分な安全対策のための費用や燃料再処理費用を含んだ式で計算すれば(1)-①や(1)-②が発電コストを現状維持ないし下げることにはならない。
発電コストが今後上昇するのは不可避だ。それは主として福島原発の事故処理費から生じるものだ。これは、将来の原発依存度をどのように設定しても、それとは無関係に負担せざるを得ない費用だ。過去の原発費用の見積もりが低すぎたのを、これから修正する、ということだ。なお、負担を電気料金に転嫁せず、公的負担で行うとしても、国全体で負担が生じることに変わりはない。
(5)政府は、
(a)「日本再生戦略」(2012年7月31日閣議決定)において、2020年度までの平均で、名目3%、実質2%の成長を目指す、とした。
(b)エネルギー・環境会議が6月に発表した選択肢で、実質成長率を2010年代1.1%、2020年代0.8%と設定した。
(a)と(b)とは整合的でないが、じつは(b)の示す成長も実現できない可能性が高い。その大きな理由は、労働力の減少だ。
日本の15~64歳人口をXとすれば、Xは2010年の8,173万人から2030年の6,774万人へと17%も減少する。年率0.94%の減少だ。労働力率に相当大きな変化が生じないかぎり、労働力人口は避けられない。資本蓄積、技術進歩の貢献が経済成長率低下を緩和するとしても、たいして期待できない。
実際、経済全体で年率1%の成長とは、X一人当たり年率2%の成長だ。これだけの成長を実現できるか。
2000年から2010年までの10年間にXは6.2%減少し、実質GDPは7.7%増加した。X一人当たり1.4%の成長だ。経済成長率とX一人当たりの成長率の関係が今後も変わらないとすれば、将来は経済全体としてはマイナス成長になる。
(6)電力需要に影響を与える他の要因は、産業構造だ。
製造業は、電力多使用産業だから、その比重が低下すれば電力需要は減少する。過去のデータによれば、付加価値当たりの電力使用量は、製造業はサービス産業の3.4倍だ。
製造業の比率は、これまで低下してきた。今も生産拠点の海外移転が著しいスピードで進んでいる。今後もこの傾向が続き、GDPに占める割合が10%程度まで下がる事態は、大いに生じ得る。これらの数字を用いて計算すると、産業用の電力需要は12%程度減少する。
(7)電力利用に係る構造変化もある。
これまで電力使用量を増加させてきた大きな要因は、家庭用や業務用のエアコン普及とIT機器の導入だ。今後は、これらに起因する電力需要の増加は頭打ちになる。
(8)さらに、技術進歩による火力発電の効率上昇も期待できる。わけてもガスタービンの効率上昇はめざましい。これにより、燃料輸入や温暖化ガスの発生を抑えつつ、火力発電量を増加させることも可能だ。
その他、発電技術の進歩や電力利用の効率化により原発依存度を引き下げることは可能だ。
(9)以上のほか、原発について議論すべきことが幾つかある。
その一つは、使用済み燃料の再処理問題だ。しかし、「再処理が必要だから原発を続ける」というのは、目的と手段を取り違えた議論だ。本末転倒だ。これは原発依存度とは切り離して議論すべき問題だ。
以上、野口悠紀雄「原発依存度だけの目標設定は無意味 ~「超」整理日記No.629~」(「週刊ダイヤモンド」2012年10月6日号)に拠る。
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先般、政府が決めた原発に係る新戦略は不適切な問題設定の見本だ。「2030年における原発依存度を①20~25%、②15%、③0%のいずれかから選べ」・・・・
(2)この問に対する答は、電力需要の総量がどの程度になるかによって大きく変わる。よって、依存度をいずれかの値に決めても、その意味は需要総量によって大きく違う。
<例>(1)-②とした場合、今後とも原発の整備を進めることになる。しかし、経済成長率が1%ポイント低くなったら、電力需要は2割減る。だから、原発が担当すべきとされていた電力は不要になる。よって、原子力以外の発電量を変えずとも、原発依存度をゼロにすることができる(脱原発が自動的に達成される)。かくて、整備してきた原発施設は、結果的には過剰投資となる。
需要総量に係る合意なしに原発依存度だけを目標にするのは、無意味だ。その目標が経済にどれだけ負担を与えるのか、実現にはどれだけのコストが必要なのか、etc.は電力需要に依存するため、はっきり決まらない。
(3)依存度ゼロ目標では経済活動に必要とされる電力が得られない・・・・と財界は反対するが、(2)のとおり、経済成長率が1%ポイント低くなったら格別の負担増にはならない。
政府のエネルギー基本計画でまず問題とすべきは、「電力総需要量の想定は合理的か?」だ。
(4)財界が原発ゼロに抵抗するもう一つの理由は、電気料金上昇を抑えたいからだ。
確かに、福島原発事故以前のコスト計算方式を用いれば、原発依存度の引き下げによって発電コストは上昇する。
しかし、その計算は、原発の安全性確保を十分に織り込まない時代のものだ。十分な安全対策のための費用や燃料再処理費用を含んだ式で計算すれば(1)-①や(1)-②が発電コストを現状維持ないし下げることにはならない。
発電コストが今後上昇するのは不可避だ。それは主として福島原発の事故処理費から生じるものだ。これは、将来の原発依存度をどのように設定しても、それとは無関係に負担せざるを得ない費用だ。過去の原発費用の見積もりが低すぎたのを、これから修正する、ということだ。なお、負担を電気料金に転嫁せず、公的負担で行うとしても、国全体で負担が生じることに変わりはない。
(5)政府は、
(a)「日本再生戦略」(2012年7月31日閣議決定)において、2020年度までの平均で、名目3%、実質2%の成長を目指す、とした。
(b)エネルギー・環境会議が6月に発表した選択肢で、実質成長率を2010年代1.1%、2020年代0.8%と設定した。
(a)と(b)とは整合的でないが、じつは(b)の示す成長も実現できない可能性が高い。その大きな理由は、労働力の減少だ。
日本の15~64歳人口をXとすれば、Xは2010年の8,173万人から2030年の6,774万人へと17%も減少する。年率0.94%の減少だ。労働力率に相当大きな変化が生じないかぎり、労働力人口は避けられない。資本蓄積、技術進歩の貢献が経済成長率低下を緩和するとしても、たいして期待できない。
実際、経済全体で年率1%の成長とは、X一人当たり年率2%の成長だ。これだけの成長を実現できるか。
2000年から2010年までの10年間にXは6.2%減少し、実質GDPは7.7%増加した。X一人当たり1.4%の成長だ。経済成長率とX一人当たりの成長率の関係が今後も変わらないとすれば、将来は経済全体としてはマイナス成長になる。
(6)電力需要に影響を与える他の要因は、産業構造だ。
製造業は、電力多使用産業だから、その比重が低下すれば電力需要は減少する。過去のデータによれば、付加価値当たりの電力使用量は、製造業はサービス産業の3.4倍だ。
製造業の比率は、これまで低下してきた。今も生産拠点の海外移転が著しいスピードで進んでいる。今後もこの傾向が続き、GDPに占める割合が10%程度まで下がる事態は、大いに生じ得る。これらの数字を用いて計算すると、産業用の電力需要は12%程度減少する。
(7)電力利用に係る構造変化もある。
これまで電力使用量を増加させてきた大きな要因は、家庭用や業務用のエアコン普及とIT機器の導入だ。今後は、これらに起因する電力需要の増加は頭打ちになる。
(8)さらに、技術進歩による火力発電の効率上昇も期待できる。わけてもガスタービンの効率上昇はめざましい。これにより、燃料輸入や温暖化ガスの発生を抑えつつ、火力発電量を増加させることも可能だ。
その他、発電技術の進歩や電力利用の効率化により原発依存度を引き下げることは可能だ。
(9)以上のほか、原発について議論すべきことが幾つかある。
その一つは、使用済み燃料の再処理問題だ。しかし、「再処理が必要だから原発を続ける」というのは、目的と手段を取り違えた議論だ。本末転倒だ。これは原発依存度とは切り離して議論すべき問題だ。
以上、野口悠紀雄「原発依存度だけの目標設定は無意味 ~「超」整理日記No.629~」(「週刊ダイヤモンド」2012年10月6日号)に拠る。
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