語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【古賀茂明】医師と官僚の癒着の構造

2014年05月31日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)診療報酬の「不適切」請求にまつわる厚生労働省と医師会などとの癒着問題について、朝日新聞が、5月11日から14日にかけてスクープ記事を3回掲載した 【注1】【注2】【注3】【注4】。
 医療をめぐる癒着と不正の構造が、堂々と生き残っていることを示す重要な報道だった。
 利権は、どのようにして守られるか。

 (2)厚労省の地方出先機関(全国7つの厚生局および四国支局)は、「不適切請求」の疑いがある8,000の医療機関のうち、およそ半数を放置していた【注1】。
 15%程度しか調査していない都道府県もある。不正請求の情報があるケースやすでに問題ありとして指導したのに医療機関側が従わなかったケースなど、保険料を取られている国民からすれば、すぐにでも乗り込んで不正請求を返せと言いたいところだが、厚生局は今も放置したままだ。
 記事には独特の言い回しがあって、そこには官僚の思惑が透けて見える。
 <例1>「不正」請求の情報があるのに、「不適切」請求の疑いがある、と言い換える。不適切だが、不正かどうかは分からない、と言いたいのだ。
 <例2>「指導したが改善がない」・・・・本来は指導など不要で、即お縄にすればよい。

 (3)健保組合側が証拠を揃えて調査を要求したのに、放置された例まである。
 不正請求なのに、診療報酬を返せ、と言わず、改善してください、と「お願い」しているだけだのに、対外的には「指導」というアリバイを作る。これで何かやっているように聞こえる。
 実は、不正請求分の返還を求めるには「監査」が必要だが、監査はめったなことではやらず、「調査」と「指導」でお茶を濁す。
 「調査」をして「指導」。
 それに従わなくても、再「調査」。
 さらに続けても、まだ「監査」。
 よほどのドジだけが、役所のアリバイのために捕まることになる。

 (4)驚くべし、個別指導を行う際には、医師会や歯科医師会が指定した医師が立ち会う(厚労省の法令による)。
 当然ながら、立ち会う医師は、不正を認めないよう立ち回る。
 厚労省のルール自体が、医師のためのものとなっている。

 (5)医師だけでなく、官僚にも甘い仕組みになっている。
  (a)医療費請求の適否を審査する仕事を請け負う2つの団体(社会保険診療報酬支払基金・国民健康保険団体連合会)は、いずれも厚労省や自治体の天下りや現役出向の受け入れ先となっている。給与は公務員より高く、宿舎も完備。事業仕分けで両組織の統合が提案されたが、厚労省は完全無視。
  (b)法律によれば、人件費などの経費をそのまま審査手数料として請求できる。2団体が見つける医療費削減額はわずか600億円。2つのシロアリ団体に払う審査手数料は1,200億円。600億円ものぼったくりだ。
  (c)国保連が審査した後、漏れがないかを市町村が行う再点検を、また国保連に委託している市町村が31都道府県で存在することも判明した。国保連は、自分が見落としたものを再点検して手数料をもらう。二重取りだ。

 (6)どこまでも医師と官僚のための仕組み。
 この仕組みの温存の見返りに、自民党は医師会などの政治献金と票を当てにしてきた。
 見事なまでの政官民癒着の構造だ。」
 規制改革会議が、これから、この癒着の構造にどこまで切り込めるか。 

 【注1】記事「「疑いあり」医療機関、半数放置 厚労省、不正請求調査」(朝日デジタル 2014年5月11日)
 【注2】記事「厚労省、検討会を3年放置 医療費審査2団体の統合」(朝日デジタル 2014年5月13日)
 【注3】記事「厚労省、検討3年放置 医療費審査団体の統合・合理化」(朝日デジタル 2014年5月13日)
 【注4】記事「厚労相、否定的考え 医療費審査団体の統合」(朝日デジタル 2014年5月14日)

□古賀茂明「医師と官僚「癒着の構造」 ~官々愕々第110回~」(「週刊現代」2014年6月7日号)
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 【参考】
【古賀茂明】電力会社「値上げ救済」の愚 ~経営難は自業自得~
【古賀茂明】竹富町「教科書問題」の本質 ~原発推進教科書~
【古賀茂明】安部総理の「11本の矢」 ~戦争国家への道~
【古賀茂明】理研は利権 ~文科官僚~
【古賀茂明】「武器・原発・外国人」が成長戦略 ~アベノミクスの今~
【古賀茂明】マイナンバーを政治資金の監視に ~渡辺・猪瀬問題~
【古賀茂明】東電を絶対に潰さずに銀行を守る ~新再建計画~
【古賀茂明】「避難計画」なき原発再稼働
【古賀茂明】「建設バブル」の本当の問題 ~公共事業中毒の悪循環経済~  
【古賀茂明】安倍政権の戦争準備 ~恐怖の3点セット~
【原発】【古賀茂明】利権構造が完全復活 ~東日本大震災3年~
【古賀茂明】アベノミクスの限界 ~笑いの止まらない経産省~
【古賀茂明】労働者派遣法改正前にすべきこと
【古賀茂明】時代遅れな、あまりにも時代遅れな ~安部政権のエネルギー戦略~
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【佐藤優】石破茂の、公明党と創価学会の関係への理解

2014年05月30日 | 社会
 (1)安倍政権は、憲法解釈の変更によって、集団自衛権の行使容認に踏み切ろうとしている。5月15日に安倍晋三・首相が記者会見を開き、方針を明確にした。
 この動きに対して、連立与党の公明党の、支持母体である創価学会が異議を唱えた【朝日新聞の照会に対する創価学会広報室の、5月16日付け回答】。
 <私どもの集団的自衛権に関する基本的な考え方は、「保持するが行使できない」という、これまで積み上げられてきた憲法第九条についての政府見解を支持しております。
 したがって、集団的自衛権を限定的にせよ行使するという場合には、その重大性に鑑み、本来の手続きは、一内閣の閣僚だけによる決定ではなく、憲法改正手続きを経るべきであると思っております。
 集団的自衛権の問題に関しては、今後、国民を交えた、慎重の上にも慎重を期した議論によって、歴史の評価に耐えうる賢明な結論を出されることを望みます。>【注1】

 (2)創価学会の回答は、文面だけ見れば、憲法改正手続きを経れば集団自衛権を認める、という立場を創価学会がとっているように見える。
 創価学会はしかし、性急な憲法改正に賛成していない。創価学会は、現時点での集団的自衛権容認に反対の意思を表明した、と見るのが妥当だ。
 石破茂・自民党幹事長も、そのような見方をしている。だから、公明党と創価学会の間にくさびを打ち込もうとしているのだ。
 <自民党の石破茂幹事長は18日、憲法解釈変更による集団的自衛権の行使容認問題で創価学会広報室が「本来、憲法改正手続きを経るべきだ」との見解を示したことを受け、公明党をけん制した。「公明党の判断に主体性がなくなり、支持母体の(創価学会の)言うままということもないだろう」と、都内で記者団に述べた。
 同時に「個別的自衛権や警察権で対応できない部分があったとすれば、その時にどう考えるか。まだ議論は始まっていない」として、慎重姿勢を崩さない公明党の軟化を求めた。
 石破氏が公明党と創価学会の関係の在り方に言及したことで、20日から始まる与党協議を控え、公明党側が反発を強める可能性もある。>【注2】

 (3)石破は、創価学会がどれくらい強い決意を持って、集団自衛権問題に関する見解を発表したかを理解していない。
 池田大作・創価学会名誉会長が『人間革命』を沖縄で書き始めたのが1964年12月2日のことだ。その冒頭は、次の言葉で始まっている。
 <戦争ほど、残酷なものはない。
 戦争ほど、悲惨なものはない。
 だが、その戦争はまだ、つづいていた。
 愚かな指導者たちに、ひきいられた国民もまた、まことにあわれである。>

 (4)今年は、(3)の言葉が記されてから50年の特別な年だ。池田名誉会長の平和主義という原則に照らして、創価学会は、集団的自衛権に関して、「慎重の上にも慎重を期した議論によって、歴史の評価に耐えうる賢明な結論を出されることを望みます」という見解を表明したのだ。
 石破の「支持母体の言うままということもないだろう」という発言は、創価学会、公明党の双方の反発を買うだけだ。

 【注1】記事「自公協議に影響必至 創価学会、強い懸念 集団的自衛権」(朝日デジタル 2014年5月17日)
 【注2】記事「「公明は主体性失うな」 創価学会見解に石破氏」(MSN産経ニュース 2014年5月18日)

□佐藤優「公明党と創価学会への理解度 ~佐藤優の人間観察 第68回~」(「週刊現代」2014年6月7日号)
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【佐藤優】安倍首相とイスラエル首相「声明」の意味 ~ベンヤミン・ネタニヤフ~

2014年05月29日 | 社会
【佐藤優】安倍首相とイスラエル首相「声明」の意味 ~ベンヤミン・ネタニヤフ~
 
 (1)5月11日から14日まで、ベンヤミン・ネタニヤフ首相が日本に滞在し、12日には安倍晋三・首相と会談した。会談後、両首脳は「日本・イスラエル間の新たな包括的パートナーシップの構築に関する共同声明」に署名した。
 新聞やテレビでは、あまり大きく報道されなかったが、「共同声明」には日本とイスラエルの関係を質的に変化させる重要な内容を含んでいる。

 (2)「共同声明」に、<双方は、日本の国家安全保障局とイスラエルの国家安全保障会議間の意見交換の開始を歓迎し、イスラエルで次回会合を実施することを確認した>と記されている。
 日本政府でインテリジェンスを担当する諸機関(内閣情報調査室、警視庁、外務省、防衛省、公安調査庁>とイスラエルのモサド(諜報特務庁)、アマン(軍事情報部)との間には長年の交流があるが、今回の「共同声明」により、インテリジェンス面での協力が一層強化されることになる。
 イスラエルのインテリジェンス期間は、秘密情報の収集や工作だけでなく、公開情報と秘密情報の双方を突き合わせた高度な分析能力を持っている。

 (3)さらに「共同声明」では、<双方は、サイバーセキュリティに関する協力の必要性を確認し、両国の関係機関間で対話を行うことへの期待を表明した>。
 専守防衛だけでは、サイバーセキュリティの技術を向上させることができない。
 イスラエルがサイバー兵器を開発し、イランを始めとする安全保障上の脅威となる国家に対して使用していることが公然の秘密だ。
 イスラエルは防御と攻撃の両面において、世界最先端のサイバー能力を有している。今後、日本の政府機関にイスラエルのサイバー技術を導入する可能性が生まれた。これも日本の安全保障能力向上に貢献する。

 (4)また、<双方は、両国の防衛協力の重要性を確認し、閣僚級を含む両国の防衛当局間の交流拡大で一致した。双方は、自衛隊幹部のイスラエル訪問で一致した>【「共同声明」】。
 この文言だけでは、今後、具体的にどの分野での防衛協力が行われるかわからないが、前述のサイバー兵器のほかに、無人飛行機(UAV)などで進んでいるイスラエルのノウハウを導入すれば、日本の防衛能力が向上するのは確かだ。

 (5)東アジアの情勢については、<双方は、厳しさの増す東アジアの安全保障環境について意見交換を行い、アジア・太平洋地域の平和と安定を維持する重要性を確認した。特に双方は、核開発、ミサイル開発、拉致問題を含む北朝鮮をめぐる諸懸案の早期解決への強い希望を表明した>【「共同声明」】。
 イスラエルは、北朝鮮からイラン、シリアへの核技術や弾道ミサイル技術の移転に関する機微に触れるインテリジェンス情報を大量に保持している。
 イスラエルとの協力拡大によって、日本は北朝鮮に関する良質のインテリジェンス情報を入手することが可能になる。

□佐藤優「安倍首相とイスラエル首相「声明」の意味 ~佐藤優の人間観察 第67回~」(「週刊現代」2014年5月31日号)
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 【参考】
【佐藤優】ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~ウラジーミル・ルキン~
【佐藤優】ロシアは日本をどう見ているか ~日本外相の訪露延期~
【佐藤優】ウクライナ衝突の「伏線」 ~オレクサンドル・トゥルチノフ~
【ウクライナ】危機の深層(2) ~ブラック経済~
【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~
【ウクライナ】エネルギー・集団自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~
【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~
【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~
【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」
【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~
【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~
【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~
【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~
【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~
【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~
【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~
【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~
【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~
【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア
【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~


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【佐藤優】ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~ウラジーミル・ルキン~

2014年05月28日 | 社会
 (1)ウラジーミル・ルキンは、1937年生まれで、いま76歳だ。しかし、実年齢よりずっと若く見える。
 モスクワ教育大学を卒業した後、ソ連革命博物館で勤務し、KGBと関係の深いソ連科学アカデミー(現・ロシア科学アカデミー)世界経済国際関係研究所の大学院を卒業した。
 その後、1987年から外務省に勤務。ゴルバチョフのペレストロイカ政策が始まると、改革派外務官僚として頭角を現した。
 1989年、ソ連最高会議(国会)事務局に転出。翌1990年、ロシア人民代議員選挙に立候補し、当選した。
 その後は、エリツィンを支持する「民主ロシア」に所属し、改革派政治家として認知されるようになった。

 (2)ルキンには、常にインテリジェンス機関の影がつきまとっていた。
 ソ連崩壊後は、エリツィンと一線を画したヤブリンスキーと連携して政党「ヤブロコ」を作った。
 北方領土問題でも、表面は「民主的な解決」を口にしながら、裏では軍や連邦保安庁(FSB)と連携して、日露交渉を妨害した。
 2000年にプーチンが大統領となり、野党、反体制派に対する圧力を強めると、ルキンは政権にすり寄った。
 2004年2月、プーチンによってロシア人民人権委員会代表に指名され、国家院(下院)の承認を得た。ルキンの役割は、諸外国からプーチン政権の人権弾圧を批判されたときに反論することであった。
 ロシアの政治エリートで、ルキンを人権派と見なす人はいないだろう。

 (3)政治的駆け引きや裏工作に長けたルキンだから、ウクライナ危機では出番がある。
 <ロシア通信によるとウクライナ東部スラビャンスク市内を掌握する親ロシア派武装勢力は(5月)3日、拘束していた欧州安保協力機構(OSCE)監視団員とウクライナ軍人の計12人を解放した。ロシアのプーチン大統領の特使として現地に派遣されたルキン元中米大使の説得に応じた。/新政権への徹底抗戦を掲げる親ロ派は4月25日、ドイツ人やウクライナ人の監視団員らを「戦争捕虜」として拘束した。同市の奪回を目指す新政権との解放交渉は難航し、緊張が高まっていた。プーチン政権はこれ以上の親ロ派の国際的なイメージ悪化を避けるため、拘束を解くよう働き掛けたとみられる>【日本経済新報電子版 2014年5月3日】

 (4)ルキンは、北方領土問題についても通暁している。
 口先では日本に迎合するようなことを言っても、大統領が北方領土交渉を動かそうとすると常にブレーキをかける。
 日米同盟に対抗するために、ロシアは中国と提携することが重要である、という変化球を投げてくることがある。
 ルキンは、北方領土交渉の攪乱者である。
 日本人では、丹波實・元駐英大使や袴田茂樹・新潟県立大学教授らがルキンと会食や意見交換を交わした。

□佐藤優「ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~佐藤優の人間観察 第66回~」(「週刊現代」2014年5月24日号)
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【社会保障】出生率の数値目標設定前にやるべきことはある ~少子化~

2014年05月27日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)4月、「少子化危機突破タクスフォース」(内閣府の有識者会議)が少子化対策のため、出生率に数値目標を設けるかどうかの検討を始めた。発端は3月、政府の経済財政諮問会議で民間議員が出した提言だ。
 だが、数値目標を議論する裏側で、少子化が進みかねない施策が相次いでいる。
 この矛盾! 出生率に数値目標を設ける前に、政策の再点検が必要だ。

 (2)発端となった経済財政諮問会議での提案は、「目標を明確にし、政策の優先順位を明らかにして着手しなければならない」と提唱。具体的には、
  2020~30年に合計特殊出生率を人口規模が均衡する2.07まで回復させ、
  50年後も1億の人口規模を保つため、
  第三子の公的給付を第二子までより傾斜的に手厚くする仕組みの導入etc.の早急な対策を求めている。

 (3)(2)の提言には、根本的な誤りがある。
 数値目標は、①数値によって目標と現実の落差をはっきりさせ、②目標に到達できない原因を究明し、③もって政策を手直しし、④これらの過程を経て目標に接近するために設定される。
 だが、出生率となると、その実行主体は「産む側の女性たち」だ。産むかどうかは、それぞれの価値観、経済状態、健康状態など私生活のあり方に左右される。その点、「何人産ませるか」は、「政府の数値目標」になじまない。
 現状を把握する客観的指標は、すでに合計特殊出生率がある。政策効果の検証には、これで十分なはずだ。

 (4)(3)にも拘わらず、(2)のような提言が打ち出されるのはなぜか。
 狙いは、「産む側」を縛る機能を持つ今回の数値目標によって、「産めない社会構造」の転換を迫る声を抑え込み、労働の過酷化と低福祉は維持したまま出生圧力を強めていくことだ。つまり、「女や子どもにゼニを出さない社会」の意地ではないか。
 そんな不安を女性たちに抱かせるのは、「少子化対策」のかけ声の裏で、「産めない社会」の強化とでもいうべき政策のオンパレードが始まっているからだ。

 (5)今の若い世代の出産を難しくさせている大きな原因は貧困だ。結婚はしたいが、経済的余裕がないからできない若者が多い。
 しかるに、政府の雇用政策は、経済的余裕を削る方向へ走っている。
 <例>労働者派遣法の改定。
 現行の労働者派遣法では、3年の雇用年限を超えて雇い続けると派遣先には直接雇用の申し込み義務は発生する。派遣労働は、勤務先の会社と、雇用契約を結んでいる会社(派遣会社)とが異なる「間接雇用」だ。その結果、勤め先とは労働条件を交渉しにくい。労働基本権を奪われた働き方なのだ。これを緩和するため、長期に必要な働き手は直接雇用へ誘導する道が設けられているのだ。
 ところが、今国会に提案されている労働者派遣法改正案では、3年を超えたら雇用を打ち切り、別の派遣労働者で代替することができる。直接雇用転換への道がふさがれ、派遣労働者は「生涯派遣」で働くことを余儀なくされる。
 派遣労働は、派遣先が払った派遣料の一部が派遣会社に差し引かれるため、低賃金になりがちだ。特に、同一労働同一賃金がない日本では、その傾向が強い。
 また、勤め先が人員削減するときは、「うちの社員ではないから」と真っ先に切られる。こうした仕組みがリーマン・ショックの際の大量「派遣切り」を招いた。
 こうした構造の下では、育児休業もとりにくい。派遣先が嫌う、という理由で育児休業の取得を断られた派遣労働者もいる。彼女は、アルバイトの夫の収入だけでは生活できず、中絶を覚悟した。
 「貧困の温床」と呼ばれ、育児にも不向きなこの働き方が、今回の改正案で恒久化される。政府は、少子化の対策をとらず、少子化を助長している。

 (6)いまや若い世代の半数近くが非正規労働者だ。その低賃金に引きずられ、正社員の賃金抑制も進む。
 共働きでないと子どもを産み育てることが難しいこの時代に、1日8時間労働の厳守で帰宅後の子育て時間が確保されることは、これまで以上に重要な条件だ。その解決策として浮上したのが、「限定社員」だった。ところが、いまや、それ自体が不安定雇用の温床と化しつつある。
 日本の正社員は、長時間労働や転勤などの高い拘束度と「終身雇用」などの雇用保障がセットだ。だが、残業や転勤を引き受けないと安定雇用や生活できる賃金が保障されないこの仕組みでは、ワーク・ライフ・バランスは難しい。
 その克服のため提案されたのが、残業や転勤がなくても安定雇用と生活できる賃金を保障される「限定社員」だった。
 これに対して2013年、日本経団連は、転勤を引き受けない勤務地限定正社員や、特定の職務だけを遂行する職務限定正社員は、勤め先の勤務地で支店が閉鎖されたり、契約した職務がなくなったりしたら解雇できるよう法の整備を進めるよう求めた。【報告書「労働者の活躍と企業の成長を促す労働法制」】
 以後、政府の規制改革会議や産業競争力会議で、限定正社員とは雇用保障が弱くて賃金も安めの社員とする定義が打ち出され始めた。これでは、家族の状況から残業や転勤ができない社員は、安くて雇用保障の弱い社員に格下げされかねない。

 (7)の追い打ち。今年4月、産業競争力会議は、民間議員の提言を受け、労働を時間ではなく成果ではかる「残業代ゼロ」制度の検討を始めた。2007年にようやく押し返したホワイトカラー・エグゼンプションの焼き直しとも言える案だ。
 残業代は、働き手の生活を守るために1日8時間、週40時間の規制を超えて働かせた場合に企業に課せられる割増賃金だ。一種の罰金ともいえる残業代の歯止めがなくなれば、仕事は今以上に無際限に私生活に侵入してくる。
 少子化はますます進む。 

 (8)「産みにくい社会」をめざしているらしい政策は、至るところに顔をのぞかせている。
 保育所の増設に伴う保育士不足が起きている。資格があるのに働きに出ない潜在保育士の47%は、賃金が低すぎることを理由にあげている。これに対し、産業競争力会議は、賃金を上げる政策を提言しなかった。逆に、安い賃金で働くシステムを提言した。つまり、国家資格の保育士ではなく、子育て経験がある女性なら簡単に取得できる民間資格の「准保育士」の新設を提案した。保育士賃金のダンピング攻勢だ。

 (9)「産みにくい社会」のきわめつけは、集団自衛権だ。自国が攻撃されなくても戦争ができるこの制度について、そんな社会では安心して出産に踏み切れない、という声が、新聞の投書欄でも見かけるようになった。
 人口が減る中での新しい豊かさをつくる産業政策や、男女が余裕を持って働きながら子育てできる働き方を実現する知恵のない人々が、「数値目標」で産む側を必死に縛ろうとしている。数値目標を設定する目に、やるべき「産むための対策」は山ほどある。

□竹信三恵子「出生率の数値目標設定前にやるべきことはある ~少子化~」(「週刊金曜日」2014年5月16日号)
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 【参考】「【古賀茂明】安部総理の「11本の矢」 ~戦争国家への道~
 <【第11の矢】産めよ増やせよ。/4月下旬に出てきた。富国強兵時代の政策だ。列強となるための国力の基本は人口だけだ、ということか。1億人レベルを維持するために数値目標を立てる、という。「女性1人に付き2.07人子どもを産む」・・・・/元々は、経済界が長期的な労働力確保のために考えた案だが、安部総理は別の思惑から飛びついた。/ しかし、【第11の矢】計画は、他の矢と違って頓挫するだろう。/女性を「産む機械」と言って批判を浴びた大臣と同じ発想だからだ。数値目標なら、子育て予算GDPの○○%、1年で待機児童ゼロ、労働時間の2割短縮、有給休暇100%取得・・・・など、いくらでも設定できる。出生率向上はその結果でしかない。/安部総理は、【第11の矢】によって、「女性にやさしい」という「衣」の下から、戦争のためなら何でも可という「鎧」を見せることになった。
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【労働】今国会で派遣法“改悪”か ~企業重視で派遣労働者増加~

2014年05月26日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)「世界で一番、企業活動がしやすい国」・・・・をめざす安倍首相の下、今国会で労働者派遣法の改正案が審議中だ。
 政府は、「派遣労働者の均等待遇の確保」を目的に掲げる。しかし、実際には企業重視の“改悪”で、派遣労働から抜けられなくなるという意見も多い。
 改正案の最大のポイントは、
  (a)派遣会社に無期雇用されている派遣社員の受け入れ期間に、制限を設けていないことだ。
  (b)たとえ有期派遣であっても、永久に受け入れを延長することが可能になる。

 (2)今の派遣法では、通訳業など専門性の高い26業種は派遣期間に制限を設けていない。一方、それ以外の業務で派遣の受け入れが継続して許されるのは最長3年までだ。
 だが、改正案では26業種の枠を撤廃し、代わりに派遣労働者が派遣会社に無期雇用されているか否かに分けた。
  (a)無期の場合・・・・受け入れ先の企業で無期限に働けるようになる。
  (b)有期の場合・・・・同一派遣労働者が同じ職場で働けるのは3年が限度だが、「人を変えさえすれば」、企業は何年でも派遣労働者を受け入れることが可能になる。自社の労働組合から意見を聞けば、3年ごとに延長が認められる仕組みにするからだ。

 (3)現行の「派遣受け入れは最長3年」の制限をなくし、企業の派遣労働の利用が増えれば、派遣労働者の雇用が安定するようにも見える。
 だが、実際は違う。
 派遣労働は最も好ましくない労働形態だ。ILOも労働は商品ではない、と定義している。そもそも派遣法を正当化する根拠は、正規雇用にとって代わる仕組み(常用代替)を作らない、ということだった。それが、次第に業種の範囲も期間も拡大し、今回の改正案では「派遣労働野放し法」になってしまう。これでは派遣労働者の保護はできない。【宮里邦雄・日本労働弁護団前会長】
 本来あるべき雇用形態は、労働者と企業との間で雇用契約を交わすもの。それが派遣という形にとって代わると、労働者の雇用は不安定になるのだ。
 事実、リーマンショック(2008年)の際には、企業の都合で簡単に派遣切りが行われた。
 また、正社員と派遣社員の間に均等待遇の原則が成り立たない日本では、派遣労働者の給料は格段に低い。今回の改正案が成立してしまうと、低賃金のまま生涯派遣を続けなくてはならない土俵を作ってしまう恐れがある。

 (4)4月18日、改正案を批判する組織が東京都内で反対集会を開催した。参加者は、派遣労働者ら220人。
 正社員を雇う会社がどんどん減り、いまの正社員さえいずれ派遣に変えられることになる。安倍首相は賃金を上げるといいながら、派遣を進めるなど、言うこととやることが別だ。【山井和則・衆議院議員(民主党)】
 このほか、非正規労働者の権利実現全国会議【注1】は、ネット上で反対署名【注2】を呼びかけ、5月13日現在、4,335筆の署名が集まっている。
 そこへ次のようなコメントが数多く寄せられている。
 改正案は、<派遣社員の働き方を「他人事」と思っていた正社員と呼ばれる人たちの働き方を大きく変えることになる><どんなに働いても3年で解雇されるようになれば、まじめに働くのがバカバカシイと考える人が増える>
 改正案はしかし、国会が自公で圧倒的多数を占める現状では、今国会で成立する可能性が高い。

 【注1】「非正規労働者の権利実現全国会議
 【注2】「ネット上で反対署名

□桐島瞬(ジャーナリスト)「今国会で派遣法“改悪”の可能性も 企業重視で派遣労働者増加か」(「週刊金曜日」2014年5月16日号)
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【旅】「神戸花鳥園」

2014年05月25日 | 社会

 「神戸花鳥園」の睡蓮ゾーン。

  【ムラサキシキブ】
  

  【ムーン・リヴァー】
  

  【マイアミ・ローズ】
  

  【プラウナパウ】
  

  【ディレクター・GT・ムーア】
  

  【ジェネラル・パーシング】
  

  【サマー・レイン】
  

  【サイアム・パープル1】
  

  【キング・オブ・サイアム】
  

  【パープル・レイン】
  

  【キーラルゴ】
  

  【エレクトラ】
  

  【エクスカリバー】
  

  【アレクシス】
  

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 【参考】
【旅】「古代ハスの園」

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【古賀茂明】電力会社「値上げ救済」の愚 ~経営難は自業自得~

2014年05月24日 | 社会
 (1)原発再稼働が「遅れ」ている。ゆえに電気料金再値上げが必要だ・・・・という議論が始まった。
 電力会社やそれを支援する一部全国紙のキャンペーンだ。
 その言い分は、まことに自分勝手で見苦しい。

 (2)電力会社は、経産省を使いながら毎夏恒例の「電力不足」キャンペーンを必死になって展開している。原発再稼働を認めないと、電力不足でとんでもないことになるぞ・・・・という脅しだ。
 原発の必要性をアピールして再稼働につなげる。もしそれが遅れた場合でも、料金値上げの口実に使う・・・・という作戦だ。

 (3)しかし、原発が動かなくて電力会社の経営が苦しくなると値上げする・・・・という理屈が、なぜ成り立つのか。
 電力会社は、原発が動かないのは天災のような不可抗力だと考えているが、それはまったく間違いだ。
 世界中で原発の安全規制が年々厳しくなる中、日本だけがその規制強化を怠ってきた。そのサボタージュの推進役が電力会社だった。そのように、班目春樹・原子力安全委員会委員長(当時)が証言している。みんなで集まって、日本だけ規制強化の適用を逃れる方法を検討していた、というのだ。再稼働審査の「遅れ」の主因は、次のように、ひとえに電力会社の対応にある。
  (a)原子力安全・保安院は、中越沖地震後に全原発に免震棟の建設を指示したが、実行したのは東電の福島第一など、ごく一部の原発だけだった。やるべきことを、電力会社がいかに怠ってきたかがわかる。
  (b)今日電力会社が直面している安全規制の強化は、遅すぎたものだ。しかも、電力会社は基準の甘さを知りながら、対応を怠っていたのだ。
  (c)さらに、原子力規制委員会の「想定する地震の大きさを見直せ」という指示を、電力会社は談合して無視した。
 
 (4)ふた言めには、原発推進は国策だった、というが、強制ではない。
 6月の東電の電力料金は沖縄電力の料金を超えることになったが、沖縄電力は原発を保有していない。他の電力会社は、沖縄電力のように原発なしで進めばよかったが、建設コストが高い原発を作ったほうがより大きな利益が出るという総括原価方式の甘い蜜に釣られて、とんでもない間違いを犯したのだ。

 (5)すべて電力会社の責任だ。
  (a)原発を選んだのも、
  (b)安全対策を怠ったのも、
  (c)新たな基準への対応が遅れたのも、
すべて電力会社の責任だ。少なくとも消費者にその責任はない。
 それなのに、原発再稼働ができないことを理由に料金値上げを求めるのは筋違いもはなはだしい。
 北海道電力、九州電力、関西電力などが経営難に陥っているが、値上げによる救済ではなく、電力会社が自らの責任で対応すべきだ。

 (6)(5)は何を意味するか。破綻処理だ。
 破綻処理により、経営者の責任が問われる。多くの場合、クビだ。
 株は紙切れ。株主責任だ。
 銀行の債権も大幅カット。貸手責任だ。
 電力会社は身軽になり、一気に再生する。
 被災者への賠償責任の問題もないから、東電のような難しさはない。
 電力会社の場合、地域独占のおかげで顧客は逃げないから、最も再生しやすい。ANAと競争するJALより容易だ。むろん、破綻処理しても電力が止まる心配はない。

 (7)米国では、ごく普通に大手電力会社が破綻処理される。4月も、エナジー・フューチャー・ホールディングス(テキサス州)が負債4兆円を抱えて米連邦破産裁判所に破産法第11条の申し立てを行った。
 電力破綻の引き金は経産省に引いてもらおう。料金値上げを認めなければ破綻につながる。経産省は、電力会社と癒着し、福島の人々や国民に迷惑をかけてきた。一度くらい国民のための政策を実施してもらいたい。

□古賀茂明「電力会社「値上げ救済」の愚 ~官々愕々第109回~」(「週刊現代」2014年5月31日号)
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 【参考】
【古賀茂明】竹富町「教科書問題」の本質 ~原発推進教科書~
【古賀茂明】安部総理の「11本の矢」 ~戦争国家への道~
【古賀茂明】理研は利権 ~文科官僚~
【古賀茂明】「武器・原発・外国人」が成長戦略 ~アベノミクスの今~
【古賀茂明】マイナンバーを政治資金の監視に ~渡辺・猪瀬問題~
【古賀茂明】東電を絶対に潰さずに銀行を守る ~新再建計画~
【古賀茂明】「避難計画」なき原発再稼働
【古賀茂明】「建設バブル」の本当の問題 ~公共事業中毒の悪循環経済~  
【古賀茂明】安倍政権の戦争準備 ~恐怖の3点セット~
【原発】【古賀茂明】利権構造が完全復活 ~東日本大震災3年~
【古賀茂明】アベノミクスの限界 ~笑いの止まらない経産省~
【古賀茂明】労働者派遣法改正前にすべきこと
【古賀茂明】時代遅れな、あまりにも時代遅れな ~安部政権のエネルギー戦略~
【古賀茂明】森元首相の二枚舌 ~オリンピックの政治的利用~
【古賀茂明】若者を虜にする「安部の詐術」 ~脱出の道は一つ~
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【ブラック企業】対策プロジェクトが成功した要因 ~社会運動と言説~

2014年05月23日 | 社会
 (1)以下、社会運動が言説を構築した一例として「ブラック企業対策プロジェクト」の実践例を報告する。
 プロジェクトが発足したのは、2013年9月。目的は2つあった。
  (a)「現場の事実」の発信が個々バラバラに行われている状況を克服し、さまざまな労組、NPO、弁護士が持つ被害の実例を共有・発信することで効果的な社会への訴えかけを行う。
  (b)こうした「現場の事実」に基づいて、さまざまな立場の人々を「反ブラック企業」の中で結びつけていく。

 (2)プロジェクト発足当時から、教育、福祉、行政、人事の関係者が参加した。
 当初から問題になったのが、ブラック企業をどう定義するか、であった。特定の違法行為を行っている企業と説明すべきではないか、などの意見もあったが、最終的には既述の「使い潰し」を軸にした定義にまとめられた。それが運動の広がりにつながる、と皆で考えたのだ。
  (a)教育・・・・「使い潰し」が焦点になることで、「ブラック企業」は教育者にとっても無関心ではいられない問題となった。今までの前提(「企業で頑張れば報いられる」)を見直す必要、卒業生を支えるための情報ネットワークの構築が求められていることが、クローズアップされるからだ。もし、ブラック企業が違法行為の問題として提起されたならば、その対応は弁護士や労組の仕事だと見なされただろう。
  (b)福祉・・・・この定義によって、福祉関係者には、ブラック企業は貧困へ陥る元凶として把握されるようになった。働いていた人が鬱病になり、貧困状態に陥り、生活保護申請を支援するNPOの相談窓口に来る。こうしたことは以前からたびたび話題に上がっていたが、ブラック企業批判の言説を媒介にして、労働運動の課題と明確に結びつくことになる。
  (c)人事関係者・・・・人材の使い潰しに反対することは利害にかなっている上、人材を育成する企業が社会的に評価されることで、人材が集まるように政策提言を共同して行うことは有益なのだ。

 (3)プロジェクトは、「ブラック企業」の再定義を媒介として、「事実→各分野での問題提起」というつながりを作りだしていった。
 こうした多様なアクターによって「ブラック企業対策」の政策提言が行われることで、この問題は広範な人々の関心を集めることに成功した。
 <例>上西充子・法政大学キャリアデザイン学部准教授/法政大学大学院経営学研究科キャリアデザイン学専攻准教授が、教育者の立場から人材を使い潰すブラック企業の見分け方や問題点について新聞等に頻繁に発信し始めたことで、ブラック企業の問題は「教育問題」としても注目を集めるようになった。
 上西准教授の活動の結果、多くの大学・高校関係者がプロジェクトに参加するようになり、労働法教育実践、進路指導問題、卒業後のケアに取り組む新しいネットワークが急速に形成されるつつある。

 (4)大きな収穫があった。プロジェクトを通じて、これまで社会運動とは関わりのなかった人たちと、共に取り組むことができるようになった。
 このネットワークを拡大させるためのさまざまな「しかけ」を考案している。
  (a)無料PDF戦略・・・・プロジェクトは、分野ごとにユニットを作り、定期的に会議を開いている。教育ユニットでは、すでに「ブラック企業の見分け方」や「募集要項の読み方」という文書を作成し、このPDFファイルを無料でダウンロードできるようにしている。これは多くのメディアに取り上げられた。
  (b)このPDFファイルは、教育学者、人事コンサルタント、弁護士ら専門家によって作成された。高いクオリティが確保されている。今後も、「内定後トラブルの対処法」「ケースワーカーのための鬱病労災対応法(仮称)」などを作成する予定だ。
  (c)このPDFファイルの活用法を講習するセミナーを各地で開催し、現場の学校教員、福祉関係者、行政マンらと交流し、連携体制の構築を図っている。「PDFファイをめる課題として提示し、その取り組みを通じて結びつく。社会運動においては、「原発反対」「改憲反対」など多様な要求があるが、それらすべてで一致しなくとも、より多くの人が参加し、取り組める課題設定をすることこそ必要なのだ。「トータルな批判」ではなく、具体的に結びつき、取り組めるシングルイシューを軸とした取り組みの構築だ。

 (5)大内裕和・中京大学国際教養学部教授は、学生のアルバイトを「ブラックバイト」として問題提起している。大内教授はブラック企業対策プロジェクトに参加し、共にこの問題に対する取り組みを始めた。
 ブラック企業問題とブラックバイト問題を統合する定義のありかたを見出すことができる。
 大内教授によれば、授業中に呼び出されて教室を去る学生、ゼミ中ですらアルバイト先からの命令で退室する学生が急増している。授業に出ることができないほど過剰なコミットメントが求められるところに、この問題の本質がある。ブラックバイトは、違法なバイトだから問題なのではない。
 ブラックバイト問題は、まさに若者を使い潰し、社会の人材を枯渇させる「ブラック企業」と同質の社会問題として捉えることができる。
 だからこそ、学生のみならず、その両親、行政、教育者、財界をも巻き込んだ「反ブラックバイト」の敵対性を構築することができる。
 無料PDF「ブラックバイトとの争い方(仮称)」を作成し、各地の学校の教師、当事者たる学生等に普及すると同時に、弁護士、労組関係者と共に「使い方」のセミナーを行い、その過程で新たな協力のネットワーク構築を図る。
 このように、また新しい連鎖が生じる。ブラック企業問題という言説を軸にした運動の連鎖は、これからもまだ拡大していくだろう。

 (6)ブラック企業問題が盛り上がっているのは、本質的には、それだけ若者の労働環境が過酷になっているからだろう。
 しかし、その実情を変革できるかどうかは、社会運動が、この現実をどのように言説化できるかにかかっている。

□今野晴貴「ブラック企業はなぜ社会問題化したか ~社会運動と言説~」(「世界」2014年6月号)
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 【参考】
【ブラック企業】連帯の極小サイクル ~社会の底でせめぎ合う情念~
【ブラック企業】の定義は社会運動がつくりあげた ~言説~
【【ブラック企業】が社会問題として認知されるまで ~社会運動~
【ブラック企業】赤字49億円! 「瀬死」のワタミから人もカネも消えた
【ブラック企業】奨学金という貧困ビジネス ~学生の苦難(3)~
【ブラック企業】全身就活 ~学生の苦難(2)~
【ブラック企業】ブラックバイト ~学生の苦難(1)~
【ブラック企業】激変する若年労働者市場 ~労使間の話し合いが不可欠 ~
【ブラック企業】調査対象の8割で違法行為 ~厚労省初「ブラック企調査」~
【ブラック企業】対策講座 ~騙されないための心得~
【ブラック企業】対策講座 ~就活~
【社会】ブラック企業大賞2013 ~ワタミフードサービス~
【社会】「ブラック企業」への反撃 ~被害対策弁護団が発足~
【社会】「ワタミ」の偽装請負 ~渡辺美樹・前会長/参議院議員~
【社会】学校もこんなにブラック ~公教育の劣化~
【社会】私学に広がる教員派遣と偽装請負
【社会】私学に広がる教員派遣と偽装請負・その後 ~裁判~
【本】ブラック企業 ~日本を食いつぶす妖怪~
【本】ブラック企業の実態
【社会】若者を食い潰すブラック企業 ~傾向と対策~
【本】ブラック企業の「辞めさせる技術」 ~違法すれすれ~
【心理】組織の論理とアイヒマン実験 ~ブラック企業の心理学~
【社会】第二回ブラック企業大賞候補 ~7社1法人~
【社会】ブラック企業における過労死、ずさんな労務管理 ~ワタミ~
【社会】ブラック企業の見抜き方 ~その特徴と実例~

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【ブラック企業】連帯の極小サイクル ~社会の底でせめぎ合う情念~

2014年05月22日 | 社会
 (1)言説としてのブラック企業問題は、人々の情動に訴えかけた。ゆえに、新しい政治関係(社会の中での敵対関係)を作り出した。
 この事実は、社会運動を考察する上で極めて重要だ。なぜなら、ブラック企業をめぐる議論にも見られるように、政治に対する最近の評論、あるいは実践に対する多くの議論は、この視点を欠落させているからだ。
  (a)「情報さえ行き渡れば、ブラック企業に入る若者はいなくなる。こうしてブラック企業問題は解決する」・・・・こんな紋切り型の意見がある。しかし、いくら合理的な選択を声高に求めたところで、職場内や社会の中での権力関係は変化していない。それどころか、労働時間は延び続け、パワーハラスメントは蔓延し、過労死、過労自殺は増え続ける一方なのだ。
  (b)「若者に違法だということを教えればよい」とか、「悲惨な事実を告発しよう」という主張も根強い。しかし、この場合にも、ただ事実や違法状態を指摘するだけでは社会の権力関係を変容させることはできない。情動の形成に失敗すれば、逆の社会勢力が形成されることもある。
 <例>若者の雇用劣化は、「解雇規制のせいで上の世代がよい仕事を独占していることの結果だ」とする言説がある。事実誤認に基づくこの言説は、強烈に若者の情動をかき立てている。 

 (2)(1)のように、単なる合理的な討論の成熟が漸次社会を良くする、ということはない。
 他方、悲惨な現状の告発や批判行為も、それだけでは必ずしも社会を変革するわけではない。それどころか、正しいはずの主張が、かえって運動を衰退させることがある。
 <例>ブラック企業問題に取り組む運動体が、同時に消費増税、改憲、原発に対する批判を行ったらどうなるか。ブラック企業の「使い潰し」の問題がぼやけ、人々の情動は喚起されない。それどころか、多様な課題のすべてで考えを一致できる人以外とは、この問題に取り組むことができなくなってしまう。主張の種類が増えれば増えるほど連帯を縮小させていく。文脈を無視した「正しい主張」の積み重ねは、いわば「連帯の極小化回路(サイクル)ともなりなねない。このように、文脈から切り離された「正しい主張」を繰り返しても社会は決して変わらない。
 
 (3)「ラディカル・デモクラシー」の提唱者の一人、シャンタル・ムフは、(2)の点について批判していう。
 <昨今の民主主義政治の理論は、利害の合理的計算(利益集約モデル)あるいは道徳的な討議(討議モデル)に依拠するので、「情念」の役割を、政治の領域で作動する主要な力の一つとして認識できず、情念のさまざまな表出に面と向かうならお手上げになる>
 的を得た指摘だ。
 <例>道徳的な批判を重ねたところで、解雇規制緩和を求める情動が動員されてしまえば、「お手上げ」だ。ただ批判を強めても、「特権者の論理」と見なされ、余計な反発を招くばかりだ。

 (4)人間は、現実の社会構造に規定される一方、「集合的な同一化によって動員される情動的次元」を有するのであり、利害関係や理性のみに従っているわけではない。【ムフ】
 この「集団的同一化(アイデンティティ)」を生み出すものは、「敵」「味方」という敵対関係だ。
 あるアイデンティティの構築は、何らかのアイデンティティの否定として成立する。
 <例>愛国心。事実としての経済的一体性や利害関係から直接にナショナル・アイデンティティが形成されるのではない。まさしく他者の否定=「○○人ではない」という関係から生じている。
 だから、アイデンティティは事実に固定的に対応するものではない。常に可変的なものだ。
 これらのアイデンティティは、敵対性に直面した時、「等価性の連鎖」を生み出す。つまり、「対立する要素や価値を排除するような、要素や価値のあいだでの等価性を基礎にして社会的アイデンティティが構築される」。

 (5)人々の多様な、揺れ動くアイデンティティに等価性の連鎖を生み出し、政治的権力関係を構築するものこそが、言説だ。言説は、社会の中の敵対関係を表現し、人々のアイデンティティを構築する。どのように言説が設定されるかによって、政治的な地勢図が決定づけられるわけだ。
 この言説自体は、つねに揺れ動く「空虚なシニフィアン」にすぎない。それは、「反ブラック企業」や「反貧困」にもなり得るし、「反規制」や「既得権批判」にもなり得る。だからこそ、言説は社会運動実践の地平にある。

 (6)「既得権」批判の言説は、人々を「既得権者」への敵対者にまとめあげるだろう。
 その結果、規制緩和が実施され、職場内の不均等な権力関係は強化されて、若者の過労死に対する企業の責任を免罪される。
 他方、「若者の使い潰し」と再定義した上での「反ブラック企業」という言説は、多くの人々を不当な労働への敵対者に再編する。
 こうした敵対性の再編は、社会の権力関係を変化させることで、現実の変革を成し遂げる。
 <例>残業代不払いは違法である、といくら主張しても社会の権力関係が変わらなければ、大多数の違法企業は従わない。だが、「反ブラック企業」という敵対関係に社会が編成されるならば、「支払わせる権力関係」が構築されるのだ。

□今野晴貴「ブラック企業はなぜ社会問題化したか ~社会運動と言説~」(「世界」2014年6月号)
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 【参考】
【ブラック企業】の定義は社会運動がつくりあげた ~言説~
【【ブラック企業】が社会問題として認知されるまで ~社会運動~
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【ブラック企業】の定義は社会運動がつくりあげた ~言説~

2014年05月21日 | 社会
 (1)「ブラック企業」という言葉は、劣悪な労働条件で働くIT企業の労働者が、インターネットに書き込んだところから広がった。
 しかし、彼ら自身が「ブラック企業」という言葉に明確な定義を与えたわけではない。その時点の言説は、抽象的なスラング(悪口)に過ぎなかった。
 それでも、小説や映画などに取り上げられて、広がっていった。

 (2)定義が曖昧なまま、この言葉が世の中に受け入れられていった背景には、正社員に対する労務管理の変化があった。
 事実、震源地となったIT企業は、従来から「新しい働き方」が取りざたされてきた業界だ。正社員雇用でありながら、「日本型雇用」や従来型の労務管理とは異なる働き方が広がっていた。特に、「35歳定年」という言葉がIT業界で流布していた事実は象徴的だ。

 (3)その後、「ブラック企業」は就職活動を行う学生の間で広がった。
 IT業界だけではなく、外食や小売りなどで急成長した新興企業では離職率が高く、「使い潰し」が日常的に行われていたからだ。「ブラック企業」という言葉が、その内容をはっきり定義される以前から、現実に問題は存在していた。
 しかも、その現実に生じていた問題は、2つの意味で広がりと深刻さを持っていた。
  (a)ブラック企業は、医療費の増大、税収減、家族の負担増、少子化など莫大な外部不経済を生み出す。この外部不経済は社会のあらゆる層に影響する。
  (b)ブラック企業問題は、主として大卒正社員の問題であるため、従来の労働問題以上に深刻な階層統合の危機をもたらした。

 (4)(3)-(b)は、これまで若者の労働問題の中心を占めてきた非正規雇用問題と比較するとわかりやすい。
  (a)労働政策において、非正規雇用労働者は、主婦(女性)、出稼ぎ(農家)、学生などの労働者が主な担い手なので、「中心的労働」とは区別された。これらの労働者が低賃金・不安定雇用であったとしても社会的な動揺は少ない、と考えられた。同時に、これらの労働者は長期雇用慣行を適用し、長期的な育成の対象とする必要がない労働者層である、とされた(「雇用の調整弁」と呼ばれてきた)。
  (b)ブラック企業の労働者は、大卒だ。彼らは産業の長期的な担い手として期待され、高等教育を受けた者たちだ。これらの労働者が「使い潰し」の対象となれば、「中心部」の労働世界が動揺し、ひいては産業社会の根幹を揺るがす事態を招く。だから、ブラック企業は、社会全体の問題となり得る本来的な潜在力を持っていた。かくて、政府の対策を引き出すに至った。

 (5)(4)のような潜在的条件があったとしても、自然発生的に社会問題化するわけではない。
 当初は、「若者の甘えだ」とか、「パワハラは受け止め方次第」とか、「新型鬱(仮病!)」などよ揶揄されていた。
 また、ブラック企業が企業側の問題であると告発されていたとしても、それが「違法行為の問題」と言説化されている間は、多くの人々の関心を呼ばなかった。

 (6)ある一つの「事実」は、直接には政治的言語に反映されない。必ず何かの問いの立て方を媒介しなければならない。そうした言説は多様で、常に揺れ動く、偶発的な地平にある。だからこそ、「実践的介入」の余地が無数にあるのだ。
 その好例は、2000年代の非正規雇用問題だ。
  (a)当時も雇用構造が激変していた。1990年代前半には10%に満たなかった若者の非正規雇用率が、たかだか10年足らずのうちに3割を超えるほど激増していった。だのに、その現象は「若者の劣化」や「人間力不足」としてしか理解されていなかった。
  (b)若者の不安定就業者は、「フリーター」という言葉に置き換えられた。彼らには「自由・気ままに働く心理的傾向」という属性が付与された。
  (c)若年失業者は、「働く意思のない堕落した人間」であるという属性が付与された「ニート」という言説で説明された。
 (a)~(c)の言説の下では、若者たちは「自分が悪い」、「自分は劣っている」というアイデンティティを持たざるを得ない。
 親、教育者、行政は、彼らに対して支配・統制する立場を内面化するだろう。
 多くの労働組合さえ、非正規・失業者を排除、敵視する側に回っていた。
 「堕落した若者」に敵対する情動が人々をとらえ、彼らに敵対する社会的勢力が形成された結果だ。

 (7)2000年代中盤、「ワーキングプア」「反貧困」という言葉が生み出された。非正規・失業の問題は、貧困の問題に置き換えられていった。
 フリーターは、格差社会の被害者となった。
 教師や行政は彼らを助けるべき存在となった。
 反貧困という言説の下に結びつき、政治的な勢力となっていった。
 言説が人々の情動に基づく敵対関係を変容させたのだ。
 
 (8)(6)および(7)のように、同じ事実であっても、言説化のされ方によって、人々の関係やアイデンティティの構成は大きく変わる。人々の情動に訴えかける言説への実践的介入が、新たな敵対性を構築し、現実の人間相互の関係や社会のあり方そのものをも変質させていくことができる。
 事実、非正規雇用問題において「反貧困」という言葉を作り出したのは、多くの個人加盟労働組合、貧困・労働問題に取り組むNPO、弁護士らの社会運動だった。
 「ブラック企業」もまさに、このような意味での言説なのだ。
 この言葉が企業による若者の使い潰しという問題として再定義されることで、多くの人々のアイデンティティが変容し、結びつき、「反ブラック企業」の社会的勢力を作りだしたのだ。

□今野晴貴「ブラック企業はなぜ社会問題化したか ~社会運動と言説~」(「世界」2014年6月号)
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【本】ブラック企業の実態
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【ブラック企業】が社会問題として認知されるまで ~社会運動~

2014年05月20日 | 社会
 (1)ブラック企業問題は、参議院選挙の争点の一つとなった。
 2013年8月、政府の対策が打ち出された。
 同年12月、2013年度流行語大賞のトップ10に挙げられた。
 社会運動が、ブラック企業問題を社会問題として認知させたのだ。

 (2)企業が違法行為を行っても、珍しくはない。残業代不払い企業は「違法企業」だが、それだけではブラック企業ではない。
 ブラック企業が社会問題として認知されていく過程では、その定義が重要なカギを握っていた。
 今では、ブラック企業とは「若者を使い潰す企業」であることが共通認識になっている。ブラック企業は、「正社員」として若者を大量に採用し、過酷な労働や選別のための解雇(パワーハラスメントやいじめが行われる)を行う結果、大量離職を引き起こす。その過程で多くの若者が鬱病になり、ひどい場合は過労死や自殺にまで追いやられる。
  (a)この「大量採用→大量使い潰し→大量離職」の過程で、働くことができなくなった若者が膨大に生み出される。
  (b)その結果、税収や社会保障を圧迫し、さらには少子化の要因ともなる。
  (c)若者が鬱病に罹患すると、その後の生活を支えなければならない両親にとっても深刻な問題となる。
  (d)職場に送り出す学校の教師や、社会保障・福祉・医療に関わる人に対しても、深刻な問いを投げかける。
  (e)さらに、人材の使い潰しは人材の枯渇を招くから、経済界にとっても無視できない問題である。
 要するに、ブラック企業による若者の使い潰しは、日本の将来を危機にさらす。同時に、およそほとんどの人々を関係当事者とする。
 「ブラック企業」の含意が再定義されることで、この言葉は初めて社会的な広がりを獲得した。
 
 (3)「ブラック企業」の定義はどれぐらい普及したか。その象徴的な例の一つは、厚生労働省によるブラック企業対策の結果報告発表だ。
 2013年8月、厚労省は「若者の『使い捨て』が疑われる企業」への集中臨検を行った。
 これを踏まえて厚労省がたてた対策は、離職率の高い企業に着目し、長時間労働やパワーハラスメントへの対応を集中的に行う、というものだった。ブラック企業を的確にとらえている。
 田村厚労大臣は、記者会見で述べた。われわれも若者の活躍推進を掲げていて、問題を野放しにしておいたら、再興戦略どころか、日本の国の将来はない、云々。
 厚労省が調査し、対策を実施した結果、12月にはブラック企業の「違反・問題等の主な事例」が示された。国がブラック企業の中身を若者の「使い潰し」であると定義し、実際に取り締まることを通じて社会にブラック企業の定義を定着させた。
 <事例>社員の7割に及ぶ係長職以上を管理監督者として取り扱い、割増賃金を支払っていなかった。

 (4)「ブラック企業」の定義普及の象徴的なもう一つの例。
 (3)の厚労省の対策公表の翌日、朝日新聞の社説でもこの定義は踏襲された。社説「ブラック企業--根絶のために行動を」は次のように指摘した。ブラック企業は<体力と気力のあるうちは徹底的に働かせ、心身をこわしたりして「能力不足」と判断したら、退職に追い込む。まさに使い捨てだ>。
 それまで多くのメディア関係者は「ブラック企業は定義があいまいで、報道に適さない」と言っていた。朝日新聞社説は、この問題がメディアにとっても「よくわからないもの」から、積極的に報道すべき社会問題に変わったことを示す一例となった。
 国やメディアのこうした動きを受けて、各地方自治体でも急速にブラック企業対策の動きが広がっている。

 (5)ブラック企業問題は、漠然とした出発点(「違法な企業」)から、社会問題としての「定義」が与えられたことによって、国・自治体が具体的な政策を打ち出すところまで展開した。
 こうした社会問題化は、放っておいてもそうなったわけではない。社会運動が積極的にこの定義を普及してきたからなのだ。
 ブラック企業対策弁護団(ブラック企業の被害者の権利行使を支援する)の設立趣意文は、ブラック企業を次のように定義する。
 ブラック企業は、<狭義には「新興産業において、若者を大量に採用し、過重労働・違法労働によって使い潰し、次々と離職に追い込む成長大企業」であると定義できます。/広義にとらえると、「違法な労働を強い、労働者の心身を危険にさらす企業」であると定義できます>
 2013年9月、上記弁護団、NPO、労組および大学教員らが共同して「ブラック企業対策プロジェクト」を発足させた。このプロジェクトでも同様に定義している。
 厚労省の対策と同時期に発足したが、これらの運動団体は、従前からブラック企業の被害者を支援してきた弁護士、NPOおよび労組が主体となって作られた。これら運動家たちの取り組みなくして、決してブラック企業の「定義」が社会一般に普及することはなかった。

□今野晴貴「ブラック企業はなぜ社会問題化したか ~社会運動と言説~」(「世界」2014年6月号)
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 【参考】
【ブラック企業】赤字49億円! 「瀬死」のワタミから人もカネも消えた
【ブラック企業】奨学金という貧困ビジネス ~学生の苦難(3)~
【ブラック企業】全身就活 ~学生の苦難(2)~
【ブラック企業】ブラックバイト ~学生の苦難(1)~
【ブラック企業】激変する若年労働者市場 ~労使間の話し合いが不可欠 ~
【ブラック企業】調査対象の8割で違法行為 ~厚労省初「ブラック企調査」~
【ブラック企業】対策講座 ~騙されないための心得~
【ブラック企業】対策講座 ~就活~
【社会】ブラック企業大賞2013 ~ワタミフードサービス~
【社会】「ブラック企業」への反撃 ~被害対策弁護団が発足~
【社会】「ワタミ」の偽装請負 ~渡辺美樹・前会長/参議院議員~
【社会】学校もこんなにブラック ~公教育の劣化~
【社会】私学に広がる教員派遣と偽装請負
【社会】私学に広がる教員派遣と偽装請負・その後 ~裁判~
【本】ブラック企業 ~日本を食いつぶす妖怪~
【本】ブラック企業の実態
【社会】若者を食い潰すブラック企業 ~傾向と対策~
【本】ブラック企業の「辞めさせる技術」 ~違法すれすれ~
【心理】組織の論理とアイヒマン実験 ~ブラック企業の心理学~
【社会】第二回ブラック企業大賞候補 ~7社1法人~
【社会】ブラック企業における過労死、ずさんな労務管理 ~ワタミ~
【社会】ブラック企業の見抜き方 ~その特徴と実例~
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【ブラック企業】赤字49億円! 「瀬死」のワタミから人もカネも消えた

2014年05月19日 | 社会
 (1)ワタミは、創業以来、人件費を極限まで抑え、商品を安く提供するデフレビジネスの手法でのし上がってきた。しかし、経済状況の変化で、これまでのやり方が通用しなくなった。今回の赤字は、それが如実に反映された結果だと言える。【鈴木孝之・流通評論家】

 (2)ワタミ・グループがピンチだ。2014年5月2日、ワタミは3月期の利益を示す連結最終損益で、東証上場(1998年)以来初の赤字49億円を計上したことを発表した。
 これに先立つ3月27日、同社は居酒屋チェーン「和民」などの不採算店60店舗を今年度中に閉鎖することを発表したばかりだった。
 今回の赤字報告は、チェーン店閉鎖に伴う特別損失、既存店の客数低下による10年ぶりの売上高下落(前年比7%減)が主な要因だった。

 (3)(2)の赤字発表を受けても、「なぜ危機に出会ったのかを徹底的に分析する」と、あくまで強気の姿勢を崩さないのが創業者の渡邊美樹・元会長だ。  
 しかし、すでにワタミは「瀬死状態」に陥っている、という見方も少なくない。
 アルバイトの給与が上昇傾向にある中で、飲食店の人気は下り坂だ。その上、ワタミは2008年に神奈川県で起きた社員の過労死自殺問題など、労働環境の劣悪さが取り沙汰され、敬遠されている。チェーン店の閉鎖は、それも一因だ。ワタミの企業イメージが悪化するにつれ、客数も減少の一途を辿っている。哀れな従業員を犠牲にしつつ呑みたい、と思う人はいない。【鈴木評論家】

 (4)ワタミが抱える人手不足は、深刻化している。
 同社は、今年度、正社員として240人の採用枠を設けた。しかし、入社したのはその半数の120人だ。ワタミは、新卒社員すら満足に確保できていないのだ。

 (5)(4)の背景には、限界まで気力と体力をつぎ込んで仕事にあたるべきだ、という渡邊美樹の過激な姿勢が悪影響を及ぼしている可能性がある。
 一般に人手不足は、給与体系を改善し、人件費を上げることで解決する。しかし、ワタミは現時点で人件費を上げたらますます経営を圧迫してしまう。打つ手がない。【荻原博子・経済ジャーナリスト】

 (6)2013年の参議院選挙で政界進出を果たした渡邊美樹。
 自分が興した会社が危機を迎えている今、天下国家のことを考える余裕があるのか。

□記事「赤字49億円! 「瀬死」のワタミから人もカネも消えた」(「週刊現代」2014年5月24日号)
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 【参考】
【ブラック企業】奨学金という貧困ビジネス ~学生の苦難(3)~
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【ブラック企業】対策講座 ~騙されないための心得~
【ブラック企業】対策講座 ~就活~
【社会】ブラック企業大賞2013 ~ワタミフードサービス~
【社会】「ブラック企業」への反撃 ~被害対策弁護団が発足~
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【原発】函館市の大間原発建設差し止め訴訟 ~自治体初~

2014年05月18日 | 震災・原発事故
 (1)原発立地において「地元」の範囲はどこまでか。
 4月3日、北海道函館市は、電源開発(東京)による大間原発(青森県大間町)の建設差し止めを求め、国と事業者(電源開発)を提訴した【注】。

 (2)大間原発建設地から函館市まで最短23km、海上に遮蔽物はなく、晴れた日には函館市役所本庁舎から大間原発の工事現場から伸びる大型クレーンを肉眼で確認できるほどだ。
 大間原発の最大の特徴は、「フルMOX」仕様であることだ。原発の運転経験のない電源開発が、核分裂反応を制御しにくいとされるMOX燃料を全炉心で使うことを目指す世界初の商業炉を稼働させることに、原子力規制委員会委員からですら「経験のなさを心配している」と懸念する声が上がる。
 過酷事故が起これば、函館も甚大な被害を受けるだろう。函館は海に囲まれ、避難するには北上するしかない。だが、避難路として使える幹線道路は1本きりで、この道路も連休ごとに渋滞を繰り返す。函館市民27万人がすべて避難可能な、実効性ある避難計画を策定することは事実上不可能だ。
 福島第一原発事故後、大間原発は函館市民にとって生活の根幹を揺るがす脅威となった。

 (3)国は、防災重点区域を原発から半径8~10km圏(防災対策重点地域=EPZ)から同30km圏(緊急防護措置区域=UPZ)に拡大し、事故を前提とした原子力防災計画と避難計画の策定を義務づけた。
 だが、原発の建設や再稼働における同意・不同意の意思を表明する権限があるのは、福島第一原発事故以前に指定されたEPZ内にある「立地自治体」とその都道府県に限られる。
 函館市は、建設に同意していないし、説明会を開くよう要望しても受け入れられず、意見を言う場もない。何の情報も得られないのに、避難計画策定の義務は負わされる。リスクだけを押し付けられ、理不尽だ。UPZ内の周辺自治体にも同意・不同意の意思表明をする権限を与えるべきだ。【工藤寿樹・函館市長】

 (4)函館市が裁判で明らかにしたいのは、政府の原発政策のずさんさだ。原発の安全確保や事故が起きたときの責任の所在が国なのか、原子力規制委員会なのか、事業者なのか、現時点ではきわめて曖昧なままだ。次の(a)と(b)に見られるように、互いに責任逃れしている。
  (a)田中俊一・原子力規制委員会委員長・・・・原子力規制委員会の審査は、基本的に新規性基準に適合しているかのみ判断するとし、「絶対安全という意味で安全というなら、私どもは否定する」。【3月26日、定例会見】
  (b)管義偉・官房長官・・・・函館市の提訴を受け、「原子力規制委員会によって(大間原発の)安全性が確認された段階で、立地自治体などの関係者の理解を得るために、事業者が丁寧な説明を行うことはもちろん、国としてもしっかり安全性を説明したい」。【4月3日、記者会見】

 (5)工藤市長が「最終手段」だという司法の場での問題提起は、次の3点に絞られる。これは原発再稼働に揺れる全国の周辺自治体も同様に抱える問題で、代理人(河合弘之・弁護士)も、函館市に追随し、他の周辺自治体も訴訟を提起することに期待を込める。
  (a)避難計画を義務付けられる30km圏内に同意権を拡大すること。
  (b)建設や稼働にあたっては、実効性のある有効な避難計画の策定が可能か、事前に検証し、原子力規制委員会の新規性基準の適合審査のなかで避難計画についても審査すべきだ。避難が困難な地域には原発を建設すべきではない。
  (c)原子力規制委員会の新規性基準の適合審査をクリアするまでは、大間原発の建設を中断すべきだ。

 (6)自治体による提訴には、地方自治法によれば議会で出席議員の過半数の賛成による議決が必要だ。函館市による提訴承認を求める議決では、2人の退席者があったが、全会一致で可決した。工藤市町が、立場の異なる市議と2年半かけて議論を重ねた結果だ。
 函館市の提訴を、市民はおおむね支持する。特に観光と水産が主要業の函館では、風評被害によるダメージも大きい。
 函館市が訴訟費用に充てるための寄付を募ったところ、4月21日までに1,650万円集まった。
 水産業では実害も起こり得る。昨夏は海水温が上がり、特産のイカの不漁が続いた。原発稼働に伴い、温排水が海に放出されれば、さらに海水温が上がる。マグロはイカを追って津軽海峡に来る。イカの不漁はマグロの不漁にもつながる。全国区になった戸井マグロの水揚げの行方が懸念される。

 (7)係争中も原発の建設は進む。裁判が長期化すれば、判決より先に稼働する恐れもある。
 函館市の提訴に先立ち、2010年7月に国と電源開発を相手に函館地裁に提訴dした住民訴訟は、まだ終わりが見えない。民事裁判では原告に立証責任を重く課しているに加え、建設地周辺に活断層がある可能性について論証するなど、専門分野に深く入り込み、裁判を長引かせている。
 函館市もその点を危惧し、「行政手続きの不備を突くことが、自治体が提訴した意義につながる」と争点を絞ることに決めた。
 原発稼働が目前に迫るなど、切迫した状態になれば、建設差し止めを求める仮処分申請も視野に入れるというが、実効性は定かではない。
 初弁論は、7月初旬に開かれ、工藤市長も意見陳述する予定だ。

 【注】池澤夏樹「「(終わりと始まり)函館の憤怒・日本の不幸 原発、合理の枠から逸脱」」(朝日新聞デジタル 2014年5月13日)

□松嶋加奈「自治体初 函館市の大間原発建設差し止め訴訟」(「世界」2014年6月号)
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【航空】“勝ち組”ピーチが大失速 ~日本版LCCの正念場~

2014年05月17日 | 社会
 (1)あと20秒遅ければ墜落・・・・。
 折しも黄金週間に突入直後、格安航空(LCC)のピーチ・アビエーションが引き起こしたアクシデントだ。
 4月28日、那覇空港の滑走路から7km手前で、エアバスA320が海上75mまで急降下。対地接近警報装置の音に気づき、慌てて機首を持ち上げて難を逃れた。
 運航していたアルゼンチン人機長(45歳)いわく、「管制官から降下指示があったと勘違いした」
 このお粗末さに航空業界は唖然とし、国土交通省から重大インシデントと指定されたピーチは、信頼回復に大わらわだ。

 (2)事は、それだけでは済まない。ピーチ、ジェットスター・ジャパン、エアアジア・ジャパン(現・バニラ・エア)の3社で始まった日本版LCC。他の2社が苦戦する中、唯一の勝ち組と呼ばれてきたピーチの異変は、LCC全体の問題でもある。
 今回の重大アクシデントの前に、ピーチは減便、欠航を発表していた。機長の病気や怪我を理由に、夏場に予定していた増便計画を撤回した上、この先5~10月で全体の16%にあたる2,088便減らす、という(4月30日に「最大2,072便」と変更)。パイロット不足と言われて久しい航空業界にとって、ピーチの失速は他人事ではない。

 (3)LCC業界に限らない。航空業界全体がパイロット、客室乗務員(CA)、整備士といった運航人員の不足に頭を抱えている。
 原因は、近年のアジアにおけるLCC各社の急成長だ。新たな客を発掘してきたLCCは、すでに欧米の航空シェアの3割を占める。アジアもそれに近づきつつあり、機材の需要が急激に高まった。
 その分、運航人員の確保が難しくなっているわけだ。
 ピーチの場合、経営破綻した日本航空(JAL)のパイロットやCAの受け皿となった。3機でスタートを切ったから、最初は順調だった。しかし、今は12機に増え、パイロット不足が発生しているのだ。

 (4)整備士不足で運航トラブルを頻発してきたのが、ジェットスターJ(豪州カンタスグループ)だ。ここにJALも出資しているのだが、JALにはジェットスターJが使うエアバスA320がない。整備士問題は、今も深刻だ。
 ここはピーチとは逆に、増便を発表。国内76便から、最大94便に増やす、とホームページで謳っている。なぜか。
 <ジェットスターJは2012年の就航以来、2年で24機のA320を調達し、便を増やすと計画してきた。実際、昨年には18機まで増え、機材の調達そのものは順調でした。ところが、そこに運航人員が追い付いていかないため、機材が余って困っていました。あげく飛行機を拠点の成田空港に駐機したままになったり、他社へリースしたりして凌いできたようです。が、コストはかかる。赤字が膨らむばかりですから、増便して機材の稼働率を上げようとしているわけです」【航空関係者】

 (5)LCCは、ギリギリまでコストを削減しなければ、格安運賃を実現できない。なかでも機材の稼働率は大きな要素だ。ただでさえ就航以来赤字続きのジェットスターJが、これでは黒字転換などほど遠い。
 おまけに、残るバニラ・エアにいたっては、マレーシアのエアアジアが撤退し、全日空のてこ入れで出直したばかり。まだよちよち歩きだ。
 本来、まだ日本に根付いていないLCCは、成長産業であり、期待できる業界だ。
 にも拘わらず、この体たらくなのだ。
 で、そんな低迷を尻目に、中国の春秋航空日本が、日本へ就航。
 撤退したはずのマレーシアのエアアジアも再び進出する、と表明した。
 トニー・フェルナンデス・エアアジアCEOは、中部国際空港や地方空港などを拠点に、「日本をシンガポールの赤で染める」と、相変わらず意気軒昂だ。
 日本のLCCは、太刀打ちできるか。

□森功「“勝ち組”ピーチが大失速 数少ない「成長産業」 日本版LCCの正念場 ~ジャーナリストの目第205回~」(「週刊現代」2014年5月10.17日号)
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【航空】パイロット不足危機の構造 ~ピーチの大量欠航~
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