語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】を経営者はとにかく読め 教養なしにビジネスは勝ち抜けない

2014年06月30日 | 心理
 (1)野田文夫「経営者はとにかく本を読め」は、とても興味深い。
  (a)電力会社の会長は教養人である。一見、浮き世離れした古典、純文学、哲学書をたっぷり読む時間がある。たとえ、その会社が経営破綻し、国が直轄することとなった東京電力であろうとも。
  (b)なんでもかんでもビジネスに活かすロジックが興味深い。牽強付会な気配もないではないが、実際にビジネスの役に立っていれば、ビジネスマンにとってはちっとも差し支えないわけだ。

 (2)『史記』など中国の古典を列挙したうえで野田は、「教養とは仁である」と要約する。人に対する思いやり。男性や女性、外国人、異業種の人など、自分と違う相手に対応する能力のことだ。相手に対する敬意や思いやりこそ仁であり、教養だ・・・・。
 中国の古典の神髄は3つある(と守屋洋の見解を野田は紹介する)。教養を備えようと思えば、この3つが欠かせない。
  (a)「修己治人」・・・・学問を修めて己の徳を積むことで、人を感化する。
  (b)「経世済民」・・・・世の中を治めて民を救う。「経済」という用語の元。
  (c)「応対辞令」・・・・人に応対するときは自分の言葉で話し、礼儀を仁の思いで行う。

 (3)今年4月、困難を承知で東電会長を引き受けたのは、『論語』の言葉に背中を押されたからだ。
 <之を用うれば則ち行い、之を舍(す)つれば則ち蔵(かく)る>・・・・出るべき時と退くべき時を自ら知り、裸の王様や老害になることなく、出処進退に潔くあれ、ということだ。野田は60歳頃から常にこのことを心がけてきた。
 国家とこの会社が野田を必要だというのなら、やらざるを得ない。<義を見て為さざるは、勇なきなり>
 そして、<君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る>。今は世界中が利に走りすぎている。国家も企業も個人も、そればかりでは長続きしないのではないか。
 かくのごとく『論語』には、人間が生きていく上で自分を律する心得が書かれている。しかも、2,500年前の内容が、現代の人間関係やビジネスにおいても見事に当てはまる。<巧言令色鮮なし、仁>と端的に言い切りが、人間は昔も今も変わっていない。
 
 (4)『論語』は孔子と弟子との対話集だ。企業が良くなるには、①ダイアローグ(対話)、②ディスカッション(議論)、③ディベート(討論)の3つが大切だ。
 この3つは、孔子だけでなく、ソクラテスもプラトンも緒方洪庵の適塾でえも松下村塾でも、昔から一流の先人たちがやってきた。①~③をきっちりやると、モチベーションが飛躍的に上がり、知識も増える。ひいてはビジネスの現場にも生きてくる。

 (5)西洋の歴史書は出来事を編年体で記述してあるが、中国では歴史書も人間が主役だ。その原形が『史記』で、列伝が中心になっている。『十八史略』も、人間の感情や行動が分かるように歴代王朝の興亡を綴った歴史書だ。どちらも人間学の基礎そのものだ。自分の立場や年齢によって感じ方や解釈が変わってきて、読み直すたびに新鮮さを感じる。
 儒教には「君子は六芸に達すべし」という言葉がある。礼(礼節)、楽(音楽)、射(弓術)、御(馬車を御する技術)、書(歴史と文学)、数(数学)。数学は経済にも科学技術にも通じる。「数」を知らずして古代でもトップに立てるわけがない。理系だ文系だと分けたがるのは20世紀になってからの話だ。
 
 (6)企業人としては、福澤諭吉、内村鑑三、新渡戸稲造らの作品に大きな影響を受けた。3人とも若い頃、大変な貧乏を経験し、人生とは何かを非常に悩みながら世界に通用する人物に育っていった。
  (a)『学問のすすめ』・・・・名高い「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」の後に続く言葉が重要だ。「しかし現実には、貧富の差や教養の差がある。それについては、人を恨むな。生まれた時から、どれだけ学問をしたかによって違ってくるんだ。だから各問をせぇ」・・・・現代でも通用する言葉だ。
  (b)『代表的日本人』・・・・押し寄せる西洋文化の中で、日本人としていかに生きるべきかがテーマ。
  (c)『武士道』・・・・37歳で本署を書いた。博覧強記。専門分野を超えた教養の必要性が痛感された。身分に伴う義務「ノーブレス・オブリージュ」が武士道の神髄だと新渡戸は述べる。李登輝(元台湾総統)『「武士道」解題 ~ノーブレス・オブリージュとは~』を併読するとよい。
 
 (7)現代書では、
  (a)D・S・ランデス『富と覇権(パワー)の世界史「強国」論』・・・・21世紀のグローバル社会に日本が生き残るためのヒント。
  (b)鴇田正春『日本の変革「東洋史観」』・・・・十二支や二十四節気を始めとする東洋の宇宙観。昏迷の時代だから東洋の知恵に学べ。
  (c)木村剛『「会計戦略」の発想法 日本型ガバナンスのスタンダードを探る』・・・・企業会計の原点は、ローマ時代のキャラバンだ。まず隊長以下の隊員が儲けを取り、残り分を出資者が山分けした。1キャラバンが1会計だった。隊長の統率力、品物の目利きは誰か、といった条件を見ながら、無事に帰る確率や儲け額を予想して出資していた。

 (8)小さい時から本を読んできたが、原点は小中学生時代に読み耽った文学全集だ。平凡社の百科事典も「あ」から順番に読んでいった。
 今は、本を選ぶときはたいてい新聞広告を見てピックアップした上で、書店に行く。必ず週1回は行って、4、5冊は買う。毎日忙しいが、毎晩ベッドに入ってから2、3時間くらい読むのが至福の時だ。

□野田文夫(東京電力会長)「経営者はとにかく本を読め 古典、純文学、哲学書--教養なしにビジネスは勝ち抜けない」(「文藝春秋」2014年7月号)
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【シングル】少子高齢化時代を生き抜く「方丈記」の叡知

2014年06月29日 | 心理
 (1)国立社会保障・人口問題研究所が、今年4月、人口動態の将来推計を発表した。一人暮らしの増大を指摘し、これを悲劇的な状況と呼び、日本滅亡を予言する。
 現代日本人は、一人で生きる、一人で立つ、一人で暮らすことを否定的に捉えるばかりで、その本質的な価値を忘れ去ろうとしているようだ。
 人口がどんどん減少していけば、一人で生きる領域が空間的にも時間的にも広がる。そのとき、「一人で生きるとは何か?」という新しい哲学や倫理学が必要になる。人間の基本的な教養として、「一人」の意味と価値を考えるべきだ。

 (2)歴史を見ると、社会の危機や動乱の時代には「一人の人間のあり方とは何か?」が問われた。その問題を内面化し、血肉化し、ライフスタイルの上で実践した典型の一人が鴨長明だった。
 長明はこれまで「二流の知識人」「中途半端な世捨て人」と見られてきた節がある。かかる評価は間違いだ。一人で生き、一人の価値を追求した長明の人生を追うことによって、我が国における「一人で生きる」ことの内面的な意味をつかんだり、捉え直すことができる。
 そのことに日本人が気づいたのは、東日本大震災だった。『方丈記』の冒頭を読んだだけで、「ああ、我々には『方丈記』があった、と慰められた。『方丈記』が時間や空間を超えた広がりを持っていることに気づいた。
 長明を一人の世界観の表現者として捉えるならば、長明に先立つ西行、時代を下って芭蕉や良寛も同じ隠遁者の系譜として位置づけることができる。そこから日本の文化、思想の豊かな伝統に入っていける。それは尾崎放哉や種田山頭火に続く。

 (3)方丈庵があったところ(石碑「方丈石」が立つ)は、登るに難儀する山奥だが、かつて小さな渓流があった。<行く川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず>の文章は、観念的に見れば無常を表しているかもしれないが、一方では、水が流れていることの現実的な清潔感をも書いている。水のあの清涼感があって、困難な庵の生活を耐えることができた、と実感される。
 鴨長明は、隠退生活に入った後も、鎌倉まで旅し、源実朝・三代将軍に会って歌の問答をしている。好奇心旺盛、長い旅も厭わず、新しいものは何でも知っておこう、という人物だった。天変地異に対する関心も非常に高かった。災害があると現場へ行って子細に被害の状況を写し取った。すぐれたジャーナリストの目を持っていた。長明には、そういう二面性がある。

 (4)『往生要集』は、いかに死ぬかに関する当時最高のテキストだ。これを座右に置いて、朝晩よく読んだ。やはり「死」の問題がいつも立ち向かっているということが、当時の知識人にとって非常に重要な教養だった。源信は、栄華を極めた藤原道長が二度正式に屋敷に招待して教えを聞こうとしたが、二度とも行ってない。そんな気骨のある坊さんで、隠者生活に進んで行こうとした長明にとって尊敬すべき人物だった。
 しかし、長明は源信の下に就こうとしていない。源信の生き方を完全に認めていたわけではないからだ。

 (5)鴨長明には、隠遁者の説話集『発心集』がある。当時の「往生伝」や「高僧伝」から、坊さんのライフストリーを長明の見識に基づいて集めた本だ。その冒頭に出てくるのは、高僧として知られながら、その地位を捨て、まさに「一人」の生き方を追求した3人の人物だ。
  (a)玄賓(玄敏)僧都・・・・興福寺で修行していたが、あるときフッと姿を消し、十何年か後に北陸の辺境の地で乞食坊主をしているのを発見された。
  (b)平等供奉・・・・比叡山で高僧と呼ばれていたが、やはりス~ッと姿を消す。十年か二十年して、四国の伊予で庵生活している乞食坊主として発見された。
  (c)増賀上人・・・・名声を嫌い、奈良の多武峰の山中で姿をくらまし、ほとんど狂人のごとき生活を送った。
 発心して、世を逃れて、辺境で乞食の生活をする。そんな人物たちを『発心集』の冒頭で紹介している。長明が、比叡山や高野山で修行をして学問を積み、多くの人に尊敬されるような生活を拒否した人物であることがわかる。こうした隠者の中の隠者こそ、長明が憧れた聖の生き方ではなかったか。それは源信の生き方とは違う。
 一方の極に「狂」にも似た「聖」の世界に惹かれながら、他方、念仏をサボったりする、その自己の弱さを見つめている。長明には二面性があった。
 
 (6)方丈庵もまた、二つの空間から成っている。一つの空間を二つに分けて使っていた、とも言える。
  (a)芸術空間・・・・美の世界。琵琶と琴。歌を詠んだり文章を書く。
  (b)宗教空間・・・・信仰の世界。経典を読んだり念仏を唱える。源信『往生要集』を置く。
 鴨長明は、神官の家の出で、仏教の世界に惹かれて出家した。しかし、(a)と(b)のどちらも最後まで手ばなさなかった。ここが長明のすごいところだ。

 (7)芸術と宗教の二面性は、西行も同じだった。良寛もそうだ。芭蕉も。
 時代は下って、尾崎放哉や種田山頭火も隠者の系譜を継ぐ人物だ。
 日本人の基本的な教養は、芸術一本槍あるいは宗教一本槍ではない。両方に足を置いて人生を考え、世界を考えていく。この複線的、複眼的な生き方に日本人は魅力を感じるのではないか。単なる芸術家、単なる宗教家では満足できないところは、贅沢な民族だ。その二股膏薬的柔軟な教養が、伝統として我々の血肉に流れていることを思い返さなければならない。
 「一人暮らしが大量に発生するから、事態は危機的だ」と短絡的に叫ぶのはおかしい。教養の原点を探り出す上で、これは障害になるのではないか。
 
 (8)敗戦時、旧制中学2年生だった者の戦後は、3期に分かたれる。
  (a)貧乏暮らしの時代。学生時代、結婚した頃。
  (b)景気暮らしの時代。高度成長期以降、リーマンショックを含む。
  (c)一人暮らしの時代。これから。
 (b)から学ぶものは何もない。学ぶとすれば(a)からだ。
 鴨長明から良寛に至る隠遁者たちの生活は、徹底した貧乏暮らしから始まり、一人暮らしへとなだらかにつながっていた。貧乏暮らしと一人暮らしを重ねるところから、新しい価値、人間としての本当の教養を引き出すことができるのではないか。
 貧乏とは、実は豊かな言葉だ。「プア」とは違う。「誰かのために、あえて我が身を捨てる」というニュアンスがある。
 古今亭志ん生の落語は「黄金餅」「お直し」などで自らの経験がにじみ出たような凄まじささえ感じさせるが、その究極は彼の自伝『びんぼう自慢』だ。その貧乏暮らしの語りから浮かび上がるのは、鴨長明であり『方丈記』だ。そこには、人間が苦難を迎えたり、危機的な状況を迎えたときに生き抜いていく力になる教養の源泉が横たわっている。長明は、現実世界の地獄を見ていた、
 
 (9)日本史上、3つの危機的な時代があった。それは同時に過渡的な時代でもあった。
  (a)13世紀。親鸞、道元、日蓮が出た時代。吉田兼好や鴨長明もいた。
  (b)明治維新。どうやって近代国家を作っていくか。
  (c)戦後。・・・・13世紀に学ぶべきではないか。そこで「一人」という問題が出てくる。当時の隠遁者の生き方は、日本の歴史を貫く「一人で生きること」の伝統継承の大切さを浮かび上がらせている。

 (10)貧乏暮らしの基本と考えている心構え3つ。
  (a)出前精神。何処へでも自分から出て行く。自分を「出前」する。 
  (b)手作り。足りないものは自分で作る。自分の手足を使う。
  (c)身銭を切る。貧乏は貧乏なりに身を切る。
 誰かに来てもらう、出来合いのものを使う、会社の経費や税金のサービスをあてにする・・・・ここから何も生まれない。
 もう一つ大切なのは、「一人のライフスタイル」だ。一人で立つ、一人で歩く、一人で坐る、一人で考える。歩く、坐る、考えるを絶えず意識していないと、一人の生き方、一人出生きることの意味を確かめることはできない。
 震災後「絆」「助け合い」が強調された。それ自体では悪いことではないが、強調されすぎた。まず一人で立つ、一人で生きる姿勢があって、はじめて助け合いや絆が生まれてくる。「自助、共助、公助」・・・・の前に「自立」があるべきだ。
 志ん生は『びんぼう自慢』で言う、「貧乏はするものではない。味わうものだ」と。
 してみれば、「一人暮らしはするものではない。味わうものだ」。
  
□山折哲雄(宗教学者)「少子高齢化時代を生き抜く「方丈記」の叡知」(「文藝春秋」2014年7月号)
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【片山善博】「ベトナム反中国暴動」報道への違和感

2014年06月28日 | ●片山善博
 (1)ベトナム各地で激しい反中国デモが暴動にまで及んだ。現地で働く中国人が襲われ、お数人が死亡し、負傷者は100人を上回る。
 台湾系企業のほか日系企業も襲われた。これは企業名の表示などに漢字を使っていることから中国系企業と間違われたことによる、とマスコミは報じている。
 マスコミのこの報道は正しいか。
 
 (2)日系企業のベトナム進出は1990年代から本格化した。もし、「漢字を使う企業は中国系」という認識が今日のベトナム社会で一般的だとするなら、この四半世紀、日系企業は中国系企業だと誤解され続けてきたことになる。日系企業の知名度はそんなにも低かったのか。名にし負う経済大国でありながら、日本の存在感はかくも薄かったのか。漢字誤解説はにわかには信じがたい。
 このたびのデモは、ベトナムの排他的経済水域における中国の傍若無人な振る舞いに端を発し、日本に向けられたものではない。ただ、年来デモなどの政治活動を禁じられていた国で、どうやら今度ばかりは政府も容認した抗議行動の渦中、その勢いと興奮が中国への当面の怒りを越えて、日ごろのさまざまな不満のはけ口に転化したような面はなかったか。
 労働者の処遇、わけても本国から派遣されている幹部社員と現地従業員との間の余りにも大きい格差に対する複雑な感情はないか。
 
 (3)ベトナムは中国と違って親日的で今後の投資先としてすこぶる有望だ・・・・という日本の通り相場、その牧歌的イメージは最近ではミャンマーなどにも及んでいるが、政治的経済的に多くの困難を抱えているこの国を見る視点としては、あまりにも一面的に過ぎる。
 経済界にしてみれば、このたびの日系企業襲撃事件によって投資先としてのベトナムの良好なイメージが損なわれることは避けたいだろう。幸いベトナム政府が強権でデモを抑え込んでくれたから、もう安心してよい(ほんとは権力がデモを抑え込む国は内部に矛盾を抱え、不安定さが増す)。襲撃事件の背景やベトナム社会のややこしい問題には目をつぶり、早く元の生活と仕事に戻りたい。
 こうした人たちには、「漢字誤解説」は格好の理由づけになる。
 しかし、ベトナムはかつて漢字圏だった。今でも古刹などに漢字が残る。姓名も漢字に由来する。<例>ホーチミンは胡志明だ。「漢字誤解説」は、ますます眉唾だ。

 (4)マスコミ報道では、群衆が台湾系企業や日系企業を襲ったことを厳しく批判していた(当然)。しかし、中国系企業が襲われたことに、怒りや同情はほとんど伝えていない。
 南シナ海における中国の石油採掘施設建設は中国が一方的に悪いとしても、だからといって中国系企業や中国人がベトナムで襲われていい、ということにはならない。彼らは南シナ海の一件とは無関係であって、彼らが中国人であるという理由で彼らに責任を負わせたり、彼らを罰することは許されない。
 先年中国で起きた反日暴動とそれに伴う日系企業への襲撃が正しくなかったのと同じことだ。

 (5)1882年7月、朝鮮の漢城(いまのソウル)で兵士の暴動が発生し、日本の公使館が襲われ、公使館員らが虐殺された(「壬午軍乱」)。その頃日本に滞在していたエドワード・モース(米国人、大森貝塚の発見者)によれば、「国中が朝鮮の高圧手段に憤慨し、その興奮はモースをして「南北戦争が勃発した後の数日間を連想させ」るほどだった。
 その事件からまだひと月もたたぬ頃、モースは神戸から京都へ向かう途中、2人の朝鮮人と同じ汽車に乗り合わせた。彼らが朝鮮人であることは、モースにも日本人にも、ただちに了解できた。
 二人が大阪で下車したので、モースも、京都までの切符を犠牲にしてまで後ろを追った。案の定、駅を出た2人を群衆が取り囲むときもあった。モースは気が気ではなかったが、その心配をよそに、群衆の中には「敵意を含む身振り」も「嘲弄するような言葉」もついぞ発見することはなかった。群衆は単に、2人の身なりが珍しかったから取り巻いただけなのであった。
 モースは述懐する。「日本人は、この二人が、彼らの祖国において行われつつある暴行に、まるで無関係であることを理解せぬほど馬鹿ではなく、彼らは平素のとおりの礼儀正しさを以て扱われた」
 モースはさらに、南北戦争のさなかに北方人が南方で酷い仕打ちをされたことを思い浮かべ、どっちの国民がより高く文明的であるかを自問した。
 明治の日本人の分別と礼節を、先年日系企業を襲った中国人、このたび暴動を起こしたベトナム人、そして昨今中国政府や韓国政府への反発から中国人や韓国人をことさら見下し、口汚く罵る一部の日本人に是非共有していただきたい。
  
□片山善博(慶大教授)「「ベトナム反中国暴動」報道への違和感 ~日本を診る 57~」(「世界」2014年7月号)
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【政治】石原発言から透ける政権の慢心 ~制止役不在の危うさ~

2014年06月27日 | 社会
 (1)安部内閣が発足して1年半。おおむね順調な政権運営が続いてきた。閣僚をめぐるスキャンダルや問題発言が極めて少なかったからだ。
 ところが、ここにきて呆れ果てる問題発言が飛び出した。石原伸晃・環境相の「金目発言」のことだ【注】。
 石原は、6月16日午後、首相官邸で福島第一原発事故に伴う中間貯蔵施設建設をめぐる住民説明会の結果を菅義偉・官房長官に報告。それを終えた石原は、首相官邸の玄関ホールで待ち構えていた記者団から「何の話でしたか」と問われてこう語った。「こんな感じですよと説明した。最後は金目でしょ」

 (2)中間貯蔵施設の建設候補地として第一原発のある福島県双葉町と大熊町に受け入れを要請し、両町の住民説明会が6月15日に終了したばかり。
 この説明会では、補償内容があいまいな点に批判が集中した。
 確かにこの問題を突き詰めれば、補償額を幾らにするかという点に行き着かざるを得ない。しかし、こうしたデリケートな問題について触れるには、よほどの慎重さが必要だ。
 原発事故以来、想像を超える厳しい生活環境に身を置く住民たちの全てが納得できる答えは、恐らくない。その複雑な思いを理解した上で、丁寧な説明があって初めて目的を達成できる。その道筋を付けるのが政治だ。
 ところが、(1)の「金目発言」の結果、石原は2度にわたって記者会見を行い、説明しなければならない羽目に陥った。
 6月16日・・・・「住民説明会で金銭の話がたくさん出たが、具体的内容は受け入れが決まるまで説明できないという意味だった」
 しかし、佐藤雄平・福島県知事ら地元から激しい反発の声が上がった。管も電話で石原に厳しく注意した。このため、石原は翌日あらためて記者会見を行った。 
 6月17日・・・・「住民説明会の結果、最後は用地の補償額、生活再建策、地域振興策の規模について示すことが重要という意味だった。金銭で解決できる問題ではない」
 こう釈明した上で、石原は頭を下げた。
 「私の品を欠く発言で不快な思いをされた方におわびしたい」

 (3)地元を中心に反発は強まる一方だ。
 管は、「被災地に寄り添い、復興に最優先で取り組む安倍政権の方針は変わらない」と強調しているが、それで済むのか。
 6月22日国会が閉幕し、程なく内閣改造人事が行われる。このため、自民党内にはそれまでの間は、石原発言のほとぼりを冷ましてやり過ごせばいい、という空気が広がる。
 だが、そのことが政権を弱体化させる可能性が高い。
 第二次安倍政権は、アベノミクスと並ぶ政策の最優先課題に被災地復興を掲げる。石原発言へどう対処するかで、安部政権の復興に対する本気度が試される。

 (4)閣僚の失言は時の政権を震駭させた。
  (a)2011年9月、野田佳彦内閣(民主党)の鉢呂吉雄・経済産業相は、就任からわずか9日で辞任に追い込まれた。原因は、第一原発視察直後の「死の町」発言だった。それまでに、復興庁や経済産業省の官僚がインターネット上で被災者を愚弄する発信があったことを忘れていたらしい。
  (b)閣僚の失言は政権の足元を揺るがす。安部自身も、第一次内閣で経験済みのはずだ。柳澤伯夫・厚労相の「女性は生む機械」発言、久間章生・防衛相の「長崎への原爆投下はしょうがない」発言など、当時の閣僚による失言が相次ぎ、内閣支持率は急降下した。最後は、参院選で敗北、体調を崩して退陣を余儀なくされた。
  (c)失言や問題が生じたときにどう対処するかで政権の実力が試される。1986年、第三次中曽根康弘内閣の藤尾正行・文部大臣は、雑誌「文藝春秋」に「韓国併合は合意の上に形成されたもので、日本だけでなく韓国側にも責任がある」と書き、国際問題に発展した。中曽根は文相辞任を求めたが、藤尾はこれを拒否。やむなく中曽根は藤尾を罷免した。この瞬時の判断で、日韓関係の悪化を食い止めることができた。

 (5)石原は、6月19日午前、参院環境委員会で発言を撤回し、国会閉幕後に福島を訪問し、直接謝罪する意向を明らかにした。
 ただ、結局は中間貯蔵地の建設が遅れ、福島県内のあちこちに積み上げられた汚染土などは、野積みにされたまま放置されることになる。 
 野党総崩れの中で、政権内部に生まれつつある慢心、おごりの一端が石原発言で表面化した。ブレーキ役不在の安部政権は、危険水域に達しつつある。

 【注】社説「環境相の発言 「最後は金」が蝕むもの」(朝日新聞デジタル 2014年6月19日)

□後藤謙次「独り勝ちで制止役不在の危うさ 石原発言から透ける政権の慢心 ~永田町ライブ No.198~」(「週刊ダイヤモンド」2014年6月28日号)
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【81】06知識量より判断力

2014年06月26日 | ●アランの言葉
 哲学者というものは、みずからの努力によって、知っていることははっきり知っているものだということにはなる。哲学の全力は、死に対し、病いに対し、夢に対し、欺瞞に対し、確固とした判断を持つというところに存する。

□アラン(小林秀雄・訳)『精神と情熱に関する八十一章』(創元ライブラリ、1997)の【序言】
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 【参考】
【81】05正義と権力
【81】04非常にむずかしい問題でも
【81】03論争
【81】02情熱や情熱の危機
【81】01精神と情熱に関する八十一章

    薔薇(スケプタードアイル)
   

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【古賀茂明】集団的自衛権とワールドカップ

2014年06月26日 | 社会
 (1)集団的自衛権の行使容認をめぐる与党協議が大詰めを迎えた。
 国会開催中の各位決定は見送られそうだ。しかし、当初「期限ありき」ではない、と言っていた安部総理は、急に「今国会会期末までに」と大騒ぎし始めた。安部は、やはりウソつきなのであった。

 (2)今国会会期末の6月22日は日曜日だから、実質的には20日金曜日が期限だ。
 年末に予定されている日米防衛ガイドライン改定に間に合わせるために早く決定したいのだろうが、ピンポイントで20日にこだわる理由にはならない。
 ありていに言えば、最近になって安部は急に不安になったのではないか。
 当初は、自分が前に出れば簡単に世論は自分になびく、と甘く考えていたらしい。紛争地の港から母親に抱かれた赤ん坊を乗せて運ぶ米軍艦の絵を見せながら、今のままでは「国民の命を守れないんです!」と絶叫したパフォーマンスは全く不評だった。官邸でも頭を抱えてしまった、という。
 時間が経っても国民の理解が進まないのは、昨年の特定秘密保護法と同じ。
 今回もだんだんと反対の声が強くなるリスクが出てきた。
 
 (3)(2)のような時に悪知恵を出すのが官邸官僚たちだ。
 事実上の会期末20日と言えば、ワードカップ日本代表のギリシャ戦。日本時間で7時のキックオフだ。ギリシャ戦に勝利すれば、決勝トーナメントを進出の可能出てくる。午前9時と前には、日本中がお祭り騒ぎになる。負けたとしても、当日と翌日のニュースはこの話で埋め尽くされる。
 定例の閣議は9時前後。
 集団的自衛権行使容認の閣議決定のニュースはあっというまにかき消される。
 こんなにぴったりビッグイベントが重なるチャンスはめったにない。何が何でも20日というのは、こんな企みだったかもしれない。

 (4)そんな折、イラクでイラク・シリア・イスラム国(ISIS)が「突然」北部を制圧。首都バグダッド付近まで侵攻してきた。
 安部の心は、逸っているのではないか。
 彼がいかに好戦的であるかは、昨年暴露されている。シリアの化学兵器使用に対する部一句の武力介入の可能性が高まった8月25日、中東歴訪中の安部は唐突に「アサド政権は道を譲るべきだ」と事実上アサド退陣を要求した。
 逆に、ケリー・米国国務長官は、その翌日、「アサド政権打倒が目的ではない」と強調した。
 同日、英国も派兵を見合わせ、オバマ大統領も結局は武力行使を止めた。
 そこには、中東における複雑な状況を理解した上での慎重な決断という面がある。シリアの内戦は、アサド独裁政権対民主勢力という単純な図式ではない。反政府勢力の中心は、ISIS(元アルカイダ系)や周辺諸国の支援を受けた武装勢力で、国民の多くはアサド政権のほうがまだましだと考えている。
 無理にアサド政権を倒しても事態は逆に悪化すると見込んで、各国は自重した。
 一方、安部はイケイケどんどんの「正義の戦争」ごっこで、アサド退陣を叫んだのだ。
 
 (5)今、シリアで敗色濃厚となったISISなどの武装勢力が、大挙してシリアを脱出してイラクに終結し、次なる「聖戦」を始めている。
 安部から見れば、「正義の味方日本」の出番。「この地域が混乱して日本に石油が入らなくなる」と危機感を煽り、米国の対イラク武力行使に参加したい。それもあって、集団的自衛権行使で、ホルムズ海峡の機雷掃海を公明党に認めさせようと必死になった。
 こんな危険な総理の暴走を抑えるのが憲法9条の役割。
 しかし、9条が抑えるべき安部総理が、逆に9条を破棄しようとしている。
 絶対に許せない。
 
□古賀茂明「集団的自衛権とワールドカップ ~官々愕々第114回~」(「週刊現代」2014年7月5日号)
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【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 

2014年06月25日 | ●佐藤優
 (18)憲法9条に関しては、3つの要素がある。
  (a)法理上の議論・・・・憲法9条の枠内では自衛隊を持てない、国防軍を持てない。
  (b)国際宣言としての性格・・・・憲法9条は、日本は一方的に戦争を放棄するとした国際宣言だ。
  (c)日本の国柄に関する議論・・・・憲法9条に表されたところの平和国家としての日本を特徴づける。

 (19)(1)-(a)~(c)がごちゃごちゃに議論されているが、(1)-(b)が最も興味深い。
 日本国憲法は、次の4つの国際的合意がなされたプロセスにおける国際的な宣言だ。
  (a)1945年7月26日にポツダム宣言を受諾して、
  (b)同年9月2日にミズーリ号の上で敗戦文書に調印した。
  (c)1946年1月に日本国憲法の草案が発表され、憲法が採択されて発効した。
  (c)1952年、サンフランシスコ平和条約。
 国際的な宣言だということをどう捉えるか、という感覚が、安倍政権には希薄だ。危惧される。

 (20)「押し付け憲法論」という議論がある。主体であるところの日本国民を無視して外国が憲法を押し付けた、という議論だ。
 では、大日本帝国憲法はどうなのか。
 日本国憲法は占領下にあるとはいえ、一応議会の審査を経て採択された憲法だ。ところが、大日本帝国憲法は、帝国議会を通していない。一方的に官僚が作った、空から降ってきたものだ。民意を全然反映していない。押し付け以外の何物でもない。一方、外圧はかかっていて、作成には外国人が関与している。
 そもそも、大日本帝国憲法を作る動機は、関税自主権を回復することで、そのためには治外法権撤廃あ必要だ、そのためには近代法がなければいけないと言われて、諸外国の圧力により作った憲法だ。

 (21)要するに、「押し付け憲法論」の主張の一番のポイントは、GHQが作ったからけしからん、ということだ。つまり、あの戦争に負けた、という事実に対しておもしろくない、という心情から来ている。それは、(1)-(c)の日本人の心情や国柄、あるいは国体をどう表すか、という議論につながる。そこを整理して議論する必要がある。
 特に安部総理の場合、(1)-(c)の要素が強く、(1)-(a)の法理的解釈にはあまり踏み込まず、(1)-(b)の国際的宣言の要素を完全に無視している。その点で、憲法9条は今触るべきでない。9条改正などという行き先が分からない憲法改正はいけない。
 
 (22)ただし、憲法改正は必要だ。沖縄問題があるからだ。沖縄を日本の中にとどめるためには、連邦制への転換をしないと無理だ。
 護憲論というものが結局は数の上での民主主義にすぎないのだとしたら、沖縄はこのまま永続的に基地負担を担うのか。沖縄はしかし、もはやそれに耐えることをしない、自主決定権の行使を始める、というところまで来ている。
 国家統合論からすると、沖縄は日本の中にあったほうがいい。その観点からすると、憲法改正を視野に入れながら連邦制を考えないと、日本の国家体制を維持できない。
 ただ、その話をするには時期尚早だ。現時点では憲法をいじる必要はないし、集団的自衛権に踏み込む必要もない。国内と国外で違う説明をするのも止めたほうがいい。

□佐藤優「反射し連動する世界を読み解く ウクライナからスコットランド、そして沖縄へ」(「世界」2014年7月号)
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【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~
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【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~
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【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 

2014年06月24日 | ●佐藤優
 (13)ウクライナ問題は、様々な論理、民族、歴史について、その経緯などを踏まえて考えないと、そう簡単には分からない。
 なおかつ、ウクライナの問題は、世界の諸問題と相互に密接に連鎖していて、スコットランドやベルギー、さらに日本の場合には沖縄に跳ね返ってくる問題だ。
 いま、クリミア情勢の次に大事なのは、東ウクライナや南ウクライナ以上に大変になるのは、スコットランドだ。

 (14)4月3日、エリザベス女王がバチカンに行って、初めてフランシスコ教皇と会った。ウクライナ問題に関する調整のためだ。
 英国女王は、同時にイギリス国教会の長だ。
 ちなみに、スコットランドにも国教会があり、その長はイギリス女王ではない。スコットランドはクロムウェルの流れからくる長老派(カルヴァン派)だ。
 サッカーのワールドカップで振られる旗は、イングランド旗とスコットランド旗とウェールズ旗しかない。ユニオン・ジャック旗が振られることはない。国名だってグレート・ブリテン及び北アイルランド連合国だ。イギリスは国名からして、ネーション・ステートではない。ということは、イギリスはプレ・モダンな帝国であると同時に、ポスト・モダンな状況にも対応できる。

 (15)今年9月、スコットランド独立に関する住民投票は、クリミアの影響を受けて、独立を可決する可能性が出てくる。もしスコットランドが独立することになったら、北海油田はスコットランドの排他的経済水域圏にあるから、イギリスは北海油田を失う。イングランドがこれを認めることは断じてない。そうすると、イングランド・スコットランド戦争、あるいはスコットランド内部のイングランド統合派とスコットランド独立派あ衝突する。むろん武力衝突も含まれる。

 (16)イギリス情勢が急速に険悪化すると、次にベルギーが危機的状況を迎える。
 ベルギー北部のフランドル地方=オランダ語使用地域あ、ワロン地域=フランス語使用地域から分離しようとする運動が本格化するだろう。
 これは国際ニュースになるから、直ちにといってよいくらいのタイミングで沖縄に反映するだろう。沖縄の独立の是非を問う住民投票が、政治日程に上がってくる可能性がある。

 (17)その兆候はもう既にある。5月13日の琉球新報の社説は、5月11日行われた東部2州、ドネック州などの自立国家に関する住民投票についてコメントしている。
 それによると、住民の自主権はウクライナ東部・南部を含め、全てのウクライナ人に認められる余地がある。今回の住民投票では十分に民主的な手続きを経ていない。しかし何よりも、自立の内容が国家独立なのか、そえともウクライナの中での自治拡大なのか、という点を明確にしないで、自立・自己決定権についての住民投票を行った。これが最大の問題だ。そして、結論として、平和的な解決が必要だけれども、今回表明された自立に向けての住民の意志を無視することはフェアではない・・・・こう言っている。
 琉球新聞が得ている情報は、基本的には共同通信の情報だ。ウクライナ東部と南部の人々、あるいはクリミアの分離、あるいはロシアへの併合派に比較的視座が近い。
 なぜそうなるのか。それは無意識のうちに感情移入が生じているからだ。沖縄以外の日本全体が見ているものと値会うところが、ニュースの中で重要に見えてくるのだ。それを琉球新聞はきちんと言語化することができた。この社説を読むことによって、「これは写し鏡だ」と、沖縄と日本の関係がウクライナの東南部の状況とキエフ政権の関係とパラレルの、写像のような関係であることが見えてくるわけだ。
 
□佐藤優「反射し連動する世界を読み解く ウクライナからスコットランド、そして沖縄へ」(「世界」2014年7月号)
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【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~

2014年06月23日 | ●佐藤優
 (6)ユニエイト教会は、ソ連による占領の翌1946年、自発的にロシア正教会に合同した。合同しない人たちは、殺されるかシベリア送りになるのであった。
 このユニエイト教会と、(1)のナチス・ドイツ協力者(ウクライナ民族解放軍)とが、1950年代半ばまで反ソビエト武装闘争を続けた。
 最終的には、この闘争を支持していたウクライナ独立運動の指導者(ステパン・バンデラ)が、KGBの刺客によってミュンヘンで暗殺され(1959年)、闘争は終わった。バンデラはナチスに一時期協力するが、その後ウクライナ独立を宣言してナチスに捕まり、戦後釈放されて、ミュンヘンで運動を続けた。ウクライナの暫定政権に協力するスヴォボダ(全ウクライナ連合「自由」)の映像で、肖像写真が掲げられているのあバンデラだ。
 ロシア側で「バンデラ主義者」といえば、ほぼナチスと同じ意味で使われている。
 キエフではファシストが権力を取った、というのは、このバンデラ主義者たちを指している。
 
 (7)ユニエイト教会を直訳すると統一教会だが、日本語で統一教会というと、独特のニュアンスがある。よって、帰一教会とか東方典礼カトリック教会と呼ぶ。
 このユニエイト教会の人たちとウクライナの民族主義者は、ソ連の支配を潔しとせず、亡命した。亡命先の多くは、カナダとブラジルだった。ブラジルのウクライナ人は、ほとんど亡命ウクライナ人だ。カナダのウクライナ人は、エドモントンという街を中心に120万人ほどいて、今でもウクライナ語を喋っている。カナダで一番よく喋られているのが英語、次が仏語、その次がウクライナ語だ。

 (8)カナダのウクライナ人たちが、ペレストロイカで往来が自由になった1980年代末、西ウクライナに行った。当時、西ウクライナでは高校教師の給与が月500円くらいだった。カナダの標準的労働者でも3万円、5万円のカンパは容易にできる。そのカンパでえウクライナの民族運動ができる。
 これはアイルランドのIRAと、米国のアイルランド系移民との関係に非常に似ている。民族問題の用語では、「遠隔地ナショナリズム」と言う。

 (9)遠隔地ナショナリズムの構造ができているところで、現在のウクライナの情勢が出てきて、西ウクライナの人々の比重が高まってきている。
 東、南ウクライナの人々は、自分がウクライナ人なのかロシア人なのか、民族意識が未分化だった。ところが武力闘争が始まったことによって、ウクライナ人なのかロシア人なのか、明らかにせざるを得なくなっている。
 こういうときに危険なのは、殺す側に回った方が不利になることだ。
 いまはウクライナ暫定政権が殺している側だ。たとえ考えは違っても、自分が知っている人たちが殺されていると、心情的には殺している方の逆の側につく。
 オデッサで親ロシア派住民の集まった建物に暫定政権側の右派が放火して48人が死亡した。暫定政権はこれを認めず、親露派が自分で火をつけた、と言うなど、あまりにもひどい形での介入や暴力行為を行っている状況においては、ロシアの評判がよくなってくる。
 ところが逆に、ロシアがもし国境を越えて入ってきたら、ウクライナ正規軍とロシア軍と比べたら、ボーイスカウトと正規軍の闘いだ。
 例えば、OSCEの代表団たちがロシア系住民に拉致された、米国は背後でロシアが手を引いている、というが、まったく逆だ。ロシア人が関与していたら、そんな稚拙なことはしない。OSCEの監視団や記者たちを拉致していいことは何もない。あれはキエフ政権に対する反発で、自然発生的に生じている。

 (10)ウクライナ東部ではロシア語しか喋れない人たちがほとんどだ。キエフの中央政権が、ウクライナ語だけを公用語にする、と言う。そうすると公務員は失職するし、民間企業でも役所とのやりとりはウクライナ語になる。幹部は全員ウクライナ語ができないといけない。ついこの間までキエフで火焔瓶を投げていた兄ちゃん姉ちゃんが来て幹部になるわけだ。
 つまり、エリートの入れ替えの問題なのだ。自分たちの米びつを失いたくないから、住民投票とか普段やらないようなエキセントリックなことをやる。しかも、慣れていないから、いくらでもエスカレートする。

 (11)ロシアは、相当のこと(<例>ロシア系住民のジェノサイド)がない限り軍事介入しない。
 なぜか。介入したことで、ウクライナ人かロシア人か民族意識が未分化な人々の前で、ウクライナの政権に忠誠を誓っている人を殺すと、今度はウクライナ人たちの意識が反ロシアになるのだ。それは、インターネットや報道を通じて、ロシア国内のシベリア、極東、サハリン、北方領土などに統計上210万人いると言われているウクライナ人たちに跳ね返る。ロシアの中でウクライナ人とロシア人の民族対立が始まって、殺し合いが始まる。そうなれば、ロシアの権力基盤の根本がおかしくなる。
 だから、プーチンは東ウクライナには慎重なのだ。
 
 (12)クリミアは、ウクライナの他の地域とは歴史的経緯がまったく違う。プーチンが強気に出ている理由は4つ。
  (a)クリミアではウクライナ人とロシア人の仲がよい。先住民族のクリミア・タタール人を追い出した経緯があるからだ。戻ってきたクリミア・タタール人の半数は、ウクライナよりロシアの方がいい、と思っている。本当に住民の支持を得ている、ということが、プーチンが併合を認めた最大の理由だ。
  (b)キエフ政権には力でひっくり返す実力がまったくない。
  (c)プーチンは、昨年のシリア空爆をめぐる交渉を通じて、米国には介入できる力がない、と思っている。
  (d)ロシアのプーチン支持が向上しすぎてしまっている。失地回復におけるプーチンの力がすばらしいと、支持率は85%だ。クリミアの住民たちが編入・併合を要求しているのに、国際社会の圧力があるからと拒否した場合、この支持率は弱腰プーチンを叩く方向へ向かう。これは恐ろしいことだ。

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【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 

2014年06月22日 | ●佐藤優
 (1)第二次世界大戦時、ウクライナ人は30万人がナチス側、120万人がソ連側に分裂した。
 ナチス側についた人々は、ユダヤ人虐殺、ポーランド人やチェコ人殺害に関与した。西ウクライナではこの勢力が強く、1945年にソ連に占領された後も1955年頃まで武装反ソ闘争をやった。
 ソ連赤軍がウクライナに入って来たとき、その将校コミッサールには、裁判なくして即決で銃殺する権限が付与されていた。ナチス・ドイツに協力したウクライナの幹部をほとんど殺してしまった。
 この時、対ナチ協力に関わりのあるウクライナ人は、極東にもかなりの数が移住した。サハリンや北方領土も、この系統の人たちが多い土地だ。
 ウクライナで激しくトラブルが起こると、ロシア内部にも反映してくる。特に極東、サハリン・北方領土はウクライナ人とロシア人の民族紛争が今後生じうる地域だ。
 
 (2)ウクライナ最西部のガリツィア地方は、第二次世界大戦が終わるまで、ソビエトやロシア帝国の版図になったことはない。歴史的にはハプスブルグ帝国の版図で、ウクライナ語を喋っていた。
 もともとウクライナのどこでもウクライナ語を喋っていたが、19世紀にロシア帝国が強力にロシア語化政策を推進したために、ウクライナ語は農村でしか喋られなくなった。新聞や雑誌や教育の現場から、ウクライナ語は除去されていった。それが100年間続き、みんなウクライナ語を忘れてしまった。
 他方、ハプスブルグ帝国は多言語化政策を採って、ドイツ語、ハンガリー語だけでなく、ポーランド語やチェコ語、スロバキア語など、それぞれの援護で初等教育や出版などの言論活動が行われた。
 ガリツィア地方でも、リヴィウ大学を中心にした高等教育が行われて、人々はウクライナ語を操る。加えて、このガリツィア地方の人々はカトリック教徒だ。ただ、ちょっと「訳あり」のカトリックなのだ。

 (3)ガリツィア地方に基盤を持つ排外主義的なウクライナ民族至上主義者の危険性を、欧米諸国は過小評価している。
 (2)の「訳あり」のカトリックとは、儀式は正教と似ているけれど、ローマ教皇に帰属するカトリック教会(ユニエイト教会/東方典礼カトリック教会/東方帰一教会)だ。
 ユニエイト教会は、16世紀の終わりに今のベラルーシのブレストで始まり、通常ブレストユニオンと呼ばれる。一見、カトリックではない。見た目はロシア正教とそっくりで、イコノスタス(聖障)があって、聖職者が聖霊のシンボルである香を焚いている。神父はカトリックでは完全独身制だが、ユニナイトは①キャリア組と②ノン・キャリア組に分かれていて、すぐ修道院に入る①は終生独身で、幹部になる。一般信徒と付き合う②は、妻帯が許されている。
 
 (4)16世紀に宗教改革が行われ、ポーランド、チェコ、ハンガリーは一度プロテスタント圏に入った。
 カトリックはトリエント公会議でイエズス会を作り、巻き返し作戦に出た。その結果、ポーランド、チェコ、ハンガリーは完全にカトリック圏になった。
 イエズス会は力が余って、ウクライナまで入って行ってしまった。イエズス会は実に融通無碍なところがあって、原則さえ守られればいくらでも解釈は変えてよい。イエズス会は、インドで布教するときにはキリストはバラモンの子と言った。馬小屋で生まれたなんて、そんな身分の低い所にいる宗教なんて誰も信じないからだ。中国にいたっては、乾隆帝の前に土下座して頭を擦りつけながら挨拶した。これは後に典礼問題という大問題になるが、どのようにでもその土地の中へ入ることができる。
 中南米に行った時には、例えばイグアスの滝の横、ブラジルとパラグアイの国境地帯、かつてポルトガルとスペインが争ったところで、イエズス会の宣教師たちは先住民の側に立って、ポルトガル・スペインの奴隷商人と全面戦争を展開した。その村は今世界遺産になっている。最も優れた宗教映画の一つとされる「ミッション」(英、1986)はここを舞台にしている。

 (5)(4)のようにイエズス会は、ものすごく幅が広くて融通がきき、現地の状況に適応していく。その究極がユニエイト教会だ。
 ①ローマ教皇がいちばん偉い、②三位一体の教義において聖霊が父だけでなく子からも発出する・・・・その2点さえ守ってくれれば、今までどおりでまったく構わない。結婚しても、教会スラブ語で典礼を行っても構わない。
 ロシア正教は、このユニエイト教会をいちばん憎んでいる。見た目はロシア正教と同じなのに、指令はローマから来ている。ロシア語のイェズイットを辞書で引くと「イエズス会」とある後に「ウソつき、ペテン師」とある。

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【古賀茂明】野党再編のカギは「戦争」

2014年06月21日 | 社会
 (1)日本維新の会が、各共同代表をリーダーとする2つのグループに分裂した。
 橋下徹は、結いの党、みんなの党、さらには民主党まで巻き込んだ野党再編につなげたい、としている。政権を担う能力のある野党がないことが、安倍政権の高支持率を下支えしている。この状況下で、自民党と対峙できる野党の誕生という期待がかかる。
 しかし、今の再編のやり方では、その実現は難しい。
 大手新聞各社の社説では、単なる数合わせだけでなく、大きな政策の旗印を掲げた再編を期待する、というが、事はそう簡単ではない。
 
 (2)自民党時代から民主党時代まで、最近の政治の対立軸は、主に経済政策に関するものだった。
 思い切った構造改革をするのか。
 それとも、既得権グループを温存しながら漸進的改革をするのか。
 みんなの党、結いの党の基本路線は思い切った改革路線だ。
 維新は、改革に抵抗する政治家が多い石原慎太郎が率いる太陽の党と野合して寄り道をしたが、今回、石原グループを切ったことで、ようやく本来の「改革」路線での野党再編が見えてきた。
 維新、みんな、結いの3党は経済構造改革をめざす点で一致しているから、この3党の合流は自然なように見える。
 しかし、それだけでは、合流の条件としては不十分だ。

 (3)何故なら、安倍政権は経済政策よりも戦争志向の安保政策を重視している。3党が経済政策で一致して合流しても、外交安全保障政策で一枚岩でなければ、矢継ぎ早に繰り出される戦争志向の政策への賛否で踏み絵を踏まされ、新党の統一基盤は簡単に揺らぐことになる。
 外交安全保障政策で超タカ派の石原グループが切られた後に残る橋下グループには、実は石原ほど極端ではないものの、外交安全保障政策で安部総理の考えに近いタカ派が非常に多い。
 みんなの党も、最近は右寄りの姿勢を強めている。
 一方、結いの党は、維新やみんなに比べてはるかにリベラル色が濃い。
 そこで焦点になるのが、結いの党の姿勢だ。維新との連合を拒否していた渡辺喜美・みんなの党前代表が失脚し、みんなと維新の合流の可能性が出てきた。維新の右派は、政策的には結いの党よりみんなの党に近い。維新がみんなの党になびくのを防ぐために、結いの党はある程度の右旋回に追い込まれる可能性がある。現に、集団的自衛権や原発問題でその兆候が現れている。

 (4)一方、最大野党の民主党は、極端な右から左まで、何でもありの理念なき政党だ。前原誠司や細野豪志らは維新との合流をめざす、という。彼らも構造改革派だが、外交安全保障では右寄り。特に前原は安倍に近い。

 (5)こうなると、野党再編はかなり右寄りの維新が結いの党を吸収し、その後、民主党右派と合流する、という図式になる。
 安倍政権のさらに右に、石原新党もできる。
 これでは安倍政権を利するだけで、今の野党の支持率合計十数パーセントの中での小さな再編で終わることになるだろう。
 そして、公明党も、野党の右傾化の中、与党の地位を守るため最後は妥協せざるを得なくなり、安部の路線はさらに強化される。

 (5)今、最大の野党は民主党でも維新でもない。
 4割前後に膨らんだ無党派層だ。彼らの多くは「改革」を支持するが、「戦争」は絶対に嫌だ、という層だ。 
 これまでその層に応える政党がなかった。
 逆に言えば、「改革はするが、戦争はしない」という政党を作れば、4割の無党派層の多くが雪崩をうって支持に回るだろう。
 それこそが、めざすべき「野党再編」ではないか。  

□古賀茂明「野党再編のカギは「戦争」 ~官々愕々第113回~」(「週刊現代」2014年6月28日号)
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 【参考】
【古賀茂明】電力会社の歪んだ「競争」 ~税金をもらって商売~
【原発】【古賀茂明】規制委員会人事とメディアの責任
【古賀茂明】医師と官僚の癒着の構造
【古賀茂明】電力会社「値上げ救済」の愚 ~経営難は自業自得~
【古賀茂明】竹富町「教科書問題」の本質 ~原発推進教科書~
【古賀茂明】安部総理の「11本の矢」 ~戦争国家への道~
【古賀茂明】理研は利権 ~文科官僚~
【古賀茂明】「武器・原発・外国人」が成長戦略 ~アベノミクスの今~
【古賀茂明】マイナンバーを政治資金の監視に ~渡辺・猪瀬問題~
【古賀茂明】東電を絶対に潰さずに銀行を守る ~新再建計画~
【古賀茂明】「避難計画」なき原発再稼働
【古賀茂明】「建設バブル」の本当の問題 ~公共事業中毒の悪循環経済~  
【古賀茂明】安倍政権の戦争準備 ~恐怖の3点セット~
【原発】【古賀茂明】利権構造が完全復活 ~東日本大震災3年~
【古賀茂明】アベノミクスの限界 ~笑いの止まらない経産省~
【古賀茂明】労働者派遣法改正前にすべきこと
【古賀茂明】時代遅れな、あまりにも時代遅れな ~安部政権のエネルギー戦略~
【古賀茂明】森元首相の二枚舌 ~オリンピックの政治的利用~
【古賀茂明】若者を虜にする「安部の詐術」 ~脱出の道は一つ~


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【詩歌】嘘つき村

2014年06月20日 | 詩歌
 幾たびも若き講師の繰り返す「インセンティブ」はうるさき小骨

 嘘つきと言われたほうがよいのかも嘘つき村で暮らす限りは

□小塩卓哉「かくまで美し」(「文藝春秋」、2014年7月号)
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    ギガンジウム
   
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【食】遺伝子組み換え作物規制で住民が相次ぎ勝利 ~米国市民の底力~

2014年06月20日 | 社会
 (1)4月23日、米国バーモント州上院が、圧倒的多数(26対2)でGM(遺伝子組み換え)食品表示法案を可決し、法案は議会を通過した。
 5月12日、ピーター・シュムリン州知事が、この表示法案に署名することを表明し、同州が米国で最初にGM食品表示を行う州となることが確実になった。
 2016年7月1日から施行される。

 (2)GM食品表示を義務化する州が米国に誕生したことは、他の州に大きな影響を及ぼすだろう。TPPなどで、連邦政府が各国に加えているGM食品表示撤廃圧力を殺ぐことにもなりそうだ。
 米国では、昨年、コネチカット州とメイン州でGM食品表示法が成立したが、周辺の州が同様の法律を定めなければ施行されない、など、厳しい条件が付けられた。
 昨年は、それらの州を含めて32州で110のGM食品表示法案が提出され、そのうち幾つかが未決になっている。
 今年初めの時点では、25州において67の法案が審議される予定だったが、そのうち12がすでに一院を通過している。
 最近では、4月24日、新たにミネソタ州でもGM食品表示法案をめぐる審議が開始された。この日、法案を提出したカレン・クラーク・下院議員が趣旨説明を行った。今後、消費者、生産者、食品メーカーなどの意見を聞く公聴会が開催される予定だ。

 (3)米国でもう一つ注目されているのが、ハワイ州議会における動きだ。
 同州では昨年末、カウアイ島地方議会が新しいGMO(遺伝子組み換え作物)の試験栽培やそれに伴う新たな農薬 の使用を規制する条例案を可決。さらに12月にはビリー・ケイノイ・カウアイ島市長がこの条例に署名し、正式に発効した。ちなみに、カウアイ島にはデュポン、シンジェンタなどのバイテク企業の試験圃場が集中している。

 (4)米国でさらにもう一つ注目されているのが、オレゴン州における攻防戦だ。
 同州ジャクソン郡で、GMO栽培禁止条例をめぐって住民投票が行われた。提案したのは有機農家で、これに対してバイテク企業が激しい反対運動を組織してきた。この戦いは「ダビデとゴリアテの闘い」に喩えられ、注目されてきた。
 この小さな地域での住民投票でも、一昨年のカルフォニア州や、昨年のワシントン州で行われたGM食品表示法案をめぐる住民投票と同様に、バイテク企業が資金を集め、テレビCM戦略に打って出た。バイテク6社で合計455,000ドル。巨人は資金力にものを言わせて否決を図った。
  モンサント社183,294ドル
  デュポン・パイオニア社129,647ドル
  シンジェンタ社75,000ドル
  バイエル社22,353ドル
  BASF社22,353ドル
  ダウ・アグロサイエンス社22,353ドル

 (5)カルフォニア州やワシントン州ではテレビCM戦略で、住民の提案した表示法案は否決されてしまった。
 しかし、ジャクソン州では住民側が勝利した。有機農家が巨人を倒したのだ。
 このように、徐々にではあるが、米国では市民の力が社会を動かしている。

□天笠啓祐「GM作物規制で住民が相次ぎ勝利 米国で起きている「NO!」の声」(「週刊金曜日」2014年6月13日号)
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 【参考】
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【食】遺伝子組み換え食品、農薬まみれ食品 ~TPPで規制撤廃(2)~
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【中国】現地取材で痛感 やっぱり危ない中国産食品
【中国】実録・猛毒食品「僕らだって怖い!」 ~中国人は語る~
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【中国】外交と国内問題との関係 ~今後の展望~
【中国】改善されない環境問題 ~大気汚染・水質汚染・食品汚染~
【中国】恐るべき階級社会 ~農村戸籍と都市戸籍~
【中国】5大リスク ~不衛生・格差・バブル崩壊・少子高齢化・軍の暴走~
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【食】日本マクドナルドが輸入する中国産鶏肉の危険 ~抗生物質~
【食】中国産食材は大丈夫か? 日本の外食産業は?
【食】【TPP】原産地表示の抜け道 ~食のグローバル化~
【食】中国食品の有害物質混入、表示偽装 ~黒心食品~
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【原発】司法の役割を果たした福井地裁判決

2014年06月19日 | 震災・原発事故
 (1)日本国憲法は、立法・司法・行政の三権が分立した民主主義国家体制を定めている。
 三権分立制度の狙いは、国民・市民の人権、自由を守ることにある。
 三権のうち司法の主要な役割は、憲法が保障する国民・市民の基本的人権を守る、という視点から立法と行政をチェックするところにある。

 (2)5月21日の福井地裁判決は、まさに司法本来の役割を果たした判決だ。判決は、関西電力大飯原発3・4号機運転差し止めを命じた。
 <生存を基礎とする人格権が公法、私法を問わず、すべての法分野において、最高の価値を持つとされている以上、本件訴訟においてもよって立つべき解釈上の指針である>
 <個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(13条、15条)、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、我が国の法制下においては、これを超える価値を見出すことはできない。したがって、この人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは、人格権そのものに基づいて侵害行為の差し止めを請求できることになる>
 同地裁判決は、人格権重視の視点から、以下のように断じた。
 <被告(関西電力)は本件原発の稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている>

 (3)福島原発事故以前の原発訴訟で住民側を勝訴させたのは、
  (a)高速増殖炉もんじゅの設置許可を無効とした名古屋高裁金沢支部判決(2003年)
  (b)北陸電力志賀原発2号機の運転差し止めを命じた金沢地裁判決(2006年)
 のみだった。そして、(a)および(b)のいずれも上訴審で逆転敗訴となっている。

 (4)もし、最高裁が1件でも住民側勝訴の判決を出していたら、福島原発事故は防げたかもしれないのだ。
 この意味で、福島原発事故に関し、司法の責任は大変重い。
 福島原発事故を経験してしまった現在、全ての裁判官は、司法本来の役割を果たすべきだ、ということを強く肝に銘ずべきだ。 
  
□宇都宮健児「司法の役割を果たした福井地裁判決 ~黒風白雨 28~」(「週刊金曜日」2014年6月13日号)
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【佐藤優】独裁者の「再選」が放置される理由 ~バッシャール・アル=アサド~

2014年06月18日 | ●佐藤優
 (1)政治の世界では「正義は勝つ」という原則が成立しない。
 それがシリア情勢だ。

 (2)6月3日、シリアで大統領選挙が行われた。
 <内戦下でのシリア大統領選は4日、開票作業が終了し、同国のラハム人民議会(国会)議長は、現職のバッシャール・アサド大統領(48)が88・7%の票を獲得して3期目の当選を決めたと発表した。アサド氏は今後、国民の圧倒的な支持で正統性を得たと主張し、反体制派への攻勢を強めるものとみられる。任期は7年。国営メディアによると投票率は73・42%だった。
 アサド氏は結果発表に先立つ4日、「国民はテロリズムに対して自分たちの信念を示した」とする声明を発表。これに対し、反体制派の活動家らはインターネット上で、「政権打倒まで戦い続ける」「選挙に正統性はない」などと主張している。>【注1】
 シリア政府は、今回の選挙では複数の立候補者がいたことに焦点をあて、「民主化が進んだ」と強調した。
 シリア政府のこうしたプロパガンダを額面どおり受け止める人はいない。そもそも、最初から、当選可能性がある人は立候補していない。
 ちなみに、アサド大統領以外の候補の得票率は、ヌーリ・実業家が4.3%、ハッジャール・人民議会議員3.2%だった。
 <投票は政権側の支配地域を中心に行われ、国営メディアによると、登録有権者約1580万人のうち約1160万人が投票した。国外に逃れている270万人以上の避難民の大部分は、棄権するか投票できなかったとみられる。>【注2】

 (3)米国、EU、日本などは、この選挙の結果を認めていない。
 しかし、アサド体制を覆すことを意図する国もない。
 したがって、自国民に対して毒ガスを用いるようなアサド政権が今後も続くことになる。
 とはいえ、アサド大統領の再選を歓迎している国もある。その筆頭イランだ。
 <ローハーニー大統領は8日日曜に、アサド大統領にお祝いのメッセージを寄せ、「シリア大統領選挙が成功裏に実施されたことは、同国の国民が政治の舞台や国家の将来を決定する場に参加しようという、強い意思を有していることを物語っている」としました。(中略)ローハーニー大統領は、このメッセージの中でさらに、「間違いなく、シリア大統領の勇敢さにより、シリアは危機を、無事に切り抜けるだろう」としました。>(イランラジオ 6月9日)

 (4)公然とは口外しないが、イスラエルもアサド再選を歓迎している。
 イスラエルとシリアは、過去4回戦争をした。シリアはイスラエルの力を熟知している。アサド大統領は、口先でいくらイスラエルを罵っても、攻撃を仕掛けることはない。そのときは反撃をくらって、首都ダマスカスが廃墟になることを知っているからだ。アサド政権が実効支配できているのは、首都周辺と出身地のシリア北西部にすぎない。
 しかし、脆弱な反体制派がアサド政権を倒すと、シリアは誰にも統治されない無法地帯になり、そこがアルカイダの拠点になる。
 そんな事態になるよりは、「手の内が読める敵」=アサド政権が存続したほうがましだ、とイスラエルは考えているのだ。
 
 【注1】【注2】記事「シリア大統領選、アサド氏が圧勝 得票率88・7%」(MSN産経ニュース 2014年6月5日)

□佐藤優「独裁者の「再選」が放置される理由 ~佐藤優の人間観察 第71回~」(「週刊現代」2014年6月28日号)
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 【参考】
【佐藤優】経済と政治を行き来する新大統領の過去 ~ペトロ・ポロシェンコ~
【佐藤優】安倍首相とイスラエル首相「声明」の意味 ~ベンヤミン・ネタニヤフ~
【佐藤優】ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~ウラジーミル・ルキン~
【佐藤優】ロシアは日本をどう見ているか ~日本外相の訪露延期~
【佐藤優】ウクライナ衝突の「伏線」 ~オレクサンドル・トゥルチノフ~
【ウクライナ】危機の深層(2) ~ブラック経済~
【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~
【ウクライナ】エネルギー・集団自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~
【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~
【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~
【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」
【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~
【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~
【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~
【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~
【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~
【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~
【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~
【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~
【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~
【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア
【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~
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