語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【映画】アルプスに住むデフの子どもとその一家 ~『山の焚火』~

2015年12月31日 | □映画
   
 スイス・アルプスの一角、人里離れた山岳地方でひっそりと農業を営む四人家族。「癇癪もち」フランツとその妻、子供たち(姉ベッリと弟「坊や」)が淡々と生活を営む。
 十代の「坊や」はデフで、時折自他に対する不満からか、家族には思いがけないふるまいをすることがあるが、おおむね、教師を目指したやさしい姉が担う教育のもと、健やかに育っている。
 とある日、壊れた草刈機に立腹した「坊や」は、それを投げ捨て、父の怒りを買った。家を出され、山小屋で一人暮らしを強いられた彼に、姉が食料ほかを届け、世話を焼いた。二人にとって楽しい時間だったが、星が散りばめる夜、大自然の中で、ひょっとした拍子にひょっとしたことが起こってしまう。
 季節はめぐり、人を家の中に閉ざす冬となった。弟は再び同居する。腹のせりだした姉は母親に告白するが、母親はすでに察知し、赦し、秘かに祈りさえ捧げていた。
 しかし、父親は違った。妻から事の次第を告げられた「癇癪もち」フランツは、銃を手にして娘を追う。止めに入った「坊や」とくんずほぐれつするうちに、暴発する。崩れ落ちる父親。夫の死に衝撃を母親は、間もなく後を追う。
 冬深く、人里離れた山あいの一軒家でのできごと。深く積もる雪は、何事もなかったかのように沈黙を保っていた・・・・。

 映画の舞台は山岳民族の多いウーリ州とされる。
 毎日、まわりをとり巻く岩山を眺め、勾配の大きい丘陵を耕し、隣家とは双眼鏡を通してしかあいさつできない。ちょっとした買い物もカタログで注文し、しかも荷を背におってはるばる登ってこなければならない。それがアルプスの山々に住む人々の日常である。絵葉書のアルプスでもないし、ハイジのアルプスでもない。観光客のためのスイスとは別のスイスをこの映画で見ることができる。
 1985年度ロカルノ映画祭グランプリ受賞作品。
 監督・脚本はフレディ・M・ムーラー。視聴覚器官に対する省察の試みとして、全編目隠しをして、音響をたよりに映画を撮影したことがある(『盲目の男のヴィジョン』、1969年)。

□『山の焚火』(スイス、1985)
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【保健】初日の出の心身的効果 ~鬱対策は光を浴びて~

2015年12月31日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)廃れる一方だ、と言われながらも根強く残る日本のお正月。元旦くらい親子そろって過ごす家庭が多いだろう・・・・お年玉が目当てだとしても。
 もし初日の出参りを計画しているなら、ご来光から30分ほどは日の光を浴びて散歩しよう。新しい一年を気分良く過ごす端緒となるかもしれない。
 以下、カナダはブリティッシュ・コロンビア大学の報告から。

 (2)冬になると気分が落ち込む季節性の鬱に対しては、高い照度の光を浴びる「高照度光照射法」が有効であることが知られている。
 しかし、季節とは無関係な大鬱病については、有効か無効かの結着はついていなかった。

 (3)その研究・・・・
  (a)実験・・・・研究者らは、大鬱病の成人患者(19~60歳)122人を次のように割り付け、8週間にわたり治療を行った。
   ①起床後、30分間1万ルクスの光を浴びる光療法単独群(32人)
   ②抗鬱剤のSSRI単独群(31人)
   ③光療法+SSRI併用群(29人)
   ④偽薬+偽光療法群(30人)

  (b)評価
  治療効果は、治療終了後の「MADRS」鬱病評価尺度(10項目、合計0~60点で評価、30点以上で重症)によって判定した。鬱病スコア平均改善値は、
   ①13.4点・・・・・二番目
   ②8.8点・・・・・三番目
   ③16.9点・・・・最高
   ④6.5点・・・・・最低
  鬱病スコアが50点以上改善された患者の割合は、
   ①で50%
   ②で29%・・・・薬物療法単独では有意な治療効果を示すことができなかった。
   ③で75.9%
   ④で33.3%・・・・薬物療法単独では有意な治療効果を示すことができなかった。
  鬱病スコアが健常な人並みに寛解した人の割合は、①で44%、③で59%と、半数以上が寛解している。どうやら人間が抑鬱に陥らずに過ごすためには、薬よりも光をしっかり浴びることが必要らしい。

 (c)「治療」に必要な1万ルクスを太陽光で得るなら、晴天の昼ごろが最適。初日の出は、少々及ばない。
 とはいえ、新年の高揚感との相乗効果で、気分良く1年を始めるには十分な明るさがある。

□井出ゆきえ(医学ライター)「伝統をあなどるなかれ ご来光は30分間浴びましょう ~カラダご医見番・ライフスタイル編 No.281~」(「週刊ダイヤモンド」2015年12月26日・2016年1月2日・新年合併号)
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 【参考】
【保健】日本人肥満男性の食事と運動 ~糖尿病予防~
【保健】適性な「降圧目標値」 ~120未満で関連疾患が3割低下~
【保健】自由な裁量権でスリムに ~ストレスでメタボ~
【保健】目の老化には赤と緑と橙色 ~加齢黄斑変性症の予防~
【保健】早期発見のためにエコーと併用 ~乳がん検診~
【保健】骨折予防はカルシウムのほかに・・・・
【保健】前糖尿病患者は食習慣の改善を ~全国糖尿病週間~
【保健】糖質制限より脂質制限? ~体脂肪を減らす~
【保健】受動喫煙が歯周病リスクに ~ただし男性のみ~
【保健】貧乏ゆすりが命を救う? ~マナーより健康~
【保健】「高収入の勝ち組」の健康リスク? ~50歳以上の有害な飲酒~
【保健】照明用白色LEDのブルーライトは安全か?
【保健】目の愛護デー ~緑内障による失明を予防~
【保健】長時間労働は脳卒中リスク ~週41~48時間でも上昇~
【保健】ほぼ毎日食べると、死亡リスクが14%減少 ~唐辛子~
【保健】水族館でリラックス効果 ~血圧・心拍数に好影響~

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【映画】不幸な男たちの最高の時間 ~『パリの天使たち』~

2015年12月30日 | □映画
 幸福な家庭は互いに似かよっているが、不幸な家庭はそれぞれの不幸を異にする。
 他の家庭と似かよった家庭の主ミシェル・ベルチェ(ジェラール・ジュニョー)は、ある日、業績不振を理由に、寝具メーカーの管理職をリストラされてしまった。
 ミシェルは、航空会社スチュワーデスの細君にほんとのことをいえない。ウソを重ねているうちに、細君の預金を遣いこんでしまった。
 なにもかもバレてケンカになり、売りことばに買いことばで、家出する。

 夜の公園で出会ったホームレス3人にそそのかされ、男をクビにした職場から毛布を盗むことにした。
 しかし、仲間の一人が、男の唯一の財産を運転して遁走。車を勝手に処分したあげく、麻薬でショック死寸前となる。
 男たちは、彼をみつけて、あたふたと病院へ運んだ。

 ふたたび窃盗に挑戦するが、あわや逮捕寸前となった。元の同僚は憐み、ミシェルは見逃してもらった。
 逃げたもう一人の仲間は、後に単独で盗みにはいったところ、事故死。
 逮捕された仲間の一人は、警官に移送される途中で格闘し、転落死する。
 逮捕されたもう一人の仲間は、出所後、警備員の定職に就いた。

 ミシェルは、定職に就いた仲間から諭され、細君とよりを戻すことにする。その仲間は、ミシェルとたまたま再会したその息子から「帰ってきて」と乞われる様子を目撃していたのだ。
 ミシェルは偶然をよそおって細君と再会するが、豪勢な生活をしていたというウソは、すぐさまバレてしまった。見え見えだったのである。
 だが、「淋しかった」と泣き出す細君。右であれ左であれ、わが祖国。いや、失職しようがホームレスだろうが、わが夫・・・・。

 誰にでも起こり得る失業。ことに昨今の日本で増加している失業者、ホームレス。
 きみたちに明日はない。きみたちの背後にあるのは 社会の最底辺だ。

 とはいえ、この映画、暗い話なのに、全編が妙に明るい。ほのかなペーソスというか、墓掘り人夫のような陽気さというか。人は最悪のときにもっともよく笑う。これが監督・主演のジュニョーの哲学らしい。
 邦題は、よくできた意訳だ。原題は、“Une Epoque Formidable”、「素晴らしい(最高の)時間」。
 ミシェルたちホームレスは生活が切迫しているわりにノンシャランだし、シャルル・ドゴール空港やノートルダム寺院といった名所に出没して映画の観客を楽しませてくれる。
 余談ながら、識者によれば、フランスではホームレスのことを今ではSDF(Sans Domicile Fixe、決まった住居がない者)と呼ぶらしい。従来は、クロシャール(clochard、浮浪者)と呼ばれていた。1980年代、フランスのホームレスに質的な変化があって、呼称が変わったという。

□『パリの天使たち』(仏、1991)
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【本】管理に従順な者、従順でない者 ~「信号」~

2015年12月30日 | 小説・戯曲
 旺文社文庫版の本書は、帝政ロシアに一閃の光芒のごとくあらわれては消えた作家フセーヴォロト・ミハイロヴィッチ・ガルシンの短編を5編おさめる。
 表題作「紅い花」が世に名高いが、ここでは「信号」をとりあげる。

 線路番、セミョーン・イヴァーノフが、故意にはずされたレールを発見し、ハンカチをふって驀進してきた列車を止める、という話だ。ごく単純なようにみえて、全編をつらぬく緊張感とそれに見合った密度の高い文体が、文庫でわずか30ページ弱を倍か三倍くらいの長さに感じさせる。ことに最後の数ページは、時計の針なら1分か2分、長くて3分くらいを動くつかのまの出来事にすぎないのに、1時間かもっと長い時間がたったような錯覚をおこさせる。それほど濃密な時間が流れる。
 はずされたレールの発見。汽笛。刻々と近づく汽車。レールは規則正しい調子で震え出す。セミョーンは脳裏にひらめいた思いつきにしたがい、左腕の肘より少し高めのところを小刀で突いて、その血で木綿のハンカチを赤く染めて、そのハンカチを振る。汽車は100メートルの距離に近づく。あの距離では、もう止められない・・・・。激しい出血は眩暈をまねき、昏倒し、旗を取り落とした。

 ぞくりとくる一瞬だ。
 その直後に、万人を感動させる(はずの)場面が続く。
 レールをはずした犯人が、セミョーンが落とした旗、つまりハンカチを彼に代わって高々と振りあげたのだ。
 犯人は、ヴァシーリイ・スチュパーヌィッチであった。セミョーンの同僚で、やはり線路番の。一方の駅まで14キロ、他方の駅まで12キロ、その間の線路を二人が保守していたのだ。

 線路番ヴァシーリイが、なぜ自分の仕事を破壊するような犯行に走るにいたったのか。
 小説では深くは掘り下げられていない。官僚主義の一端がさりげなく描かれているから、、ヴァシーリイの不満がそれに由来するか、すくなくとも元々もっていた不満がお役所の掟によって増幅されたらしい。
 小説は、二人の経歴、そこからくる人生や社会に対する態度の違い、あるいは性格の違いを描写することで、セミョーンの善良さ、そして愚直なまでの職務への忠実を強調する。
 職業倫理は、守られなければならない。
 ヴァシーリイは、断罪されなければならない。
 JR福知山線脱線事故の責任者は、責任をとらなければならない。

 ガルシンの同情はヴァシーリイに向けられていたのではないか、と思う。19世紀後半の専制主義ロシアにおいて、言論の自由はなかった。ガルシンが書くことのできる範囲は限られていた。
 職務に従事する者の生活が守られていない点で、上意下達のJR西日本と、帝政ロシアの鉄道当局と、どう違うのか。
 「信号」は、セミョーンの通俗的倫理を称揚する影に隠れがちだが、ヴァシーリイの抱える(当時も今も)今日的な問題をさりげなく、しかし重く描いている。
 ガルシンは、勃興するロシア・ナロードニキと同時代を生き、33歳で自決した。神の愛でし人であった。

□フセーヴォロト・ミハイロヴィッチ・ガルシン(小沼文彦訳)「信号」(『赤い花・信号』所収)(旺文社文庫、1968)
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【本】今に生きる論語、その実践的知~『中国の知恵 -孔子について-』~

2015年12月30日 | 批評・思想
 (1)副題が示すように、孔子を語り、孔子を通して見た中国人を語り、その知恵を紹介する。

 (2)読んで楽しい。
 その理由の第一は、ゴシップが豊富なことだ。著者自ら弁解するように眉唾なゴシップも多いが、ゴシップはまるごと事実でなくても一筆書きで鮮やかにその人となりを浮かびあがらせる。
 本書は、『春秋左氏伝』ほかからゴシップを引きつつ、これは史実、これは小説的、小説的ではあるけれどもあり得べき真実、などとランクをつけて紹介する。

 (3)読んで楽しい理由の第二は、語り口にある。
 漢語まみれだとなじみにくい。だから、という配慮からか、「トピック」など外来語を援用して(比較的)ナウな感覚を出したり、日本の読者がなじみ深い(はずの)言葉遣いや史実と関連づけて古代中国の歴史と人を身近に感じさせる。
 また、「批評家は、そう批評した」とか「キリスト教徒でない晏嬰は、十字は切らなかった」とか、幾分諧謔をまじえて座談ふうに話を運び、読者を楽しませる。
 他方、時には背徳の政治家や奇怪な政変に対して辛辣な批評をはなち、読むとはかくのごときか、と慄然とさせる。
 訳文ないし意訳の後で書き下し文を付している構成も読みやすい。広く一般の人にもアクセスしやすい構成だ。

 (4)ところで、本書で伝えようとする孔子の姿はいかなるものか。
 学問への情熱、政治倫理もさりながら、人間の性が善なることへの底知れない信頼こそ著者がもっとも好ましく思うところらしい。
 時代が時代である。下克上、弱肉強食、群雄割拠。権謀術数がはびこり、じじつ孔子は、彼が魯で着々と業績をあげているのに不安を抱いた斉の策謀によって、国政の中枢を降りるはめになった。生き馬の目をぬく時勢の中に花開いた力強い向日性は、著者も指摘するように、ほとんど奇蹟だ。
 だが、もっと注目すべきは、この骨太なエネルギーが、じつに細やかに、かつ複雑に、周囲に伝わっている点だ。状況をみてとるに敏なことだ。これは一方では政治に関して顕著だが、他方では微妙な人間性の深い洞察となった。

 (5)弟子たちへの助言は、同じテーマでも各自の個性によってニュアンスを変える。
 <例>「人の難儀を聞けばすぐ助けてやってよろしいか」の問いに対して、侠気がかった子路には「父兄に相談せずにすぐそんなことをしてよいものか」と勇み足をたしなめ、公西華には「すぐ助けなさい」と、引っ込み思案を矯めるべくエンパワーする。
 こうした柔軟性が今の教育にあるか。今日の教師は、多すぎる雑務に疲弊しているのではないか。
 いや、これはひとり学校教育のみに関係する話ではなく、社会教育、あるいはオン・ジョブ・トレーニング(OJT)のような企業内人材育成に携わる人にも関わる話だ。

□吉川幸次郎『中国の知恵 -孔子について-』(新潮文庫、1958、改版1972)
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【保健】ジェネリック薬品にご用心

2015年12月30日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)薬局でやたらにジェネリック薬を勧められたり、ジェネリック薬を勧めるのポスターが貼られていたり、テレビでジェネリックメーカーのCMを頻繁に見かけたりする。
 なぜジェネリック薬がこんなに猛プッシュされているのか。
 政府が、2015年5月末に、40兆円にも膨らんだ医療費を削減する対策の目玉として、2020年度末までにジェネリックの数量ベースの普及率を80%(2015年度4~6月は54.4%)に高める目標を掲げたからだ。

 (2)一定期間、独占的に販売できる新薬(先発薬)の特許が切れた「後発薬」のことを「ジェネリック薬」と呼ぶ。開発費が数百億円かかるとされる先発薬に比べ、後発薬は開発費がそれほどかからないので、薬価が新薬の6割以下に設定されている。
 国は、80%の目標が達成されれば、2020年度に1.3兆円削減できると算盤をはじいている。
 国は、使う側にもインセンティブをつけている。
  (a)医師は、薬の商品名を指定せず、薬局でジェネリックが出せるよう一般名(成分名)で処方すれば、処方箋交付1回当たり2点(20円)の診療報酬点数が加算される。
  (b)薬局は、ジェネリック薬を調剤する割合が高いほど、診療報酬が加算される。だから、処方箋を持参すると、やたらと薬剤師がジェネリックを勧めたがるのだ。

 (3)有効成分が同じで薬価が安いのだから、いいことずくめだ・・・・と思うかもしれない。しかし、ジェネリック薬には、あまりにも「まやかし」が多すぎる。

 (4)まやかしの1、「同等性」の問題。
 国は、薬の摂取後に有効成分の血中濃度の上がる速度や量が一定範囲に収まれば「生物学的同等性がある」と見なし、先発薬と同じ効能・効果が得られるとしている。
 ところが、実際には、先発薬と血中濃度の上がる速度や量が違う後発薬がいくつもあり、そのためにトラブルが生じている、と専門家から指摘されている。
 <例1>有効成分がゆっくり溶け出すタイプの狭心症薬を、先発薬から後発薬に切り替えたとたん、発作が抑えられなくなり、救急病院に運ばれて危うく一命を取り留めたケースがあった。
 <例2>皮膚に貼るタイプのぜんそく薬では、後発薬だと朝のぜんそく発作を抑えられないとする指摘が複数あった。
 なぜ、このようなことが起こるのか。
 それは、有効成分が同じでも、薬を形づくるのに必要な添加剤やコーティング剤などが先発薬と異なるからだ。そのため、徐々に溶け出すはずの有効成分が一気に放出されて、前記のような事態が起こったと考えられている。
 実は、薬には有効成分だけでなく、薬を形づくる添加剤や製法にも特許がある場合がある。
 また、薬の製法には他社に真似できないノウハウもある。
 かくて、添加剤や製法が異なるために、後発薬だとアレルギーが出たり、効果が十分に得られないケースがある、という指摘もあった。
 <例3>抗生物質や皮膚科のぬり薬のケース。

 (5)まやかしの2、薬の原料である「原薬」の品質の問題。
 国が行った調査によると、ジェネリック薬の原薬の約半数(購入金ベース)が中国、韓国、インドから調達されていた。
   ①中国・・・・下水油を原料とした抗生物質が流通した事件があった。
   ②韓国・・・・工場が品質基準を満たしておらず、日本の一部のジェネリック薬の流通がストップしたことがあった。
   ③インド・・・・原薬工場ではハエが飛ぶほど不衛生であることが発覚した。
 海外の原薬のすべてが信用できないというわけではない。
 国も来年度から海外の工場に派遣する査察員を増やすなどして、原薬の品質検査を強化する方針を打ち出している。
 しかし、鳥集徹らが日本ジェネリック製薬協会に所属する41社を対象に原薬の調達状況を照会するアンケートを実施したところ、回答があったのはわずか3社だった。
 食品と同様に原産地表示は、消費者が商品を選択するにあたり欠かせない情報だ。業界にこうした隠蔽体質がある限り、いくら品質検査を強化しても危険性は残る。

 (5)そもそも、国やメーカーがジェネリック薬の「同等性」にこだわり過ぎていることも問題だ。
 添加剤の違いなどによってトラブルが生じることを、ジェネリックを推進する側は「こうした副作用は先発薬でも起こること」と反論している。
 しかし、問題は「副作用」ではない。どちらも「同じ」という前提に立つと、先発薬から後発薬に切り替えたときに生じるトラブルに気づくのが遅くなり、患者の命に関わる事態が起こるのが問題なのだ。
 にもかかわらず、国やメーカーが「同等性」にこだわるのは、「違う薬」と言ってしまうと、普及推進の妨げになると恐れているからではないか。
 しかし、薬の安全性をないがしろにした結果、起こった薬害の例はいくつもある。被害者が出てからでは取り返しがつかない。信用や安全の確保よりも、とにかく先にジェネリック薬を普及させようとする国や業界の姿勢に疑問符がつく。
 そもそも、諸外国に比べ、特許切れの薬の薬価自体が高すぎる上に、日本は無駄な薬を使い過ぎだ。そこに切り込んでいかない限り、いくらジェネリック薬を普及させたところで、40兆円(うち薬剤費は10兆円)に膨らんだ国民医療費を削減するのは容易ではあるまい。

□鳥集(とりだまり)徹「ジェネリック薬品にご用心」(『オピニオン 2016年の論点』、文藝春秋社、2015)
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【映画】好き同士の神は細部に宿りたまう ~『映画千夜一夜』~

2015年12月29日 | □映画
 映画好きなら、たまらない鼎談集。「千夜一夜」と銘打つが、一夜で読みつくしてしまう。
 蓮實重彦及び山田宏一はサヨナラおじさんのひきたて役をつとめようとしているが、自ずから蘊蓄が口をついて出る。

 たとえば『第三の男』のラスト・シーンは秋か冬かにはじまって、
 「秋そのもので、しみじみしたものが西洋にはないねえ」
と淀川長治が言えば、
 「フランスでは秋の夕暮れは19世紀にならないとない」
と仏文学者の蓮實重彦が解説する。
 象徴派の詩人がうたうまで、フランス人は秋の夕暮れに詩情を感じなかったらしい。

 しかし、こうした知識もさりながら、作品の見どころを拾いだす手際がすばらしい。
 見てない映画でも見た気になる。

 たとえば『青髭八人目の妻』。
 「ゲーリー・クーパーが高級洋品店にパジャマを買いに入って、結婚するんだから下のほうはいらない、だから安くしろと値切るところは笑ってしまいました」
と蓮實重彦。これに
 「ゲーリー・クーパーが誠実そうな顔をしてやるからおかしかったですね」
と山田宏一が和す。当然ながら、俳優についても一家言がある。
 「(イングリッド・)バーグマンは階段を降りるとき、いつも素晴らしいと思います」
と山田宏一。

 この鼎談から、映画は細部までしゃぶって、なおかつ、しゃぶり尽せぬ奥行きのある芸術であることを知る。
 じつに奥が深い。ゆえに楽しみは大きい。

 淀川長治は、いつでも、たちまち映画のストーリーを生き生きと再現する。無数に見てきた映画が、さきほど見てきたように鮮やかに記憶の棚にしまいこまれているらしい。彼は、まさに映画の中を生きてきた。

 いまでは見る機会に恵まれない古い映画の話題が多くて、いささか縁遠く感じさせられるのが難点といえば難点だ。
 しかし、言葉によって伝えられる昔の映画は、繊細で、しっとりとした情緒に包まれていたらしい。
 このあたりの機微が、打てば響く者同士のかけあいでしみじみと伝わってくる。

□淀川長治、蓮實重彦、山田宏一『映画千夜一夜』(中央公論社、1983、後に中公文庫、2000)
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【戦争】英国特殊部隊秘録 ~『SAS特殊任務』~

2015年12月29日 | 社会
 (1)英国特殊空挺部隊(SAS:Special Air Service)に20年間あまり勤め、一等准尉に登りつめた著者による回想録。アンディ・マクナブやクリス・ライアンの直属の上司であった。実戦が豊富に綴られている。北アイルランド作戦、コロンビアの麻薬マフィア撲滅作戦、情勢不穏なザイールにおける大使館警備、シエラレオネ人質救出作戦など。
 全体の三分の一を占めるアフガニスタンへの潜入記録が圧巻だ。

 (2)ムジャヒディーンの一隊と3か月間行動をともにし、スティンガー・ミサイルの操作を教えた。
 このミサイルは、1989年に戦争が終結するまでに270機以上のソ連機を撃墜した。アフガン戦争におけるソ連邦敗北の決定要因となり、ソ連邦崩壊の遠因ともなった。
 ハンターらの目的を達成できたのだが、本書に語られるのは、血と硝煙の、ほとんど死と背中合わせの日々を語る。

 (3)アフガンの戦争における西側の関与はかねてからささやかれていた。しかし、当事者による報告は本書が初めてだとされる。
 それだけに、当局の検閲が加わっているはずだ。除隊して民間人の立場で潜入したことが強調されているが、除隊の理由はとってつけたようだし、その気になれば元の階級で復帰させるという上司の保証も妙な話だ。家族と過ごす時間を持ちたい、と言いながら、長期間のアフガン潜入に躊躇していない。そして、目的が達成されるやいなや、ほとんど間をおかずSASに復帰している。
 当局が検閲し損ねたらしい文面も見られる。
 「わたしは、アフガニスタンに入ったら、とくにソ連軍との直接的接触にかかわってはならないと厳命されていた」
 命令は組織の構成員である限りにおいて有効なはずだ。してみれば、著者の除隊は、英国政府が(公式には)関与していない、と表向きには言えるための粉飾にすぎない。

 (4)著者が有能な指揮官であったことは、本書の至るところに見てとれる。
 情勢の全体を掌握する視野、その冷静な分析、付与された権限にもとづく果断な決断、組織的な欠陥を見破り改善のために直言する率直、コミュニケーションがままならぬムジャヒディーンに対してさえ効果的に行う訓練・・・・。
 著者は年功序列で昇進させることのなくなった新しい波の一員だった、という。SASの「変化のプロセスに積極的な影響をおよぼした」と誇り高く回顧するのもむべなるかな。

□ギャズ・ハンター(村上和久・訳)『SAS特殊任務 -対革命戦ウィング副指揮官の戦闘記録-』(並木書房、2000)
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 【参考】
【本】米最強のスペシャル・フォースの戦闘記録~『ブラックホーク・ダウン』~
【本】組織を支える人材の、組織を超える視点 ~『ブラヴォー・ツー・ゼロ』~
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【本】米最強のスペシャル・フォースの戦闘記録~『ブラックホーク・ダウン』~

2015年12月29日 | ノンフィクション
 1993年10月3日、内戦が続くソマリアの首都モガディシュで小さな部隊が出動した。デルタ、シール、レインジャーなど、米軍の陸海空の精鋭、99名の特殊部隊である。国連の平和活動を妨害する武装組織アイディド派の最高幹部を拉致すること、が課せられた任務であった。
 午後3時半、部隊は基地を出発した。1時間で片づく単純な作戦のはずであった。夜あらためて電話する、と妻に約束した隊員もいた。だが、部隊の大部分はその日のうちに基地へ戻れなかった。
 ハイテクを装備したヘリコプター「ブラックホーク」がRPGのロケット弾を浴びて撃墜され、生存者の救出に向かった別の「ブラックホーク」もまた同じ憂き目にあい、主導権を失ったのである。
 アイディドを支持するソマリ族たち数千人に包囲され、車輌部隊は複雑に入り組んだ街路を迷走して死傷者をいたずらに増やした。歩兵は負傷者をかかえて動けなくなって複数の小さな集団に分散してしまった。水、食糧、医薬品、弾丸、すべてが不足した。不足しなかったのは、敵から雨霰と浴びせかけられる銃弾、RPGや手榴弾だけであった。
 墜落した2機目の「ブラックホーク」の機長、マイク・デュラントは、幸い生きて囚われの身となり、11日目に基地へ戻ることができた。しかし、多数が永遠に帰らなかった。死者18名、負傷者73名の甚大な損害を受けたのである。一度の、短時間の戦闘で米軍が受けた損害としては、ヴェトナム戦争以来最大のものである。
 地元民はそれ以上に多大な死傷者を出した。死者500名以上、負傷者1000名以上といわれる。

 本書は、この一昼夜にわたる戦闘を克明に再現する。
 一方に、鍛えぬかれた兵士ならではの果敢な行動がある。正規軍ならば、はやい段階で壊滅していたかもしれない。しかし、戦さに馴れたデルタが現場でリーダーシップをとり、レンジャーの若者たちがこれに倣った。
 他方に、戦さにつきものの悲惨がある。もぎとられた腕、大腿から骨盤へ抜けた銃創、不発のRPGが胸に突き刺さったまま、まだ生きている兵士。

 すべて即物的に記述される。
 あくまで事実が追求されているが、事実の指摘そのものが批評ともなる。たとえば「歩兵大隊の指揮に慣れてはいるが、車輌縦隊に慣れていないマクナイト中佐は、あろうことか目的地を誰にも知らせていなかった!」かくて、レンジャーの経験不足のハンヴィー運転手たちは交差点を横断するつど停止し、後続の車輌を敵の集中砲火の的にしてしまったのである。
 これは人間がからむミスだが、ハイテクの限界からくる情報の食い違いもあった。上空で航空部隊任務指揮官が地上の状況を基地の司令部へ伝え、司令部が救援の車輌部隊の指揮官へ指示したのだが、当然生じたタイムラグが車輌部隊を迷走させたのである。曲がるべき角を指示された時には、すでに角を通りすぎていた。結果として誤った街角で曲がり、迂回に迂回を重ね、貴重な時間が空費された。時間の経過とともに至るところにバリケードが築かれ、車輌隊部の損害は加速度的に増していった。

 本書は、丹念な調査のたまものである。米軍の関係者をインタビューしてまわっただけではなくて、現地の住民や生き残りの戦闘員からも取材し、戦闘の様相を立体的に浮き上がらせている。混乱に満ちた戦場を綿密に再構成している。
 著者は、「フィラデルフィア・インクワイアラー」の、数多くの賞を受けたベテラン記者である。歴史家の権威、回想録の感情、小説の面白み、あくまで事実に即する読みもの。これらを本書のねらいとしたらしいが、その意図は十分に達せられている。
 著者の批評は控え目だが、政治と軍事との関係、合衆国の世界の警察的機能・・・・考えるテーマには事欠かないが、まず著者とともに事実そのものへ接近するのが読者の務めだろう。
 この事件は、米国の軍略の転換点となった。冷戦終結後の世界の諸悪を叩くという米国の方針は、ソマリアで瓦解したのだ。のみならず、米国の敵に対して、米国とどう闘えばよいかの要領を教えてしまった。9・11(米国同時多発テロ)、あるいはアフガニスタンやイラクにおける勝利なき戦いの淵源がここにある。

□マーク・ボウデン(伏見威蕃訳)『強襲部隊 -米最強のスペシャル・フォースの戦闘記録』(早川書房、1999。後に『ブラックホーク・ダウン -アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録-』、ハヤカワ文庫、2002)
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【保健】機能性表示食品の効果は信用できるか ~成分ごとの検証~

2015年12月29日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)機能性表示食品の届出件数が150件を超えた。成分でいうと40種類ほどだ。その40成分がどれくらい信用できるか。大きく分類すれば、次の3つ。
  (a)トクホでも認められている:8成分 
  (b)機能性を示唆する研究あり:11成分
  (c)証拠不十分:21成分

 (2)機能性表示食品は、2015年4月から新たに導入された制度だ。企業が自己責任で食品の機能性を表示できる。その代わり、その科学的根拠となる情報を消費者庁に届け出ねばならない。届け出た情報は、一般に公開される。
 植田武智・科学ジャーナリストは、今年5月、調査時点で届出受理された21商品中10商品に問題があると指摘した【注】。消費者庁にも疑義情報として提出したが、消費者庁は何の対応もとってない。
 その後も届出件数は増え続け、12月2日現在151件となった。

 (3)(1)の分類に際して今回使用したデータは、国立健康・栄養研究所のホームページ「健康食品」の安全性・有効性情報」の中にある「素材情報データベース」だ。成分ごとに、研究所が論文などの科学情報を調査し、有効性と安全性の証拠の度合いを評価している。
 機能性表示食品として届出された40成分が、そこでどう評価されているかによって3つに分類できるのだ。
  (a)国が審査し、許可するトクホに使われている成分の場合、信頼度は比較的高い。
  (b)研究所のホームページで機能性を示唆する研究があると指摘されている成分。
  (c)証拠不十分とされている成分。

 (4)40成分のうち半分以上の21成分がC評価となった。
   ①ただし、研究所の情報でC計画だからといって、ただちに証拠なしと断言するわけにはいかない。企業が新たに独自の研究や調査で機能性があるという証拠を示している可能性もあるからだ。
   ②ただ、機能性表示食品は、あくまで企業の自己申告。C評価の成分については、消費者は情報を鵜呑みにせず、注意深く届出情報を吟味する必要がある。情報を読み込むのはなかなか大変だが、特に現段階で手を出さない方がよいものの見分け方が一つある。
   ③C評価の成分の中で、企業が自社の最終製品で検証せず、既存の論文を検索することによる評価(システィマティックレビュー)で届けているもの。特にレビューの対象とした論文が1~3件程度と極端に少ないものが要注意だ。
   ④特に問題なのは、原材料の企業がレビューのデータセットをそろえている場合だ。<例>キューピー「ヒアルロン酸」・・・・ヒアルロン酸の肌の保水効果をうたった商品が10件届出されているが、証拠のデータはすべてキューピーが提出したものと同じだ。トクホのように申請ごとに臨床試験を求める場合には、商品数が増えるごとに検証されることになる。しかし、今回のヒアルロン酸のケースは、証拠データは1種類の使い回しなので、新たな検証がなされず、商品数だけが増えていくことになる。

 (5)本来、システィマティックレビューとは、すでに多くの研究結果が示されている成分について、総合的に判断するもの。申請企業だけの研究が数件しかない場合に使うべきではない。

 【注】「【保健】機能性表示食品は信頼できるか? ~21商品を徹底チェック~

□植田武智「機能性表示食品の効果は信用できるか? 成分ごとに検証してみた」(「週刊金曜日」2015年12月11日号)
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【本】組織を支える人材の、組織を超える視点 ~『ブラヴォー・ツー・ゼロ』~

2015年12月28日 | ノンフィクション
 湾岸戦争で、イラクはスカッド・ミサイルをイスラエルへ射ちこんだ。イスラエルが反撃すれば、多国籍軍に属するアラブ諸国が反発し、結束を弱め、あわよくばイランでさえイラク側に転向させることができるかもしれない、というのがサダム・フセインの読みであった。多国籍軍の中核をなす米英としては、軍の結束を維持するために、イスラエルの参戦を防がねばならない。イスラエルに対するイラクの攻撃を阻止しなくてはならない。
 こうした政治的な理由だけではなかったが、スカッド・ミサイル発射基地ないしTEL(輸送車兼用起立式発射機)を叩くためにイラクへ英国特殊空挺部隊(SAS:Special Air Service)が送り込まれた。

 本書は、派遣されたSASのうちの一個小隊、コード・ネーム「ブラヴォー・ツー・ゼロ」を率いるマクナブ軍曹及び隊員計8名の闘いと脱出行、さらに捕虜体験を描いた記録である。
 事前に得ていた情報と異なっていたため、小隊ははやくも潜入した翌日に発見されてしまう。悪いことに無線が通じない(帰国後、教えられた周波数が間違っていたことが判明した)。AWACS(空中警戒管制システム)機とも連絡がとれない(帰国後、交信範囲より300キロ離れていたことがわかった)。国境をめざすうちに、隊員の一部を見失い、戦闘のうちに離散する。マクナブは捕虜になった。
 マクナブは拷問を耐え抜いて帰国するのだが、小隊は結局3名の死者を出した。生存者の一人クリス・ライアンは、飲料水も食糧もほとんどないまま8日間で300キロを踏破し、サウジアラビアたどり着いた(退役後作家となった)。

 著者が捕虜となった日々に紙数のなかばが割かれている。なんせ、当時独裁者が血で権力を維持していたイラクである。悲惨としか言いようのない体験をするのだが、これを図太い、野卑ともいえるユーモアをまじえて闊達に語る。
 最悪な環境をしのがせたのは、SAS隊員精神である。苛酷なまでの訓練は、肉体を鍛え、その結果として精神も鍛える。獄中で肉体を痛めつけられても、理性を維持するために日時に注意し(見当識の保持)、一度口にした虚言を首尾一貫させているか、いつどう述べれば効果的かなどを刻々自問して確かめている。精神は訓練できるし、訓練された精神の成果がここにみられる。

 本書に引用されたスリム元帥の演説は一顧の価値がある。
 「わたしが戦いの指揮をとっており、なにもかも計画どおり順調に進み、勝利を収めつつあるとき--わたしは偉大な指導者であり、優秀な将校である。だが、なにもかもうまくいかないときは、自分がじっさいに指揮をとっているかどうかに関係なく、非難されるのはわたしなのだ」
 軍隊にかぎらない。会社その他の組織においても、トップの責任はこうしたものだ。
 下士官にして元帥の視点を持つ。これはアンディ・マクナブ固有の特質なのか、SAS隊員が総じてこうした意識の持ち主なのかは詳らかではないが、すくなくとも幾人かはマクナブと同じ視点を有しているにちがいない。つまり、幾人かは、組織の一員として組織の要請を着実に遂行する一方で、担当する業務を超えた広い視野をもつことができるのだ。これは独りSASに限らない、優秀な組織は、こうした人材によって支えられいるのだ。

□アンディ・マクナブ(伏見威蕃・訳)『ブラヴォー・ツー・ゼロ -SAS兵士が語る湾岸戦争の壮絶な記録-』(ハヤカワ文庫、2000)
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【心理】もの忘れを防ぐテクニック ~記憶術~

2015年12月28日 | 心理
(1)符号化
 無意味な語は有意味な語に置き換える。
 1492は、「いよ、くに」と覚える。

(2)精緻化
 関連情報を追加する。
 コロンブスが西インド諸島に到達した1492年は、「いよ、くに(が見えた)」と覚える。

(3)イメージ化
 視覚的なものに置き換える。
 14は、「いよ」より「いし(石)」のほうが記憶しやすい。

(4)場所法
 多くの材料を一定の順序で覚えるために、自分の身体の部分、家の部屋の並び方など熟知した場所に結びつける(連合)。
 居間の06→おおむ、が79→啼く。

(5)論理的な理解
 23,26、28、31・・・・をまるごと暗記するより、21+2=23、23+3=26、26+2=28、28+3=31・・・・のように、数字が+2、+3、+2、+3・・・・の規則で作られていることを理解すると、いつまでも記憶が保持される。

(6)7プラス・マイナス2
 直接記憶には許容範囲がある。数字なら、7プラス・マイナス2である。心理的まとまりをもっった単位(チャンク)が7件プラス・マイナス2件である。
 だから、記憶するべきものに優先順序をつけて、優先するものから記憶するとよい。 

□鹿取廣人・杉本敏夫・鳥居修晃編『心理学 第3版』(東京大学出版会、2008)
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【詩歌】「独楽吟」 ~52の楽しみ~

2015年12月28日 | 詩歌
 橘曙覧は、幕末の歌人・国文学者である。今上天皇が1994年に訪米したとき、当時の大統領ビル・クリントンは歓迎あいさつに橘曙覧「独楽吟」から「たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時」を引用した。以下、「独楽吟」全52首。

   たのしみは艸のいほりの莚敷ひとりこゝろを静めをるとき

   たのしみはすびつのもとにうち倒れゆすり起すも知らで寐し時

   たのしみは珍しき書人にかり始め一ひらひろげたる時

   たのしみは紙をひろげてとる筆の思ひの外に能くかけし時

   たのしみは百日ひねれど成らぬ謌のふとおもしろく出きぬる時

   たのしみは妻子むつまじくうちつどひ頭ならべて物をくふ時

   たのしみは物をかゝせて善き値惜みげもなく人のくれし時

   たのしみは空暖かにうち晴し春秋の日に出でありく時

   たのしみは朝おきいでゝ昨日まで無りし花咲ける見る時

   たのしみは心にうかぶはかなごと思ひつゞけて煙艸すふとき

   たのしみは意にかなふ山水のあたりしづかに見てありくとき

   たのしみは尋常ならぬ書に画にうちひろげつゝ見もてゆく時

   たのしみは常に見なれぬ鳥の来て軒遠からぬ樹に鳴しとき

   たのしみはあき米櫃に米いでき今一月はよしといふとき

   たのしみは物識人に稀にあひて古しへ今を語りあふとき

   たのしみは門売りありく魚買て烹る鐺の香を鼻に嗅ぐ時

   たのしみはまれに魚煮て児等皆がうましうましといひて食ふ時

   たのしみはそゞろ読ゆく書の中に我とひとしき人をみし時

   たのしみは雪ふるよさり酒の糟あぶりて食て火にあたる時

   たのしみは書よみ倦るをりしもあれ声知る人の門たゝく時

   たのしみは銭なくなりてわびをるに人の来りて銭くれし時

   たのしみは世に解がたくする書の心をひとりさとり得し時

   たのしみは炭さしすてゝおきし火の紅くなりきて湯の煮る時

   たのしみは心をおかぬ友どちと笑ひかたりて腹をよるとき

   たのしみは昼寝せしまに庭ぬらしふりたる雨をさめてしる時

   たのしみは昼寝目さむる枕べにこと/\と湯の煮てある時

   たのしみは湯わかし/\埋火を中にさし置て人とかたる時

   たのしみはとぼしきまゝに人集め酒飲め物を食へといふ時

   たのしみは客人えたる折しもあれ瓢に酒のありあへる時

   たのしみは家内五人五たりが風だにひかでありあへる時

   たのしみは機おりたてゝ新しきころもを縫て妻が着する時

   たのしみは三人の児どもすく/\と大きくなれる姿みる時

   たのしみは人も訪ひこず事もなく心をいれて書を見る時

   たのしみは明日物くるといふ占を咲くともし火の花にみる時

   たのしみはたのむをよびて門あけて物もて来つる使えし時

   たのしみは木芽煮して大きなる饅頭を一つほゝばりしとき

   たのしみはつねに好める焼豆腐うまく烹たてゝ食せけるとき

   たのしみは小豆の飯の冷たるを茶漬てふ物になしてくふ時

   たのしみはいやなる人の来たりしが長くもをらでかへりけるとき

   たのしみは田づらに行しわらは等が耒鍬とりて帰りくる時

   たのしみは衾かづきて物がたりいひをるうちに寝入たるとき

   たのしみはわらは墨するかたはらに筆の運び思ひをる時

   たのしみは好き筆をえて先水にひたしねぶりて試るとき

   たのしみは庭にうゑたる春秋の花のさかりにあへる時々

   たのしみはほしかりし物銭ぶくろうちかたむけてかひえたるとき

   たのしみは神の御国の民として神の教をふかくおもふとき

   たのしみは戎夷よろこぶ世の中に皇国忘れぬ人を見るとき

   たのしみは鈴屋大人の後に生れその御諭をうくる思ふ時

   たのしみは数ある書を辛くしてうつし竟つゝとぢて見るとき

   たのしみは野寺山里日をくらしやどれといはれやどりける時

   たのしみは野山のさとに人遇て我を見しりてあるじするとき

   たのしみはふと見てほしくおもふ物辛くはかりて手にいれしとき

【参考】橘曙覧(水島直文・橋本政宣編注)『橘曙覧歌集』(岩波書店、1999)
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 森下照堂「たのしみはほしかりし物銭ぶくろうちかたむけてかひえたるとき」、歌碑(福井市田ノ谷町 大安禅寺の上)、橘曙覧像(慶応四年越智通兄写)
   

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【食】「加工肉」の危険性に改めて目を向ける ~発癌性~

2015年12月28日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)10月26日、世界保健機関(WHO)の外部組織の国際癌研究機関(IARC)は、加工肉(ベーコン・ハム・ウィンナーソーセージ・コンビーフなど)を食べると大腸癌になりやすくなると発表した。【注】

 (2)加工肉が危険なのは、発色剤の亜硝酸Na(ナトリウム)が添加されているからだ。亜硝酸Naは、ニトロソアミン類という発癌性物質に変化する。だから、加工肉を食べ続けると、癌になる確率が高まるのだ。
 ベーコン・ハム・ウィンナーソーセージの原材料は、主として豚肉だ。豚肉にはミオグロビンなどの赤い色素が含まれ、時間が経つと酸化して製品がしだいに褐色になる。それを防ぐ目的で添加されるのが亜硝酸Naだ。亜硝酸Naは、ミオグロビンなどと反応して鮮やかな赤い色素を作るため、黒ずむことなく美しい色を保つことができるのだ。

 (3)ところが、亜硝酸Naは急性毒性が強い。これまでの中毒事故から算出されたヒトの致死量は、0.18~2.5gとごく少量だ。ちなみに、猛毒として知られる青酸カリ(シアン化カリウム)の致死量は、0.15g。そのため、ハムに一定以上含まれると中毒を起こすので、添加量が厳しく制限されている。
 しかし、制限されているとはいえ、これほど毒性が強い化学物質を食品に混ぜること自体が問題なのだ。

 (4)亜硝酸Naは、肉に含まれる物質アミンと反応して、発癌性のあるニトロソアミン類に変化することがある。ニトロソアミン類は、酸性状態の胃の中でできやすい。ために、亜硝酸Naを含んだハムやウィンナーソーセージなどを食べると、体内でそれができる可能性が高い。
 加工肉自体にニトロソアミン類が含まれていることもある。

 (5)ニトロソアミン類は、10種類以上が知られている。いずれも動物実験で発癌性が認められている。
 中でも代表的なN-ニトロソジメチルアミンの発癌性は非常に強い。わずか0.0001~0.005%を餌や飲料水に混ぜてラットに与えた実験では、肝臓や腎臓に癌が認められた。
 だから、ハムやベーコンなどの加工肉を毎日食べていると、ニトロソアミン類の影響で癌が発生しやすくなる。
 ちなみに、今回取り上げた製品にはいずれも酸化防止剤のビタミンCが添加されているが、これはニトロソアミン類の発生を防ぐためのものだ。ビタミンCには抗酸化作用があり、亜硝酸Naがアミンと反応するのを防ぐ働きがある。だが、ニトロソアミン類の発生を十分に防ぐことができない。

 (6)今回取り上げた製品の問題点は、いずれも発色剤の亜硝酸Naが添加されているため発癌性のあるニトロソアミン類が発生することがあることだ。
  ①伊藤ハム「朝のフレッシュベーコン」・・・・亜硝酸Naが添加。また、コチニール色素が添加されている。
  ②丸大食品「ロースハム」・・・・亜硝酸Naが添加。また、カルミン酸色素(別名:コチニール色素)が添加されている。カルミン酸色素は、南米に生息するエンジムシから抽出した赤い色素。コチニール色素を3%含む餌をラットに13週間食べさせ続けた実験では、中性脂肪やコレステロールの増加が認められた。
  ③川崎フーズ「ノザキコンビーフ」・・・・亜硝酸Naが添加。
  ④日本ハム「シャウエッセン」・・・・亜硝酸Naが添加。

 (7)(1)のJARCの発表では、「牛や豚、馬などの赤身の肉についても、発癌の可能性がある」とされた。
 JARCでは、発癌物質について5段階に分類している。もっとも発癌性が強いものはグループ1で、「ヒトに対して発癌性がある」だ。これに含まれるものは、肺癌や中皮腫を起こすアスベスト、白血病を起こすベンゼンなどで、加工肉もそうだ。
 つまり、加工肉は間違いなく癌を起こすが、赤身の肉は癌を起こす可能性があるということだ。
 赤身の肉には動物性の蛋白質や脂肪が含まれるが、腸内細菌の悪玉菌によってこれらが硫化水素やインドールなどの有害物質に変化するため、その影響によって癌が発生しやすくなると考えられている。だから、赤身の肉を食べ過ぎないで、ビフィズ菌や乳酸菌などの善玉菌を増やせばリスクはなかり減らすことができる。

 (8)市販のハムやベーコンなどでも、発色剤の亜硝酸Naを使ってない製品もある。
 <例>信州ハムのグリーンマークシリーズ、イオンのトップバリュ・グリーンアイシリーズ、JA高崎のSマークシリーズなど。

 【注】「【食】世界中でバッシング? ~加工肉での発がん性リスク~

□渡辺雄二「「加工肉」の危険性に改めて目を向ける」(「週刊金曜日」2015年12月18日号)
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【本】美術品見て歩き ~『美しきものを見し人は』~

2015年12月27日 | エッセイ
 ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」は、絵画を好む人はもとより、さほど好まない人にも比較的よく知られている。
 初めて見た人は、何か妙だなと感じるだろう。そして、これが例の謎の微笑の効果というものか、と独り納得するかもしれない。「モナ・リザ」のモデルはフランカヴィラ公爵夫人コンスタンス・ダヴァロスらしい、といった雑学を得て、それでわかった気になったりする。

 とある夏、ルーブル美術館を訪れた。
 絵画部のほぼ中央にその絵がかかっている。
 いつでも人だかりがしているらしいが、この時にも見物客が群がっていた。そのなかに青い目のきれいなお嬢さんがいた。こちらの立ち位置からすると、「モナ・リザ」から左に30度視線を動かせば、そのお嬢さんの貌が目に入る。わざと見比べたわけではないが、結果として見比べて・・・・愕然とした。「モナ・リザ」には眉毛がないのだ。

 堀田善衞も10回ほどルーブル美術館に通ったうちの3回目か4回目にようやく気づいたとか。
 なぜ眉毛がないのか不明だが、ダ・ヴィンチの描くマリアや天使はいずれも眉毛がうすい。人間につきものの眉毛が定かならぬとは、実に妙な話だが、試しに写真の「モナ・リザ」に眉毛を書きこんでみると、印象がガラリと変わってくる。

 ところで、堀田善衞は奇妙な試みをおこなっている。
 横山隆一は「モナ・リザ」モンタージュ説をとなえているが、これを実験したのかどうか、ともかく絵を3分割して、紙きれで上部3分の1、顔と背後の風景を覆い隠す。次いで、下部3分の1、腕と手、指の部分を覆い隠す。残りのトルソ、豊かな胸と青黒い着衣に隠された部分だけをつくづく眺めて見ると、母親とはかかるものかと、真に豊かにやすらいだ心持ちになるとか。

 本書は、こうした美術漫談が満載されている。堀田善衞独特の、明晰で、しかも悠然たる語り口がじつに楽しい。

□堀田善衞『美しきものを見し人は』(新潮社、1969/のちに新潮文庫、1983/のちに朝日選書、1995)
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