(1)「世界」6月号において神保太郎「メディア批評」は、「(2)報ステ・古賀発言の本質」で、4節に分けて論じている。
①「スタジオに走った緊張」
②「放送法と権力」
③「降板は前から決まっていた」
④「政権に同調する経営陣」
ふつうの市民がメディア(テレビや新聞)をどう評価するか、というモデルにもなる批評だ。前半(①と②)、後半(③と④)の2回に分けて取りあげる。テレビや新聞がたれ流す言葉の海から事実をどう抽出するか、という観点から見る。
(2)3月27日、古賀茂明・古賀茂明政策ラボ代表/元経済産業省キャリア官僚が、「報道ステーション」(テレビ朝日の看板報道番組)に出演した際、官邸による圧力によって降板させられた、と突然、告発した。
古賀代表は、金曜日のゲスト・コメンテーターとしてたびたび出演してきたが、「最後の出演」で一矢を放った。
(3)古賀代表は、かねてから安倍政権にきわめて厳しい発言を繰り返していた。今年1月、「イスラム国」によって日本人二人が人質として拘束され、処刑された。この事件後、1月23日の同番組で政府の危機対応を批判し、「I am not ABE」と発言した。
人質事件の直前、仏週刊新聞「シャルリ・エブド」編集部襲撃事件をうけて広がった、同紙を指示する人びとの合い言葉を念頭に置いたものだろう。
古賀代表がアレンジしたキャッチフレーズの反響も大きく、ソーシャルメディアなどを通して支持を集めた一方、政権サイドから強い批判を招いた、といわれる。
(4)事前の打ち合わせにない古賀政策ラボ代表の発言に慌てたのか、古館伊知郎・キャスターは「今の話、私としては承服できません」と封じ込めようとした。
生放送に慣れているはずの古館キャスターの狼狽した表情から、むしろ古賀代表が真実を語っているのでは、と視聴者は受け止めたのではないか。テレビというメディアの特性が明かす「真実」なのかもしれない。
(5)この二人のやりとりは、週刊誌などで「古賀茂明vs.古館伊知郎」などと面白おかしく取り上げられた。
だが、もっとも腹を立てたのは、「ものすごいバッシングを受けてきた」と実名を上げられた菅義偉・官房長官かもしれない。
3月30日の記者会見では、「事実に全く反するコメント。まさに公共の電波を使った報道として、極めて不適切だ」と批判し、「放送法という法律がありますので、まず、テレビ局がどう対応されるかをしばらく見守りたい」と矛先をテレビ朝日に向けた。
放送法4条は、「報道は事実をまげないですること」と定めている。この規定を念頭に置いたものと思われる。
(6)菅官房長官の批判に対して、同31日の記者会見で、早河洋・テレビ朝日会長は、
「視聴者には理解できないことだったと思う。予定にはない、ハプニング的なことで遺憾に思っている。適切な放送ではないと思っている。番組進行上、ああいう事態に至ったことをおわびしたい。菅官房長官の名前も出てきたが、そういった方々にはお詫びしないといけないという心境です」
と述べた。
早河会長は、佐藤孝・古館プロジェクト会長とともに、番組中「両氏の意向で今日が最後ということなんです」などと言及された当事者でもある。
(7)菅官房長官は、第一次安倍内閣(2006年9月~07年8月)で総務大臣を務めた。任期中、関西テレビ(フジテレビ系列)の人気番組だった「発掘!あるある大事典Ⅱ」で「納豆ダイエット」のデータ捏造事件が起きた。第一次安倍政権は、テレビ局への露骨な番組関与が特徴で、行政指導を繰り返した。)菅官房長官は、「あるある事件」を好機とし、虚偽報道に対しては、総務大臣がテレビ局に再発防止計画の提出を要求する行政処分ができるような放送法改正案を国会提出した。
この改正案は、2007年の参院選で民主党が勝利したことにより廃案となった。
しかし、放送界は、第三者機関「放送倫理・番組向上機構」(BPO)内に新たに「放送倫理検証委員会」を設け、自主規制を強化した。
この時の日本民間放送連盟会長は、広瀬貞道・テレビ朝日会長。早河会長は、当時専務で、2009年、広瀬会長と同じく朝日新聞出身だった君和田正夫・社長の後任社長となる。
早河会長の「全面降伏」は、菅官房長官の豪腕を間近で見てきたことも背景にあるかもしれない。
(8)自民党情報通信戦略調査会(川崎二郎・会長/元厚生労働大臣)は、4月17日、この「報ステ」問題で、福田俊男・テレビ朝日専務を呼び、事情を聞いた。
毎日新聞は、この会合のあった翌18日、朝刊一面トップで「BPOに政府関与検討」という見出しで報じた。川崎会長が記者団に語った、というもので、BPOを放送局から独立した法律に基づく組織としたり、委員に政府側の人間や官僚OBを入れる案があることを党幹部の話として伝えている。
(9)もともと日本の放送局は、連合国の占領下では政府から独立した「電波管理委員会」が監督していた。講和条約発行後、すぐに政府(当時は郵政相)が直接、放送免許を与える制度に変更された。政府の強い権限下にある、という特徴があり、政府の意向を受けやすい、と言われる。
早河会長の謝罪は、何の沈静効果ももたらさないまま、政府のさらなる干渉に道を開きかねない事態へと問題は広がりつつある。
□神保太郎「メディア批評第90回」(「世界」2015年6月号)の「(2)報ステ・古賀発言の本質」
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【参考】
「【古賀茂明】テレビコメンテーターの種類 ~テレ朝問題(7)~」
「【報道】古賀氏ら降板の裏に新事実 ~テレ朝問題(6)~」
「【報道】ジャーナリズムの役目と現状 ~テレ朝問題(5)~」
「【古賀茂明】氏を視聴者の7割が支持 ~テレ朝問題(4)~」
「【古賀茂明】氏、何があったかを全部話す ~テレ朝「報ステ」問題(3)~」
「【古賀茂明】氏に係る官邸の圧力 ~テレ朝「報道ステーション」(2)~」
「【古賀茂明】氏に対するバッシング ~テレ朝「報道ステーション」問題~」
①「スタジオに走った緊張」
②「放送法と権力」
③「降板は前から決まっていた」
④「政権に同調する経営陣」
ふつうの市民がメディア(テレビや新聞)をどう評価するか、というモデルにもなる批評だ。前半(①と②)、後半(③と④)の2回に分けて取りあげる。テレビや新聞がたれ流す言葉の海から事実をどう抽出するか、という観点から見る。
(2)3月27日、古賀茂明・古賀茂明政策ラボ代表/元経済産業省キャリア官僚が、「報道ステーション」(テレビ朝日の看板報道番組)に出演した際、官邸による圧力によって降板させられた、と突然、告発した。
古賀代表は、金曜日のゲスト・コメンテーターとしてたびたび出演してきたが、「最後の出演」で一矢を放った。
(3)古賀代表は、かねてから安倍政権にきわめて厳しい発言を繰り返していた。今年1月、「イスラム国」によって日本人二人が人質として拘束され、処刑された。この事件後、1月23日の同番組で政府の危機対応を批判し、「I am not ABE」と発言した。
人質事件の直前、仏週刊新聞「シャルリ・エブド」編集部襲撃事件をうけて広がった、同紙を指示する人びとの合い言葉を念頭に置いたものだろう。
古賀代表がアレンジしたキャッチフレーズの反響も大きく、ソーシャルメディアなどを通して支持を集めた一方、政権サイドから強い批判を招いた、といわれる。
(4)事前の打ち合わせにない古賀政策ラボ代表の発言に慌てたのか、古館伊知郎・キャスターは「今の話、私としては承服できません」と封じ込めようとした。
生放送に慣れているはずの古館キャスターの狼狽した表情から、むしろ古賀代表が真実を語っているのでは、と視聴者は受け止めたのではないか。テレビというメディアの特性が明かす「真実」なのかもしれない。
(5)この二人のやりとりは、週刊誌などで「古賀茂明vs.古館伊知郎」などと面白おかしく取り上げられた。
だが、もっとも腹を立てたのは、「ものすごいバッシングを受けてきた」と実名を上げられた菅義偉・官房長官かもしれない。
3月30日の記者会見では、「事実に全く反するコメント。まさに公共の電波を使った報道として、極めて不適切だ」と批判し、「放送法という法律がありますので、まず、テレビ局がどう対応されるかをしばらく見守りたい」と矛先をテレビ朝日に向けた。
放送法4条は、「報道は事実をまげないですること」と定めている。この規定を念頭に置いたものと思われる。
(6)菅官房長官の批判に対して、同31日の記者会見で、早河洋・テレビ朝日会長は、
「視聴者には理解できないことだったと思う。予定にはない、ハプニング的なことで遺憾に思っている。適切な放送ではないと思っている。番組進行上、ああいう事態に至ったことをおわびしたい。菅官房長官の名前も出てきたが、そういった方々にはお詫びしないといけないという心境です」
と述べた。
早河会長は、佐藤孝・古館プロジェクト会長とともに、番組中「両氏の意向で今日が最後ということなんです」などと言及された当事者でもある。
(7)菅官房長官は、第一次安倍内閣(2006年9月~07年8月)で総務大臣を務めた。任期中、関西テレビ(フジテレビ系列)の人気番組だった「発掘!あるある大事典Ⅱ」で「納豆ダイエット」のデータ捏造事件が起きた。第一次安倍政権は、テレビ局への露骨な番組関与が特徴で、行政指導を繰り返した。)菅官房長官は、「あるある事件」を好機とし、虚偽報道に対しては、総務大臣がテレビ局に再発防止計画の提出を要求する行政処分ができるような放送法改正案を国会提出した。
この改正案は、2007年の参院選で民主党が勝利したことにより廃案となった。
しかし、放送界は、第三者機関「放送倫理・番組向上機構」(BPO)内に新たに「放送倫理検証委員会」を設け、自主規制を強化した。
この時の日本民間放送連盟会長は、広瀬貞道・テレビ朝日会長。早河会長は、当時専務で、2009年、広瀬会長と同じく朝日新聞出身だった君和田正夫・社長の後任社長となる。
早河会長の「全面降伏」は、菅官房長官の豪腕を間近で見てきたことも背景にあるかもしれない。
(8)自民党情報通信戦略調査会(川崎二郎・会長/元厚生労働大臣)は、4月17日、この「報ステ」問題で、福田俊男・テレビ朝日専務を呼び、事情を聞いた。
毎日新聞は、この会合のあった翌18日、朝刊一面トップで「BPOに政府関与検討」という見出しで報じた。川崎会長が記者団に語った、というもので、BPOを放送局から独立した法律に基づく組織としたり、委員に政府側の人間や官僚OBを入れる案があることを党幹部の話として伝えている。
(9)もともと日本の放送局は、連合国の占領下では政府から独立した「電波管理委員会」が監督していた。講和条約発行後、すぐに政府(当時は郵政相)が直接、放送免許を与える制度に変更された。政府の強い権限下にある、という特徴があり、政府の意向を受けやすい、と言われる。
早河会長の謝罪は、何の沈静効果ももたらさないまま、政府のさらなる干渉に道を開きかねない事態へと問題は広がりつつある。
□神保太郎「メディア批評第90回」(「世界」2015年6月号)の「(2)報ステ・古賀発言の本質」
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【参考】
「【古賀茂明】テレビコメンテーターの種類 ~テレ朝問題(7)~」
「【報道】古賀氏ら降板の裏に新事実 ~テレ朝問題(6)~」
「【報道】ジャーナリズムの役目と現状 ~テレ朝問題(5)~」
「【古賀茂明】氏を視聴者の7割が支持 ~テレ朝問題(4)~」
「【古賀茂明】氏、何があったかを全部話す ~テレ朝「報ステ」問題(3)~」
「【古賀茂明】氏に係る官邸の圧力 ~テレ朝「報道ステーション」(2)~」
「【古賀茂明】氏に対するバッシング ~テレ朝「報道ステーション」問題~」