語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】転職の際にも資本主義の内在的論理を踏まえたほうがいい

2019年01月27日 | ●佐藤優
 (1)<読者の中にも転職を考えている人がいると思う。あるいは、部下が転職することをやめさせたいと考えている中間管理職もいると思う。こういう人たちに本書はとても有益だ。小説の構成になっているので読みやすい。印刷機器販売会社に勤務しているが、会社の状況がよくないので転職を考えている主人公(青野)が、やり手の経営コンサルタント・黒岩仁のアドバイスを受けながら成長していく姿が描かれている。>

 (2)<転職エージェントもビジネスだ。その報酬メカニズムについて知っておくことが重要だ。
 〈僕は説明した。黒岩いわく、転職エージェントは、成果報酬型であることがほとんどらしい。そしてその報酬を受け取る権利は「転職候補者が企業と最初に接触した時点」で決められる。
 たとえば、ひとりの候補者が、二つの転職エージェントからA社を紹介された場合、最初に候補者とA社の接点を作ったエージェントが報酬をもらう権利を持つ。
 だから、どれだけ手塩にかけて転職者を世話しても、最終的に他社から紹介された企業に入社してしまうと一円にもならない。従って、転職エージェントは、他のエージェントとの接触を嫌い、できるだけ早くたくさん企業を紹介し、受けさせようとする のだ〉
 転職エージェントは、転職希望者の人生を考えて行動しているのではなく、自らの利益の極大化を追及しているという現実を冷静に認識しておくことが重要だ。もっとも資本主義社会では誰もが利潤を追求しているので、道徳的に転職エージェントを非難するのはお門違いだ。転職エージェントのビジネスモデルを理解した上で、利用するというアプローチをとった方がいい。>

 (3)<転職者を多く受け入れる企業の特徴に関する分析も興味深い。
 〈「でも、人材をたくさん採るってことは、それだけ業績が順調ということではないんですか?」
 「それは、部分的には正しい。だが、全体としては間違っている。まず、転職エージェントというのは使う側からの企業から見ると、金がかかる。一人入社させるごとに想定年収の3割程度の金額をエージェントに払わないといけないからな。だから、そんなに連続して使うべきものではない。それでも、なぜ使うのか? ひとつは、成長が極めて早いケースだ。とにかく人が必要で採用が追いつかない。タナベテクノロジーにも、たしかにそうした側面がある。だが、そこには矛盾がある」
 「矛盾……?」
 「というのも、そもそもIT企業というのは、基本的に規模が大きくなっても、それほどたくさん人がいらないビジネスなんだよ。それでも人が足りないというのは、実質的には、タナベテクノロジーが、IT企業じゃなく、人材派遣の会社だからだ」
 「なるほど」
 「あそこは自社で開発部門は持っておらず、システムは外注している。加えて、社内にいる人間は毎日、新規開拓のために外回りの営業をしているだけだ。表面上IT企業を謳うが、実態はITではない会社は本当に多い。とくに、やたらとメディア露出と、資金調達を繰り返している会社は要注意だ。こういう会社は外からだけでは見極めるのが本当に難しい。タナベテクノロジーはその典型だな」〉
 評者も新卒入社2~3年の若者から転職の相談を受けることがある。「IT企業に就職したんですけれど、会社に開発部門はなく、システムはすべて外注してます。実質は仲介業みたいなもので、営業しかしていません。これではスキルが身につかず、使い捨てにされるのが目に見えているので、転職を考えています」という相談が多い。>

 (4)<評者は、「こういう企業に関しては、先輩訪問やインターネット上の評判で、事前に情報を得ることができるはずだ。就職活動における詰めの甘さを反省し、今度は転職先の情報を事前によく集めておくことを勧める」と答えている。
 そもそも仕事が面白く、職場環境も良好な会社には、自然と人が集まってくる。この点に関する黒岩の説明にも説得力がある。>
 
 (5)<〈「もうひとつ、転職エージェントがやたら頻繁に使われるケースは、社員の紹介によるリファラル採用や、直接応募で人が採れていないときだ。もしも君が本当に優れた会社に行きたいなら忘れてはいけないことがある。本当に優れた会社には、勝手に人が集まってくるんだ。社員が自然に、評判を作り、新しい社員を呼んでくるんだよ。もちろんエース級は採りにいかなければならないが、君レベル、つまり現場レベルなら、転職エージェントは不要なはずなんだ」
 「そう聞くと、すごく悪い会社に思えてきました……」
 「バカだな、君は。たしかにタナベテクノロジーは、転職先としてはオススメしない。だが、会社としては優秀だ。どんな人材でも入れれば売上が伸びるのだから、むしろビジネスモデルとしては優れている。したがって経営者は天才だ。だが、その下にいる人々は使い捨てでいい。つまり、人を育てる必要なんてないんだよ。これが転職先としてはオススメしない理由だ。もしそれでもタナベテクノロジーに入りたい場合は、一通りの技術と人脈をつけて、上のポジションで入ることを勧める。繰り返すが、大事なのは『仕事のライフサイクル』だ。〉>

 (6)<資本家(経営者)にとっての職業的良心は、利潤を極大化することだ。資本家にとって優良な会社が、必ずしも現場の従業員にとって良い会社でないということはよくある話だ。転職にあたっても資本主義の内在的論理を踏まえることが重要と思う。>

□佐藤優「転職の際にも資本主義の内在的論理を踏まえたほうがいい ~ビジネスパーソンの教養講座 名著、再び 第11回~」(「週刊現代」2019年1月5・12日号)

 【参考】
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