本書は、「就職しないで生きるには」シリーズ第2巻。
著者は大学を中退して上京し、工事現場でバイトをしながら芝居に情熱を傾けていた。
24歳の秋に帰郷。母が老人性痴呆(2005年からは「認知症」)になったからだ。
自宅は京都市泉殿町。百万辺といったほうが、とおりがよいかもしれない。
きゅうくつな勤め人にはなりたくない。商売をはじめるにも、スーパーマーケットは立地条件が悪い。近在が京大の敷地で、住民が少なすぎるのだ。
家業の旅館は四六時中の労働だから継ぎたくない。もっとも、旅館の経営者を親にもったおかげでうまいものが食えたし、大学は食品化学を専攻した。
学生時代には陶芸をやった。料理店ならやれそうだ。
そう決めたのは1972年12月5日のこと。
工事現場を踏んだ経験に基づいて手ずから店を設計した。築90年の歴史をもつ自宅を活かし、旅館に出入りしていた庭師に頼んで改装した。カネがないから、あの手この手で経費を切りつめた。壁土は自分で買って、庭師の知り合いの左官に仕上げを頼んだ。柱は墨と紅柄を菜種油で練ったものを姉と二人で塗りたくった。かくて、20日間で料亭「梁山泊」が誕生した。
ここまではよかったが、じつは著者はそれまでろくに包丁を握ったことがなかった。
うまいものに目がなくて、鹿児島大学に籍を置いていた間、仕送りは食い道楽に費消するほどだった。
しかし、客として食うことと、客に提供する食いものを作ることとは、まったく別の二つである。
おでんから出発し、魚に挑戦し、スペイン旅行で知った料理を取り入れた。
こうして無我夢中の奮闘が続くのだが、私生活も無手勝流だ。
初めて客となった大学院生をデートに誘い、その初デートで求婚する。
「嫁に来いひんか」
相手も驚いたが、当のわたしも驚いた。
「あんたは、一言多いさかいに、もっとつつしまな、男が安もんになるえ」
つねづね、母がいっていたのを思い出す。
随所に挿入される京都弁がいい。著者がつかう京都弁は、はんなりより芯の勁さが目につく。
語り口もさりながら、語られる事実がユーモラスだ。貯金ゼロだのに、新婚旅行代わりのスペイン行きを敢行したりする。すったもんだのあげくだけれど。元大学院生嬢はすでに妊娠6か月なのであった。
無謀といえば無謀、したたかといえばいたたか。
かかる包丁人が伝統と格式につつまれた古都の一角で店をひらいた、と思うと楽しい。
□橋本憲一『包丁一本がんばったンねん!』(晶文社、1982)
↓クリック、プリーズ。↓
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著者は大学を中退して上京し、工事現場でバイトをしながら芝居に情熱を傾けていた。
24歳の秋に帰郷。母が老人性痴呆(2005年からは「認知症」)になったからだ。
自宅は京都市泉殿町。百万辺といったほうが、とおりがよいかもしれない。
きゅうくつな勤め人にはなりたくない。商売をはじめるにも、スーパーマーケットは立地条件が悪い。近在が京大の敷地で、住民が少なすぎるのだ。
家業の旅館は四六時中の労働だから継ぎたくない。もっとも、旅館の経営者を親にもったおかげでうまいものが食えたし、大学は食品化学を専攻した。
学生時代には陶芸をやった。料理店ならやれそうだ。
そう決めたのは1972年12月5日のこと。
工事現場を踏んだ経験に基づいて手ずから店を設計した。築90年の歴史をもつ自宅を活かし、旅館に出入りしていた庭師に頼んで改装した。カネがないから、あの手この手で経費を切りつめた。壁土は自分で買って、庭師の知り合いの左官に仕上げを頼んだ。柱は墨と紅柄を菜種油で練ったものを姉と二人で塗りたくった。かくて、20日間で料亭「梁山泊」が誕生した。
ここまではよかったが、じつは著者はそれまでろくに包丁を握ったことがなかった。
うまいものに目がなくて、鹿児島大学に籍を置いていた間、仕送りは食い道楽に費消するほどだった。
しかし、客として食うことと、客に提供する食いものを作ることとは、まったく別の二つである。
おでんから出発し、魚に挑戦し、スペイン旅行で知った料理を取り入れた。
こうして無我夢中の奮闘が続くのだが、私生活も無手勝流だ。
初めて客となった大学院生をデートに誘い、その初デートで求婚する。
「嫁に来いひんか」
相手も驚いたが、当のわたしも驚いた。
「あんたは、一言多いさかいに、もっとつつしまな、男が安もんになるえ」
つねづね、母がいっていたのを思い出す。
随所に挿入される京都弁がいい。著者がつかう京都弁は、はんなりより芯の勁さが目につく。
語り口もさりながら、語られる事実がユーモラスだ。貯金ゼロだのに、新婚旅行代わりのスペイン行きを敢行したりする。すったもんだのあげくだけれど。元大学院生嬢はすでに妊娠6か月なのであった。
無謀といえば無謀、したたかといえばいたたか。
かかる包丁人が伝統と格式につつまれた古都の一角で店をひらいた、と思うと楽しい。
□橋本憲一『包丁一本がんばったンねん!』(晶文社、1982)
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