(1)6月に入ってから、イラクでアルカイダ系過激派(イスラム教スンニー派)攻勢を強めている。
これに対して、米国とイランが強い懸念を表明している。
(2)6月17日、「イランラジオ」(イラン国営)が次のような論評を報じた。
<テロ組織「イラクとシャーム【注1】のイスラム国」は、1週間前から、イラクであらゆる犯罪を行っています。彼らによるイラクの人々の殺害、破壊行為に、今、国連からも非難の声が上がっています。国連人権高等弁務官は、「イラクとシャームのイスラム国や、彼らとつながりのあるグループは、イラクで戦争犯罪を行っている」と強調しました。
(中略)イラクとシャームのイスラム国は、目的を果たすためなら、あらゆる犯罪に手を染めるテログループです。このテロ組織が制圧した地域では、男女や子供の大量殺戮が行われています。しかし何よりも悲惨なのは、女性たちが、このテロ組織のメンバーによって性的暴行を加えられていることです。
(中略)サウジアラビアとカタールは、この3年間、シリアでのこのテロ組織の活動を支援してききました。そして現在もこのテロ組織は、彼らの支援によって、シリアとイラクでのテロや戦争を拡大しています。こうした中、このテロ組織が持つ過激な考え方により、遅かれ早かれ、彼らの犯罪がその支援国にまで及ぶことは間違いないでしょう。この問題に真剣に対処しなければ、その戦火は地域全体に及ぶ可能性があるのです>
(3)サウジアラビアとカタールが、シリアとイラクの反体制派を支援している。
その反体制派に、アルカイダの影響が及んでいる。
その反体制派を排除するための国際連帯をイランが呼びかけている。
ここでイランが念頭に置いているのは、米国との協力だ。
(4)6月14日、ハサン・ロウハニ・イラン大統領は、
<イラクの要請があれば支援する用意があると表明した。国交のない米国との協力についても、「検討することができる」と発言した>【注2】
米国とイランの間には外交関係がない。イランのハメネイ師・イラン最高指導者は、イスラエルが小サタン、米国が大サタンである、という立場を変えていない。
そんな状況の中で、ロウハニ大統領は、「敵の敵は味方」という論法で、米国との連携を訴えている。
(5)イラクのマリキ現政権は、12イマーム派のイスラム教シーア派(イランの国教)を母体とする。
この政権は、米国、イラン両国の支援によって成り立っている。
イランは、イラク国内のシーア派武装集団に影響力を行使することができる。
この武装集団を用いてアルカイダ系を駆逐することで、米国に恩を売り、オバマ政権のイランに対する感情を改善しているものと目される。
イラクに本格的な軍事介入をするつもりがないオバマ政権としても、イランがこのような動きをすることは、望ましいシナリオだ。
(6)とはいえ、イラクにおけるイランの影響力拡大をサウジアラビアは望まない。
スンニー派のアルカイダよりも、シーア派のイランの方が悪い、というのがサウジアラビアの率直な認識だ。
ロウハニ大統領は、米国とサウジアラビアの間に楔を打ち込むことに成功しつつある。
【注1】シリアの意。
【注2】6月14日付け日本経済新聞電子版。
□佐藤優「イランがイラク情勢を懸念する理由 ~佐藤優の人間観察 第72回~」(「週刊現代」2014年7月5日号)
↓クリック、プリーズ。↓

【参考】
「【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ」
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
「【佐藤優】独裁者の「再選」が放置される理由 ~バッシャール・アル=アサド~」
「【佐藤優】経済と政治を行き来する新大統領の過去 ~ペトロ・ポロシェンコ~」
「【佐藤優】安倍首相とイスラエル首相「声明」の意味 ~ベンヤミン・ネタニヤフ~」
「【佐藤優】ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~ウラジーミル・ルキン~」
「【佐藤優】ロシアは日本をどう見ているか ~日本外相の訪露延期~」
「【佐藤優】ウクライナ衝突の「伏線」 ~オレクサンドル・トゥルチノフ~」
「【ウクライナ】危機の深層(2) ~ブラック経済~」
「【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~」
「【ウクライナ】エネルギー・集団的自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~」
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
「【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~」
「【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」」
「【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~」
「【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~」
「【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~」
「【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~」
「【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~」
「【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~」
「【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~」
「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」
これに対して、米国とイランが強い懸念を表明している。
(2)6月17日、「イランラジオ」(イラン国営)が次のような論評を報じた。
<テロ組織「イラクとシャーム【注1】のイスラム国」は、1週間前から、イラクであらゆる犯罪を行っています。彼らによるイラクの人々の殺害、破壊行為に、今、国連からも非難の声が上がっています。国連人権高等弁務官は、「イラクとシャームのイスラム国や、彼らとつながりのあるグループは、イラクで戦争犯罪を行っている」と強調しました。
(中略)イラクとシャームのイスラム国は、目的を果たすためなら、あらゆる犯罪に手を染めるテログループです。このテロ組織が制圧した地域では、男女や子供の大量殺戮が行われています。しかし何よりも悲惨なのは、女性たちが、このテロ組織のメンバーによって性的暴行を加えられていることです。
(中略)サウジアラビアとカタールは、この3年間、シリアでのこのテロ組織の活動を支援してききました。そして現在もこのテロ組織は、彼らの支援によって、シリアとイラクでのテロや戦争を拡大しています。こうした中、このテロ組織が持つ過激な考え方により、遅かれ早かれ、彼らの犯罪がその支援国にまで及ぶことは間違いないでしょう。この問題に真剣に対処しなければ、その戦火は地域全体に及ぶ可能性があるのです>
(3)サウジアラビアとカタールが、シリアとイラクの反体制派を支援している。
その反体制派に、アルカイダの影響が及んでいる。
その反体制派を排除するための国際連帯をイランが呼びかけている。
ここでイランが念頭に置いているのは、米国との協力だ。
(4)6月14日、ハサン・ロウハニ・イラン大統領は、
<イラクの要請があれば支援する用意があると表明した。国交のない米国との協力についても、「検討することができる」と発言した>【注2】
米国とイランの間には外交関係がない。イランのハメネイ師・イラン最高指導者は、イスラエルが小サタン、米国が大サタンである、という立場を変えていない。
そんな状況の中で、ロウハニ大統領は、「敵の敵は味方」という論法で、米国との連携を訴えている。
(5)イラクのマリキ現政権は、12イマーム派のイスラム教シーア派(イランの国教)を母体とする。
この政権は、米国、イラン両国の支援によって成り立っている。
イランは、イラク国内のシーア派武装集団に影響力を行使することができる。
この武装集団を用いてアルカイダ系を駆逐することで、米国に恩を売り、オバマ政権のイランに対する感情を改善しているものと目される。
イラクに本格的な軍事介入をするつもりがないオバマ政権としても、イランがこのような動きをすることは、望ましいシナリオだ。
(6)とはいえ、イラクにおけるイランの影響力拡大をサウジアラビアは望まない。
スンニー派のアルカイダよりも、シーア派のイランの方が悪い、というのがサウジアラビアの率直な認識だ。
ロウハニ大統領は、米国とサウジアラビアの間に楔を打ち込むことに成功しつつある。
【注1】シリアの意。
【注2】6月14日付け日本経済新聞電子版。
□佐藤優「イランがイラク情勢を懸念する理由 ~佐藤優の人間観察 第72回~」(「週刊現代」2014年7月5日号)
↓クリック、プリーズ。↓



【参考】
「【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ」
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
「【佐藤優】独裁者の「再選」が放置される理由 ~バッシャール・アル=アサド~」
「【佐藤優】経済と政治を行き来する新大統領の過去 ~ペトロ・ポロシェンコ~」
「【佐藤優】安倍首相とイスラエル首相「声明」の意味 ~ベンヤミン・ネタニヤフ~」
「【佐藤優】ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~ウラジーミル・ルキン~」
「【佐藤優】ロシアは日本をどう見ているか ~日本外相の訪露延期~」
「【佐藤優】ウクライナ衝突の「伏線」 ~オレクサンドル・トゥルチノフ~」
「【ウクライナ】危機の深層(2) ~ブラック経済~」
「【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~」
「【ウクライナ】エネルギー・集団的自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~」
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
「【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~」
「【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」」
「【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~」
「【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~」
「【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~」
「【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~」
「【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~」
「【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~」
「【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~」
「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」