企業エゴをかきたてる先住民の所有物
ル・モンド・ディプロマティーク日本版 -(2014年 4/16)
クララ・デルパ ピエール=ウィリアム・ジョンソン
デルパ氏は科学ジャーナリスト、近著に『バイオパイラシー年代記』(未邦訳)
Clara Delpas, Chroniques de la biopiraterie, Omniscience, Montreuil, 2012.がある。
ジョンソン氏は生態経済学者で《名古屋議定書》に関するEU議会付専門家であり、
『バイオパイラシー――天然資源や先祖伝来の知恵を不当特許から守る代替策はあるだろうか?』
(未邦訳)Pierre-William Johnson, Biopiraterie. Quelles alternatives
au pillage des ressources naturelles et des savoirs ancestraux ?
Charles-Léopold Mayer, Paris, 2012. の著者である。
訳:石木隆治
生物多様性の保護の立役者である先住民は、遺伝資源だけではなく伝統知をも保全している。それは、「グリーン経済」と呼ばれる産業、すなわち薬品、化粧品、農産物、健康食品などのメーカーが関心を示すような知識である。こういった知識は今では特許事務所の支援の元で市場原理に服従させられており、そのデータバンク化が行われている。[フランス語版編集部]
原文=http://www.monde-diplomatique.fr/2014/01/DELPAS/49986
《伝統知》の価値
先住民は長い間、追いつめられるか、あるいは国際社会に無理やり同化させられ、《生物多様性》の保護に関して彼ら自身の意見をなかなか理解してもらえなかった。国連は1992年になってようやく、「環境についての知識と伝統的な実体験を有する先住民は、環境保全と開発において重要な役割を担っている」(《リオ宣言・第22原則》より抜粋)ことを認めた。
それと並行して、彼らの知識は学者の世界からも一種の公的認知を得た。たとえば、《ミレニアム生態系評価》に関する報告書が2005年に発表され、その知識の正当性を強調した。次いで、《気候変動に関する政府間パネル》(IPCC)第5次評価の第2作業部会報告書(注1)が2014年3月に刊行される予定であるが、その中でも彼らの知識の活用が強く促されている。
こういった伝統知のおかげで、タイのモーケンやウロク・ラワ、インドのオング、インドネシアのシムルなどの先住民共同体は、たとえば、2004年12月の壊滅的な津波を予測することができた。彼ら先住民が警戒して内陸の方に避難したのは、「スモン(大津波)」の伝誦――地震の後に通常の引き潮よりも遠くまで潮が引くケース――を知っていたからである。別の例であるが、ガーナ(アフリカ)のオフィン盆地の農村では、雨水や生活用水の回収システムを導入するなど多様な貯水法に対応しているほか、土壌の浸食を食い止めるために適切な植林を行なっている。
伝統知に関する調査は、立派な目的にかなっているように思われる。すなわちその種の知識が消滅しないよう力を尽くし、こうした知的資源を借用してさまざまな分野での地球環境問題に取り組む、という目的である。たとえば生物多様性の喪失、健康、砂漠化や地球温暖化対策のような分野である。2010年、ユネスコにより《国際伝統知研究所》(ITKNET)がイタリアのフィレンツェ近郊に設立されたが、これもそうした活動の一環である。《伝統知の世界デジタル・バンク》がこのプロジェクトの中心で目指しているのは、そういった知識が学術研究分野で生かされることだ。かといって誰もが自由に利用できるというわけではなく、その中身は《知的財産に関する国際法》で守られており有資格者だけがアクセスできる。
《特許》という名の略奪
こういった知識は地球環境問題の解決に役立つのだが、そうしたことを越えて、様々な物質や製品――例えば、繊維、染料、防腐剤、油脂、香料、動植物毒素、薬品、種子等々――にも関わりを持ってくる。産業界がこの伝統知に興味を持ち、特許その他の《知的財産権》を駆使して独占を貪ろうとしているのだ。
拘束力を持たない《リオ宣言》と並行して、翌1993年の年末に国連で採択された「生物多様性に関する条約」(CBD)の第8条j項は、調印各国に次のことを求めている。
(1)「生物多様性を保全し永続的に利用するのに十分な価値を持っている先住民の知識、工夫および慣行」を尊重し、保全し、維持すること、
(2)共同体の合意および参加を得た上で「より広い適用」を促進すること、
(3)「そうした知恵の利用がもたらす利益の公正な配分」を促すこと。
この8条j項は、伝統知が高い経済的価値を生む資源であることを認めている。その後、《知的所有権の貿易関連の側面に関する協定》(TRIPs)が1995年生まれのWTO(世界貿易機関)の構成要素となり、調印国に対して特許その他の知的所有権保護制度の実施を課している。しかしそれ以後、複数のNGO(非政府機関)、発展途上および新興諸国、そして先住民コミュニティはこの条項を批判してきた。利用規制の国内法が整備されていない国々の《遺伝資源》や《伝統知》への「無料」アクセスを、《第8条j項》が正当化している、というのがその理由だ。
新たに作業グループが設立され、《第8条j項》の実施に関する意見を諸々の分野に提供することとなった。1998年にブラチスラヴァ[スロヴァキアの首都]で開かれた《生物多様性条約》(CBD)の第4回締約国会議でのことだ。同時に、《世界知的所有権機関》(WIPO)――これも国連の機関であるが――はWTOと連携し、知的所有権の利益を先住民のような「新たな対象グループ」に拡大しようとした。その利益が遺伝資源や伝統知とつながりがあるからだ。ところが、先住民の多くがこの取り組みを認めず、自分たちの主張が聞き入れられないとして多くの場合交渉を打ち切っている。
一部の発展途上国やインド、中国、ペルーのような新興国が国家規模でデータベースを作成し始めている。それは民間企業の不当な特許登録(バイオパイラシーまたは国連用語で言う「不正取得」)を防ぐためだ。
バイオパイラシー対策
インドは伝統知のデータバンク化を行なった最初の国である。伝統知の大部分は何千年も前から文書に記録されてきた。そして1990年代になってバイオパイラシーを被り始め、それから身を守ろうとしてきた。たとえば、バスマティ米、ターメリック、センダン(別名ニーム)の不法な特許登録を外国企業が行なったために、インド自体がそういった植物の商業利用を制御できなくなっているのだ。「2001年に政府はこのような知恵はインドの特許庁で管理することを決定いたしました」、とインド伝統知識電子図書館(TKDL)館長、ヴィノド・クマール・グプタ氏は話す。たとえば、こういった知識なしには利用できない植物のリスト化を進めている。ここTKDL(インド伝統知電子図書館)に収めてある26万7000項目のデータにアクセスできるのは特許検査官だけである。
伝統知をデジタル化したおかげで、特許検査官がデータベースを検索するだけで問題のある事例に対して簡単に答えられるようになった。このようにTKDLは、薬業界が不当に獲得した特許の無効化や剥奪に貢献している。データベース化が実施されてから異議申し立ての法手続きに時間も経費も抑えられるようになったのは確かだ。グプタ氏は、「1996年から2005年までの9年間かけて、バスマティ米のバイオパイラシー訴訟だけで150万ドルの弁護費用が費やされました。しかし、TKDLの設立により10年間で1,100件もの異議申し立てをわずか300万ドルの人件費で対処できるようになったのです」と言う。
ペルーでも2002年以来、専ら口誦伝承による伝統知を多様な分野にわたってデータベース化してきた。こういった国家レベルのデータバンクは他の手本になっているようだ。例えば、ニューデリーで2011年3月に開催されたWIPO国際会議では、その主要テーマが「伝統知保護のためのTKDL活用」となりさえした。しかしながら、コンピュータ操作による違法コピーのリスクがないわけではない。「すでに多くの不法アクセスが確認されています。身元も突き止めています」とグプタ氏は打ち明ける。
ところで、以前からNGOや研究機関主導で開発されたデータバンクの現状はどうなっているのだろうか? 一部ではあるが、万人に役立つと認められた知識の共有化を目指すデータバンクがある。たとえば、オランダの非営利団体が設立した《熱帯アフリカ植物資源財団》(PROTA)は、約7000の熱帯アフリカ植物のデータを作成し、ネット上で自由にアクセスできるようにしている。さらに、インドの《ミツバチ・ネットワーク》は1990年代初頭から地元の伝統知や農家の知識の調査目録を作成し、薬用植物のデータベースを保全してきた。TEK*PADは《アメリカ科学振興協会》(AAAS)が開発した生態学的伝統知に関するデータベースであるが、ここではパブリック・ドメイン[特許権消滅状態]にはいっている先住民の知識や植物種の使用法に関する資料全体のデジタル化を進めている。
誰もがこういったデータベースにアクセスできる。従って、公表が時間的に先行して行われたという事実だけで、その中身はバイオパイラシーから守られることになるだろう。しかし、こうしたデータベースの数が多いので――2002年のWIPOの徹底調査によると100以上ある――、特許検査官による全面的な調査は難しい。。
対策は効果があるのか?
2010年に、《生物多様性に関する条約》(CBD)は《名古屋議定書》を締結させるに至った。これは、伝統知と遺伝資源の開発によって得られる利益の配分方法について規定したものだ。議定書第2条では《遺伝資源》の定義が、派生物(植物からの抽出物)全てにまで拡大されてはいるが、第7条では、先住民や地元住人の「十分な説明に基づく同意」という概念を緩和している。《議定書》では、資源開発を許可する権限については先住民コミュニティが所属する国に任せているが、今日、伝統知へのアクセスを規制する特別な法律を備えているのはわずか10か国くらいである。また、国際法も整備されていないために、民間企業は自由に先住民共同体と交渉し、自由に伝統知を買い集め、そこから着想を得た製品を開発して自由に特許を取得し続けることになる。
《倫理的バイオ・トレード連合》(UEBT)は、CBD(生物多様性に関する条約)に対抗し、自らの方法で責任を果たそうという民間コンソーシアムである。《ラボラトワール・エクスパンシアンス社》はこれに加盟し、2011年から地元の大学や民族植物学者と共同でデータベース化を進め、このことを積極的にアピールしている。しかし、表向きはその目的を先住民の権利を守るためだとしながら、《伝統知から着想を得た特許》を所有するのはUEBTの会員企業だけだというのである。彼らが獲得した最新の特許は、2012年に承認されたものでは、カウピー(ささげ)豆の抽出物を利用したスキンケア、あるいはアフリカの植物の伝統的利用法に基づいた傷口の治療法などがある。
《リオ宣言》の第32条は「2007年に国連で採択された先住民の権利に関する条項」を尊重し、彼らが所有する科学、技術、民間伝承を管理・開発・保全するための特別措置を実施すること――対象となるのは遺伝資源、種子、医療、動植物に関する伝統知、口承伝統、等々――を定めている。しかし、適切な枠組みがないために各締約国の遵守義務は空洞化している。
国連の機関は、生物多様性の喪失――現実である場合も懸念にすぎない場合もあるが――という脅しを振りかざしながら、1970年以来博物学的収集(植物貯蔵所、博物学的収集、あるいは種子バンク)の実践を促し、その永久的な管理を名古屋議定書の締約国に託してきた。2008年には、ノルウェー領北極圏の島に世界的種子バンクである《スヴァールバル世界種子貯蔵庫》が建設された。そこには、世界中に散らばった約1500の種子バンクの種子に相当する300万のサンプルが保存されている。この世界的に堅牢な金庫室は地球規模の天変地異にも耐えられるよう設計されており、今後もこの貯蔵庫には、委託している所有者すなわち「グローバル・作物多様性トラスト」(ゲイツ・ロックフェラー財団および種子業界)の会員以外はけっして近づけないであろう。
2013年4月末に開催された《IGC》(知的財産と遺伝資源・伝統知識・フォークロアに関する政府間協議)において、アメリカ合衆国、カナダ、日本、および韓国は最終的に次のような勧告を提起した。現在、各国の伝統知データバンクを一本化しようとしているWIPOが、その安全を確保し管理するためのポータル・サイトを立ち上げるべし、というものだ。しかし先住民は、「我々の権利をほとんど認めていない国々に伝統知の未来を決定する資格が与えられる」ことに反対している。
パブリック・ドメインの問題点
ウィスコンシン大学環境社会学教授、ジャック・クロッペンバーグ氏は、市場で販売される種子を統制している《DPI》[知的所有権]の仕組みに反論し、種子の持つ遺伝資源とそれに付随する伝統知を保護し普及させるための一つのモデルを編み出した。それは《植物生殖質の一般公衆利用許諾書》(GPLPG)といい、インターネットにおけるフリー・ソフトを保護するライセンスをモデルとしている。
先住民側としては、自分たちの知識がパブリック・ドメインに移るのを皆が皆よろこんでいるわけではない。「先住民集会執行部」はIGC(政府間協議)の最終会議で次のように宣言した。「パブリック・ドメインは一種の《虚飾》であり、これは時とともに我々のアイデンティティの中核である遺伝資源や文化遺産の所有権を喪失させ(…)、さらに、文化的差異も我々のアイデンティティも徐々に消滅させて行くものです。パブリック・ドメインは同化の《仲介者》となることでしょう」。
オーストラリア環境学研究所教授で国連の元コンサルタント、ダニエル・ロビンソン氏は、「先住民に、伝統知管理方法を国際的議論に持ちこむよう促すのは、いまだに微妙な問題です」と語っている(注2)。が、伝統知保護のための他の手段も考えられている。「《コミュニティ生物文化議定書》[PBC]は興味深い方法かもしれない」と言う。PBCは、《国連環境プログラム》(UNEP)ほか多くの財団の出資を得て、ケニヤ、コロンビア、インド、パキスタン、および南アフリカでの試験的取り組みに成功しており、伝統知とその管理法の公開を支援しようとしている。そのお蔭で、WIPOの硬直化した体質とは逆に、伝統知は商取引きが可能となり相互に充実するようになった。。
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原注
(1)Walter V. Reid, Fikret Berkes, Thomas Wilbanks et Doris Capistrano (sous la dir. de), Bridging Scales and Knowledge Systems Concepts and Applications in Ecosystem Assessment, Island Press, Washington, DC, 2006. disponible sur www.unep.org
(2)Daniel Robinson, « Biopiracy and the innovations of indigenous peoples and local communities », dans Peter Drahos et Susy Frankel (sous la dir. de), Indigenous Peoples’ Innovation : Intellectual Property Pathways to Development, Australian National University, Canberra, 2012 (disponible en ligne).
(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2014年1月号)
http://www.diplo.jp/articles14/1401savoirs.html