以前、愛聴盤紹介コーナーでベートーベンの「ピアノ・ソナタ32番」について、3つの盤を紹介したが、その後新たに仕入れた盤があるので追加報告。
☆ピアノ・ソナタ32番(ピアニスト:ミケランジェリ、10枚セットのうちの1枚)
ミケランジェリ(1920~1995)には大いに期待していたのだが正直言ってがっかりしてしまった。どうも強弱のバランスがしっくりこない。
あの勝負どころともいえる第2楽章の甘美で優しい追憶を髣髴とさせる内面の奥深さの表現が物足りず、おまけに、ミスタッチが少ないと定評のあるミケランジェリにしてはかなり外れた音が目立ち感心できない出来栄えだった。当日は本来の調子ではなかったのかもしれない。とにかくアラウ、グールド盤にも及ばない印象を受けた。
ライブの一発勝負の怖さとともに改めて内面的な深さを要求する32番のソナタを弾きこなすのがいかに難しいことか認識を新たにした。ミケランジェリほどのピアニストにしてにしてこういう具合だから他のピアニストの挑戦は推して知るべきなのかもしれない。
以上、私見です。
☆ピアノ・ソナタ32番(ピアニスト:リヒテル)PHCP-5119フィリップス
期待していたミケランジェリにがっかりしたので、あとはもうリヒテル(1915~1997)しかおるまいという期待を込めて、ミケランジェリ盤のすぐ後にネットで手に入れた。
これはライブ録音だが期待にたがわずなかなかの名演だった。第二楽章の深く瞑想的に沈降する極めて内省的な演奏は、さすがに精神性豊かなピアニストの巨人リヒテルだ。バックハウスを除けばおそらくベストだろう。
リヒテルは語っている。
【舞台に出てすぐ弾いてはいけない。30秒待って「バーン」とやる。演劇というよりは神秘主義だな。これは。しかし、ベートーベンのピアノ・ソナタ32番は、逆に、椅子に座るやすぐに弾き始めなくてはだめだ。気でも狂ったかのようにね!】(引用「リヒテルは語る」51頁、ユーリー・ボルソフ著、音楽の友社)
さすがのリヒテルもこの32番だけはもったいぶった演奏は通用しないことを率直に告白しているところが面白い。
しかし、リヒテル盤がどんなによくてもバックハウス盤を超え得ないことも明らかだった。バックハウス盤は演奏の緻密さ、クライマックスへの展開力、そして何よりも演奏そのものを不思議にも意識させないところに大きな利点があり、何だかベートーベンの心から自然に湧き出てくる呟きを聴いている感がする。
やはり32番に限ってはバックハウス盤が頂点にいることを再認識するとともに将来に亘ってこれを超える演奏は出現しないという確信(?)を持った。
なお、ベートーベンの作品の中で最も深遠なものの一つともいえるこの32番を自分が知る範囲で女流が弾いたという話をあまり聞かないし、おそらく弾けないと思う。
「晩年になって誰もが垣間見る悔恨と侘しさを回想しつつ共感をもって優しく癒してくれるのはゴツゴツと骨張った男の指でなければとても聴けない!」
と、ここまで書いておいていたところ、最新刊の「管球王国」(vol.44、4月29日購入)を何の気なしに見ていたら156頁に日本が誇る世界的ピアニスト内田光子さんが録音した32番のCD盤が紹介されていた。
ウーム、意表をつかれた感じだが内田さんならもしかすると・・・・。
彼女の気品と芸術性に溢れた演奏は神品のようなモーツァルトのピアノ・ソナタで証明済みだし、使っているスタンウェイは特につくりがいいと読んだことがあり、その響きの美しさは他の追随を許さない。各国で開催するコンサートは常に大入り満員だ。これは是非聴いてみなくてはならないと思った。
追伸:早速、5月6日にネットオークションで落札したのでいずれ試聴結果を報告の予定。
ミケランジェリ リヒテル