視野の狭い総裁選報道にも落胆
2020年9月13日
自民党総裁選に立候補した3氏が日本記者クラブ主催の討論会に臨み、14日の議員総会の投開票の結果を待つことになりました。政策発表、政策討論を経て、各議員らが投票して、新総裁を決めるのが民主主義のプロセスのはずです。その順序が逆さまですから、高揚感のない展開です。
肝心の政策構想の発表、政策討論は後回しで、主要派閥の水面下の駆け引きで、すでに菅官房長官の当選が決まったも同然の状況です。そのことのおかしさを記者団が聞きただせばいいのに、それもしない。
朝日新聞は4頁、読売新聞は5頁も割いて報道しました。朝日新聞は「菅氏は具体的な政策論に及ぶと、付箋のついた想定問答集に目を落として発言する場面が何度も見られた」(13日)と。どうでもいい指摘をしています。資料を見ようが見まいが政策の中身が重要なのです。
菅氏は10日に「少子高齢化や人口減少は避けることはできない。消費税率を将来的に引き上げざるを得ない」と、まっとうな発言をしました。それを11日には、「あくまでも10年先を念頭に置いた話だ」と、修正しました。安倍首相の「消費増税は10年、不要」との整合性を考えたのです。
石破氏は「消費税が低所得者に負担となっている」と、これもまっとうな主張をしました。それを読売新聞は「菅氏の発言を石破氏があてこすった」(12日)と、極めて珍しい表現を使いました。あてこするは「遠まわしに悪口や皮肉をいう」の意味です。この場面で使う表現ではありません。
誕生が近い菅政権について「長期政権の後の政権は短命に終わるのが通例」との観測が流れています。菅氏の「将来的に消費税率を引き上げざるを得ない」は、自分は「短命に終わらない。長期政権を目指す」との決意表明をみるのが正しい。そんな解釈も新聞で読みたかった。
菅氏は秋田出身の苦労人、働きながら夜学に通って法大卒、議員秘書、横浜市議を経て、神奈川県選出の衆院議員に。世襲でもなく、自力で政界を生き抜き、ついに総理の座に上りつめる。こうした話はよく聞かされても、菅氏の政治理念、世界観を知る人はほとんどいません。
今、世界は多くの次元で、歴史的な大変動期を迎えています。まず、「グローバリゼーションは感染症を一瞬にして世界中に拡散させ、産業のサプライチェーン(供給網)を寸断する」です。
「たとえトランプ大統領が再選されなくても、米中対立は激化し、世界秩序が分断される」「異常気象、豪雨・台風、氷河の解凍、カリフォルニアの山火事など、前例のない規模で地球環境が脅かされている」もそうです。
経済をみると、「世界の債務残高は、コロナ対策、景気対策の財政出動で対GDP(国内総生産)比で128%で、2次世界大戦直後の124%を上回り、史上最悪になった」「各国の金融緩和は史上最大の規模に達し、世界中がゼロ金利という異常さ、株高で少数の富裕層だけが富む格差拡大が進行している」です。
それらを念頭に置き、大きな視野をふまえて、日本の立ち位置を決め、どう動いていくのかを決めるのが首相の役割です。同時に、これらの課題に対する答えを次期首相から引き出すのがジャーナリズムの使命です。
特に日本の財政赤字は主要国の中でも、突出しています。菅氏は「経済再生なくして、財政健全化なしが基本方針だ」と、表明しています。財政出動や金融緩和で景気がよくなり、経済成長率が上がり、税収が増え、財政赤字(国債発行額)が減る。そうなれば理想的です。そうはなっていません。
安倍政権下の景気拡大期の実質経済成長率はわずか1・1%(12年12月ー18年10月)です。この間、ゼロ金利を続け、100兆円を越える国家予算を何年も編成したのに、財政赤字残高は1000兆円を超えています。
今や「財政金融政策の経済効果の限界」が常識になっています。「効果があるのは一時的に過ぎず、経済は成長しない」のです。
「過去20年間に蓄積された研究では、『財政乗数』の値は1を下回る」(日経経済教室、桜川慶大教授、9/8日)といいます。1単位の財政支出増が何単位のGDPを増加させるかを「財政乗数」といいます。
米国のラメイ教授(カリフォルニア大)の分析では「最初の1年は経済を刺激しても、2年間の累積でみると、財政乗数は0・5-0・7」です。桜川教授は「財政出動をしても、税収増を通じ財政バランスを改善する効果はない。財政拡大で財政収支が改善するというのは夢物語」と指摘します。
石破氏は「次世代に過大な負担を残さないという意味で財政健全化を考える」、岸田氏は「財政健全化の意思を示す必要がある」と、主張しています。ではどうやって健全化を実現するのかを、記者団は聞かない。