これでは手玉に取られる
2016年10月30日
北方領土をめぐる日ロの交渉では、進展しそうな期待が高まると、解決がすーっと遠のいていくという経験を何度したことでしょうか。したたかなプーチン大統領は北方領土というカードをちらつかせると、日本に揺さぶりをかけられると確信しているようですね。返還交渉というと、期待過剰に陥り、楽観的な見通しに立ってしまうメディアが多いですね。
外交交渉でこちらが期待値をあげればあげるほど、相手はこちらの足元を見透かすことができ、有利に交渉を進めることができます。その点でも、期待過剰は問題ですね。
「領土交渉、12月ヤマ場」(日経9月3日)という記事には、こんなに期待をあおっていいのだろうかという気持ちを抱きました。「領土進展へ、首相が手応え、12月15日会談」という1面トップ記事に続いて3面は「安倍首相の地元・山口県で開く首脳会談が最大のヤマ場となる」、「首相のレガシー(政治的遺産)作りにとっても正念場を迎える」などなど。
楽観的な見方に乗せられる
本当にそうなって欲しいし、そう願う日本人は多いでしょう。それにしても「最大のヤマ場」とか「正念場」と言い切るほど、交渉がどんどん進展するとは、いくらなんでも早すぎると考えるべきでしょう。ここまで踏み込んだのは、政権周辺が楽観的な見通しを流し、いわば情報操作し、それにメディアが乗せられたとも、考えられます。
似たような論調は他紙にもみられます。「ロシア経済分野協力担当相を新設。首相の本気の表れ」(読売9月2日)、「首相は信頼関係で問題解決」(同9月3日)は、今にも大きな具体的進展を予感させる内容です。信頼関係を築く相手は、欧米が敵視している人物であることをもっと指摘すべきですね。
そこへプーチン大統領の発言(10月27日)です。「領土解決に期限なし。日本をけん制」、「中国との国境画定で合意(04年)できたのは、中国との深い信頼関係があった。日本とはその域に達していない」などなど。期待感が一気にしぼみかねない空気です。本音なのか、揺さぶりなのか、その両方でしょう。
ロシア専門家の間でも、今後の展望について大きな開きがあります。下斗米信夫法大教授は、かなりの楽観派です。「交渉には強いリーダーシップと国内の安定した支持基盤が必要で、その条件が整った」と、安倍首相を評価しています。さらに「4島の行方は山口会談後、明らかになる。時間がかかっても平和条約調印へのドラマチックなページが開かれる」(読売10月19日)と。かなり踏み込みました。楽観的な情報を政権周辺から聞かされている可能性があります。
そこまで言い切るには、相当な自信がおありなのでしょう。でも本当にそうなるのかなと、疑問を持っていましたところ、別のロシア専門家の正反対の見解が同じページに掲載されました。新潟県立大の袴田茂樹教授の「今月、ロシアを訪ね、両国の温度差にがく然とした」との談話です。
悲観的な動きが報道されない
「日本では、12月の大統領来日に向け、楽観的な、何らかの前進への期待感がある。一方、ロシアで会った親日的な専門家は、歯舞、色丹を引き渡すとしても、100年か200年先だとの厳しい見方をしていた」といいます。さらに「一番気になるのは、プーチン氏の近年の厳しい発言が日本ではほとんど報じられていないことだ」と、強烈な批判です。
「厳しい発言」が報道されず、国内各紙の「最大のヤマ場」、「正念場」、「首脳の信頼関係」などの情報が主に流されると、期待感ばかりが高まります。袴田氏は「12月の会談で、領土問題が動くことはない。ただし、会談結果は日本側に期待を持たせ、玉虫色の解釈ができる形で発表されよう」と、予想します。
山口会談後、成果は乏しくても、政権に好意的な解説をする人がでてきましょう。安倍政権は、少なくとも「重要な進展が見られた」とブリーフし、国内の何紙かは「経済協力を呼び水に、領土返還へ環境作り」と書くかもしれません。
私が気になるのは、安倍首相とバイデン米副大統領と会談(9月)で、首相が「プーチン大統領を山口に招待する」と説明した時の米側の反応です。「首相の賢明な対応と確信している」と、バイデン氏は発言したのです。相当、失礼な言い方だし、その意味は「領土交渉に深入りするな」とのシグナルを送ったのでしょう。その発言の紹介、解釈に関する国内報道は、ささやかでした。
日本のメディアの特性として、外交交渉、特に領土問題になると、日本に不利なことは小さく扱い、楽観的な願望が軸になった報道が多くみられることです。その典型的なケースが北方領土問題ですね。政権が国益のために、悲観的な言及は避けることがあっても、許容範囲にあることも多いでしょう。それに対し、メディアは政権とも国益からも自立した立場が本質的に求められると思います。
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