仏学者トッド氏がまた吠えた
2015年8月18日
独創性に富んでいるフランスの学者が目につきますね。世界的ベストセラーになった「21世紀の資本」の著者、ピケティーによる格差の歴史的拡大の学説もそうでした。エマニュエル・トッド氏の近著「ドイツ帝国が世界を破滅させる」(文春新書)は、「極端なことをいうものだ」と、始めは敬遠していました。一読してみると、毒舌と示唆にあふれ、意表を突かれます。
かれらに比べると、多くの日本人学者は海外の有力な学説、理論を解説、論評するのを職業にし、翻訳業、解説業に精を出していることに気づきます。もっと大局観を持った独自性のある主張をなぜ展開しないのかと、不満が募ってきます。
これまでも数々の予見
これは近著というより、いくつかの長編インタビューをまとめた本です。トッド氏は歴史人類学者、家族人類学者といい、とにかくこれまでにも、驚くような予言、予見を数々、発表し、的中させています。ソ連の崩壊、米国発の金融危機、アラブの春、さらには「自由貿易が民主主義を滅ぼす」など、これまでの通念、常識を覆し、いうことのスケールがとにかく大きいのですね。
今度は強大化したドイツに吠えています。「東西ドイツを再統一する当時の経済的困難を克服し、ここ5年でヨーロッパ大陸のコントロール権を握った」と指摘します。確かに欧州連合(EU)はドイツ中心に回り、統一通貨ユーロはドイツの経済力にとって割安で一人勝ち、極めて有利に働いています。
仏大統領を「ドイツに服従」と蔑視
フランス人なのにトッド氏は、特にフランスに厳しいのです。「フランスは進んでドイツに隷属するようになった」、「わたしはオランド大統領のことを、ドイツ副首相・オランドと呼ぶ」、「オランドはすでに例外的な不人気に沈み、それはドイツに服従する男だから」。毒舌もここまでくるかという感じですね。「マルク圏の中のローカルな大統領にすぎない」とも。
トッド氏は「ドイツ帝国」の勢力図を作成しています。ドイツ、ドイツ圏(チェコ、オーストリアなど)、自主的隷属国(フランス)、被支配国(イタリア、スペインなど)などに色分けしています。さらに併合途上という表現で、ウクライナを「ドイツ帝国」に加えようとしているとの分析です。「ウクライナはすでに2つか3つに分裂し、崩壊途上にある。ドイツがウクライナを併合すれば、安価な労働力を使える」とみており、「ドイツがヨーロッパ大陸を牛耳る」と予見します。
米独対立の到来を予想
その後はどうなるのか。「これからの20年間は、東西の紛争とはまったく異なるものに直面する。ドイツ・システムの台頭は、アメリカとの間で紛争が起きることを示唆している」。大胆な予言ですね。「かつてアメリカがルーズベルトを登場させたとき、ドイツはヒトラーを生み出した」と、ぶっそうなことをいいます。「アメリカにとって脅威となるドイツを、新しい現実としてみるようになるのはいつか」とも。
トッド氏の指摘でどきりとするのは、ロシアに対する見方です。「ロシアは世界がバランスを保つことに役立つ強国だ。アメリカがもっとも恐れなければならないのは、ロシアの崩壊だ」。ロシア批判に明け暮れるわれわれの常識と正反対ですね。ウクライナまで広がるドイツ帝国との勢力の均衡を考えるうえで、ロシアが重要な存在なのだという見解には、そうなのかもしれない、と思わせるものがあります。オバマ大統領もぎょっとするでしょう。
ロシアはドイツへの歯止め
ウクライナに侵攻したロシアをとにかく、一方的に日本のメディアがたたきました。その一方で、ドイツへの歯止めとして、ロシアは必要だとの見方ですね。ドイツが欧州大陸の中心に居座り、勢力を蓄積し、米独対立の時代が来るだろうと、トッド氏は予見します。日本の学会、論壇、メディアではほとんどお目にかからない主張は、卓見なのか、偏見なのか。とにかく視野を広げてくれます。
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