副作用どころでない構造変容を招く
2023年3月11日
植田和男氏を日銀総裁とする人事案が国会で同意されました。一方、2期10年間、総裁を務めた黒田東彦氏は、最後となる定例の金融政策決定会合後、記者会見に臨み、「金融緩和政策は成功だった」と語りました。
去り行く総裁は通常なら、記者からも労いの言葉をかけられ、「力が十分、及ばないところはあった」というようなやり取りで、幕を閉じるのです。今回は全く違いました。去り行く黒田氏が随所で悔しさをにじませ、論理的とは言えない発言を何度も発しました。
記者会見の要旨を読んで真っ先に感じたのは、黒田氏が政策会合での決定(大規模緩和、長短金利操作=YCCの維持)について冒頭で「全員一致で決めた」と発言したという点です。異論なく決まったといいたかったのです。
ほとんどの政策会合で「全員一致の決定」通例です。新聞記事も「全員一致の決定」と書くことはまずありません。今回もそうです。ですから、わざわざ総裁が記者会見で「全員一致」と説明しなければならないのでしょう。
10年に及ぶ異次元金融緩和の功罪を議論する声が黒田氏の去り際に噴出しているのに、肝心の政策会合(委員は9人)では「全員一致」というのはあまりにも危機感がない。「反対意見がでないような全員一致の決定は無効」と述べた評論家がかつていました。
「金融政策は総裁1人で決めるものではない。総裁が変わらないと政策を変更できないというのはおかしい」(日経コラム『十字路』、22年12月7日)という指摘がなされるほどです。米国のFRB(中央銀行)では、委員が異論を唱えている様子が報道されます。
植田体制では、まず委員の自由な意思表明、投票ができる空気を作ってほしい。速水優総裁の時、委員を務めていた植田氏は、事務局の説得を跳ねのけ、「ゼロ金利解除」は時期尚早だとして、反対票を投じた経験持ち主です。いつも全員一致なら委員は9人もいらない。
黒田氏は会見で「政策には常に効果と副作用がある。金融緩和政策は成功だった」と、発言しました。新聞も一般記事で「異次元緩和の副作用が強まり、日銀依存は転機を迎えている」(日経)、「緩和は長期化し、副作用が目立ち始めている」(朝日)と、「副作用」という表現に疑問を持たない。
異次元緩和がもたらしてきた金融財政構造の変容は、「副作用」というような軽い言葉では片づけられない。1200兆円もの国債残高、日銀がその54%を保有、財政法が禁じる日銀による国債引き受けの実質的な無視、債券市場の機能停止などは、「副作用」というような次元のものではない。メディアも気軽に使う「副作用」という言葉には危機感が足りない。
上場投資信託(ETF)を日銀が簿価36兆円も保有し、その結果、多数の上場企業の筆頭株主になっています。しかも日銀は議決権は行使しない。狙いは日銀による通貨供給にあるからだと。その分、株価が引き上げられ、経営者は安泰となる。そのため株価から企業の投資価値の判断ができない状態を招いている。これも「副作用」という次元の話ではない。
国債とETFの大量購入を反省しているかと問われ、「何の反省もない。負の遺産だとも思っていない」と、黒田氏は開き直りました。よほど悔しい批判的な質問だったのです。「何の反省もない」という反論はさすがに本心ではなく、悔しさのあまり発したのでしょう。
黒田氏は「潜在成長率を決めるのは生産年齢人口と技術進歩率だ。金融政策が直接的に影響するよりもっと構造的な問題がある」と、主張しました。正論でしょう。それならば、長期にわたる膨張的な財政金融政策の結果、産業や企業の新陳代謝が起きず、自律的な経済活動が失われ、潜在成長率の低下を招いている問題への反省が必要です。
黒田氏自らかかわった異次元緩和政策によって、容易なことでは出口が見つからない状態を招いてしまった。引き締めれば、景気が後退するし、株価が下落する。黒田氏は「出口を議論するのが適切な時期ではない」と、苦しい弁明しました。実態は、出口が見つからないのです。金融政策の硬直化という結果を招いてしまったのです。
黒田氏は「戦力の逐次投入はしない」と言いながら、マイナス金利の導入、長期金利操作の導入、国債購入枠の目標の形骸化など、何度も政策を修正、継ぎ足してきました。言行不一致です。発言の軽さです。
日銀は「物価の番人」、「通貨の番人」と言われます。円相場を12年末の1㌦=85円から最近の137円まで円安に誘導したことがアベノミクスの「功」とみる人たちがおります。円安、資源高が重なり、消費者物価は4、5%まで上昇しています。「功」は裏を返せば、国民生活を苦しめる「罪」です。
国民生活にとってばかりでなく、円安で日本経済のドル建ての価値はどんどん下がり、今年はドイツに抜かれ、20年代にはインドにも抜かれる見通しです。国内経済だけをみてそろばんをはじいてきたアベノミクスの深刻な結末のひとつはこれです。
黒田氏の退任に向けて、異次元緩和批判があまりにも高まってきたのを意識したのでしょうか、「G7(先進7か国)の会合では、批判は聞かれなかった」と苦しい弁明をしました。海外では、日本の突出した異常な緩和政策の結果がどうなるのかに最大の関心を払っているというのが実態です。日本が失敗しても悲しむような国際社会ではない。
白川方明・前総裁は退任後、回顧録を書き、政治的な圧力に押されてきた金融政策の問題点をあぶりだしました。黒田氏は回顧録を書く気は恐らくないでしょう。総裁昇格を固辞したとされる雨宮副総裁も書かないでしょう。
戦後の金融史で最悪の状態に乗り上げたのが異次元緩和10年の結末です。当事者たちに代わり、第三者による異次元緩和10年の総括がなされるよう期待しています。
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